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博多港の歴史に見る「この前の戦争」的定義!
親愛なるアッティクスへ

私の地元である福岡市の港、博多港は、古くは「漢委奴国王」(漢の倭の那の国王)で有名な「金印」に始まる日本有数の古い歴史を誇る港ですが、その博多港が、今のところ、最後に歴史にその名を刻んでいるのが、太平洋戦争後の引き揚げ港であったことです。

博多港の歴史に見る「この前の戦争」的定義!_e0027240_13563044.jpg
(↑光満つる海。金印発掘地より見た博多湾。)

当時、満州100万人朝鮮半島90万人在留邦人(派兵兵士を含まない全くの民間人)が暮らしていたといいますが、何と、博多港が敗戦後の一年間だけで収容した人数は、140万人と言いますから如何に博多港が終戦時の引き揚げ港としては、突出した存在であったかがおわかりになると思います。
まあ、在留邦人が朝鮮と満州だけにいたわけではないでしょうが、「引き揚げ」と言うと、舞鶴港などが、「母は来まし~た~♪ 今日も来た~♪」で有名な二葉百合子さんの往年のヒット曲、「岸壁の母」の舞台となったことなどもあって有名ですが、舞鶴港は、主に、博多港引き揚げよりは、随分経ってから、シベリアからの抑留者の帰還の舞台となったところだと聞いておりますので、少し、意味合いが違ってくるのかもしれません。
(あ、調べて言っているわけではないので、間違っていたらごめんなさい(笑)。)

で、以前、私が、ある祖母の友人の方とお会いしたときに、四方山話のついでから、「ご出身はどちらですか?」とお尋ねしたところ、「高崎です」と答えられました。
(「高崎」と言われて、関東の方はそれほど違和感はないでしょうが、九州では「はあ・・・たかさき・・・ですか」となります(笑)。特に若い方ならまだしも年配の方に言われると、「そう言えば、大分かどこかにも高崎ってあったっけ?」と・・・(汗”)。)
で、よくよく聞いてみると、やはり、群馬の高崎だとのこと。
私が、「何でまた・・・。今でこそ、羽田まで出て、飛行機ですぐでしょうけど、当時は、新幹線もない時代ですから、来るだけで大変だったんじゃないんですか?」と問うたところ、「いや、引き揚げで、そのまま、居着いちゃって」と。

当時、引き揚げ者は、命からがら、日本まで引き揚げてきたものの、日本を統治していた泣く子も黙るGHQ(占領軍)は、「引き揚げ者は日本の大陸侵略の手先の役割を為した。したがって、引き揚げ者の財産は、すべて大陸の財産であり、引き揚げてきた国に返還する」という理由で、引き揚げ者の所有しているわずかな財産さえ、すべて没収したそうで、そうなると、博多まで引き揚げてきたのは良いけれど、今度は、博多から故郷まで帰る旅費が無いわけで・・・。
確かに、当時は、結構、そういう方も多かったのかもしれませんね。

で、そのときに、この方が仰っておられたのですが、この方のお住まいは、今の福岡ドームがある近くなのですが、この辺は、今でこそ、横浜「みなとみらい」みたいになってますが、元々は、ここ20年ばかりで埋め立てられた地で、私が生まれた頃は海水浴場だった所です。
で、戦後すぐに、ちょうど、この辺りの、沿岸石垣が壊れるという事件があったとか。
すると、その壊れた石垣の中から、多数の人骨が出てきたと・・・。
となれば、当然、時節柄(?)、「先の大戦での死者か!・・・」となったそうですが、その後、色々と調べたところ、死者は死者でも太平洋戦争での死者ではなく、何と、「元寇」での死者であったとか・・・(驚!)。

