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イメージ先行でも高市内閣を支持せざるを得ないわけ
昨年の第一次高市早苗政権発足から7ヶ月超。

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(↑首相の出身地、奈良県大和郡山市と言えば奇しくも今年の大河ドラマの主人公・豊臣秀長大納言となった後に治めた地。ここでも、持ってるなあと。)

で、昨年末だったかにテレビで、各年代ごとに選ぶ「理想のリーダー」と言うのをやっており、驚いたのが、10代・20代・30代の1位が高市首相だったことで、さらに言えば、40代以降でも2位を独占・・・。
思わず、「おいおい、単なる外交パフォーマンスやってただけで、まだ、何もやってないぞ」と。
ただ、それも無理はない話で、この時点では、まだ少数与党だったから、何かをやれる状況には無く・・・
その後、2月の衆議院選挙に大勝し、巨大与党として、その軛(くびき)から脱し、存分に腕を振るえるようになってから4ヶ月。
しかし、その間にやったことと言えば、情報局創設のみ。
情報局について言うと、作るのはいいけど、まず、80年間もそれをやってこなかった国が決めたからってすぐに作れるの?
金だって相当な額かかるんだろうし。
ガソリン税の補助も切れるんでしょ?そんな金あるの?

イメージ先行でも高市内閣を支持せざるを得ないわけ_e0027240_14252186.jpg
(↑奈良。高市首相が議員に配ったカタログギフト。「自身が支部長を務める奈良県自民党支部から金を出したから問題ない」って言ってたけど、全党員に配るのに奈良県支部?奈良県支部は彼女の財布じゃないんでしょ?問題ないと言うから問題ないんだろうけど、私的には違和感があったのは事実。)

消費減税について言えば、私は消費減税賛成派ではないのだけど、巨大与党に加え、野党まで軒並み公約に掲げていながら、もたついているのにはもう笑ってしまう。

結局、みんな選挙に勝つために消費減税掲げたけど、現実はそんなことできる状況にないってこと。

ちなみに、各政党、消費減税は口にしても所得減税は誰も口にしない。

なぜ、消費減税だったのかと言えば、結局、消費税は国民が負担を実感しやすいから。

つまり、選挙受けするからってだけ。


イメージ先行でも高市内閣を支持せざるを得ないわけ_e0027240_17121137.jpg
(↑橿原市今井町残照。首相は生まれは大和郡山でも、小学校以降を過ごしたのは橿原市だそうで。今井町かどうかは知らないけど。)

と、まあ、ここまでかなりざっくりと思いつくままに並べてみたが、それでも、「高市一択」しかないというのが結論。

理由は、米トランプ政権。

何だかだ日本の政権はアメリカの政権と連動している。

この点で、石破前首相とトランプ大統領は明らかに波長があってなかった。

つまり、トランプ政権が続く限り、波長が近い高市政権が無難だということ。

「無難」が「好ましい」かは疑問だが。

             平太独白


# by heitaroh | 2026-06-04 18:20 | 政治 | Trackback | Comments(2)

もっと高く評価されていい浅井長政
浅井長政は北近江(現滋賀県北部)の戦国武将だが、むしろ、織田信長の妹・お市の方の夫として、あるいは、茶々(豊臣秀吉室、秀頼の母)、(若狭小浜藩主・京極高次の正室)、(徳川秀忠室、三代将軍家光の母)の三姉妹の父として知られているかもしれない。

もっと高く評価されていい浅井長政_e0027240_17342347.jpg
長政は、当初は信長の妹婿として、その覇権拡大の一翼を担ったものの、やがて、袂を分かち、最後は敗れて滅亡。
父、浅井久政と、同盟者・朝倉義景とともに、その頭蓋骨を漆塗りにされ(金粉ドクロ杯説は現在では否定されている)、宴会の出し物とされたことから、信長の天下布武に歯向かい、滅ぼされた身の程知らず・・・というイメージもあるかもしれない。
だが、その実は、信長のもう一人の同盟者であった徳川家康と比べても遜色ないほどの名将であり、そのことは、長政離反後の信長の苦戦が何より雄弁に物語っている。

