タグ:田中角栄 ( 16 ) タグの人気記事

「私の履歴書 保守政権の担い手」読了雑感 その3
親愛なるアッティクスへ

先週の続きです。

後藤田正晴氏はペルシャ湾への派遣そのものに反対したわけではなく、どうやら、「拙劣な派遣決定に異を唱えた」・・・ということだったみたいですね。
氏は、日本の自衛隊が終戦後、元々、警察予備隊として発足したという経緯もあって、警察官僚として、その本質を間近で知悉する立場にあったとのことで、それによると、日本の自衛隊は帝国陸海軍とも米軍とも違い、専守防衛を旨として作られていることから、補給も含め、様々な部分が海外派遣に適応するように出来ていないということらしく、うっかり派遣してしまうと役に立たないどころの話ではない・・・ということだったようです。
なるほど・・・と少し納得できたような気もしましたが、とはいえ、氏の説明はあくまで「一端」について触れただけという感じでしたので、私の中ですべて消化できるにはもう少し時間がかかるようです。

で、田中角栄さんについてもう一つ、述べておくと、私は常々、「頭がいいと言ったって、結局は、記憶力に優れているか、計算力に優れているかでしかないのではないか・・・」と思っているのですが、この点、角栄さんは、「暗記は教育の中でもっともたいせつなことの一つ」と喝破してありました。
まあ、いかにも、記憶力と計算力で「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれた人らしい感慨だなとは思うのですが・・・。
「本を読んでも、人に教えられても、それを記憶する能力がなければ身につけようもないじゃないか・・・」というようなことだったようですが、まあ、それはそうでしょうが、だからといって、すべてを丸暗記してしまうかどうかに価値観を置かなくても・・・という気がするんですけどね。

で、福田赳夫氏については以前、人口問題の項で触れたとおりで、他は特に印象に残る部分はなかったのですが、唯一、引っかかったのが赤字国債発行に関する部分。
今となっては天文学的な数字にまで累積してしまった赤字国債発行を最初に推し進めたのはこの人で、氏は発行に際して、戦前の反省から多くの人がこれに反対した経緯があったことから、一度、発行を終了させてしまうとまた発行するときが大変・・・という理由で、「種火」は持続させ続けなければならない・・・ということを言っておられました。
でも、氏ほどの人がどうして、種火を持つのが子供(日本人)だということの危険性に思いを馳せなかったのかがどうにも理解できません。

最後にそれら6人の登場人物らの中でも、出色と言おうか、もっとも異彩を放っていたのが中曽根康弘さんのそれでした。
この人のはもう、一遍の「物語」になってましたね。
その辺は田中角栄さんのそれにも少し近いものを感じておりましたが、中曽根さんのそれは田中さんと違い、総理を退任してから後に書かれたものだけに自らの半生記というに相応しく、まさしく、「健筆」というに相応しいような躍動感があり、その点では「回顧録」と言うよりは、もう、「自伝」と言ったほうが良かったでしょうか。
おそらく、この人だけはゴーストライターや口述筆記などに頼らず、自ら書き上げたのではないでしょうか。
不遜ながら、私が書くとしても同じような構成になったと思え、この点、なんとなく、中曽根さんの意気込みが伝わってくるような気がして、思わず苦笑した次第でした。
                               平太独白
by heitaroh | 2011-12-19 18:15 | 政治 | Trackback | Comments(0)

「私の履歴書 保守政権の担い手」読了雑感 その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

で、これらの中でまず、興味深かったのが田中角栄元首相・・・。
この人は、苦学独行で総理まで上り詰めた苦労人でありながら、そこは、やはり天性の陽性の人らしく、どんなに酷い目にあわされてもあまり恨んだりせず、殆ど、人の悪口や非難めいたことを書いてなかったのが印象的でした。
が、それだけに、そういう人が「憤慨」した記述を残すということは相当、許せなかったんだろうな・・・と思いましたね。
その部分は、戦時中、一兵卒として従軍したものの、まもなく高熱が出て内地に送還され、生死の境をさまよった際のこと。

