人気ブログランキング | 話題のタグを見る


ドナルド・トランプの創り方のロイ・コーンの天敵はロバート・ケネディ
シッチャカメッチャカのドナルド・トランプ米大統領ですが、ウクライナ戦争については実に的確なことを言ってますね。
「ロシアのプーチン、ウクライナのゼレンスキー両大統領とバイデン前米大統領の3人のせいで数百万人が死んだ。バイデンは止められたはずで、ゼレンスキーもそうだ。プーチンも始めるべきではなかった」。
「ゼレンスキーは戦争を始める時は戦争に勝てるということが分かっているべきだ。自分たちの20倍の規模の相手と戦争を始め、誰かがミサイルをくれると期待してはならない」。
まったくそのとおりだと思います。
居酒屋でぐだまいてる親爺ならともかく、一国の指導者なんですから。

ドナルド・トランプの創り方のロイ・コーンの天敵はロバート・ケネディ_e0027240_20011080.jpg
さて、ここまで、トランプ大統領の行動は、当たってほしいわけではありませんが、残念ながら、私の予想どおりになりつつあるようです。
彼の頭にあるのはひたすら5年目以降も権力の座にあることだけ。
そのために、「合衆国史上もっとも領土を拡げた大統領」という呼称と、「ノーベル平和賞受賞者」という勲章が欲しい。
(ただ、彼はどういうわけか愚直なまでに公約にこだわりますよね。この点は、一期目から変わらぬ傾向。)
ドナルド・トランプの創り方のロイ・コーンの天敵はロバート・ケネディ_e0027240_20261033.jpg
米中関税戦争もNHKスペシャル見てたら、「誰がこの決着を予想していただろう」って、私は普通に予想してましたよ。
トランプ大統領は自ら、「ディール(取引)」だと言っているわけで、これは私は「取引」というより、「駆け引き」と訳すべきで、最初にドカンと強烈なカードを見せておいて、相手の譲歩を誘い、適当なところで妥協する。
相手が最初のカードを額面通りに受け取って、全面譲歩してくれれば儲けものだけど、さすがに、そんなことは考えないでしょう。
(実際にもし、あそこまでの関税を課したならば、それは、もはや、事実上の禁輸措置に近いわけで。となれば、密輸も増えたはず。どう対応するのか見たかった気もします。)

で、少し前になるのですが、トランプの若き日を描いた映画「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」(原題「TheApprentice」)を見ました。
(今は、とにかく、最悪の事態に対処する際の材料とすべく、トランプに対する情報なら何でも首を突っ込みたいというのが本心です。)
かねてより申し上げている今年後半から来年にかけての世界の三大リスク、米国の内乱、中国の崩壊、日本の破綻
問題はこれらの病根がそれぞれまったく別個に存在しているということ。
起これば誘爆しあうが、どれか一つが治癒すれば世界は救われるということではないわけで。
私は昨年末、年賀状書きながら、来年の今頃も年賀状書けるような状態ならいいが・・・と思いました。
私には、むしろ、まだ日本の株価が3万円以上あることの方に驚くんですが。

で、この映画、なかなか、面白かったですよ。
トランプがロイ・コーンから、いろいろと手ほどきを受けたというのは知っていたんですが、依頼人と弁護士、もしくは、若君と軍師の関係だけだと思っていました。
この、ロイ・コーンですが、元々、戦後、アメリカで吹き荒れた「赤狩り」で、マッカーシーとともに権勢をふるった人なんですが、そのとき、彼の部下についたのが、ロバート・ケネディ
ケネディ兄弟の父、ジョセフ・ケネディがマッカーシーと仲が良く、「しばらく、彼の所で修行して来い」で送り出された先で、ロイ・コーンの下に配属されたんだと。
ただ、上司と部下でありながら、二人はむちゃくちゃ仲が悪く、最後はロイ・コーンはロバートにより失脚に追い込まれるんですね。
で、映画の中で「アキオさん!」って東洋人が出てくるんですが、盛田昭夫ですよね。
盛田はマイケル・ジャクソンからも強い信頼があったと言うけど、トランプみたいな人とも交流があったとは。
                          平太独白


