カテゴリ:その他( 139 )

え?何周年なんだ・・・もうわからなくなってきた祝13周年記念特別号!
おかげさまで、拙ブログも気がつけば13年!を迎えることができました。
これも偏に皆様のお引き立ての賜物と厚く御礼申し上げます。

思えば、拙ブログを始めた2005年なんて、私にとっては、つい最近のようですが、13年前なんですね。
中曽根康弘さんが総理大臣になったとき、「戦後政治の総決算」を謳ったのですが、当時、私はそれを聞いて、「この人、何言ってんだ?」と思いました。
だって、私にとって、戦後なんて、既に生まれる前の出来事。
決算も何もそんなもん、とっくに済んでいるでしょ・・・みたいな感覚でしたが、従軍世代である中曽根さんにとっては戦後というのはそれほど昔のことでは無く、あくまで、延長線上のことだったんでしょうね。

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例年、周年のときは「道」の画像を上げてますので、今年も・・・と思ったのですが、今年は敢えて、見落としそうな小径といたしました。
誰もが通る大道ばかりが道ではなし・・・ということで。

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道と言えば、ついでに、これ(↑)。
のCM以来、すっかり有名になってしまった福岡県の宮地嶽神社「光の道」です。
この日はまだ、光の道が出来る日では無かったのですが、既に人だかりが・・・でした。
有名になりすぎるのもいかがなものかと。

ということで、もう、何周年になったのかかなり、わからなくなってきてますが・・・。
本当は20日頃じゃなかったかな・・・のような・・・。
でも、思い出したときに上げておかないと忘れるし・・・。
そもそも、何日から始めたか控えてなかったし・・・で、今年も惰性でぼちぼちと14年を目指して頑張ります。
            平太独白


by heitaroh | 2018-03-13 18:14 | その他 | Trackback | Comments(2)

平成最後の謹賀新年!
新年明けましておめでとうございます。
旧年中は格別のご高配にあずかり厚く御礼申し上げます。
本年も何卒倍旧のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

平成もいよいよ、最後の年が明けました。
平成の終わりの始まりですね。
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(↑新しい御世、私の行く先はどこなんだ・・・。)

さて、実は当家では長く、大晦日と元旦は実家で家族全員がそろって過ごすようにしていたのですが、昨年は大晦日に身内の葬儀があった関係で、初めて、自宅待機。
で、生まれて初めての除夜の鐘というものを経験したのですが、今年はついに、何も無いのに大晦日に集まるのはやめようということに。
・・・気がつけば、みーんな、年をとってきてるわけで。
長年の我が家の仕来りも老化にはかなわなかったと。
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ということで、今年から健康診断カウンセラーからも「うどんとおにぎりをやめろ」「早食いをやめろ」と言われましたので、大好物の博多雑煮も去年までみたいに、年の数だけ餅は食べてません。

ところで、昨年の紅白歌合戦見ていて思ったことがあります。
昔、桑田佳祐という人が出てきたとき、音感優先で詞に意味を求めぬやり方に既存の作詞家は失業を予感したというけど、この人の凄いところは、そのやりかたで、終わってみれば見事に1つの詞になっているところかと。
改めて、これは誰でも真似できるというものではなく、天性のものなんでしょうね。

どなたさまも、本年もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
               平太独白

by heitaroh | 2018-01-02 21:12 | その他 | Trackback | Comments(2)

一年間お世話になりました。平成最後の年末ご挨拶。
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まずは、今年一年、格別のご高配にあずかりましたる段、厚く御礼申し上げます。
今年も気がつけば一年が終わろうとしております。
結局、大掃除もろくに終わらず、今日、明日でやらなければいけない羽目に。
なので、寸暇を惜しんで書いてます。

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今年は私にとっては「辛い別れがあった年」でした。
秋口に、私の理解者で有り、支援者でもあり、友人でもあった知己が突然に亡くなり、これはかなり堪えました。
昔、北野武翁が「俺も、逸見(政孝)さんが亡くなったとき、堪えたもんなあ」と言っていたのを聞いて、まったくその感覚がわからなかったのですが、要は自分もそういう年になってきたってことなんでしょうね。
以来、毎日、その人のことを偲ばない日は無く・・・。
いろいろなことを考えさせられました。

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(↑訳もなく、道を間違えて行った先の行き止まりでした。何か、私の人生を象徴しているような・・・(笑)。)

