幕末における大局的見地からみた最大の功労者としての徳川慶喜
e0027240_15323874.jpg民主党岡田さんです。
痩せましたネー・・・って、違いますよ!
坂本龍馬の懐刀にして、不平等条約の改正に尽力した明治の外務大臣、陸奥宗光です(笑)。
息子の小学校の歴史の教科書で見つけました。
・・・似てませんか?

冗談はさておき、以前、私は、ある友人と幕末の人物について話をしたことがあります。

友人は、「今日の日本があるのは河井継之助のような人がいたからこそだ・・・」と。
それに対し、私は、「彼がやったことは、ナポレオンと一緒で、多くの人を殺して、国を小さくして、次代に申し送っただけに過ぎない」と答えました。
まあ、歴史上のロマンは感じるかもしれないけど、結果的には歴史の歯車をほんの少し、遅らせただけに過ぎなかったというのが私の考えです。
むしろ、彼を評価するのならば、北越戦争以前に、財政的に行き詰まっていた長岡藩の財政立て直し手腕にこそあったように思います。

ついでに言えば、今年の正月でしたか、「土方歳三最後の一日」というドラマをやってましたよね。
これを見ていて思ったのですが、まあ、土方というのは、女性に限らず、男性が見てても、ある種、理想の男の姿がありますが、でも、函館戦争での土方の姿というのは太平洋戦争終戦前夜に、尚も、徹底抗戦を唱えていた青年将校とどこが違うのかなって気が・・・。
函館戦争も、末期の場面では、明らかにもう、勝負はついていたんですから、大局を考えたなら、榎本武揚ならずとも、ポツダム宣言受諾ですよ。
しかし、こういった局面になっても、なおも、徹底抗戦を叫ぶ、ああいう武闘派は、大局を見ている政府首脳にとっては、もてあまし者以外の何ものでもなく・・・。
女性ファンには申し訳ないですが、言ってみれば、土方は、ハンサムな憲兵隊上がりの陸軍大尉以上のモノではないのでは・・・。

で、話を元に戻すなら、友人は、「では、そんな人ならば、なぜ司馬遼太郞のような人が取り上げたのか!」と。
確かに、河井継之助に限らず、松本良順然りで、司馬さんが取り上げたことによって、歴史の中に埋没していたはずの者が、一気に陽の当たる場所に引きずり揚げられたという点で、司馬さんの功績は決して小さいモノではないと思います。
が、それと発掘された物自体の評価はまた別だと・・・。
そう言うと、友人は、「では、おまえは誰だと思うんだ。」と。
私は、躊躇することなく、即座に、「徳川慶喜」と答えました。
すると、友人も間髪を入れず、「あんなやつか!」と・・・。
この辺は、以前、平太郎独白録 「最後の将軍、德川慶喜と女たちにとっての幕末維新。」にも、ちらっと述べたのですが、慶喜という人物は、とかく、評価がわかれる人物のようですが、私は高く評価しております。
少なくとも、彼が「徹底して内戦を回避した」という一点においては・・・。

当時、欧米列強は各地で内戦につけ込んで植民地を獲得していく・・・ということを常套手段にしており、それ以前に、獲物を狙うライオンの前でウサギ同士がケンカする・・・ということがどういうことかは、慶喜ならずとも、当時、有識者と呼ばれる人たちにはわかっていたはずで、それを踏まえたならば、少なくとも、慶喜の、この、自らの汚名を覚悟の上で、「多くの人を殺さず、国をそのままの大きさで次代に引き継いだ」行動には、やはり、今の日本人は感謝しなければならないのではないでしょうか?
オスマン帝国の皇帝や、ドイツのヒトラー、さらには、現代の北朝鮮のように、王様とは、自王朝が滅ぶときには国民を道連れにしてやろうと思ってもおかしくないわけですから・・・。

で、慶喜を悪し様に言う人たちにとって、最大の論拠となっているのが、鳥羽伏見の戦いが勃発した直後、大坂から、自軍の兵士を置き去りにして逃亡したことだと思いますが、これ一つを取っても、彼には徹底して内戦を回避するという意志があったことは間違いないと思います。
なぜならば、このとき、慶喜が単に逃げたいのであれば自分だけで逃げればいいのに、老中会津公など、後の旗頭になりそうな連中を、すべて、引き連れて逃げているからです。
で、その後も、慶喜は徹底恭順を貫きますが、恭順というものは簡単そうに見えて、実は、それほど簡単なものではありません。
当初からの、よほどしっかりした方針が無いと、結局、どこかで追いつかれ、結果、中途半端に打って出て潰されるものだからです。
              平太独白