# by heitaroh | 2025-05-21 18:30 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)

大投手・小山正明翁逝去の報にそして誰もいなくなった
大投手・小山正明翁逝去の報にそして誰もいなくなった_e0027240_12004541.jpg
プロ野球の阪神・ロッテで活躍し、「針の穴を通すコントロール」と呼ばれた大投手・小山正明翁逝去の報。
晩年、YouTubeなどに出ておられて、飄々とした老成ぶりに好感を抱いておりましただけに、残念でなりません。
90歳だったとのことですが、本当にもっと長生きしてほしかったです。
ただただ、合掌。

と言っても、翁は親の世代の人だけに、私も現役時代はほとんど記憶にありません。
それでも、私が子供の頃はまだ、いろいろと耳にすることも多く・・・。
この人の場合、まず、あげられるのはテスト生上がりだったこと。
当時は、後に「世紀のトレード」と呼ばれたトレードの相手となる山内一弘氏や、名捕手・野村克也氏など、「テスト生上がり」の名選手というのがちらほらいましたが、それでも、大成した人となると、決して多くはなく。
プロ通算21年で、共に歴代3位となる通算320勝、3159奪三振は、もっと高く評価されるべきと思います。
大投手・小山正明翁逝去の報にそして誰もいなくなった_e0027240_12010276.jpg
阪神タイガースでは、村山実投手とともに「村山、小山、雨」と呼ばれるローテーションで、二本柱として活躍。
1962年には27勝を挙げて、最多奪三振のタイトルと沢村賞を獲得し、リーグ優勝に貢献したものの、MVPはマスコミ受けが良かった村山になるなど、どこか、不運なところがありました。
(当時はシーズン終了を待たずにMVPの投票だったそうで、小山の最後の1勝はカウントされなかったとか。)
大投手・小山正明翁逝去の報にそして誰もいなくなった_e0027240_12005242.jpg
1964年(昭和39年)、先述の「世紀のトレード」で大毎(現ロッテ)へと移籍しますが、当時、「小山も良い投手だが、山内ほどの打者を出すなんて」という声があったらしく、これに発奮。
その年、30勝を挙げて最多勝を獲得。
一方、これは、阪神側から見ると、バッキ―が使える目途が立ったから・・・と聞いていましたが、背景には三宅事件もあったようですね。

実は、たまたま、同じく、阪神の名選手で名監督でもあった吉田義男氏が著した「牛若丸の履歴書」を読んでいたのですが、吉田、小山、そして、悲劇の名三塁手・三宅秀史の三人は同期だったんですね。
阪神が二リーグ分裂後初優勝した1962年9月6日、試合前の練習中に小山投手が投げたボールが三宅三塁手の左目を直撃。
三宅選手はこれにより、1957年から続いていた連続フルイニング試合出場が700で止まった上に、これが原因で引退に追い込まれた・・・とは、私も知っていたのですが、てっきり、事故だと思っていました。
が、吉田翁の記事を読むと、「どうしてあのようなことになったのか、二人とも話そうとしなかった」とあり。
吉田翁も「牛若丸」と呼ばれた球史に残る名遊撃手。
その場にいたのなら、これが事故か事件かはすぐにわかったと思われ。
もし、事故なら、「どうしてあのようなことになったのか」という言い方はしないと思います。

小山翁には当事者が誰もいなくなった今だからこそ、事件の真相を自分の口から語って欲しかった。
そして、誰もいなくなった。
                      平太独白

# by heitaroh | 2025-04-25 07:36 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

玉縄城跡と沢山城跡の対照的な感慨
春四月。
実は私、とうとう、花粉症デビューしてしまったようで、とにかく大変です。
特に、鼻が詰まって、夜も眠れないのがこれほど大変かと。
で、とうとう、人生初めての花粉症で耳鼻科を受診してきました。
まあ、何とか良くなったんですが、昔だったら、睡眠不足からの衰弱死だったわけで・・・。
本当に近代医学様様です。
玉縄城跡と沢山城跡の対照的な感慨_e0027240_19365455.jpg
(↑花見と洒落込みたいところですが、花粉症に気を使って、母校の桜。)

