親愛なるアッティクスへ
先日の続きです。
新潟県は
上越市にある
春日山城・・・。

(↑復元模型です。往時は樹木をすべて伐採してしまいますから、こんな感じです。
遺跡保護の観点に立てば、樹木により遺跡が破壊されるのは困るのでしょうが、
自然保護の観点から見れば元々が
環境破壊なわけで・・・。難しいところです。)

で、春日山城に別れを告げ、麓の
林泉寺へ。

林泉寺は、越後国守護代・長尾氏の菩提寺であり、その後、謙信が長尾氏から上杉氏を継いだことにより、上杉家の菩提寺ともなった
曹洞宗の寺院です。
天文5年(1536年)、当時、7歳の虎千代(のちの上杉謙信)はここに預けられ、六世住職・天室光育から学問を学んだとされています。
やがて、父、
長尾為景の死と同時に呼び戻され、14歳で、元服。
景虎と称し、元亀元年(1570年)に剃髪、
不識庵謙信と号した・・・と。
で、謙信は当初、ここに埋葬されたとは聞いていたのですが、私がむしろ、驚いたのは
堀秀政の墓があったこと。
織田信長門下で名うての戦上手として知られ、信長死後は
豊臣秀吉傘下として手腕を発揮した人物で、小田原征伐後、
徳川家康を牽制すべく
会津に移封されるところであったが急死したので、代わって越後から上杉氏が移されることになった・・・と聞いております。
もし、彼が生きていれば、上杉家の会津転封もなかったし、
蒲生氏郷なども出番がなかったと思われ・・。
今では、その子孫は上杉家と交代で越後に封じられ、ここにこうして墓がある・・・と。
平太独白
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