ところで、年末と言えば、未だに大晦日の風物詩「紅白歌合戦」ですが、先日、テレビを見ていて初めて知りましたが、昔はかなり、勝ち負けに拘ったそうですね。(今はどうか知りませんが)
私は勝ったから負けたからなんて、誰も気にしてないのかと思ってました。
でも、両軍ともかなりガチンコで、三波春夫さんなんかは白が負けたら「あいつの歌がまずかったから負けたんじゃないのか!」って本気で怒ってたと。
(「お客様は神様です」なんて言って、にこやかにやってたけど、昭和の大御所なんていう人たちは裏に回ればそんなもんでしょう(笑)。)
美空ひばりさんは「私の相手は誰なの?」とだけ聞いていたと。
大将戦に臨む主将の感覚だったんでしょうね。
平成も最後の大晦日となると、昭和の猛者たちの「合戦」が懐かしく思い出されます。

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それでは、今年一年間、大変、お世話になりました。
どなたさまもよいお年をお迎えください。
                         平太独白



by heitaroh | 2017-12-30 17:00 | その他 | Trackback | Comments(4)

私的新しい元号を勝手に推理するの巻!
先日、何かの番組で、林修先生「新しい元号の頭文字はRじゃないか」と仰ってましたが、私はこれは無いかなと思っています。
なぜなら、「R」で始まった場合、人によっては「L」を使用する人もあり、無用な混乱は避けたいと考えるはずと。
で、その論から、ちょっと、次の元号を推理してみようと思い立ちました。

まず、周知の通り、略語にしたときに混乱が無いように、明治、大正、昭和、平成のそれぞれの頭文字、「M,T,S,H」は除外されるでしょうが、それに加えて、使いようが無い「X」「Q」も除外されるでしょう。
それに、先ほどの「R」と「L」、同様の理屈で、「C」と「T」、「D」と「J」と「G」と「Z」、「F」と「H」なども除外し、少しむりやりですが、「I」と「Y」も敢えて除けるかと。
(大胆すぎる嫌いもありますが、少しでも絞り込むために敢えて。)
結果、可能性が出てくるのは、「A,E,K,N,O,U,W」に絞られる・・・と。

次に、平成もいよいよ終わりが近づき、特番なんかやってるのを見てると、昭和の時と似てきたなぁという気が。
まあ、昭和の時は天皇崩御と共に・・・でしたから、必ずしも年末に・・・というわけではなかったのでしょうが、今回、特番が「平成と言いながら平成は自然災害に見舞われた時代であった」という意味のことを言ってるのを聞いて、昭和の時も特番は口々に、「昭和と言いながら昭和は戦乱の時代であった」と言っていたのを思い出してしまいました。

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(↑忌まわしき戦争の記憶。臼杵城の城壁に掘られた防空壕。)

その上で、新元号を選ぶときには何かしら新天皇の希望が入るのかもしれませんが、むしろ平成が発表されたときに私が感じたのが、去りゆく側の意向。
新元号が「平成」と発表されたとき、私が抱いた感想は、「ベタだが、それだけ戦乱を経験した世代にとっては戦争はトラウマなんだろう」ということで、おそらく、昭和天皇を初め、昭和の戦争に懲り懲りした世代は「平和」というものを強く念じていたでしょう。
ですから、今上天皇は昭和天皇のその意向をよく承知しておられ、その意向に沿う形でその旨の希望を出されたと。
であれば、おそらく、平成上皇となられる今上天皇も昭和天皇の遺志を受け継ぎ平和重視路線は変わらぬ一方、そこへ自然災害も収まるようにという願いや祈りのようなものを込めてくれという願いを皇太子殿下に漏らされているのではないかと。

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両者を考慮し、その上で、「A,E,K,N,O,U,W」の中で過去に出てない元号で、「健」とか「安」とか「寧」とかいう文字が入るものとなれば、「安寧」という言葉は既に存在しているから無いとして、「寧安」「健寧」「健安」といったところかと。
で、私がお勧めなのが「健安」
過去に「建」を使った元号はあるんですが、「健」は見当たらないみたいなんですよ。(「健寧」でもいいのですが、画数が多いから却下でしょう。)
懸念は「懸案」と重なることかと・・・。
ま、何にしても、事前に発表して問題ないものであれば、早く決めて発表して上げた方が、手帳屋さんやカレンダー屋さんも喜ぶかと。
                        平太独白
by heitaroh | 2017-12-07 20:00 | その他 | Trackback | Comments(2)