ところで、話は飛びますが、先般、神奈川まで行く用事があったもので、ついでに、どこか、城はないか・・・と思い、調べたところ・・・、ありました。
小田原北条氏の支城の一つ、玉縄城跡です。
で、翌日はお日柄もよく、早速、行ってきました。
地図もわかりにくいし、ナビも誤作動するしで、結構、迷った挙句に着いた先がこれ(↓)

玉縄城跡と沢山城跡の対照的な感慨_e0027240_18014414.jpg
看板(↓)見ると、まごうことなく、この辺りなのですが、さっぱりわからず。
玉縄城跡と沢山城跡の対照的な感慨_e0027240_18002906.jpg
道なき道を行けども、城跡らしきものは見当たらず・・・。
散々、探し回った後で、城跡の半分は学校になっていることが判明。
こういうケースは結構、多いんですが、で、思ったのが、少し前にたまたま行った同じ神奈川県の沢山城跡

玉縄城跡と沢山城跡の対照的な感慨_e0027240_20072888.jpg
(↑別名、三輪城とも言うようですが、「さわやまじょう」と読むのかと思っていたら、「たくさんじょう」と書かれた表記を見つけ。)


玉縄城跡と沢山城跡の対照的な感慨_e0027240_18113299.jpg
ここ、行ってみて初めて知ったんですが、結構、立派な遺構(↑)が残っており。

玉縄城跡と沢山城跡の対照的な感慨_e0027240_20131200.jpg
私はまったく、存在も知らずに行ったのですが、私有地となっており。
「何で私有地なんだ」と思いましたが、よく考えたら、私有地だからこそ、この立派な遺構が残ったんですね。
(私有地じゃなかったら、今頃、学校法人になっていた可能性もあり)。
こういう風景は、単に名もない城を残すということではなく、元々の「板東」の姿を今に伝えているということなんですね。
初めて、中世の板東というものがどういう所だったかが想像できました。
本当に心から、「所有者の方、ありがとうございます」と言いたかったですね。
              平太独白

# by heitaroh | 2025-04-02 20:20 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

ついに来た来た来てしまったの20周年!
3月。
おかげさまで、拙ブログもとうとう、20周年!となってしまいました。

ついに来た来た来てしまったの20周年!_e0027240_16160191.jpg
(↑シリーズ恒例、「道」です。)

正直、当初は、こんなに長く続けているなど、まったく、想定しておらず・・・。
まあ、実際にはいつの頃からか、ただ、惰性でダラダラ続けているだけの状態になってしまいましたが、それでも、継続は力なり。
吾ながら、よくこんなに続けてきたよな・・・と思っております。

ついに来た来た来てしまったの20周年!_e0027240_16341557.jpg
(↑運転中、ラジオで矢沢永吉の曲がかかった瞬間、止まった信号。思わず、「マジかよ!」って思いました。本当の話です。おめでたい話なので盛ってません(笑)。)

さて、昭和31年の雑誌の中に、「黒田鍋島両藩が背振山領界争いで、有名なる鎌田左文字の刀を戦争中、西新町の医師の宅で拝見したが、行方不明になつてゐるらしい」(ママ)という一文があります。
私も多少、詳しいつもりなんですが、その話は初見で、いろいろ、調べてみましたが、どれだけ探しても、「有名なる」はずの鎌田左文字は出てこない。
まさしく、誰もが知ってる話と油断してると、すぐに歴史の行間に埋没するという好例かと。

また、同じく、昭和の古書に「狸穴式の路地」という一文が出てくるのですが、これも、どれだけ検索しても出てくるのは、東京の麻布狸穴町ばかり。
明治生まれにとっては、「狸穴」というのは、わざわざ、説明がいるものではなかったんでしょうが、今や、そもそも、狸がどういう巣穴を掘るのかすら知っている人は少ないわけで。

ついに来た来た来てしまったの20周年!_e0027240_16190859.jpg
(↑昭和の昔を思い起こさせるような。昔はこんな感じで、バラックに裸電球がポツンポツンでした。思わず、涙が出そうな風景でした。)

