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ヘッジ・ファンドは政治の怠慢を促進させる苦い薬?
親愛なるアッティクスへ

e0027240_8571888.jpgギリシャに続き、アイルランド危機的様相を呈してきましたね。
昨日、EU当局は「厳しい条件付き」で支援要請を受け入れたとか。
5月に、EU及びIMFによる1100億ユーロを注ぎ込んだギリシャ支援措置が打ち出されましたが、ギリシャ政府はこれと引き換えに緊縮財政措置を約束し、その結果、国民による大規模な抗議運動につながったことは記憶に新しいところでしょう。

(←いつの時代にも「格差」はあるもののようで・・・。)

まあ、これなどは何年か前のインドネシアなどの通貨危機の時と同じ構図でしょうが、支援する側が、支援される側に、金を貸す以上、節約を求めるのは当然のことでもありますが、ある意味、典型的な銀行員の発想ですよね。
国際支援と一般的な企業などへの融資と一律的に考えるのは少し、危険な気もしますよ。
今回も、アイルランドの銀行に貸し込んでいるイギリスや、同様に、巨額の財政赤字を抱えるスペインポルトガルなどのユーロ圏諸国にも波及する恐れがあると懸念されてきましたが、一方で、ドイツの財務相は、「アイルランド問題jは正しい解決策さえ見つけ出せば、他国に波及しない可能性は高い」と言い、これを重要視しない姿勢を示した・・・とも言われています。

その上で、これらの問題を語る上で、どうしても触れなければならない物に「ヘッジ・ファンド」の問題があります。
主に、欧州で「ヘッジ・ファンド元凶説」の声が高いようですが、その主な根拠は「ヘッジ・ファンドは各国の弱みにつけ込み、ハイエナのように暴利を貪る汚い連中」・・・ということではないでしょうか。
でも、その国の不備是正するのは本来、政治の役割ですよ。
言うならば、放っておけば無期限に続きかねないそれらの政治の怠慢、平たく言えば、政治が機能しないことに対して、対応を促す役目を果たしている・・・ともいう見方もできないでしょうか。
(日本政府も他人事・・・どころか、中国に依存していたレア・アースの問題、世界的な農地確保の問題などは早くから指摘されていたことであるにもかかわらず、何も対応してこなかったことを思えば、何をか言わん・・・でしょう。)

結局、通貨だけは統合しても、主権はそのまま加盟各国に置いたまま動かそうとしないEUに対し、ヘッジ・ファンドが尻を叩いたという見方も出来るわけで、その意味では、ヘッジ・ファンドは必要悪だと考えて良いのではないでしょうか。
怠慢をしてきた連中にとっては、かなり、苦い薬にはなるでしょうが、彼らがせっつかなければ、何も先に進まないようにも思えます。
ちなみに、EUについて言えば、以前から申し上げていたとおり、まずは、ドイツ=フランス連合から始めるべきだったでしょう。
まず、ドイツ=フランス連合から「連邦」にまで高めて、ある程度、しっくりしてきたら、次(イギリス、イタリア、スペイン)を加えていく・・・。
いきなり、同じヨーロッパだからといって、いきなり、ウラル以西にまで拡げようとしてしまうのはどう考えても無理がありますよ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-11-22 06:48 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

地方都市にまで画一的な物ばかり作りたがる中国の無策
親愛なるアッティクスへ

以前、強国ベトナムと大国タイに挟まれたカンボジア・・・という構図は、強国日本と大国中国に挟まれた朝鮮半島のそれと同じである・・・ということを申し上げましたよね。
で、この構図が成立するもう一つのケースとして、強国ドイツと大国ロシアに挟まれた、中欧、東欧諸国の歴史が挙げられると思いますが、今、そのドイツとロシアが急接近していますよね。
これを、中東欧諸国の人たちはどう思っているのか・・・ということに興味を持ちました。
これを知ることは、単に中東欧諸国の現状を知ることのみならず、中国と日本が接近した際の朝鮮半島の反応を知る一助にもなると思ったからです。