by heitaroh | 2006-02-22 18:30 | 歴史 | Trackback(5) | Comments(15)
トラックバックURL : https://heitaroh.exblog.jp/tb/2821229
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from ピーターパン症候群 at 2006-02-22 18:48
タイトル : 史学研究の始まりは実地に赴くことから始まる
久々に歴史系の小説を読むことができた。 『幕末から維新へ』(奈良本辰也著/徳間文庫) 歴史的な史跡、人物の語りを手がかりに、 著者が実際に渡り歩きながら幕末維新期を中心にまとめあげたルポ形式の本。 著者は山口生まれであるが、きわめてリベラルな思考の持ち主で、... more
Tracked from 一言居士!スペードのAの.. at 2006-02-22 21:34
タイトル : 松平春嶽(慶永)(お人よしの羊堂)〜鳥羽・伏見の戦いへ至..
今回は、松平春嶽(慶永)[:おはな:]を中心に、小御所会議〜鳥羽・伏見の戦い[:強風:]までの約一ヶ月の政局について書きます[:楽しい:]。 王政復古の薩摩の軍事クーデーター[:銃:]によって、強引に徳川慶喜の辞官・納地[:汗:]を決めるわけですが、開戦までの一ヶ月は慶喜擁護派の巻き返しが始まります[:青い旗:]。 松平春嶽、山内容堂ら多数派[:ハンバーガー:]による、薩摩包囲網はどんどん狭まっていき、慶喜も入れた新政府設立まであと一歩という所までこぎつけるわけです[:植物:]。 結...... more
Tracked from びじょびじょん at 2006-02-22 22:05
タイトル : 『雨は君がために』『君が眠りゆく朝に』 藤原眞莉
ジャンル:歴史小説 江戸幕末編 東の王(将軍家)と西の王(天皇家) 満足度:A コバルト作家の藤原眞莉氏による江戸幕末ストーリーズ。 10代で読んで感動しました。そして幕末が好きになりました。 また、武蔵野―江戸という東の地を護る神や地霊に興味を持ち、 卒論で江戸の守護神、平将門を取り上げるまでに。 続きものなので、2タイトル一気読みがオススメです。 読みやすい、ずばり乙女向けライトノベルなのですが、 幕末や歴史小説好きの方にも読んでもらいたい作品です。   特に後者。   日本国を、民の命を、預...... more
Tracked from 銀行員の舞台裏 at 2006-02-22 23:32
タイトル : 「黒龍の柩」
 北方謙三の歴史小説で題材はズバリ新撰組です。 以前「功名が辻」 でも書きましたが、日本の歴史にトンと疎い私ですから、新撰組の名前は知っていても、どんな働きをした集団なのか全く知りませんでした。  でも、本当に今はいい時代ですよね。 インターネットで調べれ... more
Tracked from 書棚と本棚 at 2006-02-23 11:36
タイトル : その時歴史が動いた〈7〉
その時歴史が動いた〈7〉NHK取材班 「その時歴史が動いた」 シリーズの 7 巻目です。 本の内容を示すために、目次を示します。 男たちよ、立て! / 尼将軍・北条政子の演説 「脱盟者」たちの忠臣蔵 / 忠義か人情か、人生の選択の時 サムライ・福沢諭吉アメリカに立..... more
Commented by タツヤ at 2006-02-22 18:47 x
TBありがとうございました。(こちらからもTBさせてもらいます)
徳川慶喜、確かに人によって評価がかなり分かれる人物です。
僕もどちらかといえば慶喜は肯定的な評価をしている方です。
それでも時々「そうか?」と考える瞬間があって、興味が尽きません。
榎本武揚にしても評価は実に多様ですね。
留学して得た知識は時代遅れのものであったとか、己の価値を上げたいがために北に渡ったとか。
資料や史跡が豊富な時代であるにもかかわらず、賢人、愚物という見解が多い時代。幕末維新期は僕の興味や関心を掻き立ててくれます。
それでは失礼しました。(_ _*)
また拝見させてもらいます。
Commented by へいたらう at 2006-02-22 19:34 x
> タツヤ さん

コメント有り難うございました。

今はどうか知りませんが、かつて、大河ドラマで戦国モノを扱うとヒットするが、幕末モノを扱うとヒットしない・・・と言われた時期があったそうです。
それだけ、幕末という時代は複雑でわかりにくい時代だったということだ・・・ということでした。
評価されるはずのモノが評価されず、評価されなくてもいい人たちが評価されることになってしまうのも、むべなるかな・・・って気がします。
Commented by スペードのA at 2006-02-22 21:30 x
こんにちは。記事の方、興味深く読ませていただきました。
私は、慶喜は「百才あって一誠なし」に尽きるかなと思っていますが、結果的に彼の功績は大きいとは思っています。
慶喜はものすごく優秀な人ではあったと思うので、恭順などのやり方も徹底していますが、幕臣から見れば切捨てられたという感じはあった気がします。
Commented by skwakasaman at 2006-02-22 22:09
こんばんわ。
コメントにはなりませんが、私はいつもへいたろうさんのブログは最後に拝見しております。
凡人には理解が難しく頭を使うからです。(笑い)
でもいつも感心しながら拝読しております。
Commented by へいたらう at 2006-02-22 22:31 x
>スペードのA さん