先日、中国の古鎮老街について書かれた物を読みましたが、「中国という国は歴史がある国ですが、歴史に理解がある国ではない」んですね。
実利が伴わなければ、平気で壊してしまうし、実利が伴った場合でも、現物は壊して、その後に観光客向けの綺麗な、つまり、似て非なるものを建ててしまう。(秦の始皇帝誕生の地というのが、最近まで邯鄲に残っていたそうですが、ショッピングモールが建ってしまったという話も聞きました。勘弁してくれよと思いますが、日本も平気でマンションにしてしまいますからねぇ。毎度思うことですが、博物館なんて東洋の発想では絶対に出てこなかったでしょうね。)

つまり、こういう物は、残していく努力をしなければ残らない・・・ということですね。
              平太独白

# by heitaroh | 2025-03-14 17:21 | その他 | Trackback | Comments(4)

江戸時代の吉原のべらぼうな実態
今年の大河ドラマ「べらぼう」
半裸の女性の遺体を遺棄するシーンなんかあったそうですね。
もう、第一話から早くも、飛ばし見していたもので、そのシーンを見ていないのですが、ちょっと思ったのが、『作者は江戸の「吉原」を現代の「歌舞伎町」のようなものと思っておられるのではないか?』ということです。

江戸時代の吉原のべらぼうな実態_e0027240_01241749.jpg
これについて触れる前に、まず、トロイの遺跡を発掘したことで知られるハインリッヒ・シュリーマンは幕末の日本にも来ており、この辺のことを書いています。

「貧しい親が年端も行かぬ娘を何年か売春宿に売り渡すことは、法律で認められている。 契約期間が切れたら取り戻すことができるし、さらに数年契約を更新することも可能である。この売買契約にあたって、親たちは、ちょうどわれわれヨーロッパ人が娘を何年か良家に行儀見習いに出すときに感じる程度の傷みしか感じない。なぜなら売春婦は、日本では、社会的身分としてかならずしも恥辱とか不名誉とかを伴うものではなく、他の職業とくらべてなんら見劣りすることのない、まっとうな生活手段とみなされているからである。娼家を出て正妻の地位につくこともあれば、花魁(おいらん)あるいは芸者の年季を勤めあげたあと、生家に戻って結婚することも、ごく普通におこなわれる」。

確かに、そういう一面もあるのでしょう。
「金持ちの親父に見受けされたのは可哀そう」と言ったところで、当時はそもそも、自由恋愛の方がレアケースだったわけで。

また、シュリーマンは、『日本でもっとも大きくて有名な寺の本堂に「おいらん」の肖像画が飾られている事実。(中略)他国では、人々は娼婦を憐れみ容認してはいるが、その身分は卑しく恥ずかしいものとされている。だから私も、今の今まで、日本人が「おいらん」を尊い職業と考えていようとは夢にも思わなかった。ところが、日本人は、他の国々では卑しく恥ずかしいものと考えている彼女らを、崇めさえしているのだ。そのありさまを目のあたりにしてそれは私には前代未聞の途方もない逆説のように思われ、長い間、娼婦を神格化した絵の前に呆然と立ちすくんだ』とも言っています。

これは、おそらく、「義娼」と呼ばれるような、歌舞伎などに描かれることで何らかのストーリー性を持った遊女のことで、遊女と名が付けば、誰でも肖像画になって、信仰の対象になったわけではなかったでしょう。
ただ、花魁が浮世絵などに描かれることで、ファッションリーダー的存在であったことも事実

が、そうは言っても、所詮、旅行者。
「苦界」の実態を正確に記し得たとは言えないでしょう。
実は本件は、少し前に著書にしたためたので、少し詳しいんですよ。

江戸時代の吉原のべらぼうな実態_e0027240_01283234.jpg
まず、江戸においては、幕府公認の遊廓は吉原だけだが、吉原は値段は高いし、煩わしい仕来りも多い。

結果、庶民の足は非公認の私娼街である岡場所へと流れる。

(岡場所の「岡」は「非正規」という意味。したがって、正規の吉原は「本場所」。)

結果、岡場所の繁盛は吉原には歓迎できる事態では無いから、吉原は幕府へ岡場所の取締りを要請する。

結果、摘発された遊女たちは縛られた上に髪に値札をつけられ、次の「飼い主」が決まるまで道端で待機させられる。

(この光景は、さすがに同時代人の目にも異様に映ったという。)