で、先日、ワルシャワ在住の方と話す機会があったのですが、どうやら、容認傾向にあるようですね。
また、「中東欧諸国の国民はEUには補助金をもらっているから親近感を持っているが、ロシアからはもらっていないから義理もない」・・・と。
この方面のことは、これからも注視していく必要があるでしょうが、とりあえずは納得でした。

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次に、中国と言えば、私も最近の中国を映像などで見ていて思うことがあります。
「中国人もあんなにたくさん、あっちにもこっちにも、同じ街ばかり作ってどうするんだろう」・・・と。
中国の発展は確かに凄まじい物がありますが、あんなに地方都市まで、やたらと一様に無機質で無個性なビルを林立させるよりも、もっと、その地なりの開発の仕方があるのではないか・・・と。
まあ、この点は、やたら、ミニ東京を作ることを尊いとしている日本の地方都市も似たり寄ったりではあるのですが、でも、中国には日本と比べものにならない多様性や歴史という物があるわけでしょ・・・。
無論、中国にも、国家歴史文化名城という制度があり、102市ほどがそれに指定されているそうですが、それらに指定されていない都市でも、同じビルだらけにするなら、もっと、何かやりようがあるのではないかと思うんですよ。

たとえば、先日も、三国志の英雄・曹操の墓が見つかった・・・というニュースがあってましたが、もし、曹操にゆかりの何かであれば、たとえ、遺跡が現代に残っていなかったとしても、町のシンボルとして、何か連想させる物を復元、もしくはデザインに組み込むとか・・・とか、出来れば、景観条例のような物を作って、街全体に特色を出していくべきでしょう。
私には、やたら、紫禁城がない北京、旧租界地区がない上海ばかりを作っているように思えてならないんです。
                                         平太独白

by heitaroh | 2009-12-29 08:17 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

脱亜入欧ならぬ、脱亜入「オ」の合従連衡論。
親愛なるアッティクスへ

以前から言っていることですが、ドイツが、同じ敗戦国でありながら、この戦後60年を、政権が変わろうと、政党が変わろうと、揺らぐことなく、「力による拡張から、融和による拡大へと方針を変え」、近隣諸国との融和に力を注いできたのに対し、日本には、そのような長いスパンを睨んだ国家方針のようなものがあったのか?と言われれば、残念ながら、対米追随という、極めて自発的要素の少ない国是があっただけで、周囲に友邦すらない現状を思えば、何をか言わん・・・だったように思います。
では、かつてこの方、そういう国家方針のような物が何もなかったかと言えばさにあらずで、それが大東亜共栄圏です・・・。
大東亜共栄圏というと、どうしても拒絶反応を示される方もお有りだと思いますが、あれは、それを曲解した人たちの思想と、それを実現する為の手段が間違っていただけで、理念としてはいささかも色あせていないように思います。
(力による拡張ではなく、融和による拡大を旨とすべきと。)

とは言え、ヨーロッパでは、EUというものが出来ましたが、アジアでそういうものを作るには、やはり、中国インドという大国の存在がネックになってくるように思います。
即ち、EUというのは、皆、身の丈が同じくらいなんですよね。
その点、特に東アジアにおいては、中国はやはり、あまりにも、身の丈が違いすぎるんですと・・・。

さらに、中国というブロックは地政学的に見ても、何千年も前から、独自のブロックとして変わることなく存在してきたわけですから、この先も、形は変わったとしても、おそらく半永久的に、このブロックとして存在するでしょう。
そう考えれば、中国の周辺諸国というものの採るべき道は、何十年、何百年経とうとも、アメリカのような他の大国の存在がないとするならば、「合従して中国に対抗するか、連衡して中国の保護国として存在するか」・・・しかないように思います。
そこで、大東亜共栄圏・・・という風に申しあげたわけでしたが、実は、これには、戦前の構想とは少し違い、身の丈が似たり寄ったりの、日本、フィリピン、インドネシア・・・といった国だけでの一大島嶼連合を意識していたのですが、よく考えたら、大東亜共栄圏よりも、もっと相応しい選択肢が日本には、あるじゃないですか!
それが、OUです。
日本は、アジアの一部・・・と言いながら、よくよく、地図を見れば、同時に、島嶼部の国であり、その意味では、オセアニア州の延長線上だとも言えるわけで、つまり、日本を北端にして、オーストラリア、ニュージーランドを南端とするオセアニア州へ編入してもらう・・・、即ち、EUならぬOU、脱亜入欧ならぬ、脱亜入オです・・・。

