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蛮客万来その1 甘栗に佐藤栄作元首相の気配りを想う
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14344163.jpg明日から福岡では日中韓首脳会談が行われるようで、特に、太宰府近辺では警備も含め、大変なことになりそうですね。

(←会場となる九州国立博物館に展示してあった山笠です。福岡市鉄道百年を記念した物だとか・・・。)

で、私は、昨日、とあるセミナーを聞きにその太宰府くんだりまで行ってきたのですが、帰り際、太宰府天満宮の参道を歩いていると、建ち並ぶ出店に「甘栗」の文字が・・・。
見ると、「大甘栗 熊本産」と書いてあり、ならば、子供に甘栗でも買って帰ろうかと思い、立ちよったところ、「大甘栗は売り切れです。小甘栗なら・・・」とのこと。
「んじゃ、そっちで」と言ってお金を払ったところ、そちらには熊本産の文字がないことに気づきました。
「こちらはどこのやつ?」と聞くと、「こちらは普通売っている物と一緒です」と・・・。
「天津?」と聞くと、「はい」と・・・。
だから熊本産は売り切れて、こちらは売れ残っていたのかよ・・と。
買った後だったので、やむなく、そのまま買って帰りましたが、帰りに無性に腹が立ってきました。
どうして、売れ残っていた天津産と売り切れた熊本産が同じ値段なんだ・・・と。
最初から、産地を消すような姑息な真似をするなよな・・・と。

まあ、偽装してないだけ良心的といえば良心的なんでしょうけど、片方に書いてて、片方に書いてないのに値段が一緒だったら、そりゃ、熊本産しか売れないだろうよ・・・と。
そんなのを定価で買わされたのかと思うと、頭に来たので、私一人で処分してやろうと思い、家に着くまでに帰りの電車の中で全部食ってしまいました(笑)。
でも、中国の指導者が明日ここに来るのに、日中親善・・・などといって小旗を振ってるようなおばちゃんのところの甘栗に中国産の表示はないという・・・。
まあ、この辺の調子の良さが福岡人らしいといえばらしいのでしょうが、もし、国家主席がマスコミ連れて立ち寄って、「この甘栗はどこの物ですか?」と聞いたらどうするんでしょうかね。
「こちらは熊本産です」と言い、「こちらの何も書いてない方は?」と聞かれて、「こちらは中国産です」なんて言うと問題になったりして・・・(笑)。

この点で少し思い出したのが、佐藤栄作元首相です。
佐藤元首相は、「私も、エーちゃんと呼ばれたい」などという発言で知られるように、男前の割には見るからに堅物で、国民にはあまり人気がなかった総理大臣でしたが、首相時代、国内のマスコミには殆ど、採り上げられることの無いような小国元首国賓・来賓などがあった場合には、敢えて、新聞記者を呼んで、たくさんフラッシュを焚かせたといいます。
それは、「あ、自分は知られてないと思っていたけど、こんなに注目されているんだ」と思ってもらうためだったとか。
思えば、賓客としてその国を訪れながらも、その国の誰も自分はおろか、自国の存在さえ知らないなんて、いたたまれないでしょうね。

明日に続きます。

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by heitaroh | 2008-12-12 17:32 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

廃嫡とは何とも難しい・・・
親愛なるアッティクスへ

昔、主役に無名の役者抜擢しながら、途中でその俳優を降板させた原作者が、その役者から刺された・・・という事件がありました。
この俳優さんは、その後も、色々と問題を起こしたりしたようにも聞いておりますから、まあ、元々、問題がある人だったのかもしれませんが、一方で、一旦、抜擢しておきながら、途中で安易に降板させた原作者の方にも非がないとはいえないと思います。
おそらく、その役者さんは無名だっただけに、この大抜擢に、粉骨砕身、全身全霊を賭けて役を演じようとしていたはずで、それが突然、大した理由もなく降ろされたわけですから、やはり、納得は出来なかったでしょう。
無論、だからといって、こういう傷害事件に走るなどというのは論外でしょうが、ここで言いたいのは、この事件の是非ではなく、一度、決まったものを変えるということがいかに難しいか・・・ということであり、つまり、変える場合には、「変えるなりの理由」がなくてはならないということですね。
ところが、そう言いながらも、この点では、実に興味深い事例があります。

