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大船渡高校投手の登板回避問題での張本元外野手さんには説得力無し
イタリアのある地方ではカウンターのことを「バンコ」と言うって聞いて、「え?!」って。
もう、我々の年代より上の方で無いとご存じないと思いますが、昔の博多の下町でバンコって言ったらこれ(↓)でした。
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各家の前にあって、夕方になるとステテコ姿のおじさんたちが蚊取り線香を足下に置いて、将棋をさしたり、談笑したり・・・。
品物自体は、日本中にあったようですが、ただ、「縁台」ではなく、「バンコ」と言ったのは、どうやら、北部九州だけだったようで、もしやと思ったら、イタリア語でこそなかったものの、やはりポルトガル語でした。
「メリヤス」「ブランコ」「ボタン」など、ポルトガル語伝来の日本語があるというのは、よく知られてますが、博多では、祭りのドンタクというのはオランダ語の「ゾンダック」から来ているという話もあるので、特に、そういう言葉が多かったのでしょう。
一つには、古くからの国際貿易港だったということもあるのでしょうが、江戸時代には福岡藩が長崎警備をしていた関係もあるのかもしれません。
(やはり、博多人はやはり、こういうハイカラな文言が好きなんでしょうね。思わず、昔、池内淳子主演の映画で、銀座だったかのクラブに出かけたおじさんが「女給」って言ったら、女の子から、「古~い!今はホステスって言うのよ」「何だ、胃薬みたいな名前だな」と言っていたのを想起しました(笑)。)

で、前振りが長くなってしまいましたが本題です。
高校野球、いよいよ、夏の風物詩である夏の甲子園が始まりましたが、岩手県大会決勝で大船渡高校の監督が、話題の160km/hの佐々木投手を登板させなかった采配を巡って、いろいろと議論が起きているようですね。
この点について言えば、まず、私はプロが中6日で投げてる時代に何で高校生の連投が許されるんだ?という論者ですから、未だに「投げさせるべきだ!」なんて意見があることが既に理解不能です。
何より、監督は「甲子園出場監督」というキャリアが欲しいに決まっているはず。
それを棒に振ってまでの登板回避なのだから、もはやこれは良心以外の何もので無いでしょう。

この点で、張本勲さんがテレビで「登板させるべきだ!」と言ったのに、ダルビッシュ投手が「消えろ」と批判した・・・などという話がありますよね。
この番組、私も見てましたが、張本さんの論旨は概ね、「精神力だ!」だったようで・・・。
まあ、「精神力だ!」と言われ、「そんなことばかり言ってるから戦争に負けたんだろうが!」と言い返してきたのが、我々の世代には少なからず共通する現象だったので、特に、驚きませんが、ただ、張本さんに限ってはちょっと噴飯ものでした。

そもそも、張本さん、あなたは外野手でしょ。
稲尾和久、杉浦忠などの昭和の大投手が登板過多で潰れるのを歓迎してきたはず。
この二人だけでも、その後も投げ続けていたら、あなたの安打はたぶん、20本くらいは少なくなったんじゃ無いですか?
金田正一さんが言うならまだしも、あなたが言うのはお門違い、説得力ないでしょ。
                    平太独白

# by heitaroh | 2019-08-07 07:05 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

道に迷って初めて知る神埼街道と人参畑と平忠盛
先日、日曜の夕方から、近所をちょっと散歩してましたら、道を間違えちゃいまして・・・、4時間彷徨ってました。
「もう、これはほとんど遭難に近いな。そうなんです!」・・・などと言っている場合では無く(笑)。
おかげで、体はくたくたなのに、夜はまったく眠れないという悪循環。


で、さておき、その帰途、たまたま、歩いていたら傍らに看板があり、そこが、神埼街道だと知りました。

e0027240_10395309.jpg
と言っても、別に大通りでも無く、場所によっては車同士が「離合」(福岡ではこれを標準語と思っている人多数(笑)。車同士がすれ違えるという意味です。)するのが難しいような所もあるくらいで。
おそらく、この道は後年になって、拡幅したんだと思います。
昔の街道というのは、せいぜい、荷車や駕籠が通るくらいですから、今から見れば、びっくりするくらい狭いんですよね。

これ(↓)は、場所は少し違うのですが、江戸時代、福岡藩の支藩だった秋月藩が参勤交代の時に使用したと言われる秋月街道です。
e0027240_11195649.jpg
ここを見る限りは普通車くらいなら、問題ないようにも思えますが、先の橋になっている方に曲がろうと思うと、少し怖いかもしれません。