とは言え、もちろん、これがそんなに簡単な話でないのはよくわかっています。
何より、現段階ではアメリカがそれを許さないでしょうし、他の諸国もどの程度、それを望むのかも不透明です。
オーストラリアなどは、東アジアの緊張関係に巻き込まれるのを迷惑がるでしょうし、日本だって、治安、移民などの問題を考えると、どの程度、国民的合意が得られるのかさえ、怪しいものです。
しかし、今、世界はEU、アメリカにBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)というブロック化の流れにあるように思います。
要は、国家百年の計に鑑み、ドイツのように「国民の合意事項」として、こういう国家としての方向性だけは持ち続けるべきなのではないか・・・ということです。
実際、EUだって、実現までには60年の歳月がかかり、この先も、まだまだ、平坦な道のりではないのですから・・・。
                            平太独白
by heitaroh | 2008-06-18 08:32 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

20世紀はアメリカの時代だったのか?
親愛なるアッティクスへ

19世紀イギリスの時代、20世紀アメリカの時代と言われますが、果たしてそう断じきっていいのでしょうか?
パクス・ブリタニカの時代の19世紀、世界に冠たる大英帝国を追い上げる二つの新興勢力。
ひとつは、南北戦争を巨大なボイラーのようにものすごいエネルギーで推進しつつあるアメリカ
もうひとつは、ビスマルクのもと、オーストリア、フランスを立て続けに破り、プロイセン統一を成し遂げた日の出の勢いのドイツ
そして、結果的に二度の大戦でドイツの挑戦を跳ね返したアメリカは、イギリスの後継者としての超大国の地位を確定するわけですが、では、果たして、本当に今はアメリカの時代なのでしょうか?

かつて、西アジアにおいて、バーヤジィード1世によって建国され、日の出の勢いで中東を席巻しつつあったオスマン・トルコ
その前に立ちふさがったのがチンギスハンの再来を目指す、一代の英雄、ティムール
さしものオスマン・トルコも、ティムールの前には歯が立たず、一敗地にまみれ、バーヤジィード1世は捕虜となり、失意の内に死去ました。
では、その後ティムール帝国が、その世紀を代表する世界帝国となったのかといえばさにあらず。
ティムールが死ぬとすぐに、その帝国は後継者難から崩壊し、それとは対照的に、バーヤジィード1世の子孫により、オスマン・トルコは復興し、ビザンチン帝国を破り、未曾有の繁栄を謳歌することになったことは周知のとおりです。

そういう観点から見てみると、日の出の勢いを叩かれ、またしても頭を上げたところを、二度目の大戦で完膚無きまでに叩かれたことにより、武力による侵略をあきらめたドイツは、融和による拡張に切り替え、荒廃した国土から復興を果たし、分断されていた東西を統一し、フランスを抱き込み、EUとなり(EUもこのままトントン拍子に行くとは思っておりませんが)、着々と階段を登っているようにも見えます。
その意味で、今は果たして本当にアメリカの時代なのか?
それともオスマン・トルコと同じく、アメリカというのはティムールと同じように、長いドイツの時代の始まりを彩ったほんの一時的なものなのでしょうか・・・。

私もこの論の奇抜なことはよくわかっているつもりです。
まあ、こういう角度から見る見方も・・・というくらいのつもりで聞いて頂きたいにですが、昨今のG7でのアメリカの発言力の低下EUを背景にしたドイツの発言力の高まりを見ていると、あながち的外れでもなかったかなと思い始め、ご意見を頂戴しようと思い立った次第です。

