昭和44年(1969年)のフランス・アルジェリア合作映画に「Z」というのがありますが、ご存じでしょうか。
軍事政権下時代のギリシャをモデルとして描かれた作品で、あらすじは、野党指導者が暗殺され、その真相を追跡取材するジャーナリストと圧力に屈することなく真実を暴く予審判事によって、軍の要職のお歴々には有罪が下されるも、強大な権力の前にそれはあっけなく覆される・・・という内容のものです。

で、これを見ると、ヨーロッパの民主主義の本家本元も、結局、やってることはアジア諸国と大してかわんないじゃない・・・と。
ただ、見た目、多少、上品にやっている・・・というだけで(笑)。
(ましてや、その亜流であるアメリカなどは酷いもので、
グアンタナモ刑務所でも、末端の虐待実行者にのみ全責任を負わせ、それを奨励した上層部は不問に付されたと・・・。)
その上で、先日、テレビで
「日本史サスペンス劇場 特別版 東大落城 ~安田講堂36時間の攻防戦 40年目の真実~」というのをやってましたがご覧に成りましたか?
東大安田講堂事件とは、昭和44年(1969年)1月の、東京大学安田講堂に籠もった400人の若者を機動隊が「鎮圧」した事件で、この番組は、それを当事者への取材を交えながらドラマ化したものだったのですが、この問題は、以前、
平太郎独白録 : 昭和43年の全共闘にみる親の立場の学生の分際論で述べたとおりで、私的には、元々、あまり、学生側に共感も理解も感じておらず、また、それは今回のドラマを見ていても終始変わらなかったのですが、一方で、これを弾圧した当事者である
佐々淳行氏を始め、多くの人が学生側に理解を示していたことが少々、不思議な気持ちでした。
(学生側は、けが人が出るたびに休戦を申し込んだり、降伏したりしてましたけど、自分たちはあんな
高い所から
機動隊員めがけて、でっかい
コンクリートの塊や
火炎瓶などを投げ降ろしておいて、自分たちが重傷を負うと「休戦」って、何か違うだろ・・・というような。ていうか、警察も、だったら最初から死なない程度に怪我させれば話は早かったんじゃないの・・・と。)
おそらく、私の中で納得する答えが出せるには、今少し時間がかかるようにと思うのですが、印象深いのは佐々氏が「若者にはもっと熱を出してもらわないといけない、熱を出さないから、あんな残酷な事件が起きる」ということを言っておられたことです。
この点は、私にも若き日に身に覚えがありますね。
(私も今は学生運動などには上述の通り否定的ですが、でも、20才のときだったらどうだったか・・・と言われると、「俺は加わらなかった」とは言い切れないものがあります。)
男という生き物は、基本的に、外敵と戦う
DNAが組み込まれているもののようで、良いか悪いかは別として、そういう傾向は私自身も含めて現実にあると思います。
片っ端から
徴兵されて、
絶望的な戦場に送られている頃には、
暴走族なんて存在しなかったわけで・・・。
その意味では、今朝の朝刊の隅っこに
ベルギーでもナイフを持った男が
託児所で
無差別殺人を冒した・・・という記事が載ってました。
私には、人類が叡智の結果として獲得した「平和」というものがそもそも無理があるものではなかったか、つまり、世界全体がまた、戦争をいうものを渇望し始めているということではないかというふうに思え、何とも憂慮されてなりません。
平太独白
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