タグ:中曽根康弘 ( 10 ) タグの人気記事

え?何周年なんだ・・・もうわからなくなってきた祝13周年記念特別号!
おかげさまで、拙ブログも気がつけば13年!を迎えることができました。
これも偏に皆様のお引き立ての賜物と厚く御礼申し上げます。

思えば、拙ブログを始めた2005年なんて、私にとっては、つい最近のようですが、13年前なんですね。
中曽根康弘さんが総理大臣になったとき、「戦後政治の総決算」を謳ったのですが、当時、私はそれを聞いて、「この人、何言ってんだ?」と思いました。
だって、私にとって、戦後なんて、既に生まれる前の出来事。
決算も何もそんなもん、とっくに済んでいるでしょ・・・みたいな感覚でしたが、従軍世代である中曽根さんにとっては戦後というのはそれほど昔のことでは無く、あくまで、延長線上のことだったんでしょうね。

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例年、周年のときは「道」の画像を上げてますので、今年も・・・と思ったのですが、今年は敢えて、見落としそうな小径といたしました。
誰もが通る大道ばかりが道ではなし・・・ということで。

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道と言えば、ついでに、これ(↑)。
のCM以来、すっかり有名になってしまった福岡県の宮地嶽神社「光の道」です。
この日はまだ、光の道が出来る日では無かったのですが、既に人だかりが・・・でした。
有名になりすぎるのもいかがなものかと。

ということで、もう、何周年になったのかかなり、わからなくなってきてますが・・・。
本当は20日頃じゃなかったかな・・・のような・・・。
でも、思い出したときに上げておかないと忘れるし・・・。
そもそも、何日から始めたか控えてなかったし・・・で、今年も惰性でぼちぼちと14年を目指して頑張ります。
            平太独白


by heitaroh | 2018-03-13 18:14 | その他 | Trackback | Comments(2)

シュミット元西独首相の「有害な愛国主義」批判に感嘆
親愛なるアッティクスへ

今日は、あの、あさま山荘事件からちょうど、40年なんだそうですね。
当時、私は小学校4年・・・。
あの、最近、AUのCMにも出てくる星飛雄馬のライバル・花形 満大リーグボール1号打倒のための特訓に利用した解体現場用の巨大な鉄球と、随分と長かったテレビ中継が印象に残ってますが、まあ、当時は繁栄の頂点であった大阪万国博覧会高度成長の終焉をもたらしたオイルショックとの間で、経済的な繁栄と裏腹に、こういう共産革命的なものを目指す血なまぐさい動きもままあり、子供心にも、今更大人は何をそんなに大騒ぎをしているのか・・・というのが正直な実感でした。

今となっては当時の彼らの行動に共感を覚える人は少ないでしょうが、ただ、あそこまで極端な行動に出ることはないにしても、今も、少し背中を押されたら一気に坂を駆け下りてしまいそうなことを言っている人は少なからずいるような気がします。
この点で、少し思ったのが、最近、ドイツでも与党議員らが、「欧州では今、再びドイツ語が話され始めている」というようなことを得意になって述べる姿が見かけられるようになってきたということです。
これは、他の欧州諸国の凋落ゆえに、対照的にドイツ人の欧州の中での比重が上がってきているということなのでしょうが、一方で、私には、「日本は本当は悪くなかった」、「日本人は素晴らしい」というようなことを述べる日本人が増えてきたのと二重写しに見えて仕方が無い気がするんです。

その、ドイツ人の姿に激しい叱責を加えているのが旧西ドイツシュミット元首相・・・、御年92歳・・・。
第二次大戦の従軍経験があり、ドイツの世論調査では度々、「最も愛された首相」に選ばれている人で、この辺り、日本での中曽根康弘元首相のような存在なのかもしれませんが、少し違うのは、この方は、好調な経済を背景に「独善的なドイツの台頭」が指摘される現状に憂慮を示すなど、その、「他の欧州諸国との連帯を常に訴える姿勢には根強い支持」があると言われている点です。
(その意味では、むしろ、故・後藤田正晴元副首相に近いのでしょうか。)

同氏は、「ドイツは今、欧州の師匠役を気取っている。欧州の盟主を目指せば必ず近隣国の反発を招き、やがて孤立する」と訴え、さらに、現在の欧州危機に際しても、「他国の債務の共同保証」に反対するメルケル首相を「有害な愛国主義」と批判し、「ドイツは再び近隣国を不安にさせている」と指摘。
また、「ドイツの輸出黒字は、他の欧州諸国の赤字の上に成り立っている。だからこそ負債は一緒に引き受けるべきだ」・・・と。
いずれも、まったくの正論ではないですか!
「ドイツ人よ、奢れるなかれ!」・・・と。

