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高校野球決勝戦に見る投手の登板過多問題
親愛なるアッティクスへ

高校野球もついに決勝戦ですね。
ところで、私、ここまで甲子園の高校野球を見ていて、強く思ったことがあります。
それは、「一人の投手にこんなに投げさせて良いのか・・・」ということです。
以前、元巨人の桑田真澄投手が言ってましたが、「子供の体は大人が守ってやらなければならない。アメリカでは小学生は何球まで、中学生は何球まで、高校生は何球まで・・・と厳しく決まっている」と。
そう考えれば、今大会に限らず、甲子園では大体、打たれない限りエースが投げきりますよね。
しかし、勝ち進んで、対戦相手が減ってくると、球場の使用期限が決まっているという背景もあるのでしょうが、過密日程となってきて、連投か、精々、中1日での登板ということになってくるように思います。
チームとして、「勝ちたい」という気持ちはわかりますが、プロの投手が中6日で投げている時代に、まだまだ未完成な高校生の体をそこまで酷使させて良いのか?・・・と。

良く、甲子園では快刀乱麻を断つような投球をし、一躍、将来を嘱望された投手が、大学やプロに入ってからは肩や肘を痛め、意外に鳴かず飛ばずで終わった・・・などという話も別に珍しくないわけで。
松坂大輔投手と延長戦を投げ合ったPL学園上重 聡投手(現日本テレビアナウンサー)が良い例でしょうか。
前途有望な若者の将来を潰す権利など誰にも無いはずで・・・。
この点は、思わず、先日、NHKで放送されていた「幻の甲子園」とい番組を思い出しました。

e0027240_1503370.jpg戦時下の昭和17年、非公式に開催された大会を採り上げたドキュメンタリー番組で、この大会では、戦時色が強かったことから、「打者は球をよけてはいけない」とか「選手交代ならびに控え選手の起用は禁止する」などというルールがあったとか。

こうなると、投手は肩が痛かろうと、肘が壊れようと投げ続けなければならないわけでしょうが、結局、やってることは現代もこれと大差ないんじゃないですか?

そう考えれば、高校野球でも、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のように球数制限を設けるべきだと思うんですよ。
1試合90球までとか、あるいは、1試合完投したら、最低、中4日は登板できない・・・とか。
最低でも、延長戦に入った場合は9回を投げた投手はそれ以上投げてはならない・・・というくらいの決まりは作るべきでしょう。
そうなると、高校野球もローテーション制を採り入れざるを得ず、一人の絶対的なエースを擁するよりも、複数の投手を確保せざるを得ず、戦い方も変わってくるでしょう。
無論、一部の金持ち校に有利だ・・・という指摘もあるでしょうが、たとえ、そうであっても選手の保護ということを考えれば、私はこの制度の導入はやむを得ないと思います。
戦時中じゃないんだから・・・と。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-08-21 08:46 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(7)

WBC日本代表連覇に未だ余韻冷めやらず!
親愛なるアッティクスへ

e0027240_12141744.jpg

   「知れずとも 野に在りてこそ 山桜」  梁庵平太独白
   (くどいようですが、一応、サクラサク・・・です(笑)。)

で、昨日のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本連覇ですが、決勝戦の瞬間最高視聴率45.6%だったそうですね。
私も、一夜明けても、まだ、余韻冷めやらず・・・って感じです。
本当は、金融機関とのハードな交渉に備え、色々と難しい資料に目を通さなければならないのですが、何か、それどころではありません(笑)。
やっぱり、自国の代表が世界一になるというのは理屈抜きに胸に迫るものがあるわけで・・・。

で、今朝のラジオで野球評論家の若菜嘉晴氏が「今度の大会では九州出身の選手が活躍しましたね。杉内・村田は福岡県、城島は長崎県、馬原は熊本、内川は大分、青木は宮崎県、川崎・福留は鹿児島県でしょ・・・。それに、原監督も福岡県ですし、松坂と岩隈の奥さんも福岡県ですよ」と言ってました(笑)。
結構、我が福岡県も知らないところで貢献していたんですね(笑)。

でもって、今度の大会ですが、相も変わらずのアメリカに良いような仕組みが目に付きましたね。
一次予選を選手に負担がかからないように、同地域ごとにやるというのは良いのですが、本大会進出後は、やはり、組み合わせは抽選にするべきでしょう。
日本と韓国が都合5回、本大会だけでも3回も顔を合わせるというのはどう考えてもおかしいですよ。
それに、キューバがこちら側のグループにいるのもイマイチ、理由がわかりません。
アメリカが地元開催ですから、ある程度、アメリカに花を持たせてやらねばならない・・・というのはわからないでもないのですが、近いところ同士で一次予選を戦うのであれば、アメリカ・カナダのグループには、ベネズエラが入るよりもキューバ、メキシコが入った方が自然でしょう。

