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夕焼け映える上空にて名著「南の島に雪が降る」を堪能
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1584590.jpg昨一昨日と、実はちと、所用があり、東京まで行っておりました。

その行き帰りの飛行機の中で読んだのが、俳優・加東大介氏の従軍経験を元にした回想小説、「南の島に雪が降る」・・・。

加東大介といえば、昭和の大女優・沢村貞子の弟にして、長門裕之、津川雅彦兄弟の叔父としても知られる名優ですが、やはり、私にとっては、何と言っても黒澤 明監督の代表作「七人の侍」での七郎次役で記憶に残っております。

頼りになる武士を探しに街に出た志村 喬演じる武士・島田勘兵衛が、宿に戻ってきて、「今日は珍しい男に会ってのう。この男はわしの古女房みたいなものじゃ」と言って皆に紹介するのがこの七郎次・・・ですが、「金にも名誉にもならぬ危険な戦があるのじゃが付いてくるか?」と問われた時、躊躇も気負いもなく、「はい」という辺りに七郎次の人柄と勘兵衛に対する信頼感が如実に表されていたでしょうか。
ついでに言うと、
「しかし、お主、良くあの戦で生きておったのう」
「はい、焼けた天守閣が頭の上に崩れ落ちてきた時にはもう駄目だと覚悟いたしました」
「その時、どう思った?」
「いえ、何も。頭が真っ白になって覚えておりません」
・・・などと話す辺り、戦後間もない時代、町でばったり、死んだと思っていた戦友に再会したような実感を伴っていたのでしょうか。

e0027240_15464749.jpg

本に話を戻すと、この本の初版は昭和36年(1961年)といいますから、私が生まれた年で、同じ年に著者主演で映画にもなりましたが、まさしく戦後わずかに16年しか経っていない時代のそれであり、出ていた俳優さんたちは皆、普通に戦争を知ってるんですよね。
ただ、これはこれで良かったのですが、映画を見たときには、かなり端折ってあるような気がして、何か物足りなさのような感を覚えましたので、改めて、原作を読んでみようという気になりました。
(と言いつつ、随分前に購入し、そのまま積ん読になっていましたけどね。)

あらすじを言えば、大戦中、ニューギニアの首都マノクワリに取り残された部隊の慰安と士気高揚のため、加東大介(本名・加藤徳之助)軍曹を中心に作られた演芸分隊の奮闘を描いたもの・・・でしたが、恥ずかしながら、ページをめくるたびに隣りの視線を来にしつつも、瞼にハンカチを押し当てねばならない状態でして・・・。
文章の方も、誰か、ゴーストライターが書いたのか知りませんが、簡潔でありながら芳醇ささえ漂わせる見事なもので、それに炙りだされた、死と隣り合わせの兵士たちの故郷を思う心情・・・。
演劇を志している人ならば、この書は必読ですよ。
何ゆえに「俳優」などという何の生産性も持たない職業が成立しているかを教えてくれる逸品だと思います。

ちなみに、この加東大介という人は画面からも伝わって来ましたが、そもそもがあまり人を悪く言わない人なんでしょうね。
絶望的な極限状態にありながら、悪い人、嫌な人が一人も出てきませんでしたから・・・。
その点は、映画「ラインの仮橋」と同じで、これだけを読むと勘違いする人も出てくるのかもしれません。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-09-26 07:55 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

小沢昭一の小沢昭一的こころに想う夕焼けの記憶
親愛なるアッティクスへ

小沢昭一という人物をご存じでしょうか。
小沢一郎じゃないですよ(笑)。)
かつてはよく、テレビなどでも脇役としてお見受けした個性派俳優さんですが、私はむしろ、ラジオの「小沢昭一の小沢昭一的こころ」という番組の方で知ってました。
この番組、実は、私は主に中学生の頃によく聞いていたのですが(当時の中学生はよく、ラジオを聴いてましたっけ・・・。)、その後、社会人になってからも、折に触れて、たまに車のラジオなどで耳にするにつけ、「あ、まだやってたんだ」と感慨深いものがあり・・・。

が、それもそのはず、この番組は昭和48年(1973年)放送開始だそうで、放送開始当時、この方は今の私より年下の44才。(ちなみに、私は12才小学校六年生・・・。)
つまり、私がよく聞いていた頃というのは、この番組はまだ始まったばかりの頃だったんですね。
翁は昭和4年(1929年)生まれだそうですが、こういうものは、是非是非、いつまでも頑張って聴かせて頂きたいものです。
(私はいまだにあれを聞くと、中学生の頃、今はもう無い拙宅の強い西陽の当たる部屋で、窓の外にあった駐車場で遊ぶ近所のガキどもを見降ろしていたことを思い出します。)

