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大河ドラマ「平清盛」の画面は汚いのか?
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15281678.jpg今年の大河ドラマ「平清盛」のスタートが低視聴率に終わったことを受けて、兵庫県知事が記者会見で「画面が汚くチャンネルを回す気にならない」と言ったそうですね。
私は、知事がこういう、「観光客さえ増えれば良い」的な、本音があからさまに出たようなことを言うのも如何なものかと思いますが、ただ・・・、どういうわけか・・・、今回の大河ドラマは最近の大河にありがちな「女性への露骨なウケ狙い」のような物が無いにも関わらず・・・、実は、私も結構、早送りで見てしまっています。

もっとも、それが画面の汚さから来ているのかどうかは自分でもよくわからないのですが、ただ、この番組は概ね、吉川英治原作の「新・平家物語」を踏襲したもののようですよね。
この点では、やはり、一昨年の龍馬伝がそうだったように、原作は別途、書き下ろしたほうが良かったんじゃないの・・・という気がしています。
なぜなら、吉川翁が筆を執られたのは終戦から間もない昭和25年(1950年)のことでして・・・。
やはり、少し無理があるんじゃないですか?

それを端的に表すのが、先日も採り上げました昭和30年(1955年)公開の市川雷蔵主演、溝口健二監督の「新・平家物語」です。
この作品でも同様に市の雑踏の風景を描いてましたが、こちらは戦後10年の時点でのそれですから、ある意味、そこにあったのは形こそ違え、戦後のバラック闇市であり、リアルタイムで見ていた人たちには大いに実感できる物があったでしょう。
また、時代背景としては男が数多く戦死した為、結婚出来ない女性たちが巷に溢れ、私生児が数多く存在したことで、清盛落胤説もそれほど突飛なことに思えなかったのかもしれません。
まあ、源 義朝との友情話など、いかにも現代人受けするような部分や、同僚として、若き日の西行法師が登場するなどという箇所には、それなりの工夫は感じますが(前回の大河ドラマ「新・平家物語」では西行法師は出ましたっけ?緒形拳演じる庶民は覚えているのですが・・・。)、それでも、私はこの、清盛落胤説にはどうにも否定的でして・・・。
物語の柱となるような部分だけに、この点が踏襲されたのは何とも残念な気がしております。

で、その「画面の汚さ」という点で、少し思ったことがあります。
龍馬伝でもそうでしたが、臨場感と現実感を出すためにホコリがやたら多用されているようですね。
まあ、私が子供の頃までは家の中を掃除するときには、「はたき」というホコリを落とす掃除道具があったくらいですから、いくら湿潤な日本の風土でもホコリがなかったとは言いませんが、この点で、かつて、巨匠・黒澤 明監督は映画「七人の侍」撮影の際、騎馬の疾走シーンでは通り道にを撒いた・・・という話を聞いたことがあります。
黒澤監督曰く、「騎馬の疾走感を出すには馬が土埃リを蹴立てて走らなければ、どうにも疾走感が出ないんだ。空気が乾いている西部劇は良いんだろうが、日本の湿潤な気候ではどうにもホコリが立たない。それでやむなく、灰を撒いて、疾走感を出したんだ」・・・と。
龍馬伝の時とは違い、今回のドラマでは戦闘シーン以外では、そこまでホコリはいらないような気がしますけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-02-01 18:19 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

一見の価値あり「日本のマチュピチュ」上州金山城 中編
親愛なるアッティクスへ

e0027240_19152962.jpg「もののふの
 気を塗りこめし
   梅雨の城」
     梁庵平太


昨日の続きです。
本当は日曜は書かない主義だったのですが、なにせ今、平日は思うように時間が取れない生活が続いており、UP出来る時にやっておかねば・・・と。

私が「日本のマチュピチュ」と申し上げた上州金山城ですが、、突如、山中に出現する石垣群にはとにかく、幽玄にして荘厳・・・、間違いなく、誰かがそこに居た・・・と感じさせるものがあり・・・。