医者が財布の中の札の番号を控え、時計の番号を記録しながら、「食べられたら何でも食べて良い」と言って去って行った・・・という記述の後で、珍しく、「こんなことをされたら、生きる病人も死ぬ」・・・と。
角栄さんは、早春の上野駅のコンクリートの上に担架に乗せられたまま半日も放っておかれても、また、移送された仙台で運搬役の下士官たちが残雪の上に病人を放置したまま、長々と報告を続けていた時でも、実に淡々と延べるに止めておられましたし、後にも先にも、非難めいたことを述べられたのはこの部分だけでしたので、なおさら、氏の憤然とした想いが伝わってくるような気がしましたね。

この辺は同じく、軍の病院に入れられた後藤田正晴氏もその環境の酷さについては言及されてましたが、要は、病院に収容されたような兵士はもう、不用品だった・・・ということなんでしょう。
ただ、ここで少し思い出したのが、以前、知己より聞いた話ですが、終戦直後、国共内戦(?)で負傷した中国兵は自国の看護婦ではなく、皆、日本人の看護婦に看護してもらいたがったという話でして・・・。
まあ、真偽のほどは知りませんが、要は日本人の医療は中国人のそれに比べ清潔であり、中国兵もその辺を皆、知っており、それゆえに日本人の看護婦が重宝された・・・ということのようでしたたが、でも、少なくとも、田中、後藤田両氏の回顧を読む限りでは、とてもとてもそんな風には思えませんでしたけどね。
まあ、内地と外地では違ったのかもしれませんが。

その、後藤田氏が筆を執ったのは角さんが寄稿してより四半世紀経った後のことでして、少し、隔世の感が無きにしも非ず・・・という感じでしたが、この人の回顧の中では、かねてより疑問だった部分について、一端ながら触れて戴いてたのが一番、有り難かったですね。
それは、中曽根康弘内閣の官房長官時代、ペルシャ湾への海上自衛隊派遣を推し進めようとする総理の意向に真っ向から反対し、「閣僚としてこの法案にサインしない」とまで言い、結局、総理を翻意させた・・・という有名な話についてでして・・・。
私はかねてより、他者ならともかく、後藤田さんほどの人がどうして、この、一見当たり前のように見えることにそこまで反対したのか・・・が疑問だった次第です。

また、次回に続きます。
                            平太独白
by heitaroh | 2011-12-17 18:14 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

日本の暗記崇拝への価値観と暗記至上教育の是非
親愛なるアッティクスへ

e0027240_16142949.jpg今朝の朝刊に福岡ソフトバンクホークスクライマックスシリーズでの敗退を総括した記事が載ってまして、その中で、秋山幸二監督が、「間が長く空いた中で調整の仕方がうまくいかなかったのが一番」と言っていたというのを聞いて、大変、呆れました。

中日はしっかり勝っとるやないかい!」と。
まあ、確かに、最後の二つを勝って3位になったロッテと、最後の二つを負けて3位になった巨人とでは手強さという点では違うのかもしれませんが、でも、過去に同じ条件で戦った日ハム西武はしっかり、勝って日本シリーズ出場を果たしているわけで、それを言うなら、他のどこよりもその辺のノウハウを持ってなければならないのがホークスでしょ・・・と。
(むしろ、敗因は「6連戦」にあったと言った方がまだ、説得力があるんじゃないですか?年寄りばかりのホークスは後半、見るからに、疲れてる・・・って感じでしたから。)

で、本日の本題です。
オランダ43歳マルク・ルッテ首相が誕生したという報道を見ていて、「閣僚経験もなく未知数だが、討論では博覧強記ぶりを発揮して・・・」という一文が目に付きました。
思えば、博覧強記という点では人後に落ちない、故田中角栄元首相も、日中国交回復の折、交渉の相手となった周恩来首相(当時)には舌を巻いたようで、「周恩来という人は、交渉中、どこそこの戦闘での被害云々という話になると、『このときは、どれだけの死傷者が出て、どれだけの被害があった』ということを忽ちのうちにそらんじた。すべての数字が頭に入っていた。私が知る限り、この人より凄い交渉相手はいなかった」と回顧しておられました。
でも、ここで注意すべきは、単に暗記していたことが凄いというのであれば、円周率を延々暗記している人などが総理大臣になれば良いわけで、周恩来という人が凄いのは、それを交渉の席で臨機応変に使いこなした・・・ということだと思います。

