タグ:高知 ( 4 ) タグの人気記事

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その13
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

e0027240_11254169.jpg高知鹿児島・・・、それぞれ、九州の南端と四国の南端にあり、共に黒潮が洗う・・・。
片や地理的要因から、片や政治的意思から、他国と隔たりがあったことから、会津や甲斐、越後などとも違う、南国特有の情熱的な精兵が巣くうことで知られる・・・。

e0027240_1140985.jpgしかも、共に地方制覇まであと少しの所まで迫りながら、豊臣秀吉統一政策の前に屈し、その後の天下分け目の関ヶ原の戦いでは敗者である西軍に付いた歴史を持つ・・・。
(←鹿児島中央駅のホームから顔を覗かせる大観覧車・・・です。)

その結果、やがて訪れた明治維新では、倒幕勢力として、薩長土肥と称される指導的立場に組み入れられたわけですが、しかし、一方で、今回、隔週で両地方に行って違いを感じたこともあります。
それは、九州は・・・、私の勝手な感覚かも知れませんが、あまり、「島」という意識はないのに対し、四国は、今回、初めて車で行って、「あ、やっぱり、島なんだ」・・・という印象を持ちました。

e0027240_1151282.jpg実際、九州は海峡とはいえ、初めて行った人はかと見間違う程度の関門海峡(←)で隔てられただけで・・・。
(もっとも、東京三代目の私の友人は、下関から九州側を見て、「へー、ここが日本の果てなんだ」と言いましたけどね(笑)。)

で、今日も時間的に厳しいので、強引にタイトルに沿って話を進めます。

e0027240_11572795.jpg幕末、幕閣が指導力を失うと代わって四賢候と呼ばれる名君たちの存在が浮上しますが、このうち、福井藩主・松平慶永(春嶽)、宇和島藩主・伊達宗城、土佐藩主・山内豊信(容堂)は確定しているものの、薩摩藩主・島津斉彬に限っては維新を待たず早世したことで、その後は、事実上の後継者である異母弟・島津久光を加える・・・とか、あるいは一橋(徳川)慶喜を入れる・・・などという話があるようですが、そもそも、「四賢侯」自体、松平慶永との親しい人で構成されている・・・などという話もあるように、これが正鵠を射ているようには思いません。
幕末最大の賢候は、私はここ(←)を領土としていた人物だと思っています。

e0027240_12124093.jpgすなわち、吉野ヶ里遺跡(←)がある佐賀です。
司馬遼太郎氏は、その著書「歳月」の中で、江藤新平の意を借りて、「佐賀藩で一番頭が良いのは自分だが、二番目は大隈八太郎(重信)でも副島(種臣)でもなく、殿様の鍋島閑叟だ」と言っていますが、私もそう思います。

ああ、終わらせようと思ったのに中途半端な所でけふも時間切れです。
ごきげんよう・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-09-03 08:04 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その12
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

e0027240_1555740.jpg
(↑西郷隆盛と会談後、意を果たせぬまま西郷寓居を出た江藤新平が見たであろう風景。往事、この辺一帯がどういう景色だったかは想像も出来ませんが、池や山などは大きく変わっていないでしょう。もっとも、江藤がここを訪ねたのはだったそうですが。)

e0027240_1534384.jpg
で、鹿児島と言えば、これ(↑)でしょう。

いわゆる、
  「わが胸の 燃ゆる思いに くらぶれば 煙はうすし 桜島山」
です。
この句は、言うまでもなく、筑前福岡藩の志士・平野国臣が詠んだ句ですが、江藤同様、薩摩に入国後も意を果たせぬまま出国する際に詠まれたものだと言われています。
ちなみに、海音寺潮五郎氏は平野をして、「少し後の坂本龍馬のイメージに重なる。この二人は、滅多に他国者に心を開かない薩摩人に愛された例外的な快男児である」・・・というような意味のことを言っておられましたが、経綸のほどはともかく、気質の上では近い物があったのでしょうね。