e0027240_19201461.jpg名匠・黒澤 明監督が生きていたら、是非、映画のセットに使いたい・・・と言うんじゃないかと思いましたよ。
その意味では、佐賀名護屋城(名古屋城じゃないですよ)に通じるものがあるでしょうか。
まあ、あちらは海沿いですから、ちゃんと観光地として開けており、その意味では、こういうマチュピチュみたいな秘境的雰囲気はありませんが・・・。
もっとも、黒澤監督は名護屋城で撮影をやったときには、本当に城を作って燃やそうとしたそうですから、それも歓迎できる話ではないでしょうが(笑)。


e0027240_1919268.jpg


ただ、それほどの城でありながら、どうしてこれまで無名だったかというと、やはり、そこに関わった人の知名度の低さがあるのでしょう。
つまり、ハードは素晴らしいがソフトがそれを活かして切れていない・・・と。
これが、鉢形城川越城などのように小田原北条氏の要地として、それなりの武将が居城としていたということでもあればともかく、上杉謙信の攻撃を退けるなど、関東七名城の一つとされる・・・にも関わらず、ここを居城としたに由良氏は恥ずかしながら、私も知らなかった次第でして・・・。

もう一回補足的な意味を込めて続きます。
                 平太独白
by heitaroh | 2011-06-26 20:12 | 歴史 | Trackback | Comments(4)

多忙を極める中で見る猛暑の摂津路 その5
続きです。

終戦間もない頃、巨匠・黒澤 明監督が、名作「七人の侍」の中で、志村喬演じる主人公の口を通して、「良い城という物には必ずどこかに一つ隙がなければならない」と言わせたセリフがありましたが、当時、これを聞いて、黒澤監督の元を自衛隊の幹部が訪れ、あまりにも軍事的に当を得たものだったので驚いた・・・ということを聞いたことがあります。
これは、つまり、弱点を一カ所作っておけば、敵もそこに戦力を集中して来る反面、籠城方も、乏しい兵力をいたずらに分散することなく、この方面へ重点的に迎撃の戦力を充てられる・・・ということを顕しているのだと思います。

事実、名城の筆頭例である豊臣秀吉が築いた大坂城を例にとると、三方を川に囲まれながらも、一方向のみは平地が開けたままになっており、天主閣も城の中心部ではなく、開けた側からして一番奥まった所に配置されていたようです。
この点は、黒田官兵衛が幽閉された摂津有岡城もまた然りで、この城の場合、弱点は開けた西側にあり、それゆえ、西から東へ向けて冷徹なまでの従深陣地を形作っています。
つまり、城下町までぐるりと囲い込んだ形態であることから、もっとも西側には庶民の居住区があり、次いで、武士の居住区、そして、それから一番奥の東端に本丸がある・・・と。
(これは、城が攻撃された場合、庶民も守ってもらえる反面、城が落ちた場合には道連れにされる・・・ということを意味しているわけです。)

e0027240_13554197.jpgそう考えれば、この本丸の東側の高低差は敵兵が一目見ただけで、「あ、これは無理」と諦めるようなものである必要があると思うんですよね。
それが、今の城跡を見た限りでは、実に中途半端な高低差でしかない・・・というのが私の正直な感想でした。
本丸の東半分は国鉄を通す際に削り取られたようですので、往事の面影を知ることは少し難しいのですが、現在残る本丸の高さからして、おそらくは、ちょうど、この陸橋(←)くらいの高さはあったでしょうか。

e0027240_13564819.jpg(←駅周辺は往事を偲ぶことは難しいものの、ここから、少し行った所には、かつての姿を想像することが出来るような場所が残ってました。右端に見える道路が、かつてのの跡で、この線路部分には左側と同じくらいの高さの土塁があったと思われます。)

来週に続きます。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-09-11 08:38 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

国民性比較論は黒澤明とゴルゴ13でイギリスの飯はまずい
親愛なるアッティクスへ

e0027240_10585972.jpgご存じの方も多いと思いますが、東京福岡では日の入り1時間ほど違います。
福岡が遅いんです。
従って、福岡がまだ夕方明るいとき、東京は真っ暗なんてことがあります。
最初、東京に行ったときは夕方4時で暗くなるのに驚きました。
福岡ではいくら真冬でも5時前に暗くなることはないですよ。
(ちなみに、日の出の方は30分だけ、福岡の方が遅いです。)

で、昨今では、すっかり日も長くなり、おかげで昨夜は一次会がハネた7時半頃には、まだこのくらい(←)の明るさは十分にあり・・・。
明るいうちから赤い顔をして歩くのも少し具合が悪かったですね(笑)。

