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工藤公康氏の横浜監督就任打診にDeNAの勘違いを見る
親愛なるアッティクスへ

横浜ベイスターズの新スポンサーになることが事実上、決まっているディー・エヌ・エー(DeNA)は、新球団の監督に元西武投手で、現在、現役続行を模索中の工藤公康氏に白羽の矢を立てたという報道を耳にしました。
工藤氏もまんざらではないみたいですが、はっきり言って、客寄せパンダであることは誰の目にも明らかじゃないですか。
同社はこれまでにも、元日ハムの新庄剛志氏の監督就任も検討しているというような話もありましたが、はっきり言って、「一体、何を考えてるんだ・・」と言いたいですね。

e0027240_1893887.jpg

同社の春田 真会長は「プロなので目立ってなんぼだと思う」と言っていたそうですが、じゃあ、目立てば良いのか・・・と。
毎度、言っていることですが、ファンは歌が聞きたいのならコンサートに足を運びますよ。
勝てれば良いですが、成績が伸び悩む中、ファンは監督の知名度だけで球場に足を運びますかね?
無論、会長氏の言うことを全否定するつもりはありませんよ。
かつて、巨人の堀内恒夫投手がプロ入りする時、高校野球の監督から、「力投しているように見えるから、一回り大きい帽子をかぶれ」と言われ、「そんなことしなくて良い」と言うと、「アマはそれで良いが、プロはそうはいかん。プロはファンにアピールする物がなくてはならない」という内容のことを言われたという話がありますが、これはこれで一理あると思いますから。

しかし、それは堀内投手がプロ入り1年目から新人王を獲るような大活躍をしたから初めて評価される話であり、結果を残さなかったら、単なる目立ちたがりやで終わりでしょ。
この点は、先述した新庄剛志選手も現役時代、マスクをかぶったりして注目を集めた試合では必ず複数安打を打って結果を残すことを心がけていたと言ってましたが、心がけて簡単に打てるほどプロの世界は甘くないわけで、如何に必死で打席に立ったいたかということだと思います。
その意味では、工藤氏も監督として結果を残せれば問題ないのでしょうが、ここで思うのが、彼にはこれまで指導者としての経験が無いことです。

ここで思い起こすのが、サッカー日本代表でかつて名選手として活躍した前園真聖氏が指導者になるべく、日本サッカー協会指導者ライセンス資格取得に挑戦中・・・という報道でした。
サッカーは現役時代の知名度だけで、いきなり、監督なんてなれないんだそうですね。
協会公認のC級→B級→A級のライセンスを取得するための勉強会から、チームでの指導経験などの実務を経て、初めて、Jリーグチームの監督指揮ができるS級の取得を目指すことができるのだとか。
これは、素晴らしい制度ですよ。
この点は、メジャーリーグもそうですよね。
いくら、名選手でも、選手としての実績と指導者としての資格は別と考えられており、ベーブ・ルースが最後まで監督になれなかったように、指導者になろうと思えば、如何に現役時代の知名度が抜群でも、コーチや二軍監督を経ていなければ監督になれないと聞きました。
日本のプロ野球の場合、少し、あまりにも安易に監督に起用し過ぎではないですか?
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-11-25 19:20 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

川崎宗則選手のメジャー志向発言とそこへ行くための資格
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1019983.jpg先日、福岡ソフトバンクホークス川崎宗則選手(←写真左)がFA権を獲得して、「メジャー・リーグ行きも有り得る」と表明したというニュースが流れてましたよね。
曰く、「1回しかない人生。いろんなことに挑戦してみたい気持ちがある」・・・と。

確かに気持ちはわかるのですが、ただ、この点では、私的にはちょっと待てよ・・・と言いたいですね。
今、猫も杓子もメジャー志向と言いますが、はっきり言って、「メジャーで通用している」といえるのは、イチローだけじゃないですか。
松井秀喜松坂大輔もそれなりの数字は残していますが、こちらは、「通用している」の前に「ある程度」という言葉がつくんじゃないですか?
ましてや、他の日本人選手に至っては誰か日本の時と見劣りしない数字を残している選手が誰かいるんですか?
コンスタントに15勝とか200奪三振とか獲っている投手がいますか?
3割とか30本とか打ってる打者がいるんですか?
川上憲伸はメジャー1年目の昨年は7勝12敗なのに、数日前には「勝ち星無しの7敗目」とかいう見出しを目にしましたし、松井稼頭央戦力外通告でしょ。
川崎選手がイチローを敬愛しているのはわかるんですが、それと通用するかどうかは別ですよ。