で、ここで強引にまとめにかかります。
今回、たまたまではありましたが高知鹿児島へ続けて行ったこともあって、それなりに興味深く両者を比較することが出来ました。

e0027240_1603357.jpg
まず、こちら(↑)の漁港は指宿で昼食をとった山川港というところなのですが、(結構、安くて美味い昼食で、店を出たらなぜか浴衣のお嬢さんたちから、冷たいお茶鰹節パックを戴きました。)ここは、「やまかわ」ではなく、「やまがわ」なんだそうです。
で、思えば、高知南国IC「なんごく」ではなく、「なんこく」でしたから、やはり、鹿児島も高知も政治的地理的な要因で標準化の波にさらされなかった部分があるんだろうな・・・と。

e0027240_168188.jpg
もうひとつ、高知の桂浜の砂(↑)も粒が大きくて、真っ黒で、これまで私が慣れ親しんだ福岡県を始めとする海の砂とはかなり趣が違うことに大いに驚きましたが、鹿児島の砂(↓)も粒こそそれほどでもなかったものの、同じく、白砂青松とは似ても似つかぬ真っ黒い砂でした。

e0027240_1663749.jpg
やはり、九州の南端と四国の南端を洗う黒潮というものの為せる技なんだろう・・・と思いましたが、そういえば、関東の九十九里浜江ノ島なども真っ黒な砂・・・でしたね。

次は最終回まとめ編です。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-09-02 18:37 | 地域 | Trackback | Comments(0)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その4
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1550493.jpg昨日、やはり、突然、佐賀県へと行く予定が入りました。
で、途中、ここ(←)で少し早い夕食をとり・・・。
最近、お気に入りの場所ですが、結構、美味なんですよ。
(←眼下に臨む筑紫平野。左に見えるは久留米、右に30分ほど車を走らせれば佐賀市です。)

これで、見切り発車で起稿したこの夏の薩長土肥制覇行にいよいよ王手がかかりました。

で、昨日の続きです。
大河ドラマ「龍馬伝」での、土佐に置ける舞台各地の距離感なのですが、結論を言えば、岩崎弥太郎家がある井ノ口村のみは一つ、飛び抜けて遠かったですね。

e0027240_1693367.jpg(←太平洋です。)
健脚で知られた弥太郎ならば、この距離の移動は造作もないことだったのかも知れませんが、少なくとも子供の頃から坂本龍馬とちょくちょく顔を合わせたり、弥太郎を探して父が武市道場に乗り込んだり・・・などという設定は少し無理があったのではないでしょうか。

(弥太郎も城下に縁者は居たので、行ったことくらいはあったでしょうが、しょっちゅう行っていたかとなると・・・。)
だって、おそらく、今でも普通に歩いて片道8時間、少なく見積もっても5時間くらいはかかりますよ。
しかも、その道はトンネル有り、切り拓いた場所有り・・・で一直線に通した道でしたから、弥太郎の時代は、おそらく海岸縁を歩いたり、いくつも丘を越え、あるいは迂回し・・・という状態だったでしょうから、同じコースを歩けば片道10時間くらいはかかったのかもしれません。

e0027240_1619831.jpgむしろ、これだけ距離があると、同じ土佐国と言っても、文化的には高知城下と、井ノ口村が在る安芸郡とはまた別の文化圏だったと考えて良いのかもしれません。
(←桂浜です。)

ただ、そこへ行くまでが意外に栄えているのは新鮮な驚きでした。
高知からすると、現在の安芸市の先は室戸岬があるだけで、徳島へ抜けるとはいえ、高速がこっちを通っていない以上、わざわざ、こちらを抜ける人も少ないように思え・・・。
私としては、和歌山茨城辺りの残念な(?)海岸沿いをイメージしていたのですが、実際にはそこそこ、何かしらの建物が建っており・・・。


ということで、明日に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-17 18:11 | 地域 | Trackback | Comments(0)