で、ここしばらくお堅い話が続きましたので、本日は少し趣向を変えて臨みたいと思います。
今、中国で流行っているジョークだそうですが、中国人の男性が理想とする「世界で最も幸せな男」というのは、「アメリカ企業の報酬を得て、日本人を嫁にし、中国人のコックを雇い、オーストラリアの家に住む」だそうで、反対に、中国人男性が「世界で最も不幸な男」と考えるのは、「中国企業の報酬を得て、アメリカ人を嫁にし、イギリス人のコックを雇い、日本の家に住む」だそうです(笑)。

これを聞いて、思わず、昔あったヨーロッパのそれを思い出してしまいました。
曰く、ヨーロッパにおける理想の組み合わせは、「イタリア人のコック、ドイツ人の役人、フランス人の恋人、イギリス人の銀行家」だそうですが、往々にして、気が付くと、「イタリア人の役人、ドイツ人の恋人、フランス人の銀行家、イギリス人のコック」となっている・・・と(笑)。
ちなみに、「天国では、イギリス人の警官、フランス人のコック、スイス人の役人、イタリア人の恋人、ドイツ人の技師、地獄ではイギリス人のコック、フランス人の役人、スイス人の恋人、イタリア人の技師、ドイツ人の警官」というのもあるそうですが、結局、「イギリスの飯のまずさ」は万国共通の認識のようですね(笑)。

そう言えば、昭和42年頃、マンガ「ゴルゴ13」では、「国歌を聴くと、アメリカ人はファイトを燃やし、イギリス人や日本人は厳粛になり、フランス人は果敢になるというが、フランスの役人だけは動揺する。やることなすことうまくいってないからだろう・・・」というセリフが出てきましたが、まあ、如何にも戦後20年の当時らしいな・・・と。

また、黒澤 明監督の名作「七人の侍」も結構、国民性がわかるそうですね。
監督が生前、インタビューに答えて言っておられましたが、「アメリカ人は志村 喬演じる島田勘兵衛リーダーシップが好きで、フランス人は久蔵(宮口精二)ストイックさが好き。で、イタリア人は菊千代(三船敏郎)が好き」なんだそうですね(笑)。
何となく、わかるような・・・。
ちなみに、私の友人に聞いてみたところ、圧倒的に多かったのが勘兵衛でしたが、私は断然、宮口精二さんの久蔵が好きでしたね。
その意味では、私はフランス人なんでしょう(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-05-28 08:49 | その他 | Trackback | Comments(4)

一年半ぶりの東京に「To be, or not to be」的心境 1
親愛なるアッティクスへ

真央ちゃん、やはり、には及びませんでしたね。
まあ、敵ながら、あの精神力天晴れというしかないでしょう。
私的には、むしろ、安藤美姫ちゃんが、よく頑張ったな・・・と。
あの、元々、天才肌の子が、懸命に重責に堪えている姿を見ると、何だか飛べなくなった羽で健気に羽ばたこうとしているようで・・・。
まあ、アスリートがそういう見方をされること自体、好ましいことなのかどうかはわかりませんが。

ところで、私、先日から、訳あって、東京に行ってきました。
私としては、たぶん、友人の御尊父様の葬儀に行って以来だと思いますので、一年半ぶりだったでしょうか。
何をしに行ったのかというと、年末に申し上げたとおりで、年も押し詰まった昨年の12月30日二日酔いで寝てたら、突然、取引先が訪ねてきて、「招待しますので、東京に宝塚見に行きませんか?」・・・と。
「は?何で?」・・・と聞いたら、「うちの周年記念です。ただし、向こうでうちのパーティなどに出てもらわないといけませんけど・・・」とのことでしたので、「タダなら行く」・・・ということで、行ってきました(笑)。

e0027240_17514594.jpgで、まず、神宮球場近くにある東京青年館という所に宝塚歌劇を見に行ったのですが、まあ、結論から言えば、以前、プラハで止せばいいのにクラシック・コンサートに行ったときと同じようなもので、私のような門外漢にはやはり、場違いな観は免れず・・・。