ただ、アメリカの競争社会のすごさは認めざるおえないところであり、それに大国というものは衰えていくのに時間がかかる物でもあり、今すぐ、アメリカが没落するとは思えませんが、いずれにしても、先般から述べておりますように、アメリカは長い目で見たときには、下り坂に入ったとは思います。
では、それに取って代わる国がどこに?と考えたときに、まず中国が浮かぶでしょうが、これも以前書いたように、元来が、かなり、不安定な物であり、このまますんなりいくとは思えません。
その意味では、BRICSと呼ばれる諸国も似たり寄ったりでしょう。
そこで、世界を見回してみると、EUでヨーロッパを巻き込み、巨大な力を蓄えつつあるドイツが浮かんだわけです。
もちろん、こちらもそうすんなり行くとは思えませんが、国民の民度の高さという点を考え合わせたとき、うまくいけばアメリカをしのぐ、次の世界の中心となる可能性があると思います。
むろん、あくまで可能性であり、アメリカの衰退が前提でもあり、 又、アメリカという国は競争相手がいたら燃える国ですから、また復活するかもしれません。
しかし、19世紀から続くアメリカとドイツのイギリスの後継者争いの延長という見方をすると、EUというのはまた違った見方が出来るのではないでしょうか。
                             平太独白
by heitaroh | 2007-04-19 08:28 | 国際問題 | Trackback | Comments(16)

ガウディの命日に思い出したスペイン視察報告。

e0027240_1941097.jpg今日、6月10日は、あの、アントニオ・ガウディが亡くなった日なんですね。

実は、私はね数年前、あるミッションの一員に加わって(紛れ込んで?)、サグラダ・ファミリアがある、スペインバルセロナに行ったことがあるんですよ。

以下は、私の帰国翌日に書いた帰朝報告です。
つまらないものですが、もしよろしければ、ご参考までに・・・。

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つらつら考えますに、バルセロナ市と我が福岡市は、人口も150万140万、共に二千年の歴史を持つ港町です。
(バルセロナは、ちょっと前まで170万だったそうですので減少傾向と増加傾向ということを考え合わせれば、ほぼ同規模かと。)
バルセロナは、古代から人が住んでた形跡はあるものの、歴史に名前が出てくるのはBC1世紀ローマ人による植民からであり、また、中世、バルセロナがブルボン朝の監視下にあったことも、徳川幕藩体制の中で博多が統治者としての福岡藩の監視下にあったこととも共通しているようにも思えました。
ただ、違うのは、この地域は、独立の気風が強く、今でも、独自の言語であるカタルーニャ語を尊び、カタルーニャ語でないと肩身が狭いとか、看板なども行政から補助が出る・・・などという話もあるそうです。
A・ガウディという人も、ちょうど、興隆しつつあったカタルーニャ国家主義というものの影響を強く受けた人だそうです。

e0027240_198384.jpg実は私はご存じの通り、中世以前の城郭建築などには大変、興味があるのですが、コンクリートという、極めて加工に制限のない素材の普及と言う点で、近代建築には否定的なまでに興味がなく、これが当初スペインに全く魅力を感じなかったことの一つだったのですが、ところが、やはり、百聞は一見にしかずで、現物を見て、否応なくガウディだけは別格なんだということに気づかされました。

まさに、ガウディの前にガウディ無し、ガウディの後にもガウディ無しとの感を強くし、今はひたすら、己が浅慮を恥じ入っている次第です。

e0027240_1952614.jpg(こちらの建物は、地震と湿気がないこともあり、コンクリート構造ではなく、石灰セメントによる煉瓦の結合だけの構造だそうで、薄い5cmくらいのタイルの庇(←)の上に大人8人くらいが乗ることができるそうです。