夏の盛りのなぜか会津人ゴメンの薩長土肥の旅 その3
親愛なるアッティクスへ

先週の続きです。

e0027240_13414449.jpg翌朝、今治の友人邸で厚かましくも朝食までお世話になった後、辞去し、一路、高知県へ。
私は、高知県には一度、行ったことがあり、従って、桂浜高知城などは行っていたのですが、この機会に、行ってみたい所がありました。
それが、こちら(←)。
いわゆる、「わしっがいわっさき弥太郎がぜよ」の岩崎弥太郎邸跡・・・です。

今回、ちと、思う所があり、岩崎家三代が生まれ育った場所というのを是非、一度、見ておきたかったのですが、まあ、予想していたこととはいえ、家の前は観光客目当ての出店が軒を連ねる状態となっており・・・(笑)。

e0027240_13514576.jpg(←こちらは高知城下からは30kmくらい離れているため、割と往事の雰囲気を知ることができるのではないかと思います。無論、戦後の耕地整理などで田畑の風景は変わったでしょうが、傍らの山々などは弥太郎が見たであろう風景と大差ないのではないかと・・・。)

e0027240_14145678.jpgまあ、屋敷自体は藁葺き小さな家で、私が子供の頃は、祖父の田舎などに行けば普通にあった百姓家でしたが、規模的には、妻に子供二人と両親に弟とよくぞこの部屋数で暮らしていたものだ・・・と思いますね。
でも、裏にはしっかりと「三菱」のマークが入った藏(←)が(笑)。
おそらく、弥太郎の弟で現代に続く三菱グループの直接の祖となる岩崎弥之助による家屋保存時の物ではないかと思いますが、少なくとも「龍馬伝」の時代にはなかったでしょうね。

e0027240_14281795.jpgで、もう一つ、行ってみたかったのがこちら(←)。
蟄居中の東洋 吉田元吉が私塾・鶴田塾、通称、少林塾を開いていた場所で、弥太郎はここを訪ね、その門下に入り、後藤象二郎、福岡孝弟らの知遇を得た・・・と。
(かなり、マニアックな旅でしょ(笑)。)

この近くには、土佐藩山内家の前の土佐の領主である長宗我部家の菩提寺・雪渓寺があり、弥太郎はまず、ここを訪ね、東洋への紹介の労を得た・・・と言われていますが、今回の旅で、私が一番、知りたかった・・・・、いや、感じたかったのは、岩崎家がある井ノ口村、弥太郎が蟄居していた神田村、東洋が逼塞していた鶴田村、そして、坂本龍馬ら土佐の英雄たちが蠢動していた高知城下・・・との距離感でした。

足早に明日へ続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-16 07:09 | 地域 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
> sakanoueno..
by heitaroh at 19:21
わたしは小学生の頃、少し..
by sakanoueno-kumo at 10:11
> sakanoueno..
by heitaroh at 10:46
ようやく読み終わりました..
by sakanoueno-kumo at 19:09
> sakanoueno..
by heitaroh at 17:31
12周年おめでとうござい..
by sakanoueno-kumo at 03:47
> sakanoueno..
by heitaroh at 18:12
光を当てられていない人に..
by sakanoueno-kumo at 15:14
>sakanoueno..
by heitaroh at 11:09
あけましておめでとうござ..
by sakanoueno-kumo at 15:22
>Mさん  そうだ..
by heitaroh at 20:52
壊れた時計が動く理由もネ..
by M at 20:38
> sakanoueno..
by heitaroh at 12:35
なるほど。 先日の疑問..
by sakanoueno-kumo at 22:50
>sakanoueno..
by heitaroh at 10:05
検索
タグ
(64)
(54)
(54)
(51)
(50)
(46)
(42)
(41)
(41)
(36)
(32)
(31)
(30)
(30)
(29)
(28)
(26)
(26)
(25)
(25)
(24)
(24)
(24)
(24)
(23)
(23)
(21)
(21)
(21)
(20)
(19)
(19)
(18)
(18)
(18)
(18)
(17)
(16)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(15)
(15)
(14)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
カテゴリ
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
最新のトラックバック
八犬傳(上・下)
from 天竺堂の本棚
2016年NHK大河ドラ..
from <徳島早苗の間>
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
時~は2015年♪。
from <徳島早苗の間>
フォロー中のブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