それに、MVPの選考もどういう基準で選んでいるのかも、もう少し、わからないものがありますね。
松坂大輔投手の活躍が決して、誰かに見劣りする物ではなかったとは思うのですが、何か少し、安易に勝ち星などだけで選んでいるような気も・・・。
まあ、大方の予想は岩隈だったでしょうが、私的に言えば、杉内俊哉投手ですよ。
6回1/3だったかを投げて、1安打も打たれてないわけでしょう。
彼が中継ぎにいたというのは大きかったと思いますよ。
ボヤで消し止めていたということですから。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-03-25 08:51 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(14)

松坂社長のメジャー流出にみる楽屋用化粧箱が消えるの理
親愛なるアッティクスへ

今朝のスポーツ欄は、イチロー対松坂の対決一色でしたね。
で、旬のネタということで(笑)。

以前、平太郎独白録 「2007年パ・リーグ開幕!1 残そうとしないと残らない伝統」の中で、福岡ソフトバンクホークスに今年から復帰した小久保選手が、「巨人王監督の頃には、そういう、良い伝統というものがあったのだろうけど、それがどこかで途切れてしまっている」というコメントを紹介しましたよね。
で、この伝統という点で、松坂大輔投手(ボストン・レッドソックス)のメジャー・リーグ流出について、ひとつ、思うことがありました。

かつて、昭和38年、「世紀のトレード」と呼ばれた山内和弘選手との交換トレードで、大毎オリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)へ移籍した小山正明投手は、その後、木樽正明投手を育て、その木樽投手が三井雅晴投手を育てた・・・という話を聞いたことがあります。
ところが、木樽は若くして引退し、三井も故障で引退してしまったことから、小山が根付かせようとしたオリオンズの投手の伝統は消えてしまった・・・ようです。
同様のことは、野球に限らないようです。
大女優、田中絹代杉村春子に渡し、杉村春子から大空真弓(?)を経て、今では、古手川祐子に受け継がれた楽屋用化粧箱があるとか。
無論、ただの化粧箱をもらったという簡単な意味ではないことはおわかりかと。

で、松坂大輔投手が昨年まで在籍した西武ライオンズの前身は、クラウンライターライオンズであり、太平洋クラブライオンズであり、西鉄ライオンズなのですが、西武球団は西武ライオンズより前の歴史というのを引き継いでおりません。
つまり、抹殺しているわけです。
その意味では、福岡ソフトバンクホークスが、前身である南海ホークスの歴史を引き継いでいるのとは対照的でしょうか。
ただ、現場の選手たちにとっては、話は別のようです。

かつて、西鉄ライオンズの大投手として、一時代を築いた稲尾和久氏は、エースの座を池永正明投手に渡し、池永氏が「黒い霧事件」で突如として球界を去るというアクシデントがあった後は、東尾 修投手がこれを受け継ぎ、東尾は工藤公康を育て、工藤は西口文也へバトンを渡し、そして、西口は松坂大輔へバトンを渡した・・・と。
ところが、その松坂は、あっさりと、ボストン・レッドソックスへ移籍したわけで、言うならば、社長の座を松坂君に譲り、会長に就任したはずの西口会長が、松坂社長がヘッドハンティングで他社へ去ってしまったことで、再び、社長に復帰するようなものでしょうか。
これは、かつて、池永さんが黒い霧事件で、突如、球界を去った時とは大きくワケが違っています。
言うならば、池永さんの時のそれは、突発的なアクシデントだったのに対し、松坂投手のそれは、せっかく、社長(候補)にした人が、これからも、恒久的に流出し続ける可能性があることを示しています。
つまり、かつて、日本のプロ野球チーム各球団にあった「楽屋用化粧箱」が消えてしまう・・・ということなのです。
メジャー流出というのは、もはや、止めようもない流れなのでしょうが、この点では、私なんぞには、一抹の寂しさを感じざるを得ませんねー。

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by heitaroh | 2007-04-13 08:38 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(16)

投手の打撃
親愛なるアッティクスへ

昔は、旧暦の戌(イヌ)の日「こたつ開き」の日と呼んでいたそうですね。
で、それを新暦に直すと、今年は11月30日がそれに当たるのだとか。
昔は、12月は完全な真冬だったように記憶していたのですが、やはり、昔から、12月は、やっと、こたつを出してくる程度の冬、つまり、初冬だったんですね。