この点で、実は今、うちには受験生がいまして、この不肖のガキの勉強を見ていて思うのが、日本の勉強・・・、ひいては日本人の、「人の能力に対する評価の基軸」となっているのが「暗記力」ではないか・・・ということです。
実際、「あの人くらい頭がいい人はいない」などという場合、大半が「記憶力」を意味しており、(それ以外ではわずかに「計算力」が続くくらいですが、ただ、暗算が発達している日本では割と計算力は賞賛の対象にはならないことが多いようです。)従って、試験に出るから暗記しなさい・・・などというのは、何のために勉強するのかという意味では愚の骨頂であり、学問を修めるという観点から考えれば本末転倒だと思うんです。
つまり、忘れたことは調べれば良いし、覚えきれないことはメモすれば良いわけで、この点、確か、アメリカなどでは試験には辞書教科書を持って入って良いんですよね?
つまり、詰め込みの暗記ではなく、自分なりにそれをどう消化するかという応用力に重点を置いているわけで、私も本来の教育とはこうあるべきだと思いますよ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-21 18:11 | 教育 | Trackback | Comments(0)

ザ・コーブの表現弾圧にみる田中叩きと小沢叩きの違い
親愛なるアッティクスへ

e0027240_11395027.jpg先日、日本のイルカ漁を批判したアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞映画、「ザ・コーヴ」の上映が保守系団体抗議行動を懸念して上映中止になったというニュースがやってましたよね。
で、これを受けて、ジャーナリストらが抗議活動を行ったと・・・。

私的には「自分たちは隠し撮りしてたくせに何が表現の自由だ!」という意識の方が強いのですが、確かに、特定の団体の圧力で表現の自由が冒されるなどということは懸念すべき事態だと思います。
(この問題では、にしてもそうですが、私も以前から言ってますように、ある程度の保護は必要だとしても、他国の食文化に自分たちの価値観で文句を言うべきではないと思っています。ただ、殺すだけ・・・というならともかく、食ってる限りは生命保全の大原則ですよ。自分たちが食わないからと言ってイルカが可愛そうというのなら、豚をペットで飼っている人は豚を殺すなというでしょうし、だったら牛も鶏も食うなよ・・・という話になるわけで。)

この点について、先日、当時の小沢一郎民主党幹事長に批判が集まっていた頃、評論家の田原総一朗さんが「『小沢は悪い!』と誰もが言うが、世論が一方通行でドーっとなびくときというのは危ない。田中角栄さんのロッキード事件の時、田中は悪い!という声が全国に吹き荒れた。あのとき、田中は無罪だと私が書こうとしたら『田中にヨイショしている』「田中から金をもらっている』と罵声を浴びせられた」ということを仰っておられました。
確かに、私も田中バッシングの猛威が吹き荒れる中、ふと、「これで実はまったくの無実だった・・・なんてことになったら、誰がどう謝罪するんだろう」と思いましたよ。
日本中が寄ってたかって・・・って感じでしたからね。

ただ、小沢さんについては私はザ・コーブ同様、少し違う感慨を持っています。
田原さんの仰るように、不況時の政治家のエゴなどというのは何も今に始まったことではなく、田中角栄さんのときにはオイルショック後の不況に対して公共事業を大幅に増大させましたし、中曽根康弘政権の時には円高不況下で償還期限が来た国債をそのまま、赤字国債を発行して後代につけ回しましたが、でも、昭和の頃の宰相は、少なくとも、不況を名目に子供手当特定給付金などのあからさまなバラマキはやりませんでしたよ。
宰相と名が付く人であれば「それはダメだ!」と言下に退けたんじゃないですか。

「もらえば国民は嬉しいに決まっている」などという国会議員がいましたが、たとえそうだったとしても、それで国民は与党に投票すると考える根拠が私にはわかりませんし、麻生政権であれほど批判されたら、逆効果だということで、普通、「禁じ手」になるはずでしょう。
それが、小沢さんの推し進める政策は、他にも、とにかく、選挙目当てというのがあまりにも露骨な政策ばかりで・・・。
この点、かつて、誰だったか国会議員が、「小沢のようなああいう国を売るような人とは組めない」などと言って批判してましたが、最近では残念ながら、本当にそういう人なんじゃないかと思うようになってきました。
この点で、彼に世論の批判が集まるのはやむを得ないと思います。
もっとも、「小沢さんで選挙を負ける必要がある」というのが私の考えでしたので、その意味では遠回りですけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-06-16 08:15 | 政治 | Trackback | Comments(4)

