(↑周年恒例、「道」シリーズ。角を曲がった先には何があるのか・・・、いくつになっても、いつも興味津々です。)
で、さて、今年の大河ドラマは「豊臣兄弟」。
改めて言うまでもなく、豊臣秀吉の弟、豊臣秀長が主人公ですが、私が記憶する限り、この秀長を初めて俎上に載せたのは堺屋太一。
私も彼の著書「豊臣秀長 ある補佐役の生涯」を読むまで、「兄の七光りなだけで栄達した影の薄い弟」という認識でしたが、改めて、身の不明を思い知らされました。
(↑豊臣秀長座像。兄と違って、大人(たいじん)の風格がありますな。)
で、彼が生きていたら徳川家康も天下を獲れなかったと。
「軍師官兵衛」の黒田如水のときもそうでしたが、そんなことはないと思いますよ。
如水は黒田家の当主でこそあったものの、小寺家の家老から秀吉の参謀として重きを為したという意味では組織内で栄達した人であったのに対し、家康は18歳で今川家から独立して以来、ずっと、独立独歩だったわけで、社長としては一日の長があったでしょう。
如水も定年退職後、新たに独立して社長となり、家康と覇を競う・・・というのは、無理があったような。
(何より、それが見通せない如水ではなかったでしょう。)
同様に、秀長も生きていたところで、家康の天下はなかったかというとそんなこともないような。
秀長が生きていたら、甥秀次同様、秀吉に殺されていますよ。
晩年の秀吉は今のどこかの大統領同様、もう完全におかしかったですからね。
実際、秀長の晩年には、その評判を落とすようなことをしていたと記憶。
その意味では、秀長は一番いいときに死んだと言えるでしょう。

(↑秀長墓所・大納言塚。こうやって墓が残っているということは、やはり、有徳の人だったんでしょうね。)
ただ、秀長が人から好かれたのは事実。
特に、秀長は、毛利輝元とは昵懇だったようですね。
この点、拙著「毛利輝元」から抜粋しますと、
「秀吉や家康のような、自らトップに立とうという人物は、それをいくら肌着の下に押さえ込んだとしても、強烈なアクの強さが出るものであろう。身内は結構、それを間近で見ている分だけ、そういう創業者タイプの人間に対して、辟易しているところがあるのかもしれない。
思えば、輝元にとっても、十三歳から十九歳までを、その膝下で過ごした祖父元就も又、家臣や領民からは神仏以上に敬われていたが、輝元に対しては棟梁と弟子の関係に近い厳格な家長の感があった。輝元自身、度々、激しい折檻を受けていたことがその何よりの証であったろう」
ただ、主人公は、砂糖がかかったみたいにごってり「良い人」に描くのが大河ドラマだけに、必要以上に良い人になるのはわかるのですが(毎度、普通の人がなぜかわからないうちに偉くなる)、秀長については元々が良い人なんだから、そんなに砂糖の上にシロップまで掛けなくても良いように思えるんですけどね。
(ただ、その分、縛りが無い脇役が実にいい味を出す。「利家とまつ」のときの香川照之くんの秀吉、小泉孝太郎くんの徳川慶喜なんて出来すぎてて笑いました。)
その意味では、秀吉その人ももっと癖のある人間に描いても良いような気がしますが。
この点、堺屋太一の「豊臣秀長」は秀長をもう少し普通の人として描いていましたね。
竹中半兵衛は人間的にはお高くとまった嫌味な奴としながらも、能力は秀長など及ぶものではないと。
もう少し、信長、秀吉、半兵衛、黒田如水といった天才たちの間で振り回される普通の人の目線で描いてい欲しかったんですが。
他にも、あまりにも書かなければならなことが多く、でも、この話題先送りしていたら、トランプさんもあの調子だし、もうこの話題出さずに一年が終わる・・・、いや、世界が終わる可能性もあり、ここで開陳させていただきました。