もっとも、イチローに関して言えば、彼はちょっと特別凄すぎるんですよね。
とにかく、彼の凄いところは「試合に出ている」ということだと思います。
少なくとも、シーズンを棒に振るような大けががないわけで・・。
これはたびたび申し上げておりますように、さんや長嶋さんの頃は結構、普通のことだったんですが、今は金本選手が特別なだけで、あとはそういう選手なんてあまりいないでしょ?
(その意味では、ホークスの小久保裕紀選手が去年、38歳で全試合出場したのは立派でしたね。)

つまり、メジャーに行くにはそれなりの資格がいると思うんですよね。
日本人メジャーリーガーに道を開いた野茂英雄投手はそれまで3年連続が最高だった国内連続最多勝記録を更新する4年連続を記録してましたし、イチローは7年連続首位打者という、それまで張本 勲さんが持ってた6年連続の日本記録を更新してのそれだったわけで、やはり、「メジャーに行きたい」などというのは、日本でこのくらいの成績を残した人が初めて口にするべきセリフだと思うんですよ。
佐々木主浩投手にしても、最優秀救援投手5回MVP1回の実績をひっさげてのそれだったわけでしょう。

この点は、井口資仁選手がメジャーに行ったときに一番思いましたが、タイトルといえば盗塁王2回だけで、後はラスト二年だけ打率3割・・・ではまだその資格はないんじゃないかと。
(その意味では、新庄剛志選手がある程度、通用してしまったのが問題でしたね。あれを見て、皆、「あいつでやれるんなら」と勘違いしてしまいましから。ただ、あれは、彼だけの非常にレアなケースなんですけどね。)
そう考えれば、川崎選手だって打率3割こそ4回あるものの、タイトルといえば盗塁王1回だけでしょ?
他の日本人メジャーリーガーの現状を見れば、行ったところで何をか言わんや・・・でしょうか。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-05-29 07:58 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(2)

小笠原発言に見る両雄並び立たずを煽るマスコミの論理
親愛なるアッティクスへ

e0027240_90395.jpg先日、日ハム日本シリーズに臨むときの記者会見か何かで、主砲・小笠原選手が「優勝して、つーさんを胴上げしたい」と言ってましたよね。
つーさんとは、今年限りで引退する新庄剛志選手のことです。
多くの方がご覧になったと思いますが、私はこれを聞いて意外でした。
今年の春先だったか、何かで読んでいたからです。
職人肌の小笠原は、チャラチャラした新庄を軽蔑している」と・・・。
「二人の確執は、もう、一触即発寸前だ!」みたいなことも書いてありました。
今にしてみれば、何だったんだ、あの記事は・・・ですよ、マッタク!

そこで、思い出したのが、古くは阪神「小山村山」ですよね。
「針の穴を通すコントロール」と呼ばれた小山正明投手と、「ザトペック投法」と呼ばれ、全身全霊を込めた投げ方で人気があった村山実投手・・・。
二人の確執は凄まじく、結局、小山投手は阪神から放出され、大毎オリオンズへ移ったわけですが、後に、村山さんは著書の中で、「小山さんは、私にとって、ライバルなどではなく師匠だった。私は小山さんから、色々なことを学んだ。それだけに、小山さんが去ったとき、残念でならなかった」と語っておられました。

ついでにいうと、広島カープ全盛期の古葉監督は大人しい顔に似合わず鉄拳制裁で有名だった人ですが、主力選手の高橋慶彦にまずいプレーがあったときなど、厳しく叱っていたら、段々と、「高橋と古葉は誰も手を付けられないほどに犬猿の仲」とマスコミに言われ出したそうです。
あまりに言われるので、あるとき、古葉監督は高橋選手に「俺、おまえに何か悪いことしたか?」と聞いてきたとか・・・。
高橋選手も、「いえ、何もないと思います。」と答えたとか・・・。

どうやら、マスコミは、すぐに「両雄並び立たず」と書きたてて、新聞の売り上げに繋げようと言う心理が働くもののようですね。
今の小笠原新庄然り、かつての、江夏田淵然り。
チーム内に並び立つような者がなければ、ムリヤリ、監督とでも並び立ててしまうという・・・(笑)。
で、となれば、以前から、私は疑問に思っていることがあります。

