親愛なるアッティクスへ
前回の続きです。
本当は前回でこのシリーズも終わりのつもりだったのですが、画像が余ったので・・・ついでです(笑)。

まず、こちらの植物ですが、何の変哲もないそこら辺の植物・・・ではなく、これこそが
上杉謙信の
軍事力を経済面で支えた
カラムシという植物です。
春日山城麓の埋蔵文化財センター前にありました。

(↑春日山城通路です。)
軍事面ばかりが強調されがちな上杉謙信ですが、彼には意外にも
財政家としての一面があり、彼は帝国陸軍の指導者などと違い、度重なる戦争を行うための財源を捻出することをきちんと考えてました。

(↑春日山城中腹より見た麓の平野)
中越地方の特産品として知られていたカラムシから算出される
「青苧」は京都などの権門勢家に珍重された衣類・
越後上布の原料として、珍重されており、謙信はこれを専売化することにより、莫大な利益を上げており、それを持って軍事費の財源としたわけです。

(↑春日山城裏。今では表になってますが。)

んで、最後が電車マニアの写真・・・ではなく、謙信の死後、後継争いを巡って謙信の甥、
上杉景勝と姪婿、
上杉景虎との間で勃発した内乱、
「御館の乱」の現場となった
御館城があった場所より見た春日山城です。
つまり、両者とも、お互いの動きがすぐにわかるような距離で戦闘を繰り返していた・・・ということですね。
春日山城に籠った景勝はともかく、この御館に籠った景虎はどうしてこんな所に本拠を構えたんだ・・・と。
おそらくは、軍事的なものよりも、どうせ自分に味方してくれる者たちが多いに違いないという慢心があったように思えてなりません。
平太独白
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