危うく忘れるところだった祝12周年!
気がつけば3月も後半。
「何か書かなきゃなあ」と思っていたのですが、特に書くこともなくそのままになっていたところ、ふと、「あ!12周年だ!」と。
もう、12年も経ったら、完全に忘れてしまってました。
(12年の星霜は短いようで長い。人間の経年劣化も激しく。思い出すたびに忘れ・・・(笑)。)

ということで・・・、相変わらず貧乏暇なしで、色々と世間の雑事に追われておりますが、祝!12周年~!となりました。

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(↑初回からずっと、周年は「道」をテーマにした画像をUPしてきましたが、今回は少し趣向を変えて、「海に残った道」ということで。)

で、12年ですが、先述したとおり、12年というのは短いようで長い歳月ですねえ。

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(↑過日、長崎県でたまたま通りがかったホテル。周囲の風景には似合わないほど、明らかに目立ってましたので、ちょっとお茶してきました。設計は・・・、案の定、隈研吾でした。)

42歳の本田宗一郎が38歳の盟友・藤沢武夫と初めて会った時、「あたしも若かったけど、うちの副社長(藤沢)も若かったねえ」と言ったといいますが、当時、私はまだ20代。
「42歳と38歳の何が若いんだ。おっさんじゃねーか」と思いましたが、今、改めて振り返ってみて、40代が如何に若かったか・・・ということを痛感しますね。

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(と思ったけど、やっぱり、道シリーズが途切れるのも心苦しいので形だけ(笑)。)

最近では、「私たちはスマホと大人になっていく初めての世代だ」などというCMがありますが、スマホなんてあっという間に過去の遺物になりますよ。
iモードが死語になったように。

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(やっぱ、周年の割には華やかさが足りないなと。)

とりあえず、13周年・・・があるのか無いのかわかりませんが、ぼちぼち、頑張りませうご同輩。
                     平太独白
by heitaroh | 2017-03-21 17:57 | その他 | Trackback | Comments(2)

米欧亜回覧の会20周年シンポジウムの冷ややかな東京
気がつけば、あっという間に12月も半ばを過ぎ、すっかり年末ですね。
私も今、原稿の最終校正でかなり余裕がない毎日を送っており・・・。
今、ようやく時間が出来たので、年賀状でも書こうかと思い、ふと、ブログ更新をと思い出しました。
まだ半月ある・・・なんて思っていると、また、二度目の一ヶ月更新怠りになってしまうので、今やっておかないと・・・と(笑)。

e0027240_20143620.jpgで、少し前のことになるのですが、明治初期に日本政府首脳が丸ごと長期に渡って外遊したことで知られる岩倉使節団が書き残した「米欧回覧実記」という物があるのですが、今月初め、それに因んだ、NPO法人「米欧亜回覧の会」設立20周年記念 グランドシンポジウムとやらに出席するため、ちょっと、東京まで行ってきました。福岡はこの秋、あまりすっきりした天気がなかったのですが、東京は見事なまでの快晴。
ただ、風は間違いなく、福岡より冷たかったですね。

福岡ではまだ、あまり、マフラーを巻いている人は見かけなかったのですが、東京は皆、完全な冬装備でしたから。

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(↑博多駅前クリスマスマーケット。東京だとさすがに寒いかも(笑)。)

e0027240_20164880.jpgちなみに、先日、東京から福岡に移り住んだ人から、「福岡は日本海側だから、東京に比べ、冬は曇りの日が多い」と言われ、特にそんな気もなかったもので、「そんなことないやろ」と言って、調べたら、やはり、冬場の日照量は東京の半分でした。
ただ、日本海は関係なくて、東シナ海の影響とのこと。
まあ、半分正解、半分不正解というところでしょうか(笑)。

で、当日はシンポジウムに集中するため、酒は一滴も飲まない・・・予定だったんですが、なぜか、当日はしっかり二日酔いとなっており・・・。
隣の席のおばさんの目が外気並に冷ややかでした(笑)。

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講師の方たちは錚々たる顔ぶれで、とても参考にはなったのですが、肝心の米欧回覧実記については、いささか、話を広げすぎているような嫌いがあり。
現代日本の諸問題の根源をすべて岩倉使節団に求められても、彼らも、「そんなの知るか!」と言うんじゃないかと。
「後世のお前らは何をやってたんだ!」と。

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私は、岩倉具視が髷を落としただけでも、十分に価値があったと思いますけどね。
何より、彼らが西洋文明なるものを持ち帰らなければ、日本がユートピアであり続けられたかと言えば、決して、そんなこともないわけで。
                   平太独白
by heitaroh | 2016-12-17 20:46 | その他 | Trackback | Comments(0)

