人気ブログランキング |


バルトの楽園が福岡ではザルデルン夫妻の悲話・後編。
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

大正6年3月25日の深夜、博多の街・・・、いや、日本中を騒然とさせた事件が起こりました。
ザルデルン大尉夫人、イルマが何者かに惨殺された事件です。

遺体が発見されたときの描写を、井上精三氏の名著、「博多大正世相史」から抜粋させて頂くと、
「最初の発見者はコックの妻だった。犯人に抵抗し激しく格闘したらしく、室内の調度品は散乱し、脚が折れた椅子は横倒しとなり、寝室と十畳の間の境のふすまは倒れ、イルマはふすまの上に金髪を振り乱し、ネグリジェは胸部まで捲き上げられ、首には電灯線が巻き付けられ、紫色の絞殺の跡がはっきり残っていた。
鋭利な刀傷が胸部と両手にあり、かすり傷は顔面から喉にかけて多く、両股に血染の手形がつき、時計は斜めに傾いて12時25分で止まり、その惨状は目を覆うひどいものだった。
この日家庭教師は旅行中で、子供は隣室でまったく母の死を知らず、離れのコック一家も気づかなかったという。急報に接し、夫ザルデルン大尉は駆けつけて、愛妻の無惨な死に泣きくずれた。」とか・・・。

26日、大臣の娘であり、男爵夫人である人の葬儀は行われ、たった数人の会葬者のもと、その夜、大学構内の火葬場で遺体は茶毘に付されます。
ところが、事件はこれで終わりではありませんでした。
29日の朝、博多の人々を、さらに驚愕させる事件が起こります。
今度は、夫のザルデルン大尉が収容所内で首つり自殺しているのが発見されたのです。
死後、義父である妻イルマの父、海軍大臣カペレ大将宛の遺書が見つかったそうで、「博多大正世相史」によると、 
「最愛なる父の一人娘たるイルマは何者とも知れぬ兇刃に免れてなんとも申し訳がない。自分と妻とは結婚当初に堅い約束を結んでいた。その約束は互いに生死を誓ったのである。我が身死すれば妻も死し、妻逝けば我が身も逝くとの約束は堅く結んでいた。我は今この約束を果たすに過ぎぬのである。この上は父上の率い給うドイツ海軍が全勝せんことを望み、二人の孤児の身上をよろしく頼む。当、日本の官憲は妻の横死につき深甚の同情の意を表わし、その葬儀もすこぶる丁寧を極め、目下犯人の探索中であれば遠からず逮捕されるであろう」という内容であり、諸人の涙を誘ったと言います。

一方、福岡県警は事件の公表を抑える一方で、当然ながら、犯人捜査に必死で取り組みます。
これは、もう、大変な事件です。
交戦国とは言え、現役の海軍大臣の娘が夫に会いに行った先で惨殺されたわけですから、「日本人は敵であれば、面会に来た妻をも殺す・・・」などと誤った評価も流れかねず、このままでは福岡県警どころか日本警察、いや、「日本」が問われかねない事態だったわけです。

まず、下宿屋・料理屋・旅館などの聞き込みが行われると同時に、特にに現場に近い新柳町遊廓が徹底的に捜査の対象となったと言います。
で、その中で、遊びに来たときに、身なりに不似合いの六角形純金小型時計を持っていた者がいたことがわかり、警察は有力な容疑者の一人と断定。
さらに、鋭利な刃物が使われていたことから、事件前に、短刀を研ぎに出した人物が居たこともわかったものの、この人物は、すでに宿を出た後であり、その後の足取りはつかめなかったそうです。
ところが、自分が指名手配されていると知らない犯人は、その新柳町の娼妓に手紙を出したことで、その後の調べで、男が、小倉(現北九州市)でパン職人として住み込みで働いているということがわかり、事件から2週間後の4月7日、奇しくも、事件時とほぼ同時刻の深夜12時過ぎ、犯人は活動写真を見に行って帰って来たところをその場で逮捕され、後日、死刑となったといいます。