豊臣秀吉片腕として、太閤記などでも有名な黒田官兵衛の嫡男黒田長政が、関ヶ原の戦いの功績によって筑前一国を与えられたことから創設された筑前福岡藩52万石ですが、その長政は晩年、嫡男忠之の気性を危ぶみ、これを廃嫡し、弟長興二代藩主とすることを検討したといいます。
ただ、このときは、忠之付きの重臣、栗山大膳が強く反対したことで、これを断念し、やがて、長政が死ぬと、忠之が二代藩主となったのですが、時が経つに連れ、忠之はその危惧されたとおりの気性で、実力者・栗山大膳との軋轢を深め、その結果、大膳から幕府に対し、「忠之に謀叛の心有り!」と訴えられてしまいます。
これが、映画や講談などで有名な「黒田騒動」と呼ばれるお家騒動なのですが、まあ、曲折あった物の、結果は無罪となって一件落着・・・となるのですが、あわや、お家お取り潰し・・・存亡の危機にまで行ってしまったわけですね。

一方、その忠之の子供である三代藩主光之は嫡男綱之「酒癖が悪い」という理由で廃嫡し、弟である綱政を四代藩主とします。
ところが、その光之が、当時としては記録的な長命の80歳まで生きながら、最後まで実権を離さなかったことから、光之は綱政とも険悪となり、その結果、光之死後、綱政の恨みは光之側近で実力者であった立花実山へと向かい、さらに、廃嫡後、長年にわたり幽閉されていた実兄綱之が復権する事への恐怖へと繋がり、それから間もなく、二人とも幽死したことから(死因については定かではないようですが・・・。)、少なくとも、綱之死去に対しては、あまりにもタイミングが良すぎたこともあり、幕府から「兄の復権を恐れた綱政が殺した」と嫌疑が掛けられ、黒田家は再び、取り調べを受けることとなり、またもや、「第二の黒田騒動」と呼ばれるお家存亡の危機をもたらしてしまうわけです。

廃嫡しなかった長政と廃嫡した光之・・・。
結果は、いずれも同じく、黒田家を存亡の危機におとしめてしまったことを考えれば、大きな運命の歯車の前には人選などというこざかしい人間の思惑は無意味なことなのでしょうか・・・。
                           平太独白
by heitaroh | 2008-12-10 08:30 | 歴史 | Trackback | Comments(2)

小泉劇場批判に対する民衆は具体的なことへの判断は的確の理
親愛なるアッティクスへ

三国峠ダイナマイトでふっ飛ばせば新潟は降らない。そしてその土を日本海に運んで佐渡陸繋ぎにしよう」

これは、言うまでもなく、故田中角栄元総理の、初立候補の折の発言ですが、このことの現実性は別にして、私は政治家とは、こういうふうに、たえず、国民に「具体的な形」で訴えていくべきものだと思うんです。

マキャベリは「民衆は抽象的なことには判断能力を有さないが、具体的なことには割と的確な判断をくだす」と言いましたが、だからこそ、政治家と名が付く立場の人たちがやるべきは、「どうせ言ってもわからないんだから、愚民に説明しても無駄」・・・ではなく(最近は随分、マシになってきましたよね。)、争点を極めて具体的な形にして国民に提示してやるべきだと思うのです。
つまり、そこまでが民主主義国家に置ける政治家の仕事だ・・・と。

吉田 茂元総理の「戦争に負けて外交に勝つ」などは、それほど、具体的な形を有しているわけではないものの、敗戦にうちひしがれていた国民をハッとさせるには充分だったと思われ、その意味では、「具体的」な範疇に入れても良いものだろうと思います。
(その意味では、岸 信介元総理の「日米新時代」なども、その是非はともかく、その類に入れて良いでしょうか。)
逆に、池田勇人元総理の「所得倍増」などというのは一見、わかりやすそうに見えて、いざ、じゃあ、どうやったら俺たちの所得が倍になるの?という点では極めて曖昧模糊としており、それでは国民に提示する上では具体的なものだったとは言い難いでしょう。
(さらに、村山富市元総理の「人に優しい政治」・・・などに至っては、もう、曖昧以外の何ものでもない・・・という。)

この点で、小泉純一郎元総理のやりかたを「小泉劇場型」などという、単なる奇術、詐術の類いだと言わんばかりに批判・・・というより、見下すような有識者と名が付く人々が居ますよね。
(特に、ジャーナリストと名が付く人に多いようです。)
ですが、小泉さんの郵政解散などは、事の是非はともかく、極めて、主張が明確でわかりやすかったですよ。
「国の財政が破綻しかかっているときに、どうして、20万人(?)もの郵便局員を公務員にしておかなければならないのか?」と。
「民間に任せられる部分は民間に任せればいいじゃないか。どうして、国でやらないといけないのか」と。
その意味で言えば、郵政解散に置ける野党の大敗というものは、「ろくに自分で判断など出来ない愚民どもが劇場型政治に躍らされた結果」などと言うのではなく、野党には小泉さんほどに政策を具体的な形で提示できる人がいなかったがゆえの敗北・・・と見るべきでしょう。

