太平記をスピンオフで歩く。 その6 「激突、多々良浜」 福岡市東区

先日の続きです。


戸次鑑連(立花道雪)の奮戦により、小早川隆景が守る多々良川防衛線の一端が突破されたことにより、毛利軍は立花山城に撤退。


e0027240_15042213.jpg
(↑戸次隊が渡河したのがどの辺りだったのかはわかりませんが、おそらく、このもっと向こうなんだろうと思います。)


毛利としては背後の立花山城の防衛が目的なのであって、無理してここで損害を出してまで決戦を挑む必要もない・・・ということだったのでしょうが、でも、それは机上で物を考えるほど簡単では無かったはずですよ。

「敵の一隊が川を渡ってこちらに向かっている」という報せを受けての撤退ですから、ある意味、敵前撤退に近く、一歩間違えば潰走に繋がりかねないわけで・・・。

こういう記述を見ていると、いつも、「戦いに次ぐ戦いで鍛え抜かれた戦国武士団」という言葉を思い起こします。

さすが、武勇に優れた吉川元春・・・。

かつて、敗走しているフランス軍の前に白馬に乗ったナポレオンが現れると、兵士たちはUターンして敵に向かっていったといいますが、そこまではないにしても、これもまた、見事な統率力だったと言わざるを得ないでしょう。


e0027240_15085953.jpg
(↑松崎台地から見る多々良川上流方向。右が多々良川、後方が河口。毛利兵が大友軍が姿を現すであろうと睨みし景かと。)


もっとも、多々良川の防衛線を突破したとはいえ、大友軍の損害も多く、この状態で、堅城・立花山城に籠もる手つかずの毛利軍主力を攻略できるはずもなく、双方とも再び、手詰まりとなってのにらみ合いとなったと。

ここで、後方にいる主将・大友宗麟が動く。

毛利が中国統一の過程で追った周防の前国主・大内の一族である大内輝弘に兵を与えて周防に送り、旧領回復の兵を挙げさせ、さらに、毛利の仇敵である山陰の尼子勝久山中鹿之助幸盛らが旧臣に奉じられて挙兵、山陽の浦上とも連携し、一気に毛利包囲網を形成した。

こうなると形勢逆転。

孫の毛利輝元とともに後方にいた元就毛利軍主力を呼び戻すこととし、吉川、小早川の両川は「一戦した後の撤退」を主張したが、元就は譲らず、やむなく、敵前撤退を開始。

少なくない被害を出しながらの撤退となり、以後、元就の死と、それに続く、織田信長の台頭の前に九州を顧みる余裕を無くしていく・・・と。


e0027240_15205488.jpg
(↑松崎台地より後方の立花山を望む。狼煙通信でも簡単な意思疎通は出来たであろうが、目が良い者であれば肉眼でも見えたのでは無いか。私も20歳くらいのとき、このくらいの距離で山麓を行く車の運転手が見えた。)


ということで、すっかり余談が長くなりましたが、次回より原点回帰(?)ということで。


                    平太独白


by heitaroh | 2018-04-07 07:56 | 歴史 | Trackback | Comments(0)
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国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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