親愛なるアッティクスへ
「詰め寄るも かばうも共に 親心」 by平太郎
最近、子供が事件起こして、親が謝罪しているシーンがよくあります。
あれって、みんな、被害者の視線ですけど、でも、自分が加害者側になることもあるんですよね・・・。
悪意がなくても、ちょっとした不注意が事故につながることもあるわけですし、自らがそうならないと言い切れても、子供や孫がそうならないとは言い切れないわけで・・・。
それに、仮に長男が被害者だったとしても、ひょっとすると、次男が加害者になることもあるわけだし・・・。

でもって、最近は「国家が私たちに干渉するなんて・・・」という思想犯(?)的なケースは減ったのかもしれませんが、よく、昔は欧米風に、「入籍なんて
紙切れの問題だから」とか言って、入籍しないカップルがいましたよね。
(
池田満寿夫・佐藤陽子夫妻は、その論で入籍しなかったそうですが、死別後、佐藤さんは「そうは言ったものの、やはり、入籍しておけばよかったかなと思う。連れ合いが死んでしまうと、結局、紙切れでしか残らないのよね」と言っておられたのが印象的でした。)
それはそれで構わないのですが、では、たとえば、「結婚から25年(でしたっけ?)で夫から妻への贈与が2000万(でしたよね?)まで無税になる」などといった特例を適用を希望するような場合、[結婚しているかどうか]を
役所の窓口の
アカの他人の係官にどうやって判断しろというの?・・・と。
つまるところ、それが証明できるのは、
婚姻届という
紙切れしかないのではないか?と。
また、それを否定するんだったら
住民票や
戸籍謄本などの
行政サービスも受けていないのですか?と。
それらの紙切れは、我々を物凄く縛ることになることは否定しませんが、一方で、それがあることにより、様々なメリットも受けているはずで・・・。
かつて、「
ユダヤ人ほど、国家を持たない惨めさを味わってきた民族はない」という言葉を聞いたことがありますが、日本人は島国ゆえに国家というものが、型に塡めるように、自然に形成されてきたという側面が有るでしょう、そういう面に、元々、鈍感になる体質があると思います。
そこへ持ってきて、半世紀前の苦い体験から少々、
国家軽視が行きすぎたものになっていると思うのですが、如何でしょうか?
全体主義者・・・というお叱りを受けるでしょうか。
でも、「防衛」や「治安」というものは如何にあがいても個人の力ではできないのも事実ですよ。
平太独白
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