もっと高く評価されていい浅井長政_e0027240_17282039.jpg
姉川の戦いでは、浅井勢は織田軍に比して寡勢であったにもかかわらず、あわやのところまで信長を追い詰めたし、姉川敗退後も粘り強く、かつ、積極果敢に戦いを挑み続けた。
特に、志賀の陣では、さしもの信長も後手に廻り、身動きできない絶体絶命の窮地に追い込まれ、室町幕府第十五代将軍・足利義昭による和睦周旋工作にすがって辛うじて苦境を脱している。(このとき、和睦に飛びついたのは、浅井ではなく、その同盟者・朝倉勢だったとか。長政の苦い顔が見えてくる。) 
浅井長政さえいなければ、信長の覇権確立は2年・・・、いや、5年は早まったのではないか。

結局、では、家康と長政の差は何だったのかと言えば、それは、意思決定に口を挟む者がいたかどうかだっただろう。
家康は父亡き後、没落状態にあった松平家を忍従の末に再建。
さらに、独立後まもなく起こった一向一揆との戦いでは一揆側に付いた家臣の多くが、鎮圧後、許されて復帰したこともあって、若き君主に「ノー」と言える家臣は少なかった。(家康が忍耐の人であることはよく知られているが、主君が辛抱強くとも、家臣もそうとは限らない。見方を変えれば、家康は辛抱強さという名のリーダーシップを発揮できる環境にあったということでもある。)
 
もっと高く評価されていい浅井長政_e0027240_17304838.jpg
対して長政は、当主とはいえ、実際には、父で隠居の久政がいた。
浅井が織田から離反した原因はわかっていないが、若い長政には朝倉から織田へという時代の変わり目を認識できても、父久政はそうではなかった、つまり、長政は父久政とそれに連なる親朝倉派家臣団の意向を無視することはできなかったのではないかということである。(戦前の日本の財閥でも、古くからの取引先との提携解消をめぐって、創業者と後継者の婿養子が対立。養子縁組解消され、袂を分かったという話もあったとか。)  
その意味では、悲運の名将だったと言っていいのではないだろうか。
              平太独白

# by heitaroh | 2026-05-01 06:13 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

春四月、108年ぶりの安政生まれとの桜での邂逅。
春四月。
春四月、108年ぶりの安政生まれとの桜での邂逅。_e0027240_11414503.jpg
どうやら今年は晴れ間がちょっとしかないようなので、桜の写真撮ってきた。
混んでるかと思ったけど、外国人観光客ばかりで、日本人だけならそれほどでもなかったような。
春四月、108年ぶりの安政生まれとの桜での邂逅。_e0027240_11435630.jpg
そもそもが、こっち方面は滅多に行かないのだが、それだけに本当に、ここはどこ?状態。
徒歩で上がるのは、本当にいつ以来だろう。

で、何気に歩いてて、この(↓)を見た瞬間、「あれあれあれ?もしかして・・・」と。
春四月、108年ぶりの安政生まれとの桜での邂逅。_e0027240_11534344.jpg
何かと言うと、実は大正時代に撮られた当家の花見写真(↓)があり。
春四月、108年ぶりの安政生まれとの桜での邂逅。_e0027240_13403428.jpg
ずっと場所がどこかわからなかったのだけど(そもそも、日本なのかもわからず)、何か、ピンとくるものがあり、「ここじゃないか?」と。
で、下まで降りて確信。
春四月、108年ぶりの安政生まれとの桜での邂逅。_e0027240_11463140.jpg
ここ(↑)だ。
たぶん、108年ぶりの邂逅。

で、帰りに細い道降りてみたら、麓の神社に説明があり、大正時代くらいまでは、ここに上がるにはこの道(↓)一本で、しかも、波打ち際だったと。
春四月、108年ぶりの安政生まれとの桜での邂逅。_e0027240_13334106.jpg
左は海なので、おそらく、鳥居と家屋の間の道を向こうからここまで来て、ここでUターンして、鳥居をくぐって上へ上がって行く・・・。
でも、つーことは、当家花見の際には、安政生まれの老父母もいたわけで、ここからおぶって上がった?
(福岡市西区の愛宕神社も今は立派な車道があるけど、昭和の頃までは車が離合・・・、つまり、すれ違えないほどの急坂が一本あったのみ。)

さらに、ここまでも、当時はリヤカーか人力車。
地下鉄の駅からだって近いとは言えないのに、当時は地下鉄どころか市内電車だってなかったはず。
古い博多の資料を見ていたら、年末に仕事納めすると、店の者でペチャクチャ話しながら、歩いて愛宕神社まで参ったという話もあったから、まあ、歩きだったんだろうとは思うけど。
ちなみに、今、私の足で、博多から片道1時間半でした。
休み休み来たんだろうけど、座布団あったにせよ、リヤカー乗ってる方も大変だ。
              平太独白