氏は、さらに「戦後ドイツの復興は、他の西側諸国の支援なしには不可能だった事実を忘れてはいけない。ドイツは今こそ、ギリシャなどに連帯を示す歴史的義務がある」と語り、欧州全体の利益を重視し、さらに資金を拠出すべきだとの考えを示した・・・と。
日本人は氏のこれらの発言と増長するドイツ人の姿をどう見るのか・・・、以って他山の石とすべしと私には思えるのですが・・・。
                                     平太独白
by heitaroh | 2012-02-28 07:52 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)

「私の履歴書 保守政権の担い手」読了雑感 その3
親愛なるアッティクスへ

先週の続きです。

後藤田正晴氏はペルシャ湾への派遣そのものに反対したわけではなく、どうやら、「拙劣な派遣決定に異を唱えた」・・・ということだったみたいですね。
氏は、日本の自衛隊が終戦後、元々、警察予備隊として発足したという経緯もあって、警察官僚として、その本質を間近で知悉する立場にあったとのことで、それによると、日本の自衛隊は帝国陸海軍とも米軍とも違い、専守防衛を旨として作られていることから、補給も含め、様々な部分が海外派遣に適応するように出来ていないということらしく、うっかり派遣してしまうと役に立たないどころの話ではない・・・ということだったようです。
なるほど・・・と少し納得できたような気もしましたが、とはいえ、氏の説明はあくまで「一端」について触れただけという感じでしたので、私の中ですべて消化できるにはもう少し時間がかかるようです。

で、田中角栄さんについてもう一つ、述べておくと、私は常々、「頭がいいと言ったって、結局は、記憶力に優れているか、計算力に優れているかでしかないのではないか・・・」と思っているのですが、この点、角栄さんは、「暗記は教育の中でもっともたいせつなことの一つ」と喝破してありました。
まあ、いかにも、記憶力と計算力で「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれた人らしい感慨だなとは思うのですが・・・。
「本を読んでも、人に教えられても、それを記憶する能力がなければ身につけようもないじゃないか・・・」というようなことだったようですが、まあ、それはそうでしょうが、だからといって、すべてを丸暗記してしまうかどうかに価値観を置かなくても・・・という気がするんですけどね。

で、福田赳夫氏については以前、人口問題の項で触れたとおりで、他は特に印象に残る部分はなかったのですが、唯一、引っかかったのが赤字国債発行に関する部分。
今となっては天文学的な数字にまで累積してしまった赤字国債発行を最初に推し進めたのはこの人で、氏は発行に際して、戦前の反省から多くの人がこれに反対した経緯があったことから、一度、発行を終了させてしまうとまた発行するときが大変・・・という理由で、「種火」は持続させ続けなければならない・・・ということを言っておられました。
でも、氏ほどの人がどうして、種火を持つのが子供(日本人)だということの危険性に思いを馳せなかったのかがどうにも理解できません。

最後にそれら6人の登場人物らの中でも、出色と言おうか、もっとも異彩を放っていたのが中曽根康弘さんのそれでした。
この人のはもう、一遍の「物語」になってましたね。
その辺は田中角栄さんのそれにも少し近いものを感じておりましたが、中曽根さんのそれは田中さんと違い、総理を退任してから後に書かれたものだけに自らの半生記というに相応しく、まさしく、「健筆」というに相応しいような躍動感があり、その点では「回顧録」と言うよりは、もう、「自伝」と言ったほうが良かったでしょうか。
おそらく、この人だけはゴーストライターや口述筆記などに頼らず、自ら書き上げたのではないでしょうか。
不遜ながら、私が書くとしても同じような構成になったと思え、この点、なんとなく、中曽根さんの意気込みが伝わってくるような気がして、思わず苦笑した次第でした。
                               平太独白
by heitaroh | 2011-12-19 18:15 | 政治 | Trackback | Comments(0)

