親愛なるアッティクスへ
最近、天気が良い日は
運動を兼ねて、少し遠くまで歩いて昼飯を食べに行くようにしております。
で、生まれてこの方、地元には丸々
半世紀近く住んでるものの、まだまだ、初めて見る景色、見知らぬ土地などもあり、改めて、
福岡市も狭いようで結構広いなぁということを実感しているところですが、上掲(↑)の風景もその一つ・・・です。
ここは、私にとっては、昔は
「地の果て」みたいな所だったのですが、ここも、今ではしっかり住宅街になっておりまして、その奥地に足を踏み入れたところ、おそらく、昔は単なる
ため池か
沼だったのでしょうが、今では宅地化と共にすっかり綺麗に整備されており、天気が良かったこともあって、思わず、その景色の見事さに見とれました。
で、ふと、傍らを見れば、この
ロケーションを活かした
豪邸が幾つか目に付くようになっており、確かに、場所はちと辺鄙だけど、
定年退職した人や
通勤を気にしない人などはここに住むのも良いかもなー・・・と思いましたが、そのうち、ふと、ある友人のことを思い出しました。
その友人宅は福岡市の一等地、都心に近いとは思えないほどの閑静な
高級住宅街の一角にあり、何年か前の
年末にその友人のお宅で一献傾けたことがありました。
で、その晩は飲み明かして、そのまま友人宅に泊まり、翌朝、細君に朝食を振る舞って頂いたのですが、友人は朝から、缶ビールをプシュッとやり、当然のように私にも1本・・・(笑)。
私はその日は
仕事納めの日でもあり、結構、仕事も溜まっていたこともあり、それに何より、本来、朝から飲むことはないので、飲むつもりはなかったのですが、そのとき、リビングから見える風景は高台から都心部が一望でき、反対側に目を向ければ、ただ、笹が「ざざざざー」と鳴っているだけ・・・。
何か、その風景を見ていると、「ま、今日はもう良いかぁ・・・」みたいな感じになり、差し出されるままにビールを何本か飲んで帰宅したところ・・・、こちらは
庶民の街ですから、周囲はざわざわしているし、「仕事しよう」という気になり、結局、その日は終わらなくて残業でした。
その友人は今、引きこもりではないのでしょうが、数年前に会社を辞め、最近では誰も連絡が付かない、何をしているかわからないようになっていると聞きます。
私は、いつも、その友人のことを聞かれるたびに、「
良すぎる環境というのも考え物だ。『住む』が『棲む』になってしまうから」・・・と答えております。
生前、
司馬遼太郎さんは、
東大阪に自宅を構えておられましたが、ここは確か、町工場などが軒を連ねるようなところらしく、「どうして、アナタのような方がこんな所に?」と聞かれ、「私はこういう所で育ったので、こういう所でないとダメなんです。静かな所では、一行も書けません」と答えられていたという話を聞きました。
私も、
福岡市下人参町という、立派な
下町の生まれですが、それでも、こういう所に住みたいなぁとは思いますが、同時に、「住んじゃいけない」とも思います。
ま、住めませんけどね(笑)。
平太独白