で、この神埼街道ですが、私も初めて聞きましたが、看板によると、平清盛の父、忠盛が荘司を務めていた神埼荘と、日宋貿易の拠点、博多を結ぶために開いた・・・とありました。
なるほど、忠盛と言えば、清盛以上の才人だったとも言われる人ですから、それくらいのことは考えるでしょうね。
ただ、この道はこのもっと先、佐賀との県境には背振山地の山塊がそびえてますから、江戸時代になっても荷車を引いてここを行くのはちょっと無理だったでしょうね。
今はトンネルが出来てますが、それが出来る前、平成の初めの頃に、車で通ったときは、「二度と通らない」と思ったくらいの悪路でした。
大正12年、当家が当時の人参畑(現福岡市博多区博多駅前三丁目)に移って来たときまでは、ここから、塩原村(現福岡市南区塩原)経由で現在の福岡市南区を縦断する形で乗合馬車が出ていたそうですが、それでも、山の手前の現那珂川市までで、県境までも行ってません。
(ちなみに、その後は、筑紫乗合自動車のエンジン付木炭バスが走っていたそうです。)

まあ、需要の問題もあったのかもしれませんが、おそらく、平忠盛が拓いた頃の街道はこんな(↓)感じだったのではないでしょうか。
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                        平太独白

# by heitaroh | 2019-07-17 07:19 | 地域 | Trackback | Comments(2)

豊後岡城に見る今更ながらの令和初武家屋敷維持コース
またやってしまいました。
うっかり、5月分の更新を忘れ、あやうく、6月分も忘れるところでした。
で、今更ながらの令和初の更新です。

先日、天気も良かったので、独りで豊後(大分県)岡城まで行ってきました。

e0027240_15354883.jpg
隣県なので、もちろん、噂には聞いていたのですが、想像以上でしたね。
東洋のマチュピチュなんてのをよく言いますけど、むしろ、ここにこそ相応しいのではないかと。
(マチュピチュ、行ったことありませんけどね(笑)。)

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ただ、思ったのが、豊臣秀吉時代の文禄3年(1594年)に、中川秀成中川清秀の次男播磨国三木から移封されたことに始まる岡藩ですよね。
(岡城自体は、他の多くの城と同様、それ以前から存在はしていたのでしょうが、岡藩成立後、3年がかりで大規模な修築を施したことでほぼ、現在の形になったと。)

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でも、岡藩って、絶対、何十万石もないよなと。
で、帰って調べてみたら、やはり、岡藩の石高は七万石程度・・・。
小藩も小藩、その程度の収入でこの城郭は分不相応もいいところですよ。

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今となっては地元の人たちには、自慢の城でしょうが、当時の領民たちにとっては、肉体的、経済的に、地獄の責め苦にも等しい負担だったのではないでしょうか。

さらに、岩盤の台地の上に築かれたため、維持費も嵩んだことが想像され、事実、台風や地震、火事などの被害を多く受け、特に8代久貞の時代には、本丸、西ノ丸、御廟など城の大半を焼く大火に見舞われたと。

こうなると、どうやって、捻出していたんだろうと不思議な気さえします。


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石高に表れない現金収入となると、まず、内陸ですから、豊富な木材があったでしょうが、果たして、それだけでいくら賄えたのか・・・。
ただ、岡城については、それほど、苛斂誅求な収奪があったような話は、あまり、聞きませんから、たぶん、私が知らないだけなんだろうと思いますが。

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で、岡城と言えば、滝廉太郎「荒城の月」なのでしょうが、アラ還の私でも、子供の頃読んだ楳図かずおか誰かの、海に飛び込んで逃げようとする半魚人に改造された友達に、「そうだ、彼が好きだった荒城の月を聞かせよう」と言って笛を吹いてた印象しかありません(笑)。

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ところで、岡城の城下である竹田市では今、古い武家屋敷の維持に頭を抱えているという話を耳にしました。
いつも思うんですが、どうして、旅館にして、上様コース殿様コース家老コース一般武家コースで、彼らが着ていた着物で彼らが食べてた料理を再現し、彼らが寝ていた布団で寝る・・・という、彼らの日常を体験させることを考えないかなあ。
もちろん、あくまで金払って来てもらうわけですから、きつい部分、負担になる部分については、無理して体験させずに説明だけで終わらせればいいわけで。
俺なら、絶対、行ってみたいと思うけどなあ。
                 平太独白・・・でした。

# by heitaroh | 2019-06-25 17:18 | 地域 | Trackback | Comments(2)

エイプリル・フールも吹っ飛ぶ、新元号は「令和」に決定!
新元号、「令和」に決まりましたね!
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まったくどこにも予想外でしたが、まあ、割と無難なところに落ち着いたんじゃないのって印象です。
ただ、アルファベット表記の場合、R」「L」で表記する人が出てくると思いますが、そこは関係ないのね。
まあ、これも使ってりゃ落ち着いていくでしょうから、それほど気にする必要もないでしょう。
むしろ、気になったのが、「令和」と「昭和」を間違えるケースが出てくるんじゃないか?ってこと。
「令」が初めて使用される文字なら、後の一文字は「和」でなくても良かったのではなかと。
出典なんて後からどうにでもなるわけで。

平和希求の精神は戦後74年経ってもまだ、息づいているという意味では喜ばしいことなのでしょうが。

で、号外!


