親愛なるアッティクスへ
昨一昨日と、実はちと、所用があり、東京まで行っておりました。
その行き帰りの飛行機の中で読んだのが、俳優・加東大介氏の従軍経験を元にした回想小説、「南の島に雪が降る」・・・。
加東大介といえば、昭和の大女優・沢村貞子の弟にして、長門裕之、津川雅彦兄弟の叔父としても知られる名優ですが、やはり、私にとっては、何と言っても黒澤 明監督の代表作「七人の侍」での七郎次役で記憶に残っております。
頼りになる武士を探しに街に出た志村 喬演じる武士・島田勘兵衛が、宿に戻ってきて、「今日は珍しい男に会ってのう。この男はわしの古女房みたいなものじゃ」と言って皆に紹介するのがこの七郎次・・・ですが、「金にも名誉にもならぬ危険な戦があるのじゃが付いてくるか?」と問われた時、躊躇も気負いもなく、「はい」という辺りに七郎次の人柄と勘兵衛に対する信頼感が如実に表されていたでしょうか。
ついでに言うと、
「しかし、お主、良くあの戦で生きておったのう」
「はい、焼けた天守閣が頭の上に崩れ落ちてきた時にはもう駄目だと覚悟いたしました」
「その時、どう思った?」
「いえ、何も。頭が真っ白になって覚えておりません」
・・・などと話す辺り、戦後間もない時代、町でばったり、死んだと思っていた戦友に再会したような実感を伴っていたのでしょうか。
本に話を戻すと、この本の初版は
昭和36年(1961年)といいますから、私が生まれた年で、同じ年に著者主演で映画にもなりましたが、まさしく戦後わずかに16年しか経っていない時代のそれであり、出ていた俳優さんたちは皆、普通に戦争を知ってるんですよね。
ただ、これはこれで良かったのですが、映画を見たときには、かなり端折ってあるような気がして、何か物足りなさのような感を覚えましたので、改めて、原作を読んでみようという気になりました。
(と言いつつ、随分前に購入し、そのまま積ん読になっていましたけどね。)
あらすじを言えば、大戦中、ニューギニアの首都
マノクワリに取り残された部隊の慰安と士気高揚のため、加東大介(本名・加藤徳之助)軍曹を中心に作られた
演芸分隊の奮闘を描いたもの・・・でしたが、恥ずかしながら、ページをめくるたびに隣りの視線を来にしつつも、瞼にハンカチを押し当てねばならない状態でして・・・。
文章の方も、誰か、ゴーストライターが書いたのか知りませんが、簡潔でありながら芳醇ささえ漂わせる見事なもので、それに炙りだされた、死と隣り合わせの兵士たちの故郷を思う心情・・・。
演劇を志している人ならば、この書は必読ですよ。
何ゆえに「俳優」などという何の生産性も持たない職業が成立しているかを教えてくれる逸品だと思います。
ちなみに、この加東大介という人は画面からも伝わって来ましたが、そもそもがあまり
人を悪く言わない人なんでしょうね。
絶望的な極限状態にありながら、悪い人、嫌な人が一人も出てきませんでしたから・・・。
その点は、映画
「ラインの仮橋」と同じで、これだけを読むと勘違いする人も出てくるのかもしれません。
平太独白