「中国文化大革命50年と私」展と映画「トランボ」の同根
当方、この連休を利用して、一泊で東京に行ってきました。
本当は他の用事も済ませたかったのですが、まあ、そう都合良くも行かず。
で、旧友と久闊を叙し、久々に斗酒なお辞せずをやったら、15年前に沖縄で泡盛飲み過ぎて以来の超絶悶絶二日酔い。
確実に飲酒人生は終盤に近づきつつあるようです。

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(↑残照・・・。)

ということで、宴に臨む前に今回の上京の主目的である「中国文化大革命50年と私」展に行ってきました。

これは今からちょうど50年前に日本写真家協会会員でいらっしゃらる荒牧万佐行氏が、当時、文化大革命の嵐が吹き荒れる中国を撮影したときの貴重な写真を展示された物で、当時、文革中の中国の実態は今の北朝鮮と同じで、特に西側諸国にとっては謎とされていたことから、帰国直後にこの写真は大きな反響を巻き起こし、これにより、氏は67年度写真協会新人賞を受賞されたのだとか。

ただ、当時、私は5歳ですから、この写真の存在を知らず、また、今になると日本でも文革中の中国のことはどこまでが本当かわからないような話も多く出回っており、日本人が日本人の目で見た文革中の中国という物を是非、見ておきたいと・・・。
で、今回、さすがに写真展に展示してある写真を撮ることは憚られたので撮ってないのですが、何より、その場に荒牧氏ご本人がいらっしゃったことで、「当時、中国側から10人だけ観光客の受け入れをする旨の申し入れがあったこと」「中国研究の第一人者たる東大の林健太郎教授がいらっしゃったことで何とか写真撮影が出来た」等など、色々と興味深いお話を伺うことが出来ました。

で、当時は日本も学生運動華やかなりし頃で、似たような風景の写真があったことを思い、ふと、先日見た、アメリカの赤狩り時代のハリウッドとの脚本家を描いた映画「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」を思い出しました。
当時のアメリカに吹き荒れた「赤狩り」と中国の文化大革命というものは東西、それぞれの陣営で起こるべくして起こった時代の徒花だったんじゃないかと。

ちなみに、当時のハリウッドで、夢よもう一度・・・みたいな老女が妙に権勢振るうようになる辺りは、「牝鶏朝する時はその里必滅といへり」(雌鶏が時を告げると家が滅びる・・・つまり、女性が政治に口を出すと国が乱れる)という言葉を想起。
今の時代、これを口にするだけで怒られるんでしょうが、問題はサッチャーさんなんかのように正当な手続きで選出された場合ではなく、江青エレナ・チャウシェスクのように、ただ、権力者の妻などいう曖昧な存在理由で口を挟むと、確かに、男だけのときに比べ一段罪深さが増す・・・と。
そういう意味では、この言葉は必ずしも間違ってないのかなと。
                    平太独白
by heitaroh | 2016-09-24 07:03 | その他 | Trackback | Comments(0)

平成も28年が過ぎ的な暑中お見舞い申し上げます
 暑中お見舞い申し上げます
 暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
 時節柄、体調を崩されぬようご自愛下さい。
               平成28年盛夏
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(↑気持ちだけ水辺に涼を求め・・・の画像です。)

ところで、平成28年盛夏・・・と書いて、「平成になっての盛夏も、もう、28回目になったか」と思ったところで、ふと、思いました。
天皇陛下が生前退位した場合、元号も変わるんだよな?・・・って。
もし、変わる場合はこれまでと違い、1月1日などのキリの良いところでやってほしいし、やるべきでしょと思うわけです。
ちなみに、昭和って下一桁が西暦と5年というキリの良い違いだったんですよ。
「昭和10年生まれの人の西暦は何年だっけ?」とか考えるときに確実に末尾に5がつくわけで、後は自分の年から考えて、「1945年なわけないな。1935年か」ってわかったわけです。
まあ、そのくらいすぐにわかるだろうと言われるかもしれませんが、算数が苦手な人には意外に使い勝手がよかったと。
今は平成がキリの良い所になってないので、「平成15年は西暦何年?」と言われてもすぐにはわかりません。