もちろん、アーチ型という構造的なものもあるそうですが、それ以上にこの石灰セメントというものの存在が大きく、これは30年を過ぎて初めて強度が出てくるという、コンクリートとはまるで逆の効能があり、これがガウディの作品を始め、古くなった建築物を成り立たしめている大きな要素だそうです。
もっとも、サグラダファミリアも最近の建築部分はすべて、鉄筋コンクリートに変えられているそうで、説明をしてくれた、日本人で現地に住みついて、ガウディの研究をしているというガウディ研究第一人者の方も、これには大きなクエスチョンをつけてました・・・。)

また、東へ東へと拡大していくEUというものを最西国としてどうみているのかなど、知りたかったことも多々ありましたが、この点でも、現地日本法人の方に、スペインの特殊な労働法なども含め、突っ込んだ話を伺えたことは私には何よりの収穫でした。
ポーランド人などはEUの拡大前からスペインなどにも結構いたらしく、ウクライナまでいけばともかく、日本人を知らない人はいてもポーランド人を知らないスペイン人はいないとのことでした。
この点、中国の北端と南端の人のような互いの存在も知らなといった感覚ではないようだという感を強くしました。

ということで、他にも多々、想うところありしも、哀しいかな、昨夜帰って、とんこつラーメン食べて一杯やってしまったことで時差ぼけというよりも、二日酔いでまだ、頭働かず状態となっており、どうやらもう一杯一杯のようで、委細はまた、後日とさせていただければと思います。
まずは取り急ぎ御礼まで。
乱筆乱文ご容赦。
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お粗末!

e0027240_19134857.jpg←で、最後に、こちらは、サグラダ・ファミリアではないのですが、ガウディの建築物の中で、私が一番、感じいったものです。

これ、何だかおわかりになりますか?

ただの広場ではないんです。

バルセロナと言うところは、地中海性気候の為、あまり、雨が降らず、その為、雨水というのは貴重なモノだそうで、それで、ガウディは、この広場の下に貯水槽を設け、結果、ここに降った雨は、この広場の土で濾過されて、下の貯水槽に溜まる仕組みになっているのだとか・・・。
人々の憩いの広場・・・、雨水集めるスペース、そして、濾過槽・・・。
一石二鳥ならぬ三鳥・・・。
感嘆しましたねー、この発想には。
                                 平太独白

by heitaroh | 2006-06-10 08:50 | その他 | Trackback(1) | Comments(6)

自分で変革することができない国にとってのEU。
親愛なるアッティクスへ

このブログでも何度か触れてきましたが、私はかねがね、「内閣総理大臣というものに、あんな小さな権限しか与えていないにも関わらず、よく『改革のスピードが遅い』なんてよく言うよ・・・。」と思っておりました。
ただ、その一方で、TOPが議会の最大与党の党首行政のTOPを兼ねるという点で、本来なら、「内閣総理大臣というものは、戦前の旧帝国陸軍とGHQを併せたほど強いものだ。」と言う声もありました。
しかし、その内閣総理大臣という制度を、現実に使いこなした総理大臣小泉純一郎さんが初めてではなかったでしょうか?

その点で、思い出した話があります。

以前、トルコEU加盟問題がまだ、俎上に乗っていた頃、テレビで、トルコ人のジャーナリストがEU加盟について聞かれて、「トルコはまだ自分で変革することができない国なのです。だから、EUに入ったほうが無難なのです。」と言っていたことがありました。
でも、よく考えたら、これって、もしかしたら日本一緒じゃないの・・・と。
過去に幾多の改革が潰されてきたわけですし、郵政を民営化する程度の改革でさえも、これほどの困難が伴うくらいですから・・・。

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やはり、日本もトルコも王朝交代という方法によって新陳代謝を繰り返してきたオリエントなんですよ。
その点でいけば、これから先、(世界的に王朝制の復活繁栄はないと仮定したならば、)日本には残念ながらアメリカからの外圧というものでしか、改革を進める選択肢しかないのでしょうが、その点でEUというのは単一大国ではない分、いきなり傘下に入っても大国エゴをそれほど押しつけられる心配が少ないと思われ、ウクライナなどは元より、カザフスタンなど、トルコの動き次第では長い目で見て、EUへの期待が一層高まると思われます。

