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水木しげる翁の訃報に従軍経験世代退場の足音を聞く
ゲゲゲの鬼太郎で知られる漫画家、水木しげる翁が逝去とか。
まあ、ご高齢でもあったし、いつか来るんだろうなとは思ってはいたものの、いざ亡くなられると・・・。

e0027240_1483512.jpg「いつか来るんだろうとは思っていた死」という意味では、私は、かねてより意識していた三人の人物がいます。
一人が、先年亡くなった元巨人の名選手にして名監督であった川上哲治翁。
二人目がこの水木しげる翁で、残るもう一人が中曽根康弘元首相です。

中曽根さんはまだご顕在ですが、それにしてもいよいよ、従軍経験世代の現世からの総退場のカウントダウンが始まったなという感じです。

我々が子供の頃、すぐに二言目には「おまえらは戦争中の苦労を知らん!」と言われましたが、いつも反発して、「そんなもん知るかよ!」と思ってました。
でも、いよいよ、本当に「戦争中の苦労を知る」世代がいなくなるとなると、いささか困惑している自分がいるわけで。

e0027240_14334015.jpgでも、世界に目を転じれば、先日、ドイツでは従軍経験のあるヘルムート・シュミット元首相(西ドイツ)が逝去したばかり。
(この人のことはもっと日本でも注目されても良かったと思います。サミットに日本を入れてくれた人でもあるわけで。)
で、30年ほど前に人からもらって、ずっと積ん読だった物に「人物現代史」なる15冊くらいの全集があるのですが、先日、ようやく引っ張り出してきたところ、その中の1冊に改めてびっくらこきました。

スターリン、ヒトラー、毛沢東、ネール、ドゴール・・・などの名前が並ぶ中に一人だけ、存命中の人がいたんです。
そう、言うまでもなくフィデル・カストロですね。
たぶん、彼は昭和2年生まれくらいですから、大正生まれではないのですが、それにしても改めて彼がまだ生きていることの凄さというか意味を実感させられました。

カストロについてはもう少し書きたいこともあるのですが、それはまた、次の機会ということで。
                            平太独白
by heitaroh | 2015-11-30 17:55 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

三十年一昔で今頃見る世界の「おしん」 その3
先日の続きです。

「おしん」の劇中、終盤の部分で、乙羽信子演じる老年のおしんと渡瀬恒彦演じる老人とが、会話の中で、「豊かさに慣れてしまうと本当の幸せがわからないから不幸」と言うシーンが有りました。
曰く、「私たちは白いごはん1杯にも、コッペパン1つにも幸せになれた時があった」・・・と。
大正生まれの老漫画家、水木しげる翁も同じようなことを言ってましたね。
「今の人は自分は不幸だと嘆くけど、私に言わせれば幸せのレベルが高すぎるんじゃないか」・・・と。
悲惨な戦場の中で隻腕となりながらも帰還を果たした人だけに「生きていられるだけで幸せ」という言葉には何とも説得力があります。

この点で、「世界全体が幸福にならないかぎりは、 個人の幸福はありえない」とは宮沢賢治の言葉だそうですが、人は生まれながらの幸福を最低限の幸福としてとらえる生き物であるとすれば、世界全体が幸福になるためには、世界大戦などで一斉に世界中で幸福のハードルが下げられる必要があるといえるのでしょうか・・・。
で、このおしんの会話ですが、実はその前段には、「子どもや孫らが贅沢な暮らしをしているのを見ていると、一度、どん底に落ちてみるのも悪いことではない」という台詞がありました。
おしんが言う「孫」とは、紛れもなく、当時、大学生だった私の世代でして、当時は、こう言われると、すぐに「そんなの知るかよ!」と反発してましたが、ところが、これは今、私が自分の家族に思うことでもあるんですよ。