ちなみに、当時は、他にも、「夕焼けに歌おう」などという番組もあり、高校生の時、これに詩を送って、読み上げられたこともあるんですよ。
出来としては、我ながら、それなりの出来でしたから、まあ、読まれても不思議はなかったと思うのですが、こちらは採り上げられると思って書いていなかったんで、何も控えなんか取ってなかったんですよね。
(まさしく、「無欲の勝利」・・・、いわゆる、ビギナーズ・ラックでしょう。)

e0027240_12245080.jpg

↑秋の日はつるべ落とし・・・。この一枚を撮って、場所を移動したら、もう、終わってました。私的には下の方に少しだけポツンと見える寂しいネオン郷愁を感じさせて好きなんですけどね(笑)。)

ちなみに、昔、「夕やけ番長」という漫画があったんですが、(覚えておられませんよね(笑)。)当時は、アニメにもなったし、結構、人気があった漫画だったんですが、主人公、赤城忠治破天荒なまでの快男児だが、夕焼けを見ると、なぜか、センチメンタルになる・・・という設定でした。
でも、やっぱり、夕焼けと言えば、黒澤 明の名作、「生きる」で、志村 喬演じる末期癌に冒された主人公が、ふと、夕焼けを見上げ、「実に美しい。ワシは夕焼けなんてこの30年間すっかり・・・、いや、しかし、ワシにはそんな時間はない」と言って歩きだすシーンこそが圧巻だったでしょうか。
                               平太独白
by heitaroh | 2008-10-06 08:14 | 文学芸術 | Trackback | Comments(8)

映画「生きる」に想いを馳せる第四の分野は日本から!
先般、ある先輩様が、黒澤明の名作、「生きる」をご覧になられたとの由、伺いました。
今頃かよっ・・・という突っ込みはさておき、私も、あの、「生きる」に関しては、さすがに、クロサワ映像シェークスピアと評されるだけあると思いましたよ。

e0027240_10591174.jpg(←信州上田城よりの夕景です。映画「生きる」でも、主人公が夕焼けを見つめながら、「美しい、夕焼けとはこんなに美しいモノだったのか・・・」と呟く、印象的なシーンがありましたよね。)

この作品で、私が特に印象に残っているのが二つ。

ひとつは、「昔の役所はひどいもんだったんだなー(今よりもっと)」ということと、助役室に怒鳴り込んできたやくざに胸ぐらを捕まれ、「殺すぞ!」と言われたときの志村喬の演技は、もう絶品だったということです。
怖いものなしでもなく、やけになるでもなく、哀しいような可笑しいような・・・もう、人が本能的に恐れる「死」というものを超越している・・・という、まさに名演技でした。
ある意味、以前、平太郎独白録 「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」でも紹介したベアトリーチェ・チェンチの表情を思い出してしまいました。

で、ストーリーというものはシェークスピアの時代に、おおかた出尽くしたと言われていることを考えると、日本では、「日本のシェークスピア」の時代に、こういう中身のある映画は出尽くしたのかもしれません。
だとすれば、その後、映画=ストーリー性を第一の時代とすれば、特撮という新しい分野を確立した円谷英二第二の時代の革新者だと思います。
そして、第三の分野は世界を席巻しつつある、日本のアニメーション、ジャパニメーションではないでしょうか?

ただ、哀しいかなこの全ての日本が、オリジナルではないと言うことです。
クロサワの前にもハリウッドというものがあり、円谷の前にもキングコングというものが、また、ジャパニメーションの前にもディズニーがあったと・・・。
となれば、次の第四の分野(CGは特撮の延長線上であり、第四の分野ではないと思います。)は、是非とも日本人の手で切り開いて欲しいと思うのですが、現状のシステムを見る限り、とても難しいと思わざるを得ません。
現代日本にはクリエーターと呼ばれる人たちが、掃いて捨てるほどいると聞きます。
ぜひ、がんばって欲しいものです。
                            平太独白

by heitaroh | 2007-02-24 11:17 | Trackback | Comments(0)

年末的一年間お世話になりました的教えて下さい
親愛なるアッティクスへ

今年もいよいよ、残すところあと僅かとなってきましたね。
で、まことにもって、恥ずかしい限りなのですが、今年一年、疑問に思ったことを挙げてみたいと思います。
ご見識豊かな皆々様のお力を持って、迷える子ヤギをお導きの程を。
これがすっきりしないと年が越せません(笑)。

で、教えてください。

なぜ、カナダは独立国なのでしょうか?
東洋的な発想では、アメリカがカナダを併合してしまえば、アラスカまで地続きになるんですよね。
カナダは、一応、アメリカの弟分ってことになってるのでしょうが、カナダの国民感情としてはアメリカに対しては、ちょっとした対抗意識のような物もあり、アメリカの悪口を言うことで職を得ているような議員さんもいると聞いています。
それを考えれば、万一、遮断されたりしないように自国の領土としておいた方がいいんじゃないですか?
何より、カナダとアメリカは、宗教や民族が特に違うわけで無し、どうしても、別の国で有らねばならない理由があるようには思えないんですよ。
また、同様に考えれば、メキシコを始めとする中米の国も然りで、中国人や日本人の考え方だと、パナマ運河の領有を確実な物にする為には、パナマまでは自国の領土に組み入れてしまおうとするんじゃないですか?