ザルデルン夫妻の無念さは、何とも痛ましい限りですが、一民間人とは言え、外国の高官の一人娘が来日しているわけですから、福岡県警、それから、福岡県も含めて、もう少し事前に何とか対応できなかったんですかね・・・。
うら寂しい場所にいる・・・ってことは知ってたんでしょうから。
ちなみに、終戦後、ザルデルン夫妻の願い虚しく、ドイツ帝国は崩壊
その折、德島収容所で自由を宣告された捕虜たちが、これまでの所長や所員、そして地域住民の対応に感謝を込めて、ベートーベン作曲『交響曲第九番 歓喜の歌』・・・、通称、第九を披露し、これが日本で最初の第九だと言われていますが、実は、この点も、これより前、歌無し「演奏だけ」の公演ではあったものの福岡の九州大学日本で最初に第九を演奏していたそうです。
これも、何かの因縁なのでしょうかね・・・。
                             平太独白
by heitaroh | 2006-06-15 08:52 | 地域 | Trackback(1) | Comments(6)
トラックバックURL : https://heitaroh.exblog.jp/tb/3631899
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from 文学な?ブログ at 2006-07-09 17:28
タイトル : バルトの楽園(がくえん)/出目昌伸
信頼は立場を越え、国境を越え、人と人をつなぐ最も重要なものだと松江所長は教えてくれました。寛容な心を持ち、相手を信頼したいという意思表示が、コミュニケーションの第一歩であることは、現代においても全く変わりはありません。 第一次世界大戦中、中国青島で日本軍はドイツ軍を破り約4700名を捕虜としました。ドイツ兵は日本各地に収容され、徳島県の板東にも収容所が設置されました。各地のドイツ兵が厳しい扱いを受ける中、坂東の松江所長(松平健)は彼らを手厚く保護し、同じ軍人として敬意を払って接しました。 ...... more
Commented by 本田 at 2008-01-30 00:29 x
平太郎様、はじめまして。
イルマ殺害事件で検索をしていてたどり着きました。
私は歴史にはあまり詳しくないのですが、
(すみません、若いころ年号を覚えるのが苦手で・・・汗)
佐木隆三さんの著作のファンで、事件史、特に死刑囚に興味を持ち
調べていたところ、犯人の田中に行き当たったのです。

後に九州帝国大学の総長になった高山正雄医学博士は
大正時代に死刑囚のデス・マスクを収集していたようですが、
その写真をある雑誌で目にする機会がありました。
(小心者の私にとって刺激が強すぎて、トラウマになってしまったのですが)
犯人の田中の生前の顔は、頬骨の張ったいかつい顔ながら
やさしげで、デス・マスクも非常に安らかな顔をしていたのが
印象的でした。
まさかこんな国際問題になりかねないような重大事件を
起していたとは・・・・・・

アップされていた、現在の現場の風景も拝見しました
感慨深いものがありますね・・・・・




Commented by heitaroh at 2008-01-30 11:05
<本田さん

初めまして。
コメント有り難うございました。

これほどの大事件でありながら、地元でも、殆ど知られていないことに、むしろ、驚きました。
これを書く当時、福岡県警犯罪史とか何とかいう本も調べたのですが、それにさえ、載ってませんでしたからね。

高山博士が死刑囚のデス・マスクを収集していたことは知りませんでしたし、その中に、犯人の物があったということも知りませんでした。
機会が有れば、一度、見てみたいと思います。

ただ、現在の現場の風景ですが、私もはっきりと特定しているわけではありません。
登記簿から、辿っていけばわかるのかもしれませんし、近所ですので、歩いてみたのですが、一カ所だけ、「あれ?」と思う場所がありましたが、いずれにしても、今では、誰かの私有地になっているわけで、それ以上、詮索することは控えました。
あるいは、私の伯父辺りは知っていたのかもしれませんが、伯父が亡くなって久しい今となっては・・・ですね。

今後とも、よろしくお願いいたします。
Commented by 本田 at 2008-01-30 14:01 x
高山博士は天才とうたわれながら
晩年は睡眠薬とアルコールにおぼれて
惨めな最後であった、らしいですが
高山博士の伝記などは、あるのでしょうか?
そちらの方にも興味がわきました

デス・マスクは全部で27個取られたらしいです。
それを元に、処刑前の精神状態が判明している17個について
九州帝国大学の佐座博士と平光博士(あの事件のあの人です)が
「死刑囚のトーテン・マスク、その脳および體構の観察」
という論文を書いて
「犯罪学雑誌」という法医学系の雑誌に発表しております
第六巻の4号と第七巻1.2.3号に掲載されております。
ゆまに書房から復刻版が出ておりますね
九州大学の図書館にもそれらしき抜粋を見つけましたが・・・