何だか、ライオンキング見てるみたいな気分でしたね(笑)。

e0027240_1713915.jpgただ、出し物がシェークスピア「ハムレット」だったのですが、「ハムレット」と言えば、私も、以前より、黒澤 明監督の「蜘蛛巣城」「To be, or not to be」の名ぜりふなどで採り上げてきましたが、恥ずかしながら、現物を見るのは初めてでした。
つまり、初・宝塚、初・ハムレット、初・東京青年館・・・というわけです(笑)。

で、それを見てて、少し思ったのが、以前、誰の言だったか忘れましたが、「主な物語の原型はシェークスピアの時代に出尽くしている」というものがありましたけど、私はこの舞台を見ていて、それほど驚くほどのものはありませんでしたよ。
まあ、私如きには偉大すぎて理解しきれないのだろうと思いますが。

この点で、日本でこういう物は出来なかったのかな・・・と思いましたが、「ハムレット」そのものが、デンマーク宮廷が舞台ですから、日本だと朝廷絵巻か、江戸時代大奥物・・・ということになるのでしょうが、日本の場合、男女が一緒にダンスを踊るわけではなし、致命的に動きが少ない・・・、というよりも、ないんですよね。
じゃあ、比較的、行動に制約がない村娘と庄屋の倅の恋物語・・・という、ありきたりの物に落ち着くしかないのか・・・と思っていたら、あったじゃないですか!
シェークスピアが聞いたら、よだれを垂らしそうな魅力的な題材が・・・。

また、いつか機会が有れば続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-02-26 17:51 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

大河ドラマ「龍馬伝」に見る時代劇というものの心得
本日は、先週からのシリーズの続きで行くつもりだったのですが、ちと、訳あって、少々、そういう気分になりませんで、従って、再放送を録画してみてしまった大河ドラマ「龍馬伝」についての方が書けるかな・・・みたいな感じですので、急きょ、予定変更で昨日の龍馬伝を見ていて思ったことについて、書いてみたいと思います(笑)。

まず、現代日本を代表する二枚目俳優・福山雅治さん演じる坂本龍馬ですが、顔の方が男前になるのは娯楽番組の主役ですから仕方がないことでしょうが、ただ、同じ長身ではあっても小顔と体の薄さにはやはり、違和感を覚えますね。
あの八頭身と手足の長さは、哀しいかな、平成の人の物ですよ。
昭和の時代でも、芸能人でもあまり見かけませんでしたからね。
ましてや、実際の龍馬という人は結構、剣術や水練で鍛えていたようですから、もっと体の厚みがある人で、実際、残された写真を見る限りでもそういう気がします。
もっとも、ドラマを見る限りでは、その部分はそれほど気になるものでもありませんし、むしろ、ストーリー的には「龍馬」といえば、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」の呪縛から逃れられない作品が多い中で、岩崎弥太郎を絡ませるなど、なかなか、ユニークなものが出来ていると思います。

ただ、明らかに、いただけないのが広末涼子さん・・・。
地元出身だけに土佐弁は上手いのかもしれませんけど、明らかに、普段、着物を着たことがない人が着物を着ている。
歩き方はたどたどしいし、それ以前に着物が体に馴染んでない・・・、まるで、人形がクレープの生地にくるまれているようで、どう見ても、「アナタ、今、初めてこれ着たでしょ」・・・みたいな。
龍馬伝というのは現代劇ではなく、江戸時代が舞台なのですから、着物を着てぎこちないということは、もう、それだけであり得ないわけですよ。

もっとも、この点は、広末さんだけを責めるわけにはいかないのでしょう。
かつて、巨匠・黒澤 明監督は名作「七人の侍」を撮るに当たって、出演者すべてに前もって衣装を渡し、「自宅でも普段からそれを着て、よく、体に馴染ませておいてくれ」・・・と言ったそうですね。
ましてや、黒澤さんの時代と比べても、生まれながらに着物なんて着たことがない役者さんが大半になってるわけで、そう考えれば、ある程度、彼女にも「せめて、家にいるときくらいは出来るだけ着物を着ておいてください」くらいのことは言うべきだったでしょう。
(私も、今年の正月、初詣に出かけた際に、男はともかく、とにかく女性の着物姿がとにかく少ないのに驚きました。)
ただ、本来で言えば、プロの役者さんというのは、いつ、そういう役が来るかもしれないわけですから、一般の人と違い、機会が有れば普段からそういう物に袖を通すように習慣づけておくべきで、もしくは一切、そういう役は受けないようにするか・・・だと思います。
その論で言えば、少なくとも、広末さんは女優としてのプロ意識が欠如していると言われても仕方がないのではないでしょうか。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-01-18 19:02 | 文学芸術 | Trackback | Comments(4)

