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幻の都安土を行く その7 総括論後編・・・って後編かよ!
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

「信長の晩年はおかしかった」・・・と、こういうと、武田信玄晩年弊害についての著書を上梓したばかりですから、「おまえは、誰でも彼でも晩年はおかしかったという風にして居るんじゃないか!」と、まさしく、我田引水みたいなお叱りを頂戴するようで怖いのですが、実は、この説は、私のオリジナルではありません。
百瀬明治という評論家が、昭和55年のプレジデント版「ザ・マン」シリーズという雑誌に寄稿していた物です。
当時、私はそれを読んで、「そんなことはないだろう。うがちすぎなんだよ!」と、一顧だにしなかったのですが、この安土へ来てみて、改めて、それを思い出してしまった次第でした。

この人の論によれば、信長が理解に苦しむような行動を取るようになったのは天正8年(1580年)頃からだと言いますが、その萌芽が見られるのは、天正6年頃からだとか。
信長の不可解な行動に対する具体的な照査は、ここでは置くとして、天正6年というのは、信長にとっての直接的脅威最後の「目の上のたんこぶ」だった上杉謙信が死んだ年だそうで、確かに、長年の懸案事項から解き放されて、ふっ・・・と力が抜けたことで、一気に・・・ということもありがちな話のようにも思えます。
確かに、そういう目で、改めて、信長の年表を見直してみると、信長にとっての最大の脅威、武田信玄が死んだのが天正元年
信長的には、この時点で、6割くらい天下統一事業に目処が立ったのではないかと思うのですが、もし、その辺りから、「不可解」が徐々に進み始め、天正6年の謙信の死によって、ガクンと坂を下ったのだとしたら・・・。

幻の都安土を行く その7 総括論後編・・・って後編かよ!_e0027240_15221914.jpg(←復元、安土城天主閣最上階です。)

確かに、信長は、晩年を見ると、常軌を逸したような行動が多くなってますよね。
信長横死の1年前、天正9年には、自分の留守中に、近江・桑実寺参詣した侍女たち激怒し、侍女と僧侶処刑

その10日後、和泉・槇尾寺焼き討ち
そのまた4ヶ月後には、高野山金剛峰寺の僧兵、数百人殺害
もっとも、信長という人は、若いときから、癇癖が強い人でしたから、この手の話は元々、あったんでしょうが、でも、何だか、比叡山焼き討ちした頃とは違って、何だか、手当たり次第・・・って感じもします。

幻の都安土を行く その7 総括論後編・・・って後編かよ!_e0027240_15251890.jpgちなみに、安土城の完成天正4年正月
完成と共に(翌月)、信長は入居したものの、工事自体は同6年より著しく進捗し始め、同7年天守閣が完成し、ようやく、竣工を見たと言います。
が、何だか、微妙にこの時期と符合していると言えなくもないような・・・。

まあ、疑問の多くは、この後、資料館に行くことで解消されたのですが、それでも、やはり、いくつか、疑問は残りました。

それ即ち、何より、コンセプトがはっきりしないのです。
一体、要塞なのか、支配拠点なのかという・・・。

(↑天主閣跡隣にある總見寺跡から見た琵琶湖方面
一番、往事の面影をとどめていそうで・・・。
現在では、戦後進んだ埋め立てにより、地勢が大きく変わっており、当時は平地部分もすべて琵琶湖だったのだとか。
つまり、安土城は琵琶湖の中に大きく突き出した半島部分に造られた城だったというわけです。まあ、攻められにくいし、水運も使えると言えばそうなのですが・・・。)

まず、私が解せなかったのは、天下人の居城としては、後の秀吉大坂城などと比べるまでもなく、城下町が極めて小規模であること・・・。
さらには、織田家の覇権が、かなり、確立した時点であるにも関わらず、極めて、軍事的な要素が高いということ。
つまり、三方を琵琶湖に囲まれ、一方の陸地側は湿地帯という、これでは、要塞としての機能は高くとも、天下に対する支配拠点というには物足りず、まるで、部将クラスの城のような印象です。

これも、しばらくは、理解できませんでしたが、背景をよく考えてみると、安土城完成の直前、天正三年11月28日に、信長は、長男・信忠家督と、織田家の本城、岐阜城を譲って、大御屋形様(会長職)に退いた後であり、言うならば、安土城とは、天下人の新たなる支配拠点と言うよりも、隠居所に近い物だったのではないでしょうか?
つまり、信長は、何も首都移転したつもりは無く、あくまで、織田家にとっての首都は岐阜であったということです。
この辺は、後年、覇権を確立してからの徳川家康が、本拠地、江戸には、嫡男、秀忠を置き、自らは駿府城を居城としたのを思い浮かべるとわかりやすいと思います。
これは、当時の統治形態としては、一般的な形だったんでしょうね。

ということで、まだ、何か書き足りないことがあったような気もしますが、とりあえず、一旦、安土を発ち、米原経由で豊橋に向かいます。
もっとも、ここから先は、気が向いたときのココロだ~ということで、ご理解のほどを・・・。
                           平太独白
by heitaroh | 2006-05-13 08:11 | 歴史 | Trackback | Comments(2)
Commented by tokkey_0524zet at 2006-05-17 00:18
 「国盗り物語」では信長が美濃の斉藤龍興を倒して稲葉山城に入った時、山城で不便な上に防御中心なので(道三が城を作った時は既に人生の晩年で、守勢に回らざるを得なかった)岐阜城に改修する時には城よりもむしろ住居に力を入れていたそうで。

 これを見たルイス・フロイスは書簡に「ポルトガル、印度、日本の各地を知っているがこれほどの精巧美麗な〝宮殿〟を見た事が無い」と書き送っていたそうです。
 やっぱり「首都」は岐阜だったんでしょうね。
Commented by へいたらう at 2006-05-17 14:51
>tokkey_0524zetさん

いつもコメント有り難う御座います。

そうですね。
国盗り物語に限らず、武田信玄なども「人は石垣人は城」で終生、城を持たなかったと言う話がありますが、あれも明らかにおかしな話で、信玄が住んだ躑躅が崎の館というのは、裏に山があり、いざというときはそこに籠もり、平時は便利な麓の館で生活していたという・・・、つまり、岐阜城とまったく同じ構造であり、その意味では、こういう形という物は、未だ、中世から抜け切れていない時代の、一般的な形だったと言えるのではないでしょうか。
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国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱「財閥」の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

令和7年 19世紀ロンドンと東京。「描きたかったのは猟奇ではない。悲惨である」。「女王陛下の十手持ち」出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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