その意味では、政治家は、課題というものを絶えず具体的な形にして国民に提示する能力が求められているのだと思います。
                         平太独白

by heitaroh | 2008-12-06 12:21 | 政治 | Trackback | Comments(0)

投手は独り、一段高い山の上に立つ
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14515520.jpg

(↑真夏に撮影した画像です。気持ちだけでも暖かい画像がいいかなと・・・(笑)。)

さて、私、12月に入って、少し、バタバタとしておりました。
で、ふと気が付けば、もう12月なんですね。
昨日は、今年最初の忘年会でした。
おかげで今日はそれなりに二日酔いです(笑)。
バブルの頃は忘年会が月に23回などという時代もありましたが、さすがにそのときはきつかったですね。
でも、数年前には忘年会が一件も無し・・・というときもあり・・・。
多すぎるのも考え物ですが、あまりにも無いのも寂しい物です。
その点、今年はちょうど良いくらいに忘年会が入っていますので、まあ、有り難い限りです。

で、今日の本題です。
プロ野球の工藤公康氏が、まだ西武時代、当時のエース投手であった東尾 脩投手から、「おまえ、左のエースなどといわれていい気になっているようだが、本来、エースというのは一人だけなんだぞ」と言われた・・・という話を聞いたことがあります。
なるほど・・・と。

以前、 『ザ・決断!スペシャル ~八重山商工野球部物語~ 熱血監督と少年たちの“奇跡のドラマ”八重山商工ナイン甲子園出場の物語』という番組を見ましたが、この中で、エースの大嶺祐太投手(現千葉ロッテマリーンズ)が肩を壊し、エースナンバーを外されたとき、腐って、祖父に、「もう、俺、野球辞める。必要とされてないみたいだから。これからはサッカーをやる」とこぼすシーンがありました。
私はこれを見て、「どうやら、この投手は真からの投手向きらしいな・・・」と思いましたね。

この点は、以前も、平太郎独白録 : 越路吹雪とモハメド・アリの同種性に見るガラス的「晴耕雨読」。の中で申し上げましたように、野村克也氏に言わせれば、「投手というのはガラス玉だ。江夏 豊金田正一というのは、とびきり一級品のガラス玉だった」と。

おそらく、こういう場面で、何も感じないような選手は投手向きではないのでしょうね。
投手という職業は、独り、一段高い山の上に立ち、最前線で敵に向き合う・・・
そうなるのもわからないでもないですかね。
                             平太独白
by heitaroh | 2008-12-05 14:45 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

宋家の三姉妹ならむ金家の三兄弟
親愛なるアッティクスへ

先般、「宋家の三姉妹」という映画を見ました。
言うまでもなく、「長女は富を愛し、次女は国を愛し、三女は権力を愛した」と言われる、「長女・靄齢は大財閥の御曹司・孔祥熙に、次女・慶齢は革命家・孫文に、三女・美齢は国民政府主席・蒋介石に」嫁いだ姉妹を描いた作品ですね。

で、このうち、三女・宋美齢についてですが、以前、台湾に行ったときに蒋介石記念館(?)に行った折、夫妻が欧米の要人と会っている写真がありましたが、とにかく、嫁さんの方が美人だし、スタイルは良いし、欧米人と並んでもそれほど遜色ないんですよね。
そこへ、くたびれたダンナが加わると、嫁があまりにも堂々としているものだから、何ともダンナが見劣りしてしまい・・・。
(蒋介石さんは、元々、痩身でしたからねぇ。年取ったら、余計、若い嫁が目立ってしまって・・・。典型的な、いい年こいて、若くて綺麗な嫁さんもらった夫婦の20年後・・・みたいな(笑)。ご用心召されませ、御同輩殿・・・。)
実際、写真でも、嫁さんはまだ若いからか、さっさとダンナより先に行ってる物があり、思わず、同行した台湾人のガイドさんも「何だか、蒋介石さん、可愛そうですね」と・・・(笑)。
車だって、ダンナとは別に自分専用の高級外車を持っていたみたいですけど、一緒に乗ってやればいいじゃねーかと・・・(涙!)。