ところで、その元号ですが、改元となるとその場合、やっぱ、「平和」というのが一つのキーワードの一つになると思われ・・・。
かつ、アルファベットの以外で始まる物となる・・・と。
でも、「平」も「和」も既に過去二回で使われているわけで、間接的にそれを思わせる表現ということにならざるをえない・・・と。
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で、ここまで書いてふと思いましたが、昭和が終わるとき、「和という文字が入っているにも拘らず、昭和は戦争の時代であった」ということが多く言われました。
でも、よく考えたら昭和も戦争の時代だったのは最初の20年、つまり、1/3だけで、その後の2/3とそれに続く今日までの平成の時代は、平和の時代だったんですよね。
まあ、当時を知る世代にとってはあまりに血と脂と恐怖に凝縮された時代であり、どうしても戦争の印象が強くなったのはやむを得ないのでしょうが。
元号にこめられた「平和」という思いは何だかだ言っても維持されてきたわけで、そう考えると、やっぱ、あったほうがいいんだよなあ・・・とふと、思った28年目の平成の夏でした。
                     平太独白
by heitaroh | 2016-08-05 07:44 | その他 | Trackback | Comments(2)

昭和男よサヨウナラだぜの今年の6月の特異性
今日からいよいよ6月ですね。
私事ではありますが、実は私、今月が誕生月でして、今年で満の55歳になります。

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で、今年の誕生月ですが、少々、私にとっては、これまでとは違う意味を持っており・・・。
実は、時代が昭和から平成に変わった時、私は27歳6ヶ月・・・。
今月で55歳ですから、ちょうど半分で、すなわち、今月を境にこれから先、私の人生では昭和より平成のほうが長くなるってことです。
何を言いたいか。
「いやあ、俺は昭和男なんだから・・・」などと言ったところで、もう、否応なく、平成の人なんですね。
つまり、私より1ヶ月でも下の人はもう、既に「今時の若者」と同じ平成の人で、たとえ、上の人でも年々、平成が近くなってくると。

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(↑アーメン・・・って違うか。「アーメン素麺冷やそうめん」・・・なんて昭和のギャグ、もう、誰も知りませんよねえ。)


「水無月に 分水嶺を 覚えけり」梁庵平太

さみし~!(←わからないと思いますが、昭和のギャグです。最後のヒト吠え。)
                           平太独白
by heitaroh | 2016-06-01 07:44 | その他 | Trackback | Comments(2)

「デジタルを 過信めさるな ご同輩」的ながっくり談
先般、長いこと書きかけだった物をようやく脱稿し、今度は過去に会報誌などに寄稿した奇行・・・じゃなかった紀行文をまとめて小雑誌にすることを思い立ちました。
我ながら、まったく退屈しない性格です。

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で、それに使用すべく過去の画像を探していたら、見つからず、あるのはガキの写真ばかり。
(そんなに昔の物じゃないんですが、みんなミニチュアみたいに小さい...。俺が大きくなったんだな...って違うか(笑)。)

どうやら、保存したのは媒体は今や絶滅危惧種のMO・・・。
これが生産中止になっていると知らずに、そのまま、使っていました。
ヨドバシカメラに買いに行ったら、「生産中止」と言われ、「ホワイ!?」と言ったら、「さあ、今時、もうMOなんて使う人はいませんからね」と一言・・・。
今ある機械が壊れないうちにMOのデータをHDかCDに移さなきゃ・・・とと思いつつ、面倒くさくてまだやってません。
(若い頃と違って、年々、こういうことが面倒くさくなっています。)

しかも、肝心の探していたディスクだけが無い・・・。
ようやく見つけたと思ったら、どうやら、機械の中に入ったままで取り出せなくなっていたようで、やむなく、機械を分解し取り出し、再び、もう一台の機械で再生したところ、ディスクが傷ついているのか再生不能でまたもや取り出せないという悲劇。
助かったなあと思ったのがこのブログに投稿した画像。
これは閉鎖されない限り残ってますからね。
あと、それと、昔のパソコンの中に動画は残っていたので、そこからカットしたのが1枚。
(映像は静止画にした場合、画像ほどに写りがよくありませんね。今のはどうか知りませんが。)
まあ、これで何とか間に合わせましたが、もう、永久にあの時の画像は無いんだ・・・と思うと。

e0027240_12213833.jpg

以前、新婚旅行から帰ってきた人が、「もう、現像などせずにそのままディスクに入れている。昔みたいに、イチイチ、アルバムに貼って見たりしないから・・・」と言われたことがあります。
昭和のアナログ親父としては、その話にいささか危うさを感じたのですが、今回、改めて、デジタルだから、劣化せずに半永久的に保存できると考えるのは現代人の驕りだと実感しました。
いつまでも若いつもりでも、人間が老化するように、気がついたら保存媒体の変化についていけない。
デジタル過信するなかれの教訓。
                     平太独白
by heitaroh | 2016-05-24 11:49 | その他 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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