(↑新総理の地元、鳥取県の霊峰大山。絵としては少し地味ですが(笑)。)
それすなわち、色というか、性格というか、枠組みというか、そういうものがまるで見えないんですよ。
もちろん、まだ出来たばかりではあるのでしょうが、これほど見えない政権も珍しい。
普通は、剛なのか柔なのか、利口なのか強直なのか、政権発足とともに、何かしらのカラーが見えるのですが、この政権についてはそれがまるで見えない。
懐が深いという言い方もできるのかもしれませんが、不気味っちゃ不気味。
(渋沢栄一が大久保利通に対して抱いた感情がわかるような・・・。別に、会ったことがあるわけではないのですが(笑)。)
ところで、私が今、危惧しているのが、日本の破綻、中国の崩壊、アメリカの内乱・・・。
起きる確率としてはこの順かと思いますが、起きたら洒落にならんのはこの逆の順かと。
(↑風と共に去りぬ。南北戦争の頃とは違うので、去られては困るのですが。)
が、ここに来て、真ん中の中国の崩壊が現実味を帯びてきたことを感じています。
あまり、言いたくないのですが、ロシアや中国は「愛国心」を国内体制の引き締めに利用していますが、これは戦前の天皇機関説と同様で諸刃の剣です。
明治政府は、「国民ども、天皇は神なんだ。黙って神様の言うことに従え」で国内引き締めに利用してきたところに、突然、偉い学者先生が「天皇は機関だ」と言ったわけで、国民からすれば、「天皇は神なんじゃないのか?!今まで『天皇は人だ』と言ったら、酷い目にあわされていたのに、『実は機関でした』だと?ふざけるな!」となるわけです。
政府は「機関」という本音と、「神」という建前で、便利に政権運営してきたものが、思わぬ、国民の意趣返しにあってしまう・・・と。
しかし、それでも、建前は崩せない。
この点で、中国の先行きに懸念を思う最たるわけが、中国での日本人児童殺害事件。
これは、幕末に攘夷浪士が外国人を襲撃していたのと同じ理屈なんですよ。
徳川幕藩体制に不満を抱く人々が、「攘夷は大御心(天皇の意志)」という「尊皇攘夷」を旗印を掲げることで外国人排斥を正当化したのと同じで、つまり、政府への不満は口にできなくても、大御心(愛国心)から襲撃した者を迂闊に罰せない。
中国は、戦前の日本と似て、国家の態を為さなくなっている。
そのことは、コロナへの対応一つをとってみてもよくわかるでしょう。
各部署が銘々、己が保身のみに走っているから、世界がもう脱コロナしているときに、まだ、国民を押し込め、マスクをさせる・・・などということになる。
その意味では、日本の満州事変然りで、出先機関の暴発は十分に有り得ることかと。
それを愛国心からやったことだと言い張られた場合、罰することができるのか?ということです。
しかし、各部署が銘々に保身に走っている現状を考えれば、極めて危険な状態にあると言えるでしょう。
なお、元々、私は習近平政権は終わりを全うできない政権だと思っていました。
根拠はこれ(↓)です。