「私の履歴書 保守政権の担い手」読了雑感 その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

で、これらの中でまず、興味深かったのが田中角栄元首相・・・。
この人は、苦学独行で総理まで上り詰めた苦労人でありながら、そこは、やはり天性の陽性の人らしく、どんなに酷い目にあわされてもあまり恨んだりせず、殆ど、人の悪口や非難めいたことを書いてなかったのが印象的でした。
が、それだけに、そういう人が「憤慨」した記述を残すということは相当、許せなかったんだろうな・・・と思いましたね。
その部分は、戦時中、一兵卒として従軍したものの、まもなく高熱が出て内地に送還され、生死の境をさまよった際のこと。

医者が財布の中の札の番号を控え、時計の番号を記録しながら、「食べられたら何でも食べて良い」と言って去って行った・・・という記述の後で、珍しく、「こんなことをされたら、生きる病人も死ぬ」・・・と。
角栄さんは、早春の上野駅のコンクリートの上に担架に乗せられたまま半日も放っておかれても、また、移送された仙台で運搬役の下士官たちが残雪の上に病人を放置したまま、長々と報告を続けていた時でも、実に淡々と延べるに止めておられましたし、後にも先にも、非難めいたことを述べられたのはこの部分だけでしたので、なおさら、氏の憤然とした想いが伝わってくるような気がしましたね。

この辺は同じく、軍の病院に入れられた後藤田正晴氏もその環境の酷さについては言及されてましたが、要は、病院に収容されたような兵士はもう、不用品だった・・・ということなんでしょう。
ただ、ここで少し思い出したのが、以前、知己より聞いた話ですが、終戦直後、国共内戦(?)で負傷した中国兵は自国の看護婦ではなく、皆、日本人の看護婦に看護してもらいたがったという話でして・・・。
まあ、真偽のほどは知りませんが、要は日本人の医療は中国人のそれに比べ清潔であり、中国兵もその辺を皆、知っており、それゆえに日本人の看護婦が重宝された・・・ということのようでしたたが、でも、少なくとも、田中、後藤田両氏の回顧を読む限りでは、とてもとてもそんな風には思えませんでしたけどね。
まあ、内地と外地では違ったのかもしれませんが。

その、後藤田氏が筆を執ったのは角さんが寄稿してより四半世紀経った後のことでして、少し、隔世の感が無きにしも非ず・・・という感じでしたが、この人の回顧の中では、かねてより疑問だった部分について、一端ながら触れて戴いてたのが一番、有り難かったですね。
それは、中曽根康弘内閣の官房長官時代、ペルシャ湾への海上自衛隊派遣を推し進めようとする総理の意向に真っ向から反対し、「閣僚としてこの法案にサインしない」とまで言い、結局、総理を翻意させた・・・という有名な話についてでして・・・。
私はかねてより、他者ならともかく、後藤田さんほどの人がどうして、この、一見当たり前のように見えることにそこまで反対したのか・・・が疑問だった次第です。

また、次回に続きます。
                            平太独白
by heitaroh | 2011-12-17 18:14 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

オーナー経営者とサラリーマン経営者、どちらが是か非か
唐突ですが、オーナー経営者サラリーマン経営者というのは、果たして、どちらかが良いシステムなのでしょうか?
オーナー経営の欠点とは、言うまでもなく、何代にも渡って優秀な人物が輩出されるという保証がない・・・ということでしょうが、一方で、サラリーマン経営の弊害は自分の任期中のことしか考えないことにあると思います。

確かに、歴代の徳川将軍全てが皆、家康並に優秀であったわけではないこと一つを見ても、そのことを如実に物語っているわけですが、一方、サラリーマン経営の弊害にも好例があります。
それこそ、日本を初めとする民主主義国家の行き詰まりでしょう。
(「歴代、有能なTOPを輩出し続けるということの難しさ」は歴史が証明していますが同時に、「有能で、自分の痛みを気にせず滅私奉公で行動するTOP」の登場に期待する・・・というのも、まあ、理屈ではその通りなのですが、これまた、現実的ではないことも歴史が証明しているようです。)
では、どちらが好ましいシステムなのか・・・と言われれば、これら二つのシステムは、良い悪いとかではなく、本来、うまく組み合わせて使うべきものなのだろうと思います。
(その好例が、かつての三井家のように、オーナーはオーナーとして存在しながらも、「君臨すれど統治せず」で実際の経営は有能な番頭の中から、一番、相応しい者を選び任せる・・・というものでしょう。)