出るとわかってればもらいやすいですね。

ただ、以前、テレビで各紙、号外が出るまでのタイムを競った番組を見たことがあったのですが、速いところでは確か30分弱で配られていたと思い、発表から30分経って博多駅へ。

しかし、まったく、号外がでる気配無し。

誰もがわかっていたことなので、号外は出ないのか・・・と思って、そのまま、昼飯食って帰ってたら配布してました。

でも、やっぱ写真入れて、輪転機廻してたらこのくらいにはなるよな。

それとも、地方は遅れるのかね。


で、笑ったのが、博多駅へ向かう途中、信号待ちしてたら、後ろでフリスク配ってた平成生まれと思しき女子に、おばさんが「冷たいって字に昭和の和」と話している。

「えー、冷たいんですか。何か嫌ですね」とか言ってるから、これは、さすがに振り返って「命令の令ですよ」と。

さすがに、間違いは修正されましたが、でも、平成女子は「変ですねぇ」と。

まあ、我々も「平成」と聞いたときには、違和感あったもんなあ(笑)。


ところで、そう言いながら、あれ?命令の令ってどう書くんだっけ?と。

改めて言われると、ちゃんと書けてるのかちょっと疑問・・・と思ってたら、わかりました。

いつも、崩し字のほうで書いてるからなんですね。

つまり、3画めの横線が斜めならそのまま書けるけど、水平(つまり、画像の通り)だと次の4画め以降が出てこない。

今まで気にしてなかったけど、学校では、崩し字のほうで習うんだそうで。

まあ、我々の時代がそうだったかはわかりませんが。



ちなみに、昨日は、さすがに、エイプリル・フールも吹っ飛んでしまってましたが、この日は同時に、新年度開始の日でもあり、色々な人が旅立っていきました。

で、実はそのうちの一人に愚息もおり・・・。

で、一句。

「春四月 豚児旅立つ 新時代」平太郎

                          平太独白


# by heitaroh | 2019-04-02 07:07 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

今年の祝!14周年は平成最後とイチロー引退と新元号!
おかげさまをもちまして、拙ブログも14年目を迎えることが出来ました。
(たぶん(笑)。)
すっかり、息も絶え絶えながら、どうにか形だけでも続けて来れたのは、これもひとえに皆々様のお引き立ての賜物と篤く御礼申し上げます。

e0027240_16302910.jpg


まったく、思えば遠くへ来たもんだ・・・ですね。
で、遠くへ来た・・・と言えば、やはり、何と言っても28年もの長きにわたったイチロー選手の引退でしょう。
引退会見から、4日も5日も経っても未だに新聞の紙面を飾っていると言うことが、改めて、この選手の偉大さを物語っているように思います。
野茂のときも松井のときも、そんなことはなかったわけで。
「平成の名選手」という称号が彼ほど相応しい選手はいないということを実感します。
やはり、みんな、WBCのときに潰瘍(でしたっけ?)になってまで、日本を引っ張って言ってくれたことを忘れてないんだなと。
この人に足向けて寝ちゃいかんよなって気になりましたから。
もう一つ、この選手の偉大さという点では、何と言っても、大きな怪我をしなかったことでしょうね。
無事是名馬と言いますが、昔の王、長島、野村、張本といった選手たちが、あれだけの大記録を打ち立てられた背景には、ほとんど怪我らしい怪我をせずに出場し続けていたことがあったわけで、あの世代以降、田淵、掛布、最近では松井秀喜まで怪我で選手生命を断たれるケースも少なくなく、その意味では最近ではちょっと類例の無い、異常なほどの丈夫さだったと言えるでしょうか。

e0027240_16121212.jpg
(↑周年恒例、「道」シリーズです。「中山道」とありますが、本当でしょうか?「なかやまみち」じゃないですよね?(笑)。)

で、新元号、いよいよ発表まで一週間を切りましたが、発表前に各国の日本大使館には知らせるんだよなと。
発表してからだと先に商標登録されてしまうわけで。
迂闊に漏らせないなら、候補案ごと商標登録させておけばいいのだろうけど、でも、おそらく、目先の利いた連中は既にこれというのはすべて登録済みになっているだろうけど。

ちなみに、平成のときに朝日新聞が出した予想一覧があり、それを見ると、しっかり、平成も修文も入ってたんですね。

その中から、MTSHを除外し、画数が多いもの、読み方が複数あるもの、人名にあるものを除外すると、寿徳、安延、享宝、応久、建定。私的には、あるとすれば、安延、応久、寿徳

ただ、いずれもやや、字画が多いのが難点でしょうが、その点で言えば、応久というのは案外、シンプルでいいような気もします。

でも、時節柄、「応急処置で応久に決まった」とか、エイプリルフールを言う人が続出するんでしょうね(笑)。

                        平太独白


# by heitaroh | 2019-03-26 07:23 | その他 | Trackback | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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