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2006年 11月 10日 ( 1 )

雨森芳洲の外交理念にみる日韓関係というもの。
親愛なるアッティクスへ

雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)という人物をご存じでしょうか。
寛文8年(1668年)、近江国(滋賀県)の町医者の子として生まれ、京都医学を学んだ後、18歳で江戸に出て朱子学者木下順庵の門下で学び、同門の新井白石、室鳩巣らとともに秀才を唱われ、22歳の時、師の推薦により対馬藩に仕官。
その後、35歳にして、初めて朝鮮へ渡り、釜山倭館に滞在。
中国語、朝鮮語に通じ、対馬藩の朝鮮担当実務を取り仕切っていたと言われています。
さらに、54歳の時、藩の朝鮮人参密輸政策などを批判して辞任、隠棲生活に入ったものの、藩としても、やはり、その学識には頼らざるを得なかったようで62歳にして再び、特使として釜山の倭館に赴き、帰国後は対馬藩主側用人に就任、藩政に関する上申書「治要管見」朝鮮外交ガイドブックともいうべき、「交隣提醒」を残し、宝暦5年(1755年)、対馬厳原の別邸にて88歳の大往生を遂げた人物です。

その芳洲の外交に対する考え方は、「互いに欺かず争わず、真実を以ての交わり」にあると言い、となれば、相互理解の為にも、外交は語学の習得が必須であると言っていたとか・・・。
今日の善隣外交にも繋がるところがあるのかもしれません。
ところで、一般に、江戸時代は、鎖国であり、外国との交流は長崎でのみ許されていたように思われてますが、実際には、蝦夷地・琉球と並んで、対馬も外国との関わりがあった地域の一つであり、その為、芳洲は徳川六代将軍家宣や八代将軍吉宗将軍職就任を祝う朝鮮通信使が遣わされるたびに、使節に随行して江戸にも赴き、新井白石とも激論を戦わしたとか・・・。

で、この使節団の一員に申 維翰という人物が居るのですが、彼が帰国後に著した「海遊禄」に芳洲の姿が描かれていると言います。
申 維翰も、芳洲の、その学識人物を認め、互いに認め合う仲となったようですが、私が注目したのは、このとき胸襟を開いた申 維翰が、ぽろっと芳洲に漏らした言葉でした。
うろ覚えで申し訳ないのですが、申 維翰曰く、「貴国は、封建制がきちんと機能しているようで、まことに羨ましい。我が国は、科挙(公務員採用試験)によって選抜された優秀な官僚が政治を行う官僚制だが、これがまるで機能しておらず、有能な顕官、忠臣たちが、顕職に付いたかと思えば、すぐに、讒言にあい失脚し、投獄されたり、処刑されたりする」と・・・。

なるほどと・・・。
封建制というのが、あまり、先進的な国家制度だとは思いませんでしたが、この時代のアジアにおいては、やはり封建制の方が、まだまだ、無難だったということでしょうか・・・。
ちなみに、この申 維翰も、帰国したら、芳洲のことを「甚だしく分明ならざること羊の声に似て、くどくどと駄弁を弄してやまず」などと述べ、最後は、「狠人」(まあ、野蛮人と・・・。)とまで批判していると言います。
実際に、そのようなことがあったかどうかは知るよしもありませんが、おそらく、当時の日朝関係を考えると、豊臣秀吉の朝鮮侵略から100年以上が経っていたとはいえ、朝鮮側は未だ、如何なる日本側使節をも、すべて釜山止まりで、一切、入京させなかったと言われるほどに、日本側への恨み警戒感は根強かったようですので、申 維翰としては、「日本人と仲良くしている」などという噂が立つことを危惧したのではないでしょうか・・・。

この辺のこと、何だか、今日の日韓関係を見ているような気もするのですが・・・。
                              平太独白
by heitaroh | 2006-11-10 08:34 | 歴史 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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