では、日本におけるオーナーとは?と考えてみると、もっとも適当なのは天皇でしょう。
であれば、絶対君主制にしろとは言いませんが、少なくとも、もう少し戦前のようにもう少し、諮問権くらいあってもいいのではないでしょうか?
天皇が象徴などになってしまったから、(元々、象徴なんでしょうが。)歴代内閣が、国債魔法の財布代わりに使うという無責任の構図が出来上がって行ったわけで・・・。
(「使うときは自分で、払うときは他のやつ」なんて、こんなうまい話はないでしょう。)

元々、赤字国債というのは憲法で禁止されていたのを昭和40年不況の時に福田赳夫さんが使えるようにしたと聞きました。
つまり、パンドラの箱を開けてしまったんですね・・・。
さらに、中曽根康弘内閣のときには償還期限が来た物を、そっくりそのまま新たに国債を再発行してツケを後の代に回しましたよね。
まあ、中曽根さんにしてみれば、「そんな、前のやつが作った借金、何で俺が払わないといけないの?」というところだったでしょうが、でも、サラリーマンである首相と違い、オーナーである天皇に任期はないわけで、その意味では、本来なら、天皇も、「福田が緊急時というので赤字国債の発行を許したが、中曽根は償還する気はないのか?この後の返済計画をどう考えているのか?」くらいのことは言ってもよかったんじゃないですか?
明治天皇だったら言えたんでしょうが、象徴が本当に象徴になっちゃうから、ああいう無責任なことになってしまうわけで・・・。
                            平太独白
by heitaroh | 2009-10-15 19:24 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(8)

現代も生き続ける長州閥の恐るべき閨閥形成への貪欲性
親愛なるアッティクスへ

「二キ三スケ」という言葉をご存じでしょうか?
今更、釈迦に説法とは存じますが、戦前、日本の傀儡国家だった満州国で勢威をふるった五人の実力者、東条英機、星野直樹、鮎川義介、岸 信介、松岡洋右の、それぞれ、末尾の一文字をもじった言葉です。
つまり、「キ」「スケ」というわけですね。
ところが、このうちの2キを除く、三人の「スケ」ですが、この三人は、いずれも皆、長州人でして・・・、それは、まあ、明治の藩閥政治の名残・・・ということを考えれば、まあ、驚くには値しないのかもしれませんが、実は・・・、この三スケ、長州人であるばかりでなく、皆、縁戚でもあったのです。
(参考:平太郎独白録 : 日本の中枢で現代も生き続ける長州閥

まず、日産コンツェルンの創設者・鮎川義介ですが、鮎川の大伯父は明治の元勲・井上 馨であり、さらに、イトコの子供は、岸 信介の息子に嫁いでおり、となれば、当然、岸 信介の娘婿である安倍晋太郎安倍晋三の父子も縁戚に連なるわけです。
さらに、そこから、岸の実弟、佐藤栄作元首相の妻を通じ、三国同盟締結時の外務大臣で3スケの一人、松岡洋右にも連なるわけですね。
(ちなみに、吉田 茂元首相・・・、そして、その孫、麻生太郎前外相も縁戚関係に連なります。)

さらに、この閨閥を一層、深淵な物にしているのが鮎川の妹婿で久原房之助という人物です。
まず、久原の叔父、藤田伝三郎は維新の動乱期に、高杉晋作に師事して奇兵隊に身を投じ、明治の元勲・木戸孝允、山田顕義、井上馨、山県有朋らと親交を結び、やがて、これらの人脈を活かし、太閤園椿山荘箱根小涌園ホテルフジタ京都などでも今日も知られる藤田財閥を築き上げた辣腕実業家として知られています。
そして、久原自身は廃藩置県前の長州藩の藩都・萩に生まれ、戦前は、逓信大臣を務め、政友会総裁として政界の黒幕としても知られる一方で、日立製作所の基盤となった久原鉱業所(日立銅山)や久原財閥の総帥として「鉱山王」の異名を取っ財界人でもありましたが、閨閥を紐解くならば、彼には、妾腹の子を含めると3男10女の計13人の子宝に恵まれたことで、閨閥作りに一層の彩りを添えることになります。
即ち、長女は元衆議院議長・石井光次郎に、三女は大隈重信の孫・信幸に、四女は東急グループ創設者にして、強盗慶太とあだ名された五島慶太の長男にして、日本商工会議所会頭を勤めた五島 昇に嫁いでいます。