委細は存じませんが、「この前の戦争」と言うと会津では太平洋戦争ではなく戊辰戦争、同じく、京都では「応仁の乱」だと言いますが、どうやら、博多では「元寇」のようです・・・。
                             平太独白
by heitaroh | 2006-01-31 00:42 | 地域 | Trackback(1) | Comments(24)
Tracked from loveserani 一.. at 2006-02-11 21:58
タイトル : 九州国立博物館・後編
九州国立博物館・・・行ったのひと月前だから忘れちゃいました、テヘッ・・・というほど印象薄い場所ではないので記憶をつむいでエントリー。間違ってるところあったら、指摘してくださいね。 長い自動階段、動く歩道、彩なす時空逐道を抜ければ、そこには超近代的かつクジラを思わせる巨大な構造物。特殊なガラスを使っているのでしょうか、陽光を受けて銀青色の光を発しています。この巨大な建物が天満宮の参道や境内からはまったく見えないように工夫して配してある辺りは見事。古代から現代を共存させる心憎い演出です。駅→参道→天満...... more
Commented by tokkey_0524zet at 2006-01-30 19:52
 そうなんですかww。京都は「この前の戦争」って沢山ありそうな感じがしますが。各地の「この前の戦争」意識調査とかしたら面白い統計が取れそうですね。
Commented by heitaroh at 2006-01-30 20:02
>tokkey_0524zetさん

早速のコメント有り難うございました。

京都は、ぶぶづけって有名じゃないですか。
ああなったのも、応仁の乱からだそうですよ。

ちなみに、博多には、まだ、水城(白村江のときの太宰府防衛戦)もありますから・・・(笑)。
でも、その意味では、対馬も凄いですけどね・・・。

福島県民は、いつも、「おまえら、九州が攻めてきたがら・・・。」と言いますが、「おまえらが、官軍で、薩長が賊軍だろうが・・・。」と言って聞かせます(笑)。
おっと、会津人、見てたらゴメン!(笑)。
Commented by とらいでんと at 2006-01-31 00:42 x
平太郎さん、こんばんは。

「元寇」ときましたか、成る程~(笑)!

博多は大昔から大陸への玄関口だったから、色々な歴史的な出来事が地層のように重なっていそうですね。
Commented by ナな at 2006-01-31 09:29 x
先日はコメントにお返事戴き、すごく光栄です!まさか返答してくださるなんて…。常識はないのだ、あるのはマナーだ、と私は思っていたのですが、本ばかり読んで体験の少ない私は、頭でっかちになっていたようです。非常識も常識なのですね。その中で仕事をして行く私は、私だけの信念を持っていてもいいのでしょうか?他人に押しつけない程度に。
Commented by 南の国の会社社長 at 2006-01-31 10:43 x
私の田舎は愛知県の田原というところですが、最後に戦場になったのは、今川義元が討ち死にした後、徳川家康に田原城が攻め滅ぼされた時ですので、16世紀ですね。私が今住んでいるシンガポールの戦争は唯一、第二次世界大戦で、それ以前も以降もありません。日本対英国の戦いで、地上戦もありました。未だに博物館では、日本人の残虐非道を非難している展示が多く残っています。シンガポールの歴史は、さかのぼっても19世紀の華僑とか東インド会社の頃なので、歴史は全然浅いですけど。
Commented by Sarhto at 2006-01-31 13:29 x
[玄関]・▽・)ノ おじゃまします♪
この前の戦争・・・
場所によって考えるものが違うのですねぇ・・
@(・ェ・)@φメモメモ

応援ポチ凸
Commented by へいたらう at 2006-01-31 14:40 x
>とらいでんとさん

一度、京都でタクシーに乗ったとき、運転手があまりにも気位が高かったもんで、言ってやりました。

「京都はまだ歴史が浅いから・・・。」(爆!)(^ー゚)ノ
Commented by へいたらう at 2006-01-31 14:48 x
> ナなさん

いえいえ、とんでもないです。
こちらこそ、拙いブログにコメントを下さり、感謝いたしております。

書き込む前に、そちらを覗かせて頂こうと思ったら、なぜか、行けなかったんですよ。
で、ちょっと、あやふやな内容になってしまったんですけど、誰しも多かれ少なかれ、そういう体験をするようです。
私も、実務的にはまったく無駄な年月を過ごしたことを後悔した時期もありましたが、今思えば、経験的には実にいい経験をしてきたと思っております。
もう一度しろ!と言われたら、絶対!しませんけどね(笑)。