# by heitaroh | 2026-04-03 07:14 | 地域 | Trackback | Comments(0)

大河ドラマ「豊臣兄弟」に見るはるばる来たぜ21周年!
おかげさまで、拙ブログも、21年目を迎えることが出来ました。
大河ドラマ「豊臣兄弟」に見るはるばる来たぜ21周年!_e0027240_16255693.jpg
(↑周年恒例、「道」シリーズ。角を曲がった先には何があるのか・・・、いくつになっても、いつも興味津々です。)

で、さて、今年の大河ドラマは「豊臣兄弟」
改めて言うまでもなく、豊臣秀吉の弟、豊臣秀長が主人公ですが、私が記憶する限り、この秀長を初めて俎上に載せたのは堺屋太一
私も彼の著書「豊臣秀長 ある補佐役の生涯」を読むまで、「兄の七光りなだけで栄達した影の薄い弟」という認識でしたが、改めて、身の不明を思い知らされました。
大河ドラマ「豊臣兄弟」に見るはるばる来たぜ21周年!_e0027240_16591181.jpg
(↑豊臣秀長座像。兄と違って、大人(たいじん)の風格がありますな。)

で、彼が生きていたら徳川家康も天下を獲れなかったと。
「軍師官兵衛」の黒田如水のときもそうでしたが、そんなことはないと思いますよ。
如水は黒田家の当主でこそあったものの、小寺家の家老から秀吉の参謀として重きを為したという意味では組織内で栄達した人であったのに対し、家康は18歳で今川家から独立して以来、ずっと、独立独歩だったわけで、社長としては一日の長があったでしょう。
如水も定年退職後、新たに独立して社長となり、家康と覇を競う・・・というのは、無理があったような。
(何より、それが見通せない如水ではなかったでしょう。)

同様に、秀長も生きていたところで、家康の天下はなかったかというとそんなこともないような。
秀長が生きていたら、甥秀次同様、秀吉に殺されていますよ。
晩年の秀吉は今のどこかの大統領同様、もう完全におかしかったですからね。
実際、秀長の晩年には、その評判を落とすようなことをしていたと記憶。
その意味では、秀長は一番いいときに死んだと言えるでしょう。
大河ドラマ「豊臣兄弟」に見るはるばる来たぜ21周年!_e0027240_17215835.jpg
(↑秀長墓所・大納言塚。こうやって墓が残っているということは、やはり、有徳の人だったんでしょうね。)

ただ、秀長が人から好かれたのは事実。
特に、秀長は、毛利輝元とは昵懇だったようですね。
この点、拙著「毛利輝元」から抜粋しますと、
秀吉や家康のような、自らトップに立とうという人物は、それをいくら肌着の下に押さえ込んだとしても、強烈なアクの強さが出るものであろう。身内は結構、それを間近で見ている分だけ、そういう創業者タイプの人間に対して、辟易しているところがあるのかもしれない。

 思えば、輝元にとっても、十三歳から十九歳までを、その膝下で過ごした祖父元就も又、家臣や領民からは神仏以上に敬われていたが、輝元に対しては棟梁と弟子の関係に近い厳格な家長の感があった。輝元自身、度々、激しい折檻を受けていたことがその何よりの証であったろう」


ただ、主人公は、砂糖がかかったみたいにごってり「良い人」に描くのが大河ドラマだけに、必要以上に良い人になるのはわかるのですが(毎度、普通の人がなぜかわからないうちに偉くなる)、秀長については元々が良い人なんだから、そんなに砂糖の上にシロップまで掛けなくても良いように思えるんですけどね。
(ただ、その分、縛りが無い脇役が実にいい味を出す。「利家とまつ」のときの香川照之くんの秀吉、小泉孝太郎くんの徳川慶喜なんて出来すぎてて笑いました。)
その意味では、秀吉その人ももっと癖のある人間に描いても良いような気がしますが。
この点、堺屋太一の「豊臣秀長」は秀長をもう少し普通の人として描いていましたね。
竹中半兵衛は人間的にはお高くとまった嫌味な奴としながらも、能力は秀長など及ぶものではないと。
もう少し、信長、秀吉、半兵衛、黒田如水といった天才たちの間で振り回される普通の人の目線で描いてい欲しかったんですが。