で、その五島親子ですが、父、慶太の東大時代の同級生は、讀賣グループ社主・正力松太郎らであったのに対し、息子、昇の東大寺代の同級生としては、中曽根康弘元首相が知られています。
その、昇氏がまだ婚約時代、当時の中曽根青年を房之助翁に合わせたところ、翁はたちまち、中曽根の才気を気に入り、是非、別の娘を嫁がせたいと言い出したとか。
あいにく、このとき、中曽根にはすでに婚約者がおり、翁は「何とかならんか」と粘ったといいますが、結局、断腸の思いで断念せざるを得なかったそうで、このとき、昇氏が「あいつのどこがそんなに気に入ったんですか?」と聞くと、翁は、一言、「彼は声が良い」と言ったとか。
すでに、中曽根青年の政治家としての資質を見抜いていたということでしょうか・・・。
ダイヤと見れば原石であろうが何であろうが、片っ端から取り込んでいく・・・、恐るべし久原房之助、恐るべし長州人・・・ですね。
                               平太独白
by heitaroh | 2008-04-07 08:00 | 歴史 | Trackback | Comments(6)

戦争を知っている世代の反戦論 後編
親愛なるアッティクスへ

e0027240_12191413.jpg今日から、どなた様も事実上仕事初めかと存じます。
私も今から、挨拶回りに出なければなりませんので、少々、焦って書いております。
イマイチ、論旨がまとまっておりません。
あしからず・・・。

で、年末からの続きです。

木下恵介、湯川秀樹、後藤田正晴・・・。
うちの祖母ではないですが、実際に、先の大戦を経験した人たちは、中曽根康弘元総理以外、多かれ少なかれ、反戦というものに貫かれているように思えます。
(私としては、中曽根さんが言っていることの方にも理があるように思えるのですが。)
黒澤 明の映画も然り。
根本には反戦があると・・・。
しかし、ただ反戦を唱えていればいいのか・・・と言われれば、私などは、少し、考えてしまうのです。
こちらに、仕掛ける気がないからといって、向こうにも無いとは限らないからです。
非武装中立などというのは、到底、正気の沙汰とは思えない考え方です。
(実際、東西冷戦時、あるイスラエル人は、「我が国で、非武装中立などと言うことを唱える人が居たら、その人は精神鑑定を受ける必要がある」と言ったという話もあります。)

この辺のことを、これ以上、掘り下げて述べると、また、右からも左からも、面倒くさいことになりそうですので、これ以上は触れませんが、以前、平太郎独白録 「平和憲法の維持はタダではない!」の中で、陸軍の鬼才、石原莞爾が、晩年、インタビューに答え、意外にも、「日本は一旦、平和憲法というものを選択したのだから、たとえ蹂躙されようとも、これを堅持しなければならない。」ということを述べていたことについて触れたことがあります。
この点で、亡き後藤田正晴氏が、意外(?)なまでに、徹底して反戦派だったことを思い出しました。
後藤田さんは、周知の通り、抜群の政治感覚を持った人であり、また、実際に戦争体験がある人でもあります。
その人が、敢えて、「反戦」を口にされるということは、他の人の観念論とは違い、やはり、耳を傾けざるを得ないのではないかと思っています。
ただ、今までは反戦で良かったとしても、この先も、未来永劫、ずっと、それでいいのかというと、やはり、少し疑問に感じてしまいますが・・・。

これまでも、日本アメリカ判断ミス(その場凌ぎ?)で押しつけられた平和憲法というものを、逆に盾にとることができたわけですよね。
ベトナム戦争韓国派兵せざるを得なかったけど、日本は派兵しなくて済んだというのはその最たるものではなかったでしょうか。
ただ、現段階では、まだ、何だかんだ言っても、アメリカに守ってもらっていた方が安くつくとは思いますし、であれば逆に、アメリカ様の言うことには、少々、理不尽でも従わざるを得ないのでは・・・と。
ただ、今の日本は(日本に限らず?)、とかく、右も左も極端な感情論ばかりになっているような観があり、反戦を貫くなら貫くで、石原完爾の言うように、「泥をすすることになっても・・・・」という現実的な覚悟がないのが問題のように思えます。

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by heitaroh | 2007-01-09 08:18 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