同床異夢 自縄自縛 旧態依然 連立政権・・・、要閣外協力
親愛なるアッティクスへ

昨日、菅 直人財務相が「消費税論議を開始」と発言したことで、またもや、「マニフェストに違反」と騒がれている鳩山民主党政権ですが、この政権については以前から言ってきましたように、かつての浜口雄幸内閣を倒したときの犬養 毅政権そのままに、「政権を獲りさえすればいい」で「何でもあり」で行ったもんだから、危惧したとおり、今や、自縄自縛に陥っているようですね。
そもそも、社民党にしても、国民新党にしても、閣外協力に留めておくべきで、連立政権にまでする必要はなかったんじゃないですか?

もちろん、彼らを政権側に縛り付けておく必要はわかりますが、すなわち、民主党は次の参議院選挙で勝って、単独で議会運営できるようにしたいという思惑があるのに対し、他二党は票を伸ばして・・・、平たく言えば民主党が票を減らすことで連立政権内での存在感を強め、発言力を高めたい・・・という、つまり、そもそものベクトルがまったく逆の方向である以上、いくら連立の枠内に置いたところで所詮は同床異夢、本質的に矛盾があるわけで・・・。
さらに言えば、自分が言った大風呂敷に縛られ、政権運営もままならず、結果、次の選挙に勝つためには田中角栄さんの時代と見まがうほどに旧態依然たるバラマキ政策・・・。
いい加減に、国民は昭和の頃と違って、目先のバラマキでは票を売らなくなってるということに気づいてよ・・・と。

民主党も岡田克也代表当時には「消費税」についても、きちんと触れてましたが、その後、そこで選挙に負けたモンだから、小沢一郎代表以降、「消費税は上げない」とマニフェストに謳い出しましたよね。
でも、イチ有権者としての感想を言わせてもらえば、あれは、当時の小泉純一郎総理の郵政民営化政策を支持した結果であって、国民が民主党の政策に反発したわけではないわけで、そこを選挙に勝ちたいという政治家の心理を突き、うまく、論点をすり替えた辺りは小沢氏の見事な手腕なのでしょうが、それはあくまで党利党略以外の何ものでもなく・・・。
それに、その後、民主党が参議院選挙で勝てたのは「消費税」を封じ込め、何でも出来ますと謳った小沢戦略ゆえのことではなく、郵政解散における大勝への反動安倍晋三総理(当時)の自滅以外の何ものでもないでしょう。

その上で、私は敢えて小沢幹事長が辞任することには反対です。
なぜなら、民主党が小沢幹事長で次の参議院選挙を負けて初めて、与野党すべての政治家が「国民の意識が昭和の頃とは変わった」・・・ということに気が付く、つまり、目が覚めることになると思うからです。
すなわち、政権交代しただけではまだ不十分で、結果、政局的にはまたしばらく混乱が続くことになるのでしょうが、これこそが産みの苦しみなのでしょう。
そもそも、皆、彼を少し、誇大視しすぎているのではないでしょうか。
彼がいなくても、自民党は大敗したと思うんですけどね。
ちなみに、私はこの、小沢一郎という政治家をあまり評価しておりません。
が、どういうわけか、この人は小泉さんをヒステリックなまでに批判していた識者といわれる人たちからは好かれているみたいですね。
政治家の前に変わらなければならないのは、政策なき利権誘導に対しては矛先が鈍くなる、識者と言われる人たちなのかもしれません。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-02-16 18:02 | 政治 | Trackback | Comments(2)

「山笠でけよりますばい」の東国原知事出馬宣言への疑問
親愛なるアッティクスへ

e0027240_17105597.jpg今年も、早いもので、気が付けば山笠の季節になりつつあるようです。
山笠については、これまでも、度々、触れておりますので、改めて申し述べることは致しませんが、街には、山笠の格好をした人たちがちらほら見られるようになったのを見ると、「ああ、もう、そういう季節になったんだな」ということを実感します。
ちなみに、表題は博多弁で、「山笠、出来つつありますよ」という意味です(笑)。

ところで、「東国原英夫宮崎県知事が自民党出馬要請に対し、条件として、自分を自民党総裁候補とすることを求めた」というニュースをやってましたが、何とも、思わず、首を傾げるような・・・、少し、開いた口がふさがらないような話に思えます。