大工の世界は無駄をそぎ落としたボクサーの趣き
親愛なるアッティクスへ

巨匠、黒澤 明監督の代表作に名作、「七人の侍」があります。
この中で、改めて、私なりに思ったことがあります。
まず、劇中、野武士の襲撃から守らんとする村に到着したとき、早速、防備を固めようとする、幾多の戦場をくぐり抜けた志村 喬らのベテラン侍たち・・・。
その仕事ぶりは、新築住宅上棟式のときのベテラン大工たちの姿そのものに思えましたよ。
何も言わないでもわかるし、言わなくてもすでに誰かがとりかかっている・・・。
皆、長年の共通の体験があり、誰かが、系統立てて指揮指導しなくても、いつものように手慣れた手つきで眈々と段取りを進めている・・・。
(これは、私も経験あることなのですが、大工の世界というのは日本では異質なほどに合理的・・・、まるで無駄をそぎ落としたボクサーの体のような趣があるんですよ。)
つまり、この映画の中に出てくる侍たちは、あの時代にたくさんいた「職人」という人種たちの姿であり、ひいては、アメリカンナイズされてしまう前に存在した日本文化そのものでもあったのではないか・・・と。

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で、演技者という点では、ひとつ、印象に残る話があります。
先般、森繁久弥さんがお亡くなりになったときに、かつて、杉村春子さんとの対談の模様が放送されていたのですが、その中で、森繁さん曰く、「松竹のある監督は新人女優が来ればリハーサルで『良いよ』という。で、本番となったとき、その女優のセリフが終わり、本来なら、『カット!』となるはずのところで、しばらく何も言わずにカメラを廻し続ける・・・。すると、女優は自分のセリフが終わってるから、どうして良いかわからず、目が泳いだり、狼狽えたりする・・・と。すると、その監督は、『こいつはダメだ』というんですよ。『厳しすぎるのでは』と言ったところ、彼は、『人物を掴んでいると何とか言う』と言うんですよね」・・・と。

この話には、森繁さんも、杉村さんも、共に「新人には少し厳しすぎる話なんじゃないか」といって苦笑しておられましたが、確かに私も少々、厳しすぎるようにも感じるのですが、でも、考えさせられる話でもありました。
ああいう世界はそもそもが、スタート前の時点で何か他人と違う物を持っている人がスタートラインに立つべきであって、その、「持って入ってきた」かどうかを見るという意味では、酷なようですが、その監督さんが言っていることは一理あると思います。
無論、この時点で「持っていなかった」からと言って、すべてを否定する必要はないとは思いますが、足を一歩踏み入れた瞬間から選別は始まっていると言って良いわけで、その意味では、「持って入ってきた」人たちからすれば、大きく出遅れたことは否めず、一層の奮励が必要になってくるでしょう。
                                         平太独白

by heitaroh | 2009-12-30 18:28 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

ターミネーターにみる背骨がないフィクションの難と易
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1131168.jpg大相撲九州場所も、白鳳朝青龍年間最多勝記録を更新しての優勝で終わりましたね。
私の感覚では、大鵬北の湖などは、もっと、勝ってたような印象がありましたので、少し意外だったのですが、朝青龍はともかく、白鳳は勝ち星ほどには優勝していないようですので、そのせいかもしれません。
で、毎年申し上げておりますが、博多では大相撲九州場所というのは、年の瀬を報せる風物詩でもあり、例年、これが終わると、「さあ、いよいよ年末だ」という空気になります。

(←通りの銀杏並木も昨日まではこれだったんですが・・・。)

e0027240_11323083.jpg(←今日はこれです。画像ではわからないかもしれませんが、これでもかというくらい葉っぱがに吹き落とされてました。道路清掃の方は大変だろうな・・・と。)