大国のエゴに苦しんでいる途上国と言う点では、北アフリカ諸国などもEUの準加盟国といった加盟の仕方も有り得るのかもしれません。
また、今後、EU加盟という選択肢を持たない国々でも、あらゆる意味で大国のエゴを牽制する必要がある国にとっては、EUというのは「頼る」という点で、新たな選択肢として考えられるのかもしれません。
                                  平太独白
by heitaroh | 2005-09-12 18:48 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)

日本の安保理入りと親日国トルコのEU加盟・・・。
親愛なるアッティクスへ

前回投稿記事「平太郎独白録 トルコ建国の父、満点・アタチュルク」の続きになりますが、そのトルコですが、奇しくも、今、日本と同じように悲願とも言うべき課題が共に行き詰まっています。
言うまでもなく、日本に於ける国連安保理の常任理事国入りと、トルコに於けるEU加盟ですね。

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(↑明治23年(1890年)9月16日夜半、オスマントルコの軍艦エルトゥールル号が遭難した和歌山県串本町沖にある紀伊大島。地元民の献身的な看護から親日国トルコが始まったと言われています。)

もっとも、日本のそれは、政府、特に外務省だけが悲願としているように感じられます。
国民のどれだけが、「なぜ、常任理事国にならないといけないのか?」、「なったらどうなるのか?」についてきちんとした説明を受け、これを理解していると言えるのでしょうか?
外務省は「拒否権」の問題も含め、きちんと国民に説明するべきだと思います。

「常任理事国になりたい、ならなけらばならない。その為に必要なのは、国会での合意であり、関係各国の同意である。愚民たる国民に説明するだけ無駄で、その総意などというのは必要ない。」
そういう姿勢が見え隠れするように思えます。
しかし、国民の総意支持盛り上がりにも欠ける国では、どうしても説得力に乏しいと思います。
やはり、今回、常任理事国入りがだめだったなら、日本人が悲嘆にくれる映像が世界各国のメディアに配信されるようなことがないと・・・。
その姿を見れば、諸外国は改めて、「それほどまでに・・・。」と日本の本気度を知ることになるのではないでしょうか?

外務省は、もっと、徹底的なまでに国民の理解を得る努力をするべきだと思います。
                               平太独白
by heitaroh | 2005-07-27 18:22 | 国際問題 | Trackback(5) | Comments(7)

理念としての大東亜共栄圏
親愛なるアッティクスへ

以前も言いましたとおり、去年の五月の連休中、無理が利かなくなったか、私は熱を出して寝込んでおりました。
で、病床よりEU拡大の特集番組6時間を見たのですが、(むろん、EUもいいことばかりではなく、というかむしろ、とりあえずの拡大と言っていいくらいにとりあえずな物だとは思いましたが、)EUというものを築いていくという方向性をはっきりと持っていることに強い感銘を受けました。

以前、「ドイツによる拡張から、融和による拡大へと方針を変えた。」と申しましたが、覚えておられますでしょうか?
結果として、ドイツの時代の入り口かどうかはともかく、ドイツの重みが深まる方向へは行こうとして居ることは間違いないように思えます。
ここで注意すべきは、ドイツは拡大への手段を切り替えただけで、拡大という方向性はいささかも崩してないことです。
翻って日本をみるとき、日本には友邦なく、対米追随しか選択肢が残されていないことに深い嘆きを禁じ得ません。
これは、戦後の指導者にばかり、責を問うわけにはいかないと思いますが、そもそも、日本にはこの面での方向性などあったのでしょうか?
あったではないですか!それが大東亜共栄圏です。

大東亜共栄圏というと、すぐに眉をひそめられる方も多いと思います。
しかし、あれは戦前の指導者たちがやり方間違っただけで、理念自体はいささかも色あせていないように思えます。
問題は、その実現手段であり、即ち、「力による拡大ではなく、融和による拡張」です。
ただ、EUが東西なのに対し、こちらは南北であるのが問題でしょうし、ドイツと違い共に引っ張ってくれるフランスのような存在もなく、二つの朝鮮二つの中国の問題もあります。
何より、現状ではアメリカがそれを許さないでしょう。
しかし、それでも、方向性として持ち続けることが大事なのではないでしょうか?