まず、疑問に思うのが、東国原知事は「次期総裁候補として当選した後は、総裁に選ぶように求めた」とう話も伝わってますが、それが真実かどうかはともかくとして、それって、誰に約束させればいいの・・・?という点です。

麻生太郎総裁からすれば、自分に代わって総裁になる・・・という話ですから、「私があなたを総裁にすることを確約します」なんて言うはずないわけで、仮に、古賀誠選挙対策委員長が「良いですよ」と言ったとしても、そんなもの、選挙が終わってしまえば、遵守される保証なんてないでしょ。
この点は、かつて、大橋巨泉さんが民主党から出馬依頼された際、「代表質問をさせろ」という条件で立候補し、当選したものの、「代表質問やらせてくれなかったから辞めた」と言っていたのを彷彿とさせます。
(このときも、思わず、「あほか」と呟きましたね(笑)。普通に考えれば、そんな美味しいところを、昨日通ったばかりのタレント議員なんかにやらせるわけないじゃないか・・・と。)

仮にの仮にで、古賀委員長が遵守しようとしたところで、いや、古賀委員長に限らず、党内の先輩議員たちにしてみれば、一年生議員が総裁になるのを歓迎するようにも思えず、であれば、党内に反対があった場合、それを押し切ってまで、彼を総裁に付け得ることが出来る立場にいる人って今の自民党に存在するんですか?
かつての田中角栄さんのような人でもいればともかく・・・。
選挙が終わるまでは、人寄せパンダでそれなりにチヤホヤしてくれるかもしれませんが、選挙が終われば、たとえ、当選したとしても、彼の声なんか大勢の声にかき消されますよ。

であれば、そんな、守れられるかどうかわからないような約束を求めること自体、無意味であり、世間知らずのタレントならともかく、知事ともあろう人の政治感覚とは思えないわけです。
まあ、彼は、よく勉強しているようですから、私などが知るよしもない、彼なりの成算があってのことだとは思いますがどうにも理解できない話です。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-06-25 18:01 | 政治 | Trackback | Comments(0)

小泉劇場批判に対する民衆は具体的なことへの判断は的確の理
親愛なるアッティクスへ

三国峠ダイナマイトでふっ飛ばせば新潟は降らない。そしてその土を日本海に運んで佐渡陸繋ぎにしよう」

これは、言うまでもなく、故田中角栄元総理の、初立候補の折の発言ですが、このことの現実性は別にして、私は政治家とは、こういうふうに、たえず、国民に「具体的な形」で訴えていくべきものだと思うんです。

マキャベリは「民衆は抽象的なことには判断能力を有さないが、具体的なことには割と的確な判断をくだす」と言いましたが、だからこそ、政治家と名が付く立場の人たちがやるべきは、「どうせ言ってもわからないんだから、愚民に説明しても無駄」・・・ではなく(最近は随分、マシになってきましたよね。)、争点を極めて具体的な形にして国民に提示してやるべきだと思うのです。
つまり、そこまでが民主主義国家に置ける政治家の仕事だ・・・と。

吉田 茂元総理の「戦争に負けて外交に勝つ」などは、それほど、具体的な形を有しているわけではないものの、敗戦にうちひしがれていた国民をハッとさせるには充分だったと思われ、その意味では、「具体的」な範疇に入れても良いものだろうと思います。
(その意味では、岸 信介元総理の「日米新時代」なども、その是非はともかく、その類に入れて良いでしょうか。)
逆に、池田勇人元総理の「所得倍増」などというのは一見、わかりやすそうに見えて、いざ、じゃあ、どうやったら俺たちの所得が倍になるの?という点では極めて曖昧模糊としており、それでは国民に提示する上では具体的なものだったとは言い難いでしょう。
(さらに、村山富市元総理の「人に優しい政治」・・・などに至っては、もう、曖昧以外の何ものでもない・・・という。)