で、現代も、三姉妹ならぬ三兄弟が話題になってますよね。
言うまでもなく、最近、体調不良が噂される北朝鮮金正日将軍様(正式な肩書きは何でしたっけ?)の後継を巡って、色々と言われている三人の息子、長男・正男、次男・正哲、三男・正雲氏の「金家の三兄弟」ですね(笑)。
で、このうち、正男氏についてですが、日本でもディズニーランドへ行こうとして拘留されたことでもしられるように、どうしようもないバカ息子と思われがちですが、私は彼は意外にまともな人物なのではないかという気がしています。
そう思ったのは、父の容態について、中国政府関係者に対し、「心配してくれて有り難う。親父もさすがに歳月は欺けないようだ」と語ったということと、後継者レースに擬せられることに対して、「関心が無く、させられてもやらない」と述べた・・・ということです。

まず、前者については、もし、本当にバカ息子なら、独裁者がこういう状態の時に、友邦とはいえ、外国に出向かせないでしょう。
それに、この言葉についても、簡潔にして、それでいて満たすべきところは満たし、最低限の威厳礼儀を保った、なかなか、素晴らしいセリフだと思います。
「歳月は欺けない」などとは、間違ってもバカでは出来ない表現ですし、父を肩書きや呼称などで呼ばず、「親父」とする辺りも、単に盲信しているだけの人物ではなく、しっかりと自分の考えを持った人だ・・・という気がしました。)
外国の関係者に対する王子の受け答えとしては、満点、いや、120点ではないでしょうか。

継に、後継者にはならないと言っていることについても、そもそも、冷静に今の北朝鮮の状況を考えれば、わざわざ、自分から手を挙げて成りたい・・・というようなものでもないでしょう。
仮にその気があったとしても、こういうのは、徳川吉宗徳川慶喜のように、嘘でも、自らは将軍様にはならないと言うべきもので、下から、「何とか跡を継いでください、御願いします」と言ってきて、渋々、受けるべきもので・・・。
自分から御願いして就任したのでは、就任後の発言力の低下を免れませんよ。

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by heitaroh | 2008-12-03 17:37 | 時事問題 | Trackback | Comments(4)

日本における中国とインドは地球における木星と土星
親愛なるアッティクスへ

唐突ですが、太陽系に置いて、地球が巨大隕石の衝突などが比較的、少なくて済んでいるのはなぜかご存じでしょうか。
それは、地球の外側に、木星土星という巨大惑星が存在していてくれるからです。
つまり、太陽系の外から飛来した巨大隕石などは確率的に、地球に衝突する前にその外側に存在する木星か土星といった巨大惑星に衝突してしまう可能性が高く、地球なら壊れてしまったかもしれないような巨大隕石でも、木星や土星だと生態系(?)に影響はあったとしても、星自体が大きいから衝撃は充分に吸収できてしまうわけで・・・。

で、なぜ、私がそんなことを言うとかと言いますと、常々、「日本を含む東アジア諸国に置けるインド、中国というのは、まさしく、地球に置ける木星と土星なのではないか・・・と思っていたからです。
昨今、安易に、「大国はけしからん!」などという人がいますが、中国とインドという大人口を擁する巨大国家の存在は、確かに、周辺諸国に圧迫感を振りまく一方で、西方からの狂信的過激派などからの防波堤の役割も果たしているという一面もあるわけです。
(この点はロシアもまた然りでしょう。ロシアは人口では中国、インドほどではないものの、世界最大の国土面積を極寒の地に置いていることを思えば・・・。)
つまり、中国、インド、ロシアというユーラシアの三大超大国の存在は周辺諸国に圧迫感を与えることもあるでしょうが、反面、まだ見ぬ脅威からの防波堤になってくれている・・・と。

したがって、安易に中国を取り除くと、今度はソ連崩壊後、イスラム教徒の攻勢にさらされているアメリカのように、もっと、やっかいな敵に遭遇してしまうことも考えられるわけです。
このことは、かつて、ヒトラーは第二次大戦の最終局面で、「アメリカは共産主義者の台頭を考えたなら、これ以上、私を排除することはしないはずだ」と言い、メッテルニヒも「ナポレオンを取り除くことは革命運動者の台頭を許すことになるので歓迎しない」と言ったという言葉に表されているように思います。
事実、その後の彼らの警鐘が現実の物となったことを見ると、今の敵を取り除くことは、もっと厄介な敵の台頭を許すことに繋がりかねない・・・、つまり、「一つの脅威の消滅は新たな脅威の登場にほかならない」ということが見て取れるような気がします。
それが、私には「ディプロマシー・センス(外交感覚)なき国民は滅びる」という、故吉田 茂元総理(麻生太郎氏のお祖父ちゃん)の言葉が思い出されてならぬ所以です。
                                          平太独白
by heitaroh | 2008-12-02 08:19 | 国際問題 | Trackback(1) | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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