ところで、私は今のプロ野球でパ・リーグが取り入れている指名打者制というのはあまり、好きではありません。
なぜなら、投手の打撃というものに興味があるからです。

かつて、野茂英雄投手がまだ、近鉄球団に在籍していた頃の1991年
この年の、オールスター第2戦で打席に立った西武ライオンズ秋山幸二選手が、右目自打球を当て負傷退場したとき、パ・リーグは野手を使い切っており、やむなく、代打に野茂を指名しましたが、このとき、野茂は「冗談じゃないよ!」という顔を露骨にし、渋りながらも、指名されたことで、渋々、打席に立ったのですが、打席に立つとは形ばかりで、ホームベースから最も遠いところ、つまり、バッターボックスの一番端っこに立ち、さっさと投げてくれと言わんばかりに、見送りで三振し、チェンジになったことがあります。
(その後、変わって、レフトの守備に入ったのが当時西武の工藤公康投手でした。)

野茂投手と言えば、今のメジャーリーグ挑戦の道を拓いた先駆者ですが、彼は、メジャーリーグでは、あまり、打撃は得意ではないといいながらも、ホームランを打ったりしてますよね。
オールスターゲームでは、あれほど、嫌な顔をしたのに・・・。
彼のプロ意識と言えば、そう言えるのかもしれませんが、いくら、秋山選手がケガをするなど、縁起が悪い打席だったとは言え、やはり、このときのこの姿勢というのは、私には寂しいものに映りましたね。
アウトになって当たり前・・・の打席なんですから、一発狙うくらいのことはやって欲しかった・・・。

で、かつて、投手の中には、野手顔負けの打撃をする人がいましたよね。
自ら、ノーヒットノーランをやって、三打席連続ホームランを放った巨人の堀内恒夫投手。
延長10回ノーヒットノーランをやって、自らサヨナラホームランで締めくくった阪神時代の江夏豊投手。
シーズンに5本もホームランを打った大洋、平松政次投手。
日本シリーズでサヨナラホームランを放った西鉄、稲尾和久投手。
「野手はただ、守っていてくれればいい」と言い放った同じく西鉄、池永正明投手。
代打での2本塁打を含む通算38本塁打投手の本塁打記録を持つ金田正一投手。
他にも、星野仙一、東尾収、鈴木啓示、金田留広、米田哲也、江川卓・・・etc。
皆、打者としても、結構な強打者でしたよ。

e0027240_10445714.jpg(←平和台球場ホームベースに上述した稲尾和久投手がサインしたものだそうです。「鉄腕一代」と書いてあります。)

その意味で、今の、松坂大輔投手や福岡ソフトバンク斉藤和巳投手(コーチ)なども、素晴らしい打撃センスを持っているようですが、あいにく、指名打者制の為に打席に立つ姿を見ることが出来ません。

下手な代打よりも打つかもしれないんですけどね(笑)。
                              平太独白
by heitaroh | 2006-12-08 08:42 | スポーツ | Trackback(2) | Comments(4)

ワールドカップも終わったしに見る自己管理に対する意識。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_13421027.jpgサッカー・ワールドカップが終わったと思ったら(まだ終わってない?!(笑)。)、タイミング良く、昨日からプロ野球のペナントレースが再開ですね。

(←職場から見える夜景です。この角度しか、夜景らしき物は見えません(笑)。)

ということで、交流戦が終わり、いよいよ、これからナイタービールの季節がやってきます。

と想っていた矢先、今や、巨人に代わり、球界の盟主になった観さえある人気球団、阪神タイガース(阪急タイガース?)の抑えの切り札、久保田智之投手が、ベビーカーから落ちそうになった娘をかばおうとして右手甲を地面に強打、右手骨折のため出場選手登録抹消されたというニュースを耳にしました。

この話を聞いて、すぐに思い浮かべたのが、球史に残る大投手、金田正一氏は、我が子を絶対にその腕に抱かなかったという話でした。
我が子は可愛い・・・、だから、もし、抱いていて落とした場合、思わず、利き腕でかばってしまうかもしれず、それで利き腕をケガしたら、商売あがったりになる・・・。
自分は、家族をこの腕で養っているのだから・・・という、何とも、凄まじいプロ意識、凄まじい職人気質、凄まじい自己管理ですよね。
今の時代から見れば、少し神経質にも見えるような話ですが、こういう話は、当時は何も特別な話ではなく、以前、平太郎独白録 「熱帯夜に見るプロのプロたる所以・・・。」の中でも触れさせて頂きましたように、当時はプロならば、当然のように持っていた意識で、仮に、球団から「自己管理はするな!」と言われても、「冗談じゃない!俺の腕が使えなくなったら、球団が俺と家族の面倒を見てくれるのか!」と食ってかかるような、彼らからすれば、むしろ、義務というよりは、権利に近いような感覚だったでしょうか。