この点で、小泉純一郎元総理のやりかたを「小泉劇場型」などという、単なる奇術、詐術の類いだと言わんばかりに批判・・・というより、見下すような有識者と名が付く人々が居ますよね。
(特に、ジャーナリストと名が付く人に多いようです。)
ですが、小泉さんの郵政解散などは、事の是非はともかく、極めて、主張が明確でわかりやすかったですよ。
「国の財政が破綻しかかっているときに、どうして、20万人(?)もの郵便局員を公務員にしておかなければならないのか?」と。
「民間に任せられる部分は民間に任せればいいじゃないか。どうして、国でやらないといけないのか」と。
その意味で言えば、郵政解散に置ける野党の大敗というものは、「ろくに自分で判断など出来ない愚民どもが劇場型政治に躍らされた結果」などと言うのではなく、野党には小泉さんほどに政策を具体的な形で提示できる人がいなかったがゆえの敗北・・・と見るべきでしょう。

その意味では、政治家は、課題というものを絶えず具体的な形にして国民に提示する能力が求められているのだと思います。
                         平太独白

by heitaroh | 2008-12-06 12:21 | 政治 | Trackback | Comments(0)

祝!石の上にも三年の3周年記念! 後編
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1510597.jpg一昨日、いつものように川沿いの歩道を歩いていると、目の前で1m大魚が釣り上げられるところに出くわしました。
何と今日の記事に相応しい目出度い画像かと・・・。
で、「これ、何という魚ですか?フナ?」と聞くと、「いや、ソウギョだ」とのこと。

・・・私はソウギョが何か知らないのですが、針を外すと、そのまま、おもむろに魚を川にドボン・・・。
「食べないんですか?」と聞くと「食べるとは聞かんな」と・・・。
何か、絶版になったにも関わらず、中古市場ではなぜか定価以上で売れている拙著、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を象徴しているような・・・、目出度さ半分・・・といったところでしょうか(笑)。

で、気を取り直して、昨日の続きです。

その、自分では自信作ではあったものの、発表しようにも対象の賞が見あたらなかった最初の拙著ですが、その後、さて、どうしたものかな・・・と思っていたところ、「他に応募した作品でも可。字数も問わない」という自費出版系の出版社の賞が目に付きました。
まあ、これに応募すると言うことがどういうことかくらいはわかりましたが、他に選択肢もなく、やむなく応募したものの、こちらでも、字数の多さ(=本の厚さ=値段が高くなる=買い手が限られる。)敬遠されたとのことで、結果、落選・・・。
で、その出版社より声がかかったわけですが、もとより、こういう会社の営業トークを本気にすることはなく、一旦、これを断りました。
(もっとも、本音を言えば、自信があった作品だけに、こういう形でしか世に出せないことに対して忸怩たる物があったことが最大の要因でしたけどね。)

とはいえ、このまま、お蔵入りにするのも忍びなく、自分の中で、しばし、葛藤があった後、ある先輩の「私の取引先の社長は最近、乗っていたセスナ墜落して亡くなった。人間、悔いの無いように・・・」という言葉を聞き、また、出版社も、かなり値引きした金額を提示してくれたことで(後で、計算したところ、ほぼ、向こうも原価でしたね。)、さらに、通常は1000部しか刷らないところを、当初から、2000部刷る・・・という力の入れようを示してくれましたので、ようやく、重い腰を上げた次第でした。

が、結果は、無名の著者の本がすぐに売れるはずもなく、数ヶ月程度で店頭からも姿を消したわけですが、ここで、私は思いました。
田中角栄進歩党大麻唯男から、『君は何もしなくて良いから』と言われて初めて公認で選挙に出たとき、話と違って、誰も何もしてくれなかったので落選したことから、『よし!自分の力で通ってやる!』と思い直し、次の選挙で当選した」・・・と。
また、「歌手の松崎しげるさんは、名曲〔愛のメモリー〕をひっさげ、外国で賞を獲得して帰国したのに、何の話題にもならず、レコード化もされなかったので、自分でことあるごとにレコード会社へ売り込みをかけて、ようやく、世に出た」・・・と。

とはいえ、業界に何のコネも知識もない私にできる自助努力などあるはずもなく、そこで、まずは「自分の主張を知ってもらうこと」から始めようと、手を付けたのがブログでした。
ということで、「石の上にも三年」と言いますので、この3年間、休日以外は一日も欠かすことなくUPし続けてきましたが、ちょうど、先頃には、その、拙著、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]2000部を売り尽くし、このたび、目出度く絶版になったこともあり、「もう、この辺で良いかなー」と思うようになってきましたね・・・。