教えて下さい。

ドイツが最大の被害を与えた国ポーランドに対して、戦後一貫して謝罪外交を行ってきたといいますが、これって旧東ドイツが行ったモノでしょうか?
旧西ドイツ?それとも、両方?一緒に?別々に?
考えてみれば旧西ドイツは当初は国交がなかったわけでしょうし、東西双方が別々にそういう結論に達していたとしたら、これは驚くべき事ですね。
ゲルマン民族の民族性の為せる技でしょうか・・・。
それとも、西ドイツにそういう動きがあったから、遅れてはならじと東西争って、ポーランドとの和平に邁進したという覇権争いの一面があったのでしょうか?

e0027240_12315847.jpg教えて下さい。

なぜ、日本人はゼネラル将軍と訳したのでしょうか?
翻訳されたと思われる明治日本では、将軍と言えば、前王朝の通称であった征夷大将軍のことだったのではないですか?
律令国家の称号をそのまま、踏襲したのかもしれませんが、少なくとも、江戸時代の翻訳者であれば、ゼネラルを将軍とは訳さなかったように思えるのですが・・・。

将軍と言えば、中国では、孫子などには、「将能ありて君御せざれば勝つ」等という言葉もあるとおり、司令官という位置づけでしたよね。

日本でも、古代は、「いくさのかみ」と読んで、将軍、つまり、軍事を司る司令官という意味だったように記憶しておりますが、ゼネラル=将軍とした時点で、旧幕府側の人間からの反発は起きなかったのでしょうか?

教えて下さい。

ジパングというマンガの中に、タイムスリップした自衛隊員が当時の日本人になりすまして、町を歩くことになったとき、麻のスーツと「帽子」を手渡されたのですが、隊員の一人がそれをかぶりながら、「照れるな」と言うシーンがありました。
で、私は帽子が好きなんですが、たまに、スーツに帽子を被っていくと、皆から、奇異な目で見られます。
日本人が、正装に帽子を被らなくなったのは、どういう理由だったのでしょうか?
いつの頃から日本人は帽子をかぶらなくなったのでしょうか?
昭和30年代の映画では、かぶっているのを見たことがあるんですけど、でも、それも考えてみれば、志村喬などの年配の人でしたね・・・。
                         平太独白

by heitaroh | 2006-12-28 08:10 | その他 | Trackback | Comments(15)

黒澤明の最高傑作「七人の侍」 続編
昨日の続きです。

「七人の侍」では、決戦前夜の木村功津島恵子のラブシーンも印象的でしたネ。
私は、あれを見てフランスミッテラン元大統領を思い出しました。
ミッテランとその夫人は、第二次大戦中、共にナチス・ドイツに対するレジスタンスとして戦っていたそうで、知り合って一週間結婚したそうです。そのことについて、「何故、そんなに早く結婚を決めたの?」とインタビューされた夫人は、「だって、お互い、明日生きているかどうかもわからないんですもの・・・」と答えていました。
これこそが男女が結ばれるときの姿の原型のような気がします。

でも、その名匠、黒澤明にも「らしからぬ」ところが2カ所。
一つめは雨の中、火縄銃をむき出しで持ってきて、「家の中からなら撃てる」というのはないと思います。
あの時代までは、湿気があっただけで、火縄に点火できなかったと言いますから、仮に油紙に包んで運んだとしても、あの豪雨の中では役にたたなかったのでは・・・。
二つめは、ラストのほうで宮口精二扮する久蔵が撃たれ、その敵を倒そうと、すぐに三船敏郎扮する菊千代が飛び込んでまた撃たれる。
あの時代に、あの短時間で連射はないですよ(苦笑)。

当時の鉄砲では、一発撃ったら、どんな熟練者でも、 三船敏郎が飛び込むまでには二発目を準備できないはず。
ましてや、一発発射すれば、敵が飛び込んでくると言うことは、むしろ飛び込まれる方がはっきりと認識することであって、そんな焦りまくった状態の中で、筒掃除して、火薬詰めて、弾込めて・・・の連射。
まあ、その時間を短縮できるようなセット商品があったとは言いますが、それを使ったとしてもちょっと・・・。
もっとも、野武士が当時の最新兵器の火縄銃を持っているというのは、何となく現代でも、その気になれば、暴力団のほうが、警察よりいい兵器を持てたりするのと似ているような・・・。

又、建設現場上がりである私としては、あの作品に出てくる、幾多の戦場をくぐり抜けた志村喬らのベテラン侍たちの仕事ぶりを見ていると、上棟式のときのベテラン大工たちの姿そのものに思えました。
何も言わないでもわかるし、言わなくてもすでに誰かがとりかかっている。
皆、長年の共通の体験があり、暗黙の慣習があり、いつものように、手慣れた手つきで眈々と段取りを進めるだけというもの。
あそこに出てくる侍たちは、戦後のあの時代にたくさんいた職人という人種たちなんですね・・・。
                             平太独白

by heitaroh | 2005-06-10 19:47 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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