まあ、久保田投手の場合は、咄嗟のことだったのでしょうから、一概には言えないでしょうが、金田正一氏の自己管理で思い出すのが、違う意味で「ほお・・・!」と思ったのが、西武の松坂大輔投手。
彼が新人の年、キャンプに視察に来ていた金田氏と当時の東尾監督と三人で対談していたのですが、金田氏が自分のことを指さして、「このおっちゃんのこと、知ってるか?」と聞くと、松坂投手は「はい。」と。
続けて、金田氏が、「どんなふうに知ってる?」とたたみかけると、18歳の松坂投手は、少し、口ごもりながらも、「大変自己管理に厳しい方だったと・・・。」
18歳で、こんな受け答えできますか?!
ていうか、金田氏が自己管理に厳しかった時代は、彼が生まれる遙か前、下手すれば、お父さんも知りませんよ。
(昭和36年生まれの私も、金田投手と言えば、「巨人の星」の中で、明らかに別格扱いの大投手として登場していたから知っていたようなもので、実際に投げていたのはまったく覚えておりません。まあ、それも当然と言えば当然で、金田氏は私の父と同じ年であり、その息子で俳優の金田賢一氏が確か私と同じ年だったわけで・・・。)
このとき、松坂というのは単なる筋肉バカじゃないんだな・・・と、強く、思いましたね。

この松坂投手の受け答えで思い出されるのが、松坂投手とはほぼ同世代(・・・ていうか、当時の松坂投手よりは5歳も年長の23歳)で、しかも、金田氏がかつて所属した巨人の、それも、祖父も巨人OB内海哲也投手と金田氏とのやりとりでしょうか。
松坂投手と同じく、キャンプ中に、巨人の原監督が、視察に訪れた400勝投手の金田氏と談笑していると、そこに内海投手が通りかかったので、原監督が呼んで、「おい、この人、誰か知っているか?」と尋ねたところ、内海投手は「はい、カネムラさんです」と・・・。
慌てた原監督は助け舟を出すつもりで、「バカヤロー、何勝した人だと思ってるんだ?」と聞いたことろ、今度は「三百何勝ですよね。」と・・・。
直後に原監督は「教育し直します。」と言ったとか・・・(笑)。
まあ、この受け答えが普通と言えば普通なんでしょうが、やはり、改めて、「松坂は凄い!」・・・と。

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by heitaroh | 2006-06-24 08:36 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

とりとめもない一周年の余韻と世界最大のオーロラビジョン。
親愛なるアッティクスへ

さて、当ブログは、先日から、既述しております通り、昨年の3月下旬から書き始めたのですが、書き始めた時点で、すでに書きたいことが山のように貯まっていたモノで、ちょいと、一ヶ月くらいさかのぼって3月1日から始めたような形で始めてしまいました。
ところが、そのうち、日が経つに連れて、やはり、実際に始めた日に合わせるべきでは無かろうか・・・と思い始め、改めて、調べてみたら、これがわからない・・・。
で、色々調べた結果、去年の手帳の3月25日の欄に「ブログ開始」の文字が・・・。
ということで、厳密にはわからないけど、そこは、何事もアバウトな県民性福岡人らしく、「まあ、これでいいや・・・。」と(笑)。

で、始めるに当たって、元々、ブログという物の存在は、以前、誰かが経済誌に寄せていた記事で知っていたものの、作り方や専門用語などはさっぱりわからず、いずれ、ヒマになったら始めよう・・・と思い、放り出したままになってました。
(結構、これが多いんですよ。必要に迫られないとやろうとしないという・・・(笑)。)

e0027240_11395124.jpgところが、去年の四月に、友人から、京都での、ある会への出席を誘われたことで、まあ、そういう晴れがましいような会に出させて頂くのであれば「ブログやってます。」くらい言わなきゃな・・・と思い、それで、急に始めた次第でした。
(この辺は、平太郎独白録 「月はおぼろに東山~♪秋田人ハセガワ氏と見る等伯の渾身の筆!」をご参照下さい。)

(←そのときの、京都の夜桜と舞子はんどすぇ。ちょっと、ピンぼけしてますけど、これもまた、風情があって、よろしおすどっしゃろ(笑)。)

で、まずは、とりあえず、書店に行って、ガイドブックを買ってきて・・・のスタートだったのですが、最初買ったガイドブックは、ライブドアのものしかなく、仕方なし(?)にライブドアで始めました。
(さすがに、最近は、トラックバックコメントくらいは理解しましたが、未だにPING送信などはよく理解していません(笑)。)