大勲位、中曽根康弘が見せた中国カード!
親愛なるアッティクスへ

本日は、まったく別の話題にするつもりだったのですが、8月という日本人にとっては特別な時期的な物もあるのでしょうか、世上はそういう雰囲気ではないようですので、昨日に続き、同じく中曽根康弘元総理の毎日新聞インタビュー記事を載せてみました。
こちらは、イラク戦争開戦から間もないサミット開催時期のものだと思うのですが、時節柄ということもあったのでしょう、昨日の物と違い、外交問題について述べておられます。
少々、我田引水自画自賛の気はありますが、さすがに大勲位!
なかなか、いいことを言っておられるように思えます。
以下。
-------------------------------

 -イラク戦争を巡る米欧対立後のサミットです。
 ◆私の経験から見ると、サミットでの米仏対立は年中そうなんです。
 83年の米ウィリアムズバーグ・サミットで、ソ連の欧州向け中距離核ミサイルSS20配備に対し、米国が声明を提案し、私が「G7の安全保障は不可分であり、グローバルに取り組まなければならない」という文章を入れたんですよ。
 それに一番反対したのがミッテラン仏大統領だった。
 「フランスは北大西洋条約機構(NATO)軍事規制には入ってない」と言ってね。
 レーガン米大統領サッチャー英首相が説得しても聞かない。
 ドイツフランスの顔を見てる。

 -似た構図ですね。
 ◆それを私が「今まで日本の首相は安全保障問題で発言しなかったが、私は言う。ソ連の態度を直すには欧州アジアが結束しなければだめだ。NATOが欧州で提携するなら、私は中国アジア政治的連携を作り、ソ連に対抗する」と。
 ミッテラン、黙りこくっちゃって。それでレーガンが「じゃ、その通りやりましょう」と言ってね。
 翌朝、シュルツ米国務長官が私の宿舎までわざわざお礼に来ましたよ。

 -小泉純一郎首相が仲介役を担う時だと。
 ◆そう。今回のもう一つの課題は、国連の機能まひをどう回復するか。
 世界秩序の根源を絶持していく機能がサミットに出てきた。
 国連の機能回復も、サミットで協調すれぼできるわけです。

 -日本にできますか。
 ◆米国や欧州には難しいが、アジアの日本がカナダイタリアを誘って積極的にやれば、調整の実をあげられる。
 ロシアは米国に近づきつつある。
 ドイツも東欧が米国と密接になっているから、ある程度妥協せざるを得ない。
 フランスは議長だから、成功させる立場にある。
 和解の原則的一歩を築きたい。
 そういう場を活用できるのは、湾岸に汚れた手を持ってない日本ですよ。
 今回のサミットは、日本の外交的展開のチャンスだ。
 どう仕切るかは小泉君の政治的腕前だね。
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「日本は中国とアジアで政治的連携を作り、OOに対抗する・・・。」
この論法は今でも、割と使えるし、使って良いのではないでしょうか?
そう言うと、「中国が乗ってこない」「アメリカが許さない」などと仰る方がいらっしゃるようですが、中曽根さんのこの話も、実際に「中国と軍事同盟を結ぶ!」という話でもない以上、まあ、平たく言えば、売り言葉に買い言葉程度のものであり、だとすれば、その為に中国の理解を求める必要もなく・・・。
(実際にそういう話になるのであれば、カードとしては重たすぎます。あくまで、論法として・・・。)
売り言葉に買い言葉とは言え、実際に日中間にそういう話が持ち上がるのは、欧米にとっては脅威であることには違いなく、たとえ話としても嫌がるのではないですか?
つまり、日本はもっと、対欧米との交渉の中では中国カードを切っていいのではないか?ということです。
                              平太独白
by heitaroh | 2005-08-18 06:19 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)

大勲位、中曽根康弘の小泉評!
親愛なるアッティクスへ

郵政民営化法案否決から、解散、反対議員への対立候補擁立まで、余人はさておき、私としましては、全面的に支持出来る内容だと思っております。

ところで、ここに、大変興味深い小泉評があります。
以前、ある雑誌に載っていた中曽根康弘元総理の小泉評です。
おそらく、去年の暮れ頃のインタビューかと思いますが、さすがに中曽根さんはよく見ているなと思います。
小泉支持者の私も、総理に思想的なバックボーンがない・・・という点では、残念ながら、・・・。
以下、ご存じとは思いましたが、一応、添付致します。(一部中略。)
------------------------------
 「小泉首相はつきがあって運が良い。また首相には気力がある。
 わたし(中曽根元首相) をやっつけて総選挙に出さなかったなどはその典型的な例だ。
 首相は道路改革、郵政改革を主眼に一点集中型の政策を提示しているが、改革の総論とか長期路線ははっきり示してない。
 思想哲学に基づいて日本をどのような国にしたいかという国家観の表明がない点はもの足りない。
 憲法改正を日程に入れる以上は自分の歴史観なり国家像なりを明らかにし、それに対して国民の理解を求めるのが正攻法だと思う。