色んな経験をし、そのたびに色んなことを想い、そして、それが、やがて自分の血肉になっていくのだと思います。
がんばってください(^ー゚)ノ
Commented by へいたらう at 2006-01-31 14:56 x
> 南の国の会社社長さん

田原藩というのは、聞いたことのない大名家でしたが、譜代大名なんですか?
渥美半島まるごとが領土だったとか?

あ、そう言えば、福岡は、日本で一番最初に稲作が始まったという遺跡もあります。
最近、どこかに抜かれたのかもしれませんが・・・(笑)。

以前、中国の広州に行ったとき、海岸にそのまま、旧日本軍のトーチカなんかがあるのを見て、何か、非常に違和感を持ちました。
おそらく、台湾相手にいざとなったら、使うんでしょうね・・・。
Commented by へいたらう at 2006-01-31 14:58 x
>Sarhtoさん

人それぞれ・・・ってやつでしょうね(笑)。
所変われば品変わるってやつで・・・。
Commented by 南の国の会社社長 at 2006-01-31 16:03 x
田原藩はあまり知られていませんが譜代大名です。一万二千石なので小さいですが。譜代大名になる前の田原の戸田氏(戸田康光)というのは、竹千代(徳川家康)を岡崎から人質として今川義元のところまで送り届けようとしたことで歴史にちょっと顔を出します。戸田氏は織田方に寝返り、竹千代を今川義元ではなく織田信秀のもとに送り届けてしまいます。おかげで戸田康光は今川義元の怒りを買い、滅ぼされてしまうのですが、おかげで家康は織田家の保護のもと生き延びることができます。家康にとっては恩人です。そのわりには全然田原藩は無名ですけど。
Commented by heitaroh at 2006-01-31 17:02
> 南の国の会社社長さん

ええー!
そうだったんですか・・・。

戸田って、そう言えば、譜代で聞いたことがあるような・・・って感じでした。
今川に送られる竹千代を織田方に送ってしまった戸田家は随分、家康が出世していく過程で辛い目にあったんじゃないんですか?
頼朝における、義朝殺したやつ・・・みたいな気がするのですが・・・。
(ん?確か、そいつも愛知県民??)

この辺のミクロな部分は、九州人には、よくわからない世界ですね。
Commented by 南の国の会社社長 at 2006-01-31 19:41 x
義朝父さんを殺したのは愛知県人の長田忠致(おさだただむね)というミクロな人間です。報奨金欲しさに風呂場で殺したとか。その後、「美濃尾張をやるから」と言われて頼朝のために尽力するのですが、鎌倉幕府ができてから頼朝に殺されることに。頼朝が、「約束通り身の終わりをくれてやった」と言ったとか。ところで戸田家は、その後、徳川家康ために尽力して戦うので(大坂の陣など)、家康は大事にしてくれたみたいです。戸田家から幕府の老中を何人も出すことになるようです。
Commented by heitaroh at 2006-01-31 20:06
>南の国の会社社長さん

そうですよね。
長田忠致・・・。
先が読めない・・・というか、あの時点ではまさか源氏の天下がくる・・・なんて想いもしなかったのでしょうから、わからないでもないですが、その後が、まずいですね。
絶対に助けられるわけがないんだから、少なくとも、富士川の戦いのあたりでは、平家方に付いて必死で戦うしか選択肢がなかったでしょう。
最後は、義朝の墓の前で自害させられるんですよね。

