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バルトの楽園14 労役と人権
親愛なるアッティクスへ

このシリーズ、今回は、収容所に置ける「労役」での記述についてです。

少し意外かもしれませんが、以前から触れてきましたように、収容中の俘虜は「労役」につくことができるんですね。
ところが、ひとくちに労役と言っても、賃金が発生する以上、「需要」もないのに「労役」につくことはできないわけで、となれば、収容所によって、「仕事がある地域とない地域」が出ることになったようです。

その辺を、またまた、大著、「板東俘虜収容所―日独戦争と在日ドイツ俘虜」から要旨のみを拾ってみますと、曰く、
日当は払います。日本人労働者の日当より安くていいんです。使用者からすれば安い労働力が使えるわけです。場合によっては、専門職の労働者も使えるわけですから、双方ともに有益なわけです。
俘虜は俘虜で、その稼いだ賃金を、いくつか回り道をしてでしようが、自分の手元に移すことができたのです。一番の稼ぎ頭は名古屋収容所
その頃もう名古屋はある程度の工業が発達しておりましたから、いろんな工場に働きに行っております。」というものでした。

で、素朴な疑問なのですが、安くて質の高い労働力を使えると言うことになると、逆に言えば、日本人労働者の雇用を奪うという結果にはならなかったのでしょうか?
今だったら、すぐに、反対運動が起こったり、デモになったり・・・という気もするんですけどね。

同書は、それには答えてくれてませんが、一方で、
ケルト社東京支店長が代表になりまして、日本各地の収容所を回り、どの収容所には何が足りないか、何をほしがっているかを尋ね、集まってきた本国からのカンパ配分していました。そのお金は当然のことながら将校には分配されません。彼らは月給をもらっていますから。
下士官・兵卒にはその階級に従って、準士官にはいくら、下士官はいくら、兵はいくら・・・の分配があります。
ただしトータルしてもこの金額は大したものではありません。一番大きいのは召集兵たちの前の勤務先での月給相当額か、それよりやや少ない分が収容所に送金されてくるのです。
これは日本の戦争中もやっていたはずです。召集されたら直ちに切れるのではなく、月給の100%ではなくても何%かは留守家族に送金しているのです。こういう現象と思ってください。」という記述があります。

つまり、将校は労役には付けないし、収容期間中も月給が出ているから、カンパのお金ももらえない・・・と。
これには、少し驚きますね。
この時代にドイツ人は、きちんと、一兵卒に至るまで「ドイツ人としての平等」・・・ひいては、「人権」という意識をもってたんだと。
つまり、「軍隊の上では、指揮命令系統に従うけど、基本的には同じドイツ人だよ・・・」みたいな。
ナポレオンの国民軍から国土を守る為に、自発的に国民軍が生まれた国の伝統かと思います。
この辺が、国民の合意に寄ることなく、オカミ主導国民皆兵構想が進められた日本との大きな違いなんでしょう。
日本だったら、何だかんだ言っても、送られて来たカンパなどは、真っ先に高級軍人(お侍様)が懐に入れてしまうような気がします(笑)。

ちなみに、このようにして収容所に入ってきたお金については、こうも述べておられます。
「当時の日本は今日的言い方をすればまだ発展途上国です。ドイツ兵が撮った当時のいろんな写真がドイツ館にありますからご覧いただくとわかります。子どもたちはほとんど和服です。洋服などは着ておりません。和服に草履。貧しい姿をしております。
そういう時代にあって松山収容所の統計によりますと、一人頭平均25円の可処分所得。板東収容所ですと月28円くらいです。これはもう一大消費者団体です。」

なるほど、各自治体招致合戦をしたがるはずですね。
                               平太独白
by heitaroh | 2006-12-12 08:21 | 歴史 | Trackback | Comments(2)
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Commented by tokkey_0524zet at 2006-12-15 08:01
私も現在「安くて質の高い労働者」と化しておりますw。
Commented by へいたらう at 2006-12-15 14:46 x
<tokkey_0524zetさん

質が高いということは素晴らしい事じゃないですか(笑)。
値段は後から、付いてきますよ。

「安くて質の悪い傍観者」よりw
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国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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