ということで、とりあえず、お付き合いくださってお疲れ様でした・・・。

よろしければ、クリックお願いします。→ 人気blogランキング
by heitaroh | 2008-03-21 00:09 | 私小説 | Trackback | Comments(12)

経済知識の普及を怠ってきた日本の経済立国 その1
親愛なるアッティクスへ

日産コンツェルンの創始者である鮎川義介という人は、絵画を嗜もうと思いたったときに、絵の先生などにつくことをせず、ひたすら、来る日も来る日もだけを引き続けたといいます。
その後、改めて、定規を使って、寸分違わない直線がひけるようになったことを確認して、初めて、キャンパスに向かったといいますが、確かに、私なども、いくら、頭の中に良いイメージが浮かんでも、それを指先に活かせないという点で、「俺は絵が下手だ」と漠然と思ってましたが、よく考えれば、それ以前に、「線が思い通りに引ける練習をしたのか」と・・・。
結局、指先に伝える練習をすることなく、ただやみくもに、画用紙に向かっていただけなんですよね。

また、田中角栄元首相は、当初、ゴルフはしなかったそうですが、周囲の勧めもあって、ようやく、ゴルフをやることを承諾したとか・・・。
ところが、一旦、「やる!」と宣言した後は、まず、大量にゴルフの指導書を買ってこさせて一心不乱に熟読し、それらをすべて読破し終えると、次に、庭に出て、これまた、一心不乱にひたすら素振りを繰り返したとか・・・。
秘書が、いくら、「親父さん、ゴルフというのはそういうものじゃないんですよ。そんなことばかりしてないで、ちゃんと、レッスンプロに習わないとだめですよ・・・」と言っても頑として耳を貸さなかった・・・と。
で、その状態で、いざ、本コースに出たところ、いきなり、初めてのラウンドで80台で廻ったといいます。

・・・私には、この人たちの考えは、決して、間違っているとは思えませんし、私も何かを真剣にやろうとするときには、結構、同じような取り組み方をしますよ。。
(無論、私は、絵やゴルフなどはお世辞にも決して得意ではありませんし、上述の通り、取り組むに当って、この人たちのやり方を実践していたわけでもありませんが、たとえば、「この資格を取らなければ!」などと言う時に、テキストを開いたときには、本題に入る前の「まえがき」の所から熟読しますよ。)

で、これらのことを踏まえた上で、この点で、最近、思うことがあります。

今の日本を見ていると、戦後、現体制になってから、一体、どの方向を目指して進んできて、この先、どの方向を目指して進んでいくのか・・・ということが見えてこない気がします。
つまり、漠然と、そこに存在している・・・と。
この点は、以前から、平太郎独白録 : 目的はパリ、目標はフランス軍!や、平太郎独白録 : 信長が西向きゃ家康は東!などでも述べてきたとおりなのですが、国家としての「方向性」不在こそが、政治・外交に限らず、国民生活教育現場を始めとする今日の日本の様々な迷走の一因となっているように思います。
その上で、「では、日本の方向性とは何か?」と言えば、かつてのように、軍事立国という選択肢がないということを前提に考えれば、もはや経済立国しかないのではないでしょうか?
(その意味でいえば、まず、必要なのは国民のコンセンサスを形成することであり、一度、国民投票でもやって、そこをはっきりさせるべきだと思います。)

明日に続きます。
                               平太独白
by heitaroh | 2008-02-04 08:41 | 政治 | Trackback | Comments(4)

「季布の一諾その1 大久保利通・田中角栄に見る権威の淵源
以前、ある会の申込書を書いたことがあるのですが、その中に「信条」などという項目がありました。
事務局の方に、「信条なんか書くんですか?こんなの書かなくていいでしょう?」と尋ねると、「いえ、それが大事なんですよ」と・・・。

でも、突然、信条なんて言われても・・・。
当時、ニューヨークメッツに居た「新庄」と書こうかと思いましたが、また、「不真面目だ!」などと怒られてもかなわないし・・・と思って、しばらく考えた挙げ句に出たのが、昔見た、エリザベス・テーラーモンゴメリー・クリフトの映画、「陽のあたる場所」の中のセリフ、「率直さは美徳である」でした。
以来、この言葉は私の様々な信条欄に載るようになりましたが(笑)、もう一つ、私には、「座右の銘」的な意味合いで使っている言葉があります。
それが、「季布ノ一諾ニシカズ」です。