戸田家は、そう言えば、なんか聞いたことがありますね。
戸田建設なんかは、関係ないんですか?って、関係ないですね(笑)。
Commented by 南の国の会社社長 at 2006-01-31 21:02 x
田原の戸田家と戸田建設は関係なさそうです。
戸田家は、じきに宇都宮藩に藩替えになり、その後は三宅家が幕末まで続いたそうです。東京の最高裁判所付近は三宅坂という地名ですが、田原藩江戸屋敷があったからということです。
Commented by へいたらう at 2006-02-01 10:27 x
> 南の国の会社社長さん

ああ、確か、三宅家と何かに書いてありました。
ちなみに、外務省は筑前福岡藩屋敷跡地です(笑)。
Commented by 南の国の会社社長 at 2006-02-01 13:44 x
へいたらうさん、外務省は筑前福岡屋敷跡ですか?
福岡は、元寇のころから海外からの外圧で悩んでいましたが、今は外務省でアメリカやら、中国やらの外圧を受けておられるのですね。これも何かの因縁かと...(笑)。
Commented by へいたらう at 2006-02-01 15:24 x
>南の国の会社社長さん

うまいこと言われますね(笑)。
思わず、座布団一枚!って言いたかったです。
ちなみに、実は元寇の前にもう一つあるんですよ。
とい入寇というのが。
Commented by 南の国の会社社長 at 2006-02-01 20:59 x
へいたらうさん、座布団ありがとうございます。
といの入寇というのは知りませんでした。原稿と入稿のシャレかと
思っておりましたが、今ちょっと調べて見ましたら、11世紀頃の女真族の侵攻というのが出ていました。ついでに、秦の始皇帝の頃の徐福も蓬莱の国へ行くと見せかけて、壱岐あたりから九州に住みつくのでは?福岡の福とは実は「徐福」の「福」だったりして...。
Commented by へいたらう at 2006-02-01 21:24 x
>南の国の会社社長 さん

刀伊入寇については、また、いずれ書きますね。
他にも、新羅の海賊船が押し入ってきたり・・・ということもあったみたいですよ。

徐福伝説は確かに九州には根強くありますが、残念ながら、福岡の福ではありません。
福岡というのは、、1600年の関ヶ原の戦い以降に、筑前の領主となった黒田家が筑前入国の時に、博多の隣にあった福崎というところを黒田家が起こったところ(岡山県)の地名に改変して出来た地名です。
したがって、明治21年に市制が施行されたとき、市名を福岡市にするか、博多市にするかで議会が紛糾したあげく、同数で、結局、議長の一票で福岡市に決まったわけです(笑)。

でも、その前の地名の福崎といのの、福は徐福の福だったかも知れませんね。
Commented by 南の国の会社社長 at 2006-02-01 22:29 x
いやー、福岡ってところは本当に面白いですね。福崎は除福の福だったという設定で、福崎を舞台にした歴史小説を是非書いてください。(笑)
Commented by へいたらう at 2006-02-01 23:20 x
> 南の国の会社社長さん

了解しました。
徐福はシンガポール経由で元寇と一緒に来て、倭寇として里帰りしたけども、最後はジンギスカンになったというのはどうでしょうか(笑)。
Commented by 南の国の会社社長 at 2006-02-02 01:06 x
へいたろうさん、すばらしいストーリーです。それでいきましょう。早速、10冊予約します。除福は何百年も生きることになりますが、それは本当に蓬莱の国で不老長寿の薬を手にしたということですね?これはこれでつじつまが合います。ジンギスカンとなって、秦の始皇帝にいじめられた時の恨みを漢民族全体に対して晴らすという壮大なスケールの物語ですね。そしてまた元寇として、福岡上陸...何かメビウスの輪のようにぐるぐる回ってしまいます。これはこれで不条理小説としてはいいのかも。(笑)
Commented by へいたらう at 2006-02-02 14:58 x
> 南の国の会社社長さん

気に入って頂いて何よりです(笑)。
ところで、徐福ってお菓子もありますけど、ご存じでしょうか・・・?
<< チンピラの因縁の付け方に学ぶ宗... 「日本版SECって、今頃かよ!... >>


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。

by 池田平太郎
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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