てっきり、お叱りを受けるかとばかり・・・(笑)。
確かに、慶喜に限らず、封建君主なんてものに、一誠なんて期待してはいけないんでしょうね。
でも、慶喜の行動に関しては、結果的に・・・ではなく、かなり、意図的にそうしたと思っています。
すべては、国家の大計を考えてのことだったと・・・。

今日でも、この技術を世に残すためには、会社は潰れた方がいいというケースもありますし、その方が、社員(幕臣)の一部には不満だったかも知れませんが、実態的には最小限の被害ですんだのではないかと・・・。
Commented by へいたらう at 2006-02-22 22:34 x
> skwakasamanさん

こんばんわ。
私の方こそ、凡人です。
その証拠に、今までずっと、リンクの張り方がわかりませんでしたが、やっと、貴ブログをリンクに入れる技術を覚えました(笑)。
Commented by 来栖ムツキ at 2006-02-22 22:41 x
平太郎さん、おひさしぶりです。

 喜を高く評価する人は平太郎さんの様に、慶喜には「徹底して内戦を回避するという意志があった」と、認識されている方が多いですね。
逆に慶喜に辛い評価をする人は、そのように認識していないように思われます。この認識の違いが何ゆえに存在するのか?という点は、私としては大変興味ある部分です。
 個人的推測を申し上げれば、恐らく、小説やドラマの影響だと想います。これら創作物は設定によって、好意的に描かれていたり、逆に悪意を持って描かれていたりと両極端です。好意的に描かれた創作物に接した人は慶喜に好感情を抱き、悪意を持って描かれた慶喜像に接した人は彼に悪感情を抱く、という図式になっているように思えます。

 土方の話で平太郎さんが太平洋戦争になぞらえていましたね。戊辰戦争を暗に太平洋戦争に見立てるというのは、意識的・無意識を問わず、戦後多くの学者や著述家が行ってきましたが、慶喜絡みでも、綱淵謙錠が『幕末風塵録』の中で第二次世界大戦の解除されぬ「動員令」と慶喜の発した「鳥羽・伏見における全軍総出陣の命令」の解除が行われなかった事をダブらせています。
Commented by 来栖ムツキ at 2006-02-22 22:42 x
すみません、一行目の書き出しに「慶」の字が入っていませんでした。
申し訳ありませんでした。
Commented by へいたらう at 2006-02-23 10:39 x
>来栖ムツキ さん

そうなんですよね。
私もそうですけど、皆、ドラマや小説で描かれた人物像に恋してますから(笑)。
土方のような徹底抗戦派に滅びの美学を感じている人たちからすると、「百才あって一誠なし」ということになるのでしょうが、でも、それはドラマの中の話ですよね。
そういう方は歴史というものが、現実に我々の生活に繋がって居るんだということを認識されてないように感じます。

あのまま、幕府が人民のことなど考えずに、江戸を焦土として、本腰を入れて抵抗していたら、戊辰戦争以上の、収拾のつかないような内戦に突入していたでしょうし、そうなっていたら、太平洋戦争の敗戦はなかったでしょうが、あるいは、我々は未だに独立戦争を戦っていたかもしれないかもしれませんね。
Commented by Westie at 2006-02-23 11:34 x
トラックバック、ありがとうございます。

興味深い記事ですね。(^^)
土方歳三と太平洋戦争末期の青年将校との、人気の差ですが、土方歳三の場合は、われわれ国民にあまり影響がないけれど、青年将校の場合は国民に不利益を及ぼす、といったちがいが大きいのかな、とおもったりしています。

徳川慶喜の大坂城脱出。真意はよくわかりませんが、いったん江戸に戻って、態勢を整える、といった判断もあったのかもしれません。けれども、錦の御旗を相手に、攻撃を加える、というのも、徳川慶喜にはためらいがあったでしょうし、いったん江戸に戻る、というのも、ひとつの選択にはちがいないですしね。
Commented by heitaroh at 2006-02-23 11:49
>Westieさん

コメント有り難うございました!