 政府がイラク支援法など有事に関連したいくつかの法律を成立させたことは、世界の動きに受動的に対応した面が強いが、合格点は与えられると思う。
 しかし外交を進めるには首相が指導力を発揮すべきで、何よりもアジア諸国との連携強化に向かわなければならないが、小泉首相にはこの点が欠落している。
 一方、イラクは米国の占領政策が問われる事態になっている。
 国連との強調、仏独露の協力が必要になってきているのに、小泉首相にはこうした面の動きが見られない。
 米国が実績を手放さないところが問題である。

 政治には数も大事だが、議員一人ひとりの質も大事である。
 権力に屈しない信念の人が出なければ議会の尊厳はどこかに行ってしまう。
 斎藤隆夫、尾崎行雄、河野一郎、三木武吉、三木武夫らの人には有権者からの付託に基づいて自由に行動する信念があった。
 現状はそういう議員の本質への視点が失われてきており、憂うべきことである」と。
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最後の数行は、まさに、大勲位・中曽根康弘面目躍如といったところでしょうか。
今聞けば、まさに今の郵政解散をにらんだ牽制球のように受け取れるのですが、一年近く前に書かれた記事なのですから、恐るべし慧眼と言わずにいられません。

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by heitaroh | 2005-08-17 07:31 | 政治 | Trackback | Comments(2)

オーナー企業は是か非か!
親愛なるアッティクスへ

今の日本の最大の問題点は、平太郎独白録 日本の最大の問題点は行立未分離に在りと見つけたり!などでも述べましたとおり、行立分離重心不在だというのが持論でありますが、その上で敢えて、三つ目を挙げるならば、総理大臣を始め大臣たちも皆、サラリーマンであって、オーナーではないということだと思います。
私の拙い経験で言わせて頂くなら、その鍵となるのが、会社の利益と社長の利益はの上下にですが、会社の利益と社員の利益はだということです。

つまり、サラリーマン経営者の弊害は自分の任期中のことしか考えないことだと思いますが、一方で、同族会社の欠点は、そう何代にも渡って優秀な人物が輩出されるわけでもない・・・ということにあると思います。
(歴代の徳川将軍家を見ても、全てが初代の徳川家康並に皆、優秀であったわけではなく、むしろ有能な将軍の方が少なかったと言えるでしょう・・・。)
では、オーナー経営者とサラリーマン経営者とは、果たして、どちらかがいいシステムなのでしょうか?
そう考えたときに、本来はこれら2つのシステムは、良い悪いとかではなく、うまく組み合わせて使うべきものなのだろうと思います。

そして、こう考えたとき、日本におけるオーナーとは、天皇であり、絶対君主制にしろとは言いませんが、少なくとも、もう少し戦前のように天皇に諮問権くらい与えてもいいのではないでしょうか?
天皇が象徴などになってしまったから、(元々、象徴なんでしょうが・・・。)歴代内閣が、国債を自分の魔法の財布代わりに使うと言う無責任の構図が出来上がって行ったのではないでしょうか?
「使うだけ使って、払うときには、自分はもういない。後の奴が代わりに払ってくれる・・・。」
こんなうまい話はないでしょう!!
(後の奴にしてみれば、そんな前の奴の借金で俺が苦労する義理はない。で、さらに、後の奴に付け回してやれで積もりに積もって・・・!今更、どうやって返すんですか???)

中曽根康弘内閣のときには、償還期限が来た物を、そっくりそのまま、後の代にツケを回しましたしね・・・。
まあ、中曽根さんにしてみれば、「そんな、前のやつが作った借金、何で俺が払わないといけないの?」というところだったでしょうが。
元々、赤字国債というのは憲法で禁止されていたのを昭和40年不況だっかのときか何かに福田赳夫さんが使えるようにしたと聞きました。
つまり、パンドラの箱を開けてしまったんですね・・・。

「ココロザシ 非常事態に 置いていき」 梁庵平太

これこそが、無責任サラリーマン政治家の弊害ではないでしょうか・・・。
                         平太独白
by heitaroh | 2005-08-01 07:24 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(11)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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