気が付けば、9月ももう終盤。危うく、また、寝過ごすところでした。
さて、先般、ふと思ったのが、大名の姓。 守護大名と戦国大名という分け方で良いのかという気はしますが、江戸時代以降の大名の姓は、徳川さんを別にすれば、前田さん、黒田さん、山内さん、浅野さん、池田さんと、割と今も良くある姓が並んでいますよね。
でも、これらは、織豊期以降に大名となった姓が多く、それ以前の中世大名の姓となれば、武田さん、上杉さん、佐竹さん、今川さん、朝倉さん、大友さんと、決して、無いわけではないが、では、身近にいるかと言われれば、記憶にない姓ばかりです。
これは、もちろん、一つには、地域性ということもあるのでしょう。
(この辺は、決して、調べて言っているわけではないので、確証はありませんが、最上さんなどはおそらく、最上川に由来すると思われるので、東北に多い姓かと。)
さらに、北条さん、長宗我部さん、少弐さん、尼子さん、龍造寺さん、宇喜多さんなどは、今もあまり多いとは言えない姓だと思いますが、これらは、やはり、途中で滅んでしまったことが大きいのではないでしょうか。 で、室町幕府足利家と、それに連なる、三管四職と呼ばれる、斯波、細川、畠山と赤松、一色、京極、山名のうち、今日でも割と耳にするのは、細川さんのみ。
これは、島津、伊達、毛利同様、織豊期以前からの姓であると同時に、織豊期後も生き残ってしまった姓でもあるわけですね。
もし、彼らが途中で滅ぼされていたら、果たして、今ほど一般的な姓だったかという気はします。
ただ、その一方で、ちょっと不思議なのが、昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に代表される鎌倉幕府の有力御家人たちは、北条を別にすれば、安達、和田、三浦、梶原、中原、三善と、割と、今もある姓ですよね。
これは、おそらく、時代を経る中で、夜盗や土豪のような身分から台頭した者たちが、鎌倉幕府の部将たちの姓を名乗ったのではないかと推測されます。
適度な昔に滅んでしまっているだけに、割と、名前を詐称しやすかったと。
つまり、今、我々は、庶民も大名家も、同じ姓を名乗っていることに違和感を感じていませんが、実際には、織豊期を境に、姓にも下剋上があったということではないかと。
(↑義経必勝絵馬。義経最期の地で売ってても、何か、あまり、説得力ないような。)
こじつけだと言われるかもしれませんが、日本で一番多い、「佐藤」姓は、元々、左衛門佐・藤原氏の略ですし、源義経の忠臣で佐藤継信、忠信兄弟で知られるように、織豊期以前からある姓ですが、大名で佐藤というのはちょっと記憶にありません。
同じく、鈴木さん、高橋さん、田中さん、渡辺さん、伊藤さん、山本さん、中村さん、小林さんも、家臣には居ても、大名ではあまり聞いたことが無いような。
もちろん、私の乏しい知識の中だけで言っているだけの話ではあるのですが。
ちなみに、名字が多い割に、大名にもなっているのが、加藤清正、加藤嘉明の加藤さん。
こちらは、佐藤同様、加賀守・藤原家の略称ですが、どうやら、信長、秀吉の尾張国に加藤姓が多かったということのようですね。
平太独白