最初はガイドブックを睨みながら、格闘してましたが、数ヶ月ほどして、ようやくシステムに慣れてきて、色々と知恵がついてくると、ライブドアの他にも色々とブログがあることに気付き、幾つか試行錯誤した後に、まずは、同時並行でgooを始め、昨年の7月中旬よりライブドアからエキサイトに完全に移行しました。
タダというのは、気軽に始められるから、本当に有り難いです・・・。)
で、色々、使ってみての感想ですが、まあ、各ブログとも、善し悪し・・・というよりも、私の需要合う合わないがあるようで、それもあって、今では同じ内容ですが、gooとエキサイトを並立させております。
まあ、どちらでもいいのですが、どちらかと言えば、エキサイトの方がメインでしょうね。

e0027240_1210559.jpgあ、今宵も、今から、ヤフー・ジャパン・ドームソフトバンクVS西武を見に行かなくてはなりません。
これは、福岡市民の義務です(笑)。
ちなみに、今日は世界のMVPとなった福岡人の婿松坂大輔投手が相手のようです。
婿・・・、つまり、松坂投手の夫人は福岡人です。


あ、そう言えば、ヤフー・ジャパン・ドームのオーロラビジョンは、今年から、大きくなって、さらに、ハイビジョンとなったのですが、ハイビジョンの画面としては、これは、世界最大の物だそうです。
あ、写っているのは、日本の四番打者、松中信彦選手です。
あ、ちなみに、近くには、東洋最大の観覧車というのもあります。
あ、ひょっとしたら、最近、どこかに抜かれたかもしれません。
あ、これ以上書いていたら、遅くなりそうですので、続きは明日のココロだ~ということで、ご理解下さい、御同輩・・・。

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by heitaroh | 2006-03-28 17:23 | 私小説 | Trackback | Comments(10)

大投手恒星論
e0027240_2023464.jpg昔、別所哲也・・・じゃなかった別所毅彦というかつての名投手が言ってましたが、「良い投手というのは時代々々に平均的に出てくるのではなく、一人の偉大な投手が出ることにより、それに群がるようにして出てくるものだ。それは、僕の時代は僕で、僕の次の時代は金田(正一)だった。稲尾村山杉浦も皆、良い投手だったが、金田という大投手が出てきたことにより、一時代を築いたに過ぎない」と。
つまり、一人の偉大な大投手が恒星として誕生することにより、好投手が惑星としてその周りを回り始め、その惑星に引っ張られるようにして、その他の投手が衛星のように回り始める・・・というところでしょうか。

その意味では、別所の前は沢村栄治であり、金田の後は江夏、次いで、江川から野茂、そして、今の松坂大輔なんでしょう。
当時は「そうかー?」と思いましたが、でも、今の松坂を見ているとわかるような気がしますね。
「松坂世代」という言葉を生み、和田新垣杉内ら好投手の中心で、そのどれよりもはっきりとした、明るい光を発しながら廻り続けている。
光を発する側と浴びる側の違いを、これほど明確に見せつけるのは、かつての江川以来でしょうか。

異論もあるでしょうが、この定義としては、実力はもとより、「早くから注目を浴びた」という点が必要だと思います。
あらゆる意味で、「同世代の誰もが意識する存在だった」という存在だった・・・ということです。
その論で言えば、沢村栄治は草創期の日米野球で大活躍したことはよく知られてますし、別所は甲子園で腕を骨折しながらも投げ抜き惜敗、「泣くな別所!選抜の花」とうたわれました。
また、金田は高校を中退してのプロ入りで、2年目には球史に残るような快速球で早くも20勝挙げ、同級生の大卒がプロ入りしてきた5年目にはすでに100勝を挙げてましたから、その意味では同級生の誰もが注目していたでしょう。
また、江川の甲子園での怪物ぶりは周知の通りですからいいとして・・・、問題なのは、ドラフト制施行直後なのですが、成績では文句なしに江夏 豊なのでしょうが、ドラフト一年目に大活躍し、強烈な個性と巨人という注目度を考えれば堀内恒夫なのではないかと思います。
その意味では、その次の世代でも、成績では野茂英雄なのでしょうが、高校時代からの注目度と同じく露出度の高い巨人という点では桑田真澄なのでしょうか。

そして、「松坂世代」などという言葉を生んだ松坂大輔・・・。
彼には、是非、メジャーに並んだ時代の・・・となって欲しいですね。
                平太独白

by heitaroh | 2005-05-19 21:36 | スポーツ | Trackback(2) | Comments(6)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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