わたしはその本が法医学系のものとしらず、
いきなり本を開いて、小笛事件のご遺体に対面してしまい
ました・・・・・・・・
おまえごときが興味本位で動くとこういうことになるという
ご先祖様のお叱りだったかもしれません

Commented by heitaroh at 2008-01-30 17:34
<本田さん

申し訳ありませんが、まずもって、私は、そちら方面はあまり、詳しくないので、高山博士や平光博士や小笛事件などのことはよく知らないのですが、私は違う意味で、むしろ、デスマスクの方に興味を持ちました。

というのも、以前、こちらで書いたベアトリーチチェンチの肖像というものを思い出したからです。
   ↓
http://heitaroh.exblog.jp/275734/

もっとも、さらし首になった人の顔の写真は何度か見たことがありますし、有名なところでは、チェ・ゲバラの遺体の写真も見ましたが、それらを見る限りでは普通の寝顔にしかみえませんでしたね。
Commented by 本田 at 2008-02-02 00:41 x
>高山博士や平光博士などのことはよく知らないのですが

そうでしたか。
デスマスクを見てしまったトラウマがひどかったため、
関連のある記事を見つけてうれしいあまり、
ちょっとテーマからずれたことを書き込んじゃったかも、ですね
(;^^)
すみません~

私は、九州の隣の島に住んでいるのですが、
「バルトの楽園」映画公開前後は、同じ島が舞台とあって、
地元TVでかなり宣伝してました
興味はそそられましたが、主役が暴れん坊将軍なので
見ていないのですが
平太郎様のブログを読んで、俄然興味がわいてきました
DVDをレンタルしてこようと思ってます
Commented by heitaroh at 2008-02-02 12:09
<本田様

期待に添えず、申し訳ありません(;^^)

いずれ、この事件については、本に書きたいなと思っておりますので、資料として、また、背景として、いろんな事は知っておきたいと思っております。
色々と、教えてください。

隣島ですか・・・、台湾ですね(笑)。(←ジョーダンですよw)
私も、DVDで見ましたが、あまりにも、話が出来すぎていて・・・。
所詮、暴れん坊将軍の世界ではありましたね(笑)。
<< ワールドカップ日本代表にみる勝... バルトの楽園が福岡ではザルデル... >>


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
> sakanoueno..
by heitaroh at 16:59
号外いいなぁ! 私は住..
by sakanoueno-kumo at 21:18
> sakanoueno..
by heitaroh at 11:00
> sakanoueno..
by heitaroh at 10:57
「健安」はやめちゃたんで..
by sakanoueno-kumo at 21:02
無事是名馬、おっしゃると..
by sakanoueno-kumo at 20:59
> sakanoueno..
by heitaroh at 10:55
遅ればせながら、40万ア..
by sakanoueno-kumo at 18:55
> sakanoueno..
by heitaroh at 01:18
スゴイじゃないですか! ..
by sakanoueno-kumo at 21:49
> sakanoueno..
by heitaroh at 17:08
明けましておめでとうござ..
by sakanoueno-kumo at 18:50
> sakanoueno..
by heitaroh at 18:10
心配ご無用。 間違いな..
by sakanoueno-kumo at 17:13
> sakanoueno..
by heitaroh at 10:53
検索
タグ
(65)
(54)
(54)
(51)
(50)
(46)
(42)
(41)
(41)
(36)
(32)
(31)
(31)
(30)
(29)
(28)
(26)
(26)
(25)
(25)
(24)
(24)
(24)
(24)
(24)
(23)
(21)
(21)
(21)
(21)
(20)
(20)
(19)
(18)
(18)
(18)
(17)
(16)
(16)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(14)
(14)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
カテゴリ
以前の記事
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
最新のトラックバック
太平記を歩く。 その69..
from 坂の上のサインボード
太平記を歩く。 その68..
from 坂の上のサインボード
八犬傳(上・下)
from 天竺堂の本棚
2016年NHK大河ドラ..
from <徳島早苗の間>
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
フォロー中のブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