季布という人物に対しては、まあ、晩年は生身の人間らしいエピソードもあるようですが、ともあれ、「季布ノ一諾ニシカズ」とは、「彼が一旦、『諾!』と言ったことは、どんな物よりも価値がある!」と言われた・・・ということであり、言うならば、「約束を守りましょう・・・」的な意味なのですが、この点で私には思い浮かぶことがあります。

明治以降の日本の権力者で、とかくの批判はありながらも、知恵者・くせ者・切れ者・・・といった多くの政敵が、それぞれに、様々な手段で挑みながらも、誰も、どうにも倒せなかった不倒翁とでも言うべき人物が2人います。
私には、この二人の強さと言うものは、「実力」・・・というものを通り越して、もはや、ある種、運命的ですらあったようにさえ思えます。
それほどまでに、誰も排除することが出来なかった2人の人物、それが、大久保利通田中角栄です。

大久保には、江藤新平、西郷隆盛らが、田中には福田赳夫、三木武夫ら、様々な個性が様々な手段で挑みましたが、結果的に誰も彼らを追い落とすことができませんでした。
で、しばらく経ってから、ふと、この二人に共通点があることに気づきました。
この二人の強さの秘密・・・、それこそが、「一諾を守る」ということだったように思います。
大久保は、OKの時は、「それは、御裁可になるでしょう」という言い方をし、田中は、一言、「わかった」と言ったといいます。
そして、二人が一旦、OKと言ったモノは、絶対に実現したと。
それこそが、単なる権力者とは違う、この二人の、運命的にまで強い権威というものの淵源となっていたように思えます。

田中は、選挙になると、各地の首長のところへ直接、電話をかけ、「以前、陳情があったあれだが、やることに決めた」とだけ言った・・・というのは有名な話ですよね。
「代わりに誰々を応援しろ。」などとは言わない。
ただ、「やる」だけで、事足りる・・・。
田中が「やる」と言うのは、絶対に「実行される」ということでもあり、空手形に終わる可能性がないという点で、他の権力者の「やる」とは、重みがまるで違ったわけで、これが、闇将軍と言われながらも、田中が求心力を持ち得た大きな要素だったと思います。

一方、大久保は、目を開けていたら、誰も、まともに顔を見ることが出来なかったと言われるほどに威厳があったそうですが、これなども、権威というものの本質をよく物語ってくれているように思えます。

権威というものは、権力を持てば自動的に付いてくるものではない・・・。
ということで、「今宵!」と言ったら今宵ですぜ、御同輩・・・。
                               平太独白
by heitaroh | 2008-01-19 08:59 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
> sakanoueno..
by heitaroh at 19:21
わたしは小学生の頃、少し..
by sakanoueno-kumo at 10:11
> sakanoueno..
by heitaroh at 10:46
ようやく読み終わりました..
by sakanoueno-kumo at 19:09
> sakanoueno..
by heitaroh at 17:31
12周年おめでとうござい..
by sakanoueno-kumo at 03:47
> sakanoueno..
by heitaroh at 18:12
光を当てられていない人に..
by sakanoueno-kumo at 15:14
>sakanoueno..
by heitaroh at 11:09
あけましておめでとうござ..
by sakanoueno-kumo at 15:22
>Mさん  そうだ..
by heitaroh at 20:52
壊れた時計が動く理由もネ..
by M at 20:38
> sakanoueno..
by heitaroh at 12:35
なるほど。 先日の疑問..
by sakanoueno-kumo at 22:50
>sakanoueno..
by heitaroh at 10:05
検索
タグ
(64)
(54)
(54)
(51)
(50)
(46)
(42)
(41)
(41)
(36)
(32)
(31)
(30)
(30)
(29)
(28)
(26)
(26)
(25)
(25)
(24)
(24)
(24)
(24)
(23)
(23)
(21)
(21)
(21)
(20)
(19)
(19)
(18)
(18)
(18)
(18)
(17)
(16)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(15)
(15)
(14)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
カテゴリ
以前の記事
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
最新のトラックバック
八犬傳(上・下)
from 天竺堂の本棚
2016年NHK大河ドラ..
from <徳島早苗の間>
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
時~は2015年♪。
from <徳島早苗の間>
フォロー中のブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