ということで、本題です。
今、ターミネーターが毎週、テレビドラマでやってるのですが、おそらく、予算がなかったんでしょうね、ジョンは高校生くらいになっているのに一番初期の、シュワちゃんがやっていたときの旧型モデルしか出て来ないという(笑)。
当然、ジョンも母のサラ・コナーも違う人で、B級作品(?)なんですが、なぜか女ターミネーターを演じているサマー・グローというおねーちゃんに惹かれるものがあり・・・(笑)。

それなりに早送りしながら・・・ではありますが、結構、見ています(笑)。

で、そのターミネーターですが、テレビシリーズは別にしても、今や、「ターミネーター4」まであるんですよね。
(もう、終わったのでしょうか?見てないからわかりませんが。)
これに限らず、こういうのは、とかく当初から連作にしていくというつもりで作ってないから、ストーリー的には、単に継ぎ目が合っているというだけで、どう考えても無理があるんですよね。
まあ、そうは言っても、これは無理からぬことで、私も経験有りますが、ある意味、ノンフィクション・・・、特に歴史小説というのは「史実」という一本の背骨が当初からあるわけで、史実にある程度忠実であろうとすると、もの凄い制約があるものですが、その反面、それに沿って肉付けしていけば良いという部分もあります。
対して、フィクションというのは極めて制約が少なく、つまり、好きなところへ好きな順番で書けるのですが、その反面、それを積み重ねていくと、どこかで矛盾が生じるもので、そこを修正すると、今度はこちらに矛盾が出てきて、そちらを修正すると、今度はこちらがおかしくなる・・・ということの繰り返しという、ある意味、何を書いても自由な分だけ、スライムで人形を作るような物で、逆に難しいところがある・・・と。

黒澤 明監督の代表作・「七人の侍」も、できあがりを見ると、最初からそういう物語があったのではないか・・・と思えるほどですが、やはり、「無」から「有」を創り出そうとするには、そこに至るまでの産みの苦しみたるやもの凄いものがあるわけで、脚本執筆中の部屋に入ろうとした仲居さんは、その部屋の迫力に足がすくんだという話も聞いています。
その意味では、ターミネーターのような物は、そもそもがロジックのつじつま合わせが結構、難しいもので、多少の難には目をつぶらないといけないのでしょうが、逆に言えば、だからこそ、連作にする場合はある程度、当初から緻密な設計が必要なのではないかと思うんですよね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-12-05 08:25 | 文学芸術 | Trackback | Comments(4)

批判は良いけど非難が困る半回り単位の年齢差意識論
親愛なるアッティクスへ

以前から度々、申し上げておりましたことですが、私は昔から、「6」という年齢差、つまり、「半回り」を意識しておりまして、有名人でも、私の6歳上が島田紳助、明石家さんま、江川 卓掛布雅之、千代の富士、桑田佳祐・・・等々で、そのまた6歳上、つまり、一回り上になるのが村田兆治、矢沢永吉に、故松田優作という人たちでして・・・。
(逆に半回り下が大鶴義丹、織田裕二、桑田真澄、清原和博、一回り下が安住紳一郎、イチロー、松中信彦・・・etc。)
つまり、これは、有名人に限らず、身近な人たちでもそうなのですが、半回り上までは、「年長の兄貴」として足元を照らす灯りがぎりぎり届く存在なのですが、一回り上になると、ちと、上すぎて、灯りは見えるものの足元を照らすには少し遠い・・・、現実感が希薄な世代になるんですよ。

e0027240_1743282.jpg
具体的に言えば、矢沢永吉さんや松田優作さんは私が学生時代にはカリスマ的な人気を博していた人たちですが、でも、それはやはり偶像としてのそれであって、現実感としては、少し遠い背中であり、現に、矢沢さんが今、「俺、今年、60歳になるんだよ」と言われてますが、それを聞いて、おそらく12年後に「ああ、あのとき、矢沢さんが言ってたよな」と思うことであって、今の私には実感としてはわからないんですよ。
それが半回り上の人たちが言うことだったら、ぼちぼち、「実感」としてわかるところに入ってきているわけで、従って、半回り上の人たち・・・、特に司会者として、そういうことを発信する機会が多い島田紳助さんの発言には結構、実感できる部分があるわけです。