また、今後、EUという選択肢を持った国々に限らず、あらゆる意味で大国のエゴを牽制する必要がある国にとっては、集合体であるEUというのは新たな選択肢として考えられるのかもしれません。
EUとて、一朝一夕になったわけでもありませんし、これからだって、道のりは平坦ではないと思います。
ただ、EUが拡大し、ロシアや中国が厳然として力を持ちつつあることを考えれば、今後、世界は西から東にアメリカEUロシア中国ブロック化されていくことが予想されます。
こう考えたとき、大東亜共栄圏というのは、日本人が採りうる唯一の道を示しているように思えますが如何でしょうか?
そして、それを実行していく上で、このAUとでも言うべきものにおいて、ドイツにおけるフランスの役割を求めるなら、北朝鮮という問題を抱える韓国ではなく、オーストラリアの存在こそ、重要ではないかと思います。

AUというのは地政学的にも内情的にも国際力学の上からも厳しいのかもしれませんが、(何十年何百年かかろうとも)こういう方向を指し示すことができる(違った方向でも)指導者が日本にも現れて欲しいものです。

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by heitaroh | 2005-05-16 17:22 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)

目的はパリ、目標はフランス軍!
親愛なるアッティクスへ

今日は、業界関係のセミナーで博多港の方へ行ってきました。
運動不足解消に小一時間かけて歩いていったのですが、やはり、港へ近くなればなるほど地震の爪痕が大きくなっていくみたいでした。
ちなみに、博多港は日本一の国際旅客者数を誇る港だそうです。まあ、そりゃそうでしょうね。
東京などに船で入港する外国人はそれほど多くないでしょうから・・・。

ところで、今朝の朝刊が、昨日の小泉首相岡田民主党党首の党首討論の内容を伝えておりましたが、その中で昨今、問題となっている中国の反日デモ問題が取り上げられておりました。
岡田党首は、こうなったのは「首相がアジア軽視の外交をやってきたからだ」ということを指摘をしていましたが、私はここにこそ、今の日本の一番問題点があると思います。

この問題ではどうしても、優等生ドイツとの対比がされてしまうようですが、これこそがドイツにあって日本にない物・・・、何度も申し上げておりますように、即ち、「方向性」だと思います。
(そのドイツが目指した方向こそ、以前、申し述べたところの「力による拡張」に替わる「融和による拡大」だったと思います。)
ドイツの戦後は、教科書、農産物、ODA・・・と言った経済、外交、すべての問題が見事に一本となっているように思えます。
政権が変わろうが、省庁の統廃合があろうが、国民の総意を背景にした方向性というものは微動だにせず、それが欧州諸国からの信頼に繋がり、今日の拡大EUというものに繋がったわけです。

ひるがえって、日本の戦後を見れば、各省庁は案件それぞれに対処し、政権はその時々、実力者の考え方によって対応を変えてきました。
そこに継続性がないとは言いませんが、「どこを目指して走るのか」という方向性に対しては、到底、共通の認識はあったようには思えません。
どこに行くかという方向さえ間違ってなければ、障害物に当たって一時的に迂回したとしても最終的に目的地に行き着きますが、後ろ向きに行ってみたり、右に行ってまた戻って左に行ったりしていたら、いつまで経っても目的地にはたどり着かないわけですから・・・。

まさしく、ドイツ軍における「目的地はパリ、その為の目標はフランス軍!」という有名な言葉を思い起こすべきだと思います。
その意味では、今、最も大事なのは、国是とも言うべき方向性確立と、日本人全体の総意再確認ではないでしょうか・・・。

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by heitaroh | 2005-04-21 21:58 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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