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長嶋茂雄、その大いなる幻影・・・。
親愛なるアッティクスへ

私と同年の友人たちに「長嶋茂雄さんの現役バリバリの時代を覚えているか?」と問うと、まず、10人中10人が皆、「覚えている」と答えます。
でも、ご承知の通り、長嶋さんは昭和49年(1974年)に引退したのですが、私の記憶ではその前、昭和45年大スランプに陥り、「長嶋引退か!?」と騒がれ、翌昭和46年には何とかそれを跳ね返して、MVPを獲得し復活したものの、それ以降はもう成績は下降一途を辿り、引退に至ったと。
であれば、長嶋さんが現役バリバリ・・・でやっていたとなると、それ以前の昭和44年以前ということになるわけですが、昭和44年というと私はまだ小学校2年生・・・
当時、さすがに王・長嶋という名前は知っていたものの、野球のルールやセ・パの違いなどはよくわかっておらず、となれば、同年の人たちの多くが、「長嶋の現役時代のプレーに憧れた」と言うはどうしても私には腑に落ちない話であり、実際は、「長嶋茂雄」という、あまりにも大きすぎる巨星の幻影を見ていたのではないか・・・と思うのです。

実際、長嶋さんの現役時代の数字を拾ってみますと、昭和33年(1958年)の巨人入団から昭和39年までの7年間に爆発的な好成績が集中しているのがわかります。
中でも、特に昭和38年までの6年間は最多安打6回、首位打者4回、最多塁打5回、最多敬遠5回、最高長打率5回とタイトルに顕れる以上の数字を独占しており、如何に球界に置ける長嶋さんの存在が大きかったかがわかるかと思います。
ところが、昭和40年、打率こそ辛うじて3割(5位)を打ったものの、本塁打は17本と低迷しており、ここで、思い出すのが、この年から巨人に移籍してきた大投手・金田正一氏の「長嶋の体は俺が巨人に入団したときにはもう、崩壊しかけていた。俺が巨人に入って立て直した」というコメントです。
当時、長嶋さんはまだ29歳ですから、インタビューした記者氏も「まさか」と言ってましたが、でも、長嶋さんと並ぶ天才、中西 太さんの選手寿命は実質25歳までだったことを考えれば、あながち、有り得ない話でもなかったでしょうか。

事実、昭和40年以降はそれ以前のような集中豪雨的な活躍ではなく、昭和41年は首位打者を獲得してMVPに輝いたものの、昭和42年は.283と低迷。
翌、昭和43年は自己最多となる39本塁打、125打点で打点王と(打率も2位)MVP、昭和44年32本塁打、115打点で打点王(打率3位)を獲得、そして、長嶋限界説が唱えられ始めた昭和45年を迎えるわけですが、それでもこの年、打率こそ.269(10位)と低迷したものの、105打点で打点王に輝いており、翌、昭和46年は34本塁打を放ち首位打者とMVPのタイトルを獲得し、復活を遂げたと言われるも、その陰で看板の打点は86と低迷しており、そして、翌年から、打率は.266(21位)→.269(13位)→.244(24位)と低迷、本塁打は27本塁打→20本塁打→15本塁打下降を続け、ついに引退に至ったわけで、その意味でも、長嶋さんの全盛期は昭和30年代まで・・・、現役バリバリといえるのも昭和44年以前まで、長嶋らしい輝きを放っていたといえるのは打点92を記録した昭和47年まで・・・といえるのでしょうか。

ただ、この人の記録を見ていてむしろ痛感するのは、王 貞治氏などもそうですが、その出場試合数の多さ・・・です。
入団以来、実働17年で出場試合数が一番少なかったのは昭和42年の122試合であり、引退の年でさえ128試合に出場していたというのは、現在のプロ野球から考えれば「異常」なことでしょう。
この点は、伝説の骨接ぎ師の方の存在もあったように聞いておりますが、やはり、ある意味、巨人と言えども実態は王・長嶋一座だったということの裏返しだったのかもしれませねんね。
                                   平太独白
by heitaroh | 2008-12-17 18:21 | スポーツ | Trackback | Comments(6)
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Commented by FUSA at 2008-12-19 15:28 x
テレビなどで長嶋フリークみたいな人がよく出てきますが、よく話を聞いているとほとんどが伝聞なんですね。キミは本当に長嶋を見たのか!と言いたくなります。私が大学に入った昭和39年から41年頃まで、たまたま住んでいた所から、巨人の多摩川練習場が近かったのでよく見に行きました。あの頃の長嶋はとにかくカッコ良かったですよ。球場にも行きましたが、練習の時の方がカッコ良かったですね。しなやかで軽やかでスマートで、何十人も選手が集まっていてもすぐに見つかりました。当時よく長嶋には後光が差しているなんて表現がありましたが、今風に言えばオーラですよね。私は特別な長嶋ファンというわけではありませんでしたが、未だにあれほどカッコいい野球選手を見たことがありません。
Commented by へいたらう at 2008-12-19 15:29 x
<FUSAさん

そうらしいですね。
同年配くらいの方からはよくそういう話を聞きます。
別に巨人ファンではなかったが、長嶋だけは・・・と。

スポーツ評論家の某さんも「長嶋だけはオーラが出ていたから、多くの中にいてもすぐにわかった・・・」と言っておられました。

私は長嶋さんの現役時代は、大洋平松のシュートがまったく打てなかった以降しか覚えてないのですが、当時、別にそれほど野球が好きでもなかったので、テレビの画面で見る限りでは、オーラなど感じませんで、ONといえども、他の選手と同様に淡々と試合してた印象があります。
Commented by yoko at 2014-02-03 15:50 x
こんにちは。
長嶋茂雄さんの記録ですが、よくご存知なのに驚きます。入団後6年間に最多塁打や最多敬遠や最多長打率5回等々の詳細な情報はどこで得られるのでしょう? 私も最近ちょっと関心を持ってネットで調べたり、図書館検索などしているのですが、イマイチの状態です。良いサイトや書籍をご存知でしたら、ご教授お願いいたします。
Commented by heitaroh at 2014-02-03 17:27
<yokoさん

えーと、少し前の記事になりますので何で調べたのかよく覚えてないのですが、ウィキペディアなどでもそこそこの資料は手に入ると思いますよ。
おそらく、それ以上の物をお探しなのでしょうが、私の場合は手元にも古い資料などがないこともないのですが、むしろ、子供の頃から週刊ベースボールなどを愛読してましたので、亀の甲より年の功でそれらの古い選手たちの記事が頭に入っているものだと思われます。
私が知っていることでお役にたてば聞いて頂いても結構ですが、果たしてお役に立てるかどうか・・・。
頼りない返答で申し訳ありません。
Commented by yoko at 2014-02-09 01:04 x
お返事ありがとうございます。
記録専門の本を読むまでもなく、あれだけそらでおぼえていらっしゃるのはすごいですね。
もし個別、具体的にお尋ねしたいことが出てきましたら、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。
Commented by heitaroh at 2014-02-10 11:57
<yokoさん

いえいえ、たぶん、数字自体はウィキペディアか何かから拾ってきたんだと思いますよ。
そもそもが人間の記憶なんてあてにならないものですから・・・。
この程度でよろしければいつでもどうぞ、気軽にお尋ねになってください。
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国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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