他にも、あまりにも書かなければならなことが多く、でも、この話題先送りしていたら、トランプさんもあの調子だし、もうこの話題出さずに一年が終わる・・・、いや、世界が終わる可能性もあり、ここで開陳させていただきました。
                 平太独白

# by heitaroh | 2026-03-17 17:50 | その他 | Trackback | Comments(0)

与党大勝利の行列に驚いた消費税額を一々言うなの理
2月も早半ば過ぎ。
書くこと多すぎなんですが、やはりまあ、衆議院選挙での自民党大勝利・・・ですかねえ。
与党大勝利の行列に驚いた消費税額を一々言うなの理_e0027240_16374201.jpg

で、今回の選挙で、ちょっと驚いたのがこれ(↓)。
与党大勝利の行列に驚いた消費税額を一々言うなの理_e0027240_16283113.jpg
昼飯食いに行く途中にあった区役所、見れば「投票1時間以上待ち」の張り紙。
「?」と思いながら、区役所の中を見たら、まさかの長蛇の列。
まあ、昼休みだから・・・と思いながら、昼飯食って帰りは列はさらに伸びて、建物の外まで。

翌日の夜ももう、投票を締め切る時間に通ってみたら、寒さ厳しき中、さらに行列は伸びて敷地外まで(↓)。
与党大勝利の行列に驚いた消費税額を一々言うなの理_e0027240_16283939.jpg

正直、今まで、こんなの見たことないですよ。
小泉純一郎政権(当時)の郵政解散のときでも、ここまでの連日連夜の行列はなかったような。
ましてや、真冬ですよ。
まあ、期日前投票ということがそれだけ、行き渡ってきたのかなとは思いますが。
ただ、その割には投票率は普段並みの56.26%だったとか。
あの熱気は何だったんだ?と。
ちなみに、私は期日前投票することなく、投票日に普通に投票に行ったら、行列もなく、あっさり投票できました。

で、高市早苗総理、何が良いって笑顔が良いですね。
惹き込まれそうになるような笑顔・・・。
思わず、今まで、あんな笑顔してたか?って。
ただ、それを別にすれば、何であんなに人気があるのかはわかりません。
今までは少数与党だったということもあったのでしょうが、外交パフォーマンスだけで、まだ何もしていませんよ。
大与党になっても、今まで同様のバラマキ姿勢を続けていくのなら、先行きには不安しかありません。

ただ、それでも、高市政権を支持せざるを得ないと思います。
日本の政権は何だかだ言って、アメリカと連動している。
石破茂前総理は見事にトランプ政権とは波長が合っていなかった。
トランプ政権にも不安なものを感じていますが、あちらの政権が続く限りは、日本も高市政権で行かざるを得ない・・・と思います。

なお、自民は大勝して、維新と立民は敗ける・・・と思ったら、維新は微増でしたね。
立民は予想通りでしたが。

もう一つ、注目したのはチームみらいの躍進。
(↓福岡市で見かけました。宮城ナンバーでしたが、選挙期間中に一台で日本一周?)
与党大勝利の行列に驚いた消費税額を一々言うなの理_e0027240_17001865.jpg
消費減税を唯一、主張しなかった党。
(代わりに、社会保険料減額。まあ、それが選挙なんだろうけど。)
果たして、消費減税を支持しない人たちがどれくらいいるのだろうか・・・と。
案外、多いんじゃないかなと。

で、消費減税ですが、問題は、なぜ、消費税なのか?ってこと。
消費税が目の敵にされるのは、払うときに、いくら払ったかの実感があるから。
馬鹿正直に一回一回、「消費税相当額」がいくらなどと告知するから余計そう感じる。
完全に内税にして、負担者にわからなくする、さらに言えば、選挙のたびに目の敵にされるなら、消費税を廃止して、昔のように、所得税にシフトすればいい。
そもそも、「消費税の方が税収が安定する」と言う、取る側の都合で制度を作ったことに無理があるとも言えるわけで。
             平太独白

# by heitaroh | 2026-02-17 19:14 | 政治 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱「財閥」の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

令和7年 19世紀ロンドンと東京。「描きたかったのは猟奇ではない。悲惨である」。「女王陛下の十手持ち」出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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