結果、彼女たちは吉原の各遊郭へと払い下げられる。

結果、吉原では一種の「遊女デフレ」とも言うべき、在庫過剰現象が起きる。

こうなれば、遊女が一人死んだところで、代りはいくらでもいる。

結果、その待遇は売春以前に、食事も満足に与えられないほどに劣悪極まりないものとなる。

江戸時代の吉原のべらぼうな実態_e0027240_01300742.jpg
そもそも、「年季は最長十年」と呼ばれたが、実際には、自身が売られた時の代金は元より、自分が使う営業用の着物や髪飾りから化粧品代まで、様々に本人の負担となっており、借金は簡単には減らない仕掛けになっており。

つまり、自由の身となるためには、金持ちの客に「身請け」されるか、「死ぬ」かの二つしか無かったのである。

(後者の例で言えば、中絶の失敗から、梅毒などの性病、劣悪な環境による結核やチフスに、果ては心中なども珍しいことではなかったが、前者の例も、容姿に自信があるほんの一握りだけで、決して多くはなかっただろう。)


では、身請けもされず、死ぬこともならず、時間だけが経って、「商品」としての価値が落ちた者はどうなるか?

選択肢としてあるのは、「商品」としての「値段」を下げることだけである。

彼女たちは、梅毒で鼻が取れるなど、不自由な身体になりながらも、なおも、厚塗りしたお白粉で皺を隠し、筵を一枚抱え、川縁や辻々に立ったが、そのような状態では、もはや、値段はあってないようなもの。

俳人・小林一茶は、「木がらしや二十四文の遊女小屋」と詠んで、夜なきそば一杯の値段より少し高いだけの額で自らを売る女たちを憐れんでいる。


江戸時代の吉原のべらぼうな実態_e0027240_01305088.jpg
では、一般の女性は普通の生活が営めたかと言うと、これも、そう単純な話でもない。

生活苦というものが背景にある以上、背に腹は代えられぬで、結果、家に居ながらにして口コミで客を取るようになるのである。

最初は抵抗があっても、やってみれば、手早くまとまった金が入る。

中には、夫や父母も了解済みのこともあっただろう。

食えなくて困るのは、家族も一緒だからである。

江戸は現代日本人が考えるほど優しい世界ではなかった。

                         平太独白


# by heitaroh | 2025-02-02 01:31 | 歴史 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱「財閥」の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

令和7年 19世紀ロンドンと東京。「描きたかったのは猟奇ではない。悲惨である」。「女王陛下の十手持ち」出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
< sakanoueno..
by heitaroh at 11:21
< sakanoueno..
by heitaroh at 11:16
お説ごもっとも! 戦争は..
by sakanoueno-kumo at 10:50
ご無沙汰しておりました。..
by sakanoueno-kumo at 10:46
<sakanoueno..
by heitaroh at 18:10
ご無沙汰しております。 ..
by sakanoueno-kumo at 13:01
< hibiscus20..
by heitaroh at 18:09
継続は力、努力素晴らしい..
by hibiscus2025 at 19:25
sakanoueno-..
by heitaroh at 20:17
遅ればせながら20周年お..
by sakanoueno-kumo at 19:45
< hibiscus20..
by heitaroh at 11:57
今晩は!何とも女性にとっ..
by hibiscus2025 at 22:47
>sakanoueno-..
by heitaroh at 01:40
こんばんは。 今年は喪..
by sakanoueno-kumo at 22:12
> hibiscus20..
by heitaroh at 19:10
検索
タグ
(67)
(57)
(56)
(54)
(52)
(46)
(43)
(42)
(42)
(36)
(34)
(32)
(31)
(31)
(30)
(28)
(28)
(27)
(26)
(26)
(25)
(24)
(24)
(24)
(24)
(23)
(23)
(22)
(21)
(21)
(21)
(20)
(20)
(19)
(19)
(18)
(18)
(18)
(17)
(17)
(17)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(14)
(14)
(14)
(14)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
カテゴリ
以前の記事
2026年 06月
2026年 05月
2026年 04月
2026年 03月
2026年 02月
2026年 01月
2025年 12月
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
最新のトラックバック
フォロー中のブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