で、以前、たまたま、テレビを見ていたら、その、紳助さんが「最近、精神安定剤が無いと眠れないんですわ。俺、人にはぼろくそ言うけど、自分が言われるのはホンマは苦手なんですわぁ」などと言って、笑いを誘っておられたのを見て、思わず、「え?!あの、紳助さんでもそうなんだ・・・」と少し驚きました。
思えば、マンガの神様・手塚治虫翁も、「手塚の作品はくだらなさすぎる!」「荒唐無稽だ!」と言って教育評論家のような人から激しい非難を受けたと言いますし、「世界のクロサワ」として知られる巨匠・黒澤 明監督も、「椿三十郎」などの娯楽時代劇を作った際には「低俗!」「ばかげている!」と映画批評家のような人から激しく批判されたと聞いてましたので、まあ、あり得ない世界だ・・・とは思いませんでしたが、手塚さんや黒澤さんのように自分の父親よりも年長の人たちが言うのと違い、「半回り上」の紳助さんの口から聞くと、もの凄く、近いところの人が言ったような気がして、「皆、多かれ少なかれ、そういうことを経てきているんだな」・・・と。
ただただ、我が身の不明が恥ずかしい限り・・・です。

もっとも、誤解のないように申し上げておきますと、私は決して「ご機嫌取り以外お断り」と言っているわけではありません。
「批判」は良いんですが、「非難」が困るんですよ。
「ここは違うのでは?」ということに対しては、正誤のほどはともかくとしても、自分なりの考えは言えるのですが、ただ、感情的になるばかりで聞く耳を持たない人に対しては対処のしようがありませんから・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-11-04 18:20 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

巨匠のコトバは2人だけ その2 批判は良いが非難が困る
親愛なるアッティクスへ

先週の続きです。

私は、ネットについて言えば、今の無法地帯の現状というのは絶対に「良くない」と思っています。
(どうせ匿名通りすがりだから・・・と思うから、普通の人にも異常な書き込みさせてしまうわけで・・・。過日、お笑い芸人のブログに「殺す」と書き込んで逮捕された女性は、「まさかこんなことになるなんて」と言っていたといいますが、これなどはその典型でしょう。もし、自分の本名を名乗っての書き込みであれば、果たして、安易に「殺す」などと書いたかどうか・・・。)

で、その上で、漫画界の神様・手塚治虫氏にはもの凄いバッシングがあったという話をしましたが、同様のことは映画界の神様・黒澤 明氏も言ってたのを思い出しました。
クロサワ映画の傑作、用心棒椿三十郎などは当時は、「あんなくだらない物を撮るなんてけしからん!」と随分、叩かれんだとか・・・。
氏も、「あれ撮ったら撮ったでけしからん、これ撮ったら撮ったでけしからん。どうすればいいんだと思ったよ」・・・と。
この辺は私も一度、経験があるんで何となくわかるんですよ。
ただ、そういうと、「一切の批判を封じようというのは良くない」などと言われる方がいらっしゃるんですが、それは違うんですよね。
つまり、批判は良いんだけど非難が困るんですよ。

そう考えれば、ネットでの誹謗中傷の類が問題になっているものの、こういうのも、何もネットになったから急に出てきた・・・という問題でもなく、知られてないだけで、多かれ少なかれ、大家と呼ばれるような人たちには、色々とあったんでしょうね。
その意味では、ネットにはもう少し規制を掛けるべきだと思っているんですが、でも、生前の手塚氏にこういう非難の投書が殺到していたということを考えれば、単純にネットを規制すればいいという問題だけでもないのかなと思わないでもありません。
手段がネットか手紙かというだけで・・・。

で、手塚氏は、これらの非難に対し、「何を言ってやがる!」という想いがわき起こると言った上で、「マンガというのはハングリー・アートと言われるように、叩かれ叩かれ、そして自分はこういう物こそ描きたいんだとい思って良い物が描ける。それを左右するのは自分の負けじ魂というかバイタリティというかガッツだと思う。そういうものが今のマンガ家にはないというのは批判の欠如だと思う。正当な批判をマンガにも、どうぞ、私にもして欲しい」と言い、結んでおられました。

「叩かれ叩かれ、それに反発してこそ良い物が描ける」・・・、穏和を絵に描いたような手塚氏の意外な一面を見たような気がしましたが、確かに、それこそが、クリエーターというものにとって必要な、そして見逃せない資質の一つなのかもしれませんね。

明日に続く・・・と思いますが予定は未定です(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-02-16 18:32 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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