「両雄」ということになると、どうしても、真っ先に出てくるであろうのが、長島・・・、いわゆる、O・Nですよね。
不思議なことに、二人には一切、そういった確執は聞こえてきませんでした。
王サンは誰もが知る人格者であり、長島さんも有名な人徳者ではあるのでしょうが、でも、それで、片づけて良いのでしょうか?
いくら、性格がいいお二人でも、火がないところに煙を立てるのがマスコミじゃないですか。
ついでに言えば、性格が良くない「両雄」という点では、V9巨人時代の「両エース」堀内恒夫投手と高橋一三投手でも、そういう確執は一切聞こえてきませんでした。
まあ、この辺までは、川上哲治という大監督管理手腕だったのかもしれませんが・・・。
ちなみに、川上さんは与那嶺さんとの確執が有名でしたけどね(笑)。

で、ここからが本題です。

以前、ダイエー時代のホークスでも、城島健司捕手と松中信彦選手が年俸で競っていた時期、マスコミでは、段々と二人を「両雄」に仕立て上げそうな、そういうきな臭いが出てきていた時期がありました。
曰く、「球団は、これからは、城島を球団の顔とすることを決めた。だから、球団は松中の年俸を城島の下に据え置いた」みたいな・・・。
「あ、仕立て上げだしたな・・・」という臭いがしましたよ。
このまま、「小山村山」パターンに突入か・・・と。

これを払拭したのが、城島でした。
キャンプ恒例となっている「朝の声だし」の時間、他の選手が、笑いをとろうなどとしているとき、城島は、真剣な表情で、こう言いました。
「僕は、一生、松中さんには追いつけそうにありません。なぜなら、松中さんは、どんな打球でも、すべて、一塁まで全力疾走しています。僕は、半分も出来ていません。松中さんは、いつも、どんなときでも、痛い足を引きずりながらでも、一塁まで全力疾走しています。僕は、出来てません。僕は、自分に言い訳しています。皆さん、もし、僕が、全力疾走してないときは、遠慮無く、僕を叱って下さい!」と。

概略、こういう内容でしたが、それ以来、城島・松中、「両雄並び立たず」説は、ぴたーーーーーーーっと無くなりましたね。
今のアメリカでの辛抱などを見ていても、「城島ってのは、本当に偉い奴だなー」と思いますよ。

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by heitaroh | 2006-11-07 09:04 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(4)

中日ナインにみる、「苦しいときほど声を出せ!」の原理。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_11144549.jpg←ここはどこかおわかりになられますか?
そう、中華街です。
中華街というと、横浜が真っ先に頭に浮かぶのでしょうが、実は九州にもあります。
日本三大中華街のひとつ、長崎の中華街です。
先日、秋田人と行ってきました。

ところで、日本シリーズ、とうとう、日ハム王手ですね。
まだまだ、中日も慌てる必要はないのでしょうが、プレーオフのときも札幌で決めてしまいましたから、今日で決まる可能性は十分あるでしょう。
どちらかと言えば、44年ぶりの日ハムよりは、52年ぶりの中日を応援してたんですけどね・・・(笑)。

中日と日ハムの戦力比較では、両軍とも、似たような構成なんですよね。
ところが、たったひとつ、日ハムにあって、中日に見えてこない物がある・・・。
おそらく、戦力的にはまったくの五分と五分・・・。
であれば、わずかに、何かの部分で勝った方に均衡は傾く・・・。
それが、新庄剛志・・・、「SHINJO」の存在です。

中日には、ああいうお祭り男というか、チーム内を「カーッ」と燃え上がらせる選手が見あたらない。
皆、大人しい印象があるのです。
実際にはしりませんよ。
しかし、少なくとも、テレビの画面には見えてこないのです。

かつての、長島さんであるとか、中畑清、石毛宏典さんなどのような、あいつが打ったらチームが沸く!・・・みたいな人が見えてこないのです。
かつて、西郷隆盛が、「理想の総司令官」について聞かれたとき、「地味で堅実な人より、派手でイケイケの人の方が、戦場では兵の士気が上がるようだ」と答えたことがあると言います。

その意味では、中日の選手たちに、是非、耳を傾けて欲しいことがあります。
それ即ち、「苦しいときほど声を出せ!」です。
これは私自身の経験でもあるのですが、野球選手に限らず、調子が悪くなったり、負けがこんで来出すと、声が小さくなってくる。
声が小さくなってくると、暗くなる。
暗くなると、萎縮してしまう・・・。
萎縮すると、勝てるものまで勝てなくなる・・・。

つまり、リーダーは、嘘でも良いから、苦しいときほど声を出さないといけないんです。
中日ナイン・・・、誰か、本音を隠してでも、チーム内で脳天気なことやらないといけないんですけどね・・・。

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by heitaroh | 2006-10-26 08:09 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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