最近、さすがに内臓脂肪がしゃれにならなくなり出しまして、ここ数日、晴れた日だけですが、片道45分かけて徒歩通勤をしています。
で、気づいたのが、車歩分離信号が多くなっていること。
歩行者は歩行者だけ行かせて、車は車だけそれぞれに行かせる・・・って、やつです。
でも、これって、都心部の人通りの多いところなら、まあ、スクランブル交差点ということでわかるのですが、ちょっと離れた近隣商業地域のようなところには、いらないんじゃないですか?
私なんぞは、歩いていて、右でも左でも渡れる方を渡れればいいわけで、それなのに、右にも左にも渡れず、必ず、そこで立ち止まらないといけないという・・・。
で、1900年の今月・・・、5月24日は明治政府により、「男女混浴禁止令」が発令された日だそうですね。

(↑関係ないけど、薩摩にある日本最古の井戸だそうです。)
江戸時代は、日本の
銭湯は
混浴で、幕末に来日した西洋人らが、それを聞き、
「オー・マイ・ガッ」と(言ったかどうかはともかく)、驚愕した・・・という話は聞いたことがありましたが、まさか、前世紀初頭の、明治も
33年までも、(なんと、日露戦争の
4年前、大正と名が変わる10年前です!)それが続いていたとは思ってもいませんでした・・・。
文明開化で明治の始めには、すぐに無くなっていた物だとばかり・・・。
そもそも、日本人には当たり前のように馴染みが深い入浴ですが、昔は、当然、今のように蛇口をひねるとすぐに水が出て、スイッチひとつで簡単に沸かせるというものでもなかったわけで、(ましてや、
「自動で湯張り」なんてのはあるわけもなく。)女中や下男などの下働きがいるような、よほどの大身の家でない限り、風呂という物は存在せず、このため、江戸などの大都市では、「銭湯」という「事業」が成立するようになっていたのでしょう。
が、こと、風呂を事業として捉えた場合、事業主としては、
「男女を分ける」ということは
「仕切りを作る」という費用対効果の問題以前に、「男風呂に行列が出来ていても女風呂に入れるわけにはいかない」といった効率性の観点からも、無駄以外の何ものでもなかったわけで、庶民も使わざるを得ないから使っていたわけでしょうが、それでも・・・、ねー。
ちなみに、人間がこれほど繁殖したのはオスが繁殖期にかかわらず、年がら年中、発情することができるようになったからだそうですが、その意味では我々は褒められて良かったんですね、御同輩・・・(笑)。
平太独白
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