今日から九月ですね。コロナだ、水害だ、酷暑だといろいろあった令和2年でしたが、残りわずか3ヶ月になってしまいました。
新年はいい年になりますように(←早い(笑)。)
で、目下の話題は、安倍晋三総理の辞任。
そして、次の総理が誰になるのか?だと思いますが、石破茂氏の党内での人望の無さを見ていると、中曽根康弘元総理を思い出します。
中曽根さんも、今となっては、なるべくして総理大臣になったかのうような印象がありますが、実際には、「風見鶏」などと揶揄され、総理総裁への道は近いようで遠い、このまま、なれないんじゃないか?という声もありましたからね。
中曽根さんは最終的にキングメーカーであった田中角栄元総理の支持を得ることで、総理になりましたが、石破さんの場合はそういう存在がいない以上は難しいでしょう。
ちなみに、人望の無さという点では、杉村太蔵氏が言ってましたが、彼の所に決裁書を持って行くと、「教えたでしょ」と言って訂正だらけになると。
この点は、木戸孝允という人がそうだったそうですね。
対して、麻生太郎副総理の高祖父・大久保利通は伊藤博文や大隈重信らから決裁書を受け取ると、「これだけか?」「これだけです」で終わると。
なので、彼ら、若手辣腕官僚らは大久保の所へ話を持って行きたがったという話を聞いたことがあります。
で、次の総理ですが、波乱もなく、ほぼ、菅義偉官房長官で決まりでしょう。 河野太郎防衛大臣や岸田文雄政調会長らは、やっぱ、腰が弱い。
佐藤栄作や田中角栄という人は、「出る!」と決めた以上は、上からの圧力にも、様々な人からの説得にも、ぶれませんでしたよ。
やっぱ、お育ちの良さだなあと。
野生と養殖の違いを感じますね。
で、その管さんですが、官房長官としては有能であっても、総理としてはどうかなあと。
官房長官の仕事が出来れば、総理の仕事も出来るというのは、一面の事実なのでしょうが、国内政治では有能な人でも、総理大臣となると、また別なんですよね。
三木武夫、鈴木善幸という人は、日本国内政界に限って言えば、素晴らしく有能な人だったと思いますよ。
でも、やはり、総理にはなるべきではなかったですね。
総理とそれ以外の役職で大きく違うのは決断(責任)と、そして、絵面。
平たく言うと、サミットで管さんが記念撮影に収まる姿は、あまり絵になるとは言えないような気がします。
(日本が初めてサミットに参加したときの三木総理を見ていると、明らかに「やっぱ、この人が総理大臣やっちゃいかんよな」って気がしましたよ。)
まあ、この点は、アメリカ大統領にも言えることですが。
(アメリカの場合、地方の知事をしていた人が大統領になることが多いのですが、知事としていくら有能でも、外国との外交交渉などは経験しないわけで。この点、イギリスやドイツ、それに、かつての日本なども、いずれ、総理になると思われるような人材には、政府や党の要職を経験させ、外国との話がどうなっているかの経緯を知らしめておくことで、外交交渉に断絶ができることを防いでいたわけですが、アメリカには見事にこの仕組みがありません。)
平太独白