そうなんですよね。
土方の場合は、所詮はドラマの中の一人物。
やったこととは別にして、寝ころんでテレビ見てても影響はないのでしょうが、青年将校の場合は、まだまだ、生々しすぎるんでしょうね。
でも、50年経ったら、彼らも土方同様に評価され、鈴木貫太郞などは「百才あって一誠なし」なんて言われているかもしれませんね(笑)。

まあ、史実と言ったところで、発掘された物証が一番とはいえ、それがあったとしても、(たとえ、同時代でも)その人の本当の胸の内というのはわかるはずもなく・・・。
どんなひどいことをした人物でも、良く解釈しようと思えば、いくらでもできますからね。

であれば、私はそのことがもたらした結果を冷徹に見つめる必要があると思うのです。
慶喜の場合も、彼を悪く言っている人たちというのは、結局の所、感情論ですよね。
つまり、彼の心情を忖度するよりも結果としてどういう形になったか・・・ということだと思います。
Commented by Sarhto at 2006-02-23 12:47 x
[玄関]・▽・)ノ おじゃまします♪
他にも書いていらっしゃる方がいらっしゃいましたが
凡人を通り越してお馬鹿なあたし。。。
ん~~難しいです・・・

応援ポチ凸
Commented by heitaroh at 2006-02-23 12:52
> Sarhto さん

あれ?
お勉強期間に入られたのでは?

そんなときに、わざわざ、お越し頂き感謝感激雨あられ・・・です(笑)。
Commented by 地酒星人 at 2006-03-31 20:47 x
今さらながらですが、トラックバックありがとうございました。
徳川慶喜の行動を考えるというのは、様々に思考が巡って興味が尽きませんね〜。
どの立場に身をおくかによって、慶喜に対する評価は変わって来るんでしょうね。自分が政治にまったく関係の無い、江戸に暮らす熊さん八っつぁんだった場合、争い事を起さなかったケイキ様に内心感謝したかもしれません。
翻って、太平洋戦争前夜に国政を預かっていたのが慶喜であったら、ハルノートを突きつけられても、彼我の状況を鑑みてひたすら大陸から撤退をしたのでしょうか・・・。
などと、無理な設定を考えを巡らせたりしてしまいます。
Commented by へいたらう(管理人) at 2006-04-01 14:38 x
> 地酒星人さん

コメント有り難う御座いました!

まあ、太平洋戦争のときは、天皇が亡命するわけにもいかなかったでしょうし、仮に亡命したところで、高松宮か誰かが立てられて、何ら変わりない結果になったでしょうね。
慶喜の場合は、その点、盤石とは言い難かったにしても、将軍専制がタテマエだったわけですから・・・。

歴史にもしはないとはよく言われることですが、自分がその立場に居たならば、どうしたか?といういい道標にはなったと思われます。
その意味からも、敗者や汚名を蒙っている人物をいたずらに貶めるのは避けるべきだと思っております。
<< 海図から見る博多港今昔から想い... 偉人たちに見る各人各様の指示の要諦。 >>


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
> sakanoueno..
by heitaroh at 10:53
大河ドラマに関していえば..
by sakanoueno-kumo at 12:30
>sakanoueno..
by heitaroh at 18:12
不吉なことを言わないでく..
by sakanoueno-kumo at 01:51
>非公開コメントさん ..
by heitaroh at 13:46
> sakanoueno..
by heitaroh at 19:17
もう長いこと鹿児島には行..
by sakanoueno-kumo at 17:47
> sakanoueno..
by heitaroh at 15:40
わたしも、西郷より大久保..
by sakanoueno-kumo at 21:37
> sakanoueno..
by heitaroh at 11:36
おっしゃるとおりで、いま..
by sakanoueno-kumo at 20:42
>PPさん 遅くな..
by heitaroh at 19:48
虎の門ニュースで青山繁晴..
by PP at 00:31
> sakanoueno..
by heitaroh at 20:19
尊氏は、戦に負けたり劣勢..
by sakanoueno-kumo at 23:13
検索
タグ
(65)
(54)
(54)
(51)
(50)
(46)
(42)
(41)
(41)
(36)
(32)
(31)
(31)
(30)
(29)
(28)
(26)
(26)
(25)
(25)
(24)
(24)
(24)
(24)
(24)
(23)
(21)
(21)
(21)
(20)
(20)
(19)
(19)
(18)
(18)
(18)
(17)
(16)
(16)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(15)
(14)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
カテゴリ
以前の記事
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
最新のトラックバック
太平記を歩く。 その69..
from 坂の上のサインボード
太平記を歩く。 その68..
from 坂の上のサインボード
八犬傳(上・下)
from 天竺堂の本棚
2016年NHK大河ドラ..
from <徳島早苗の間>
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
フォロー中のブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