思えば、私の世代は、おしん放送終了と同時に大学を卒業し、社会に出たものの、何年も経たないうちにバブルに踊り、バブル崩壊後は、世の中が悪いと嘆いては、ただただ右往左往するばかりで萎縮していくに任せていたわけじゃないですか。
つまり、おしんに指摘されてた通りの事態であり、これで息子たちの世代に対し、果たして「無気力」「ゆとり」「草食」などと批判する資格があるのか・・・と。
結局、日本を今のような状況にしてしまったのは他ならぬ我々の世代なんじゃないか・・・と。

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とういうことで、このシリーズ、これまでと致したいと思うのですが、実は画像はすべて、ある共通点を持ってました。
まあ、地元以外、わかるはずもないことでしょうが、成年期のおしんの舞台となった佐賀県の物でした。
放送当時、佐賀県の回では嫁姑の確執が描かれたことから、「県のイメージダウンになる」とNHK佐賀放送局に抗議の電話が殺到したとか・・・。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-02-16 18:15 | 社会全般 | Trackback | Comments(4)

ナイアガラの滝転落死に人は驚きながら死ぬを思う夏の終わり
e0027240_13123751.jpg先週の日曜に、日本人学生らしき人物がナイアガラの滝から落ちたらしいというニュースがテレビで流れましたよね。
結局、木曜日に遺体が見つかったとか・・・。
私はこの滝には行ったことはありませんが、この滝は川の水量も含めてもの凄いものがあるらしく、間近で見ると怖いくらいだ・・・とも聞きました。
であれば、柵から乗り出して撮影する危険には思い至らなかったのか・・・ということが思えてなりません。

ただ、それだけの滝だけに落ちた以上はそうなることは必然だったのでしょうが、本人もまさか、ここで死ぬとは思わなかったでしょうね。

「皆、びっくりしながら死んでいった」とは過酷な戦場体験をお持ちの老漫画家・水木しげる翁の言葉ですが、確かに、「死」なんてものは、「はい、今から死にますよ」といって訪れるものばかりとは限らないわけで・・・。
水木翁の場合も、無論、戦場にいるわけですから、誰も「死」というものを自分には関係ない遠い世界の出来事・・・とは思っていなかったでしょうが、それでも敵の弾に当たって死ぬのならともかく、食料を探しに行ってワニに食われたり、穴を掘っていて土に埋まって死んで行った兵士らもいたといいますから、そういう人たちは、「え?俺、こんなので死ぬの?うそ?え?」って感じだったんじゃないでしょうか。
上杉謙信も戦死した家臣に対し、「驚きながら死んで行くやつがあるか」と言って悼んだ・・・という話も聞いたことがありますから、やはり、「死」というものと隣り合わせの戦場であっても、そういうことがあるものなのでしょう。

となれば、ましてや、危険とは縁遠い平和な日常生活を営んでいる我々としては、突然、死というものに直面したとしても、なかなか、その現実を受け入れることは容易ではないことは想像に難くないことで、実はこの辺は、私にも経験があります。
恥ずかしながら、若い頃海で溺れて死にかけたときには本当に、そう思いましたね。
「え?まさか?俺、こんなことで死ぬの?まさか、え?」・・・って。
他にもまだありますが、多かれ少なかれ、そういうことは考えましたね。

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この方も「ここからロープで滝壺まで下りてくれ」と言われれば十二分に気を付けられたでしょうが、「ちょっと乗るだけなんだから」という安易な気持ちがあったのでしょう。
でも、私がそこに居て、その人を責められたかと言われれば、ちと、自信がありません。
親としては、「運」で済まされる話ではないでしょうが、その人と私とにどれだけの差があったのかと考えると・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-28 07:57 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

ピーター・アーツの健闘に陽はまた昇る坂の上の雲を思う
親愛なるアッティクスへ

e0027240_17384052.jpg今日からいよいよ、年賀状投函開始だそうですね。
今年は例年より喪中のハガキが極端に少なかったのですが、どういうわけか、その、少ない喪中のハガキがすべて「サ行」の人ばかりでして・・・。
まあ、笑ってはいけないことなのでしょうが、こんなこともあるんだな・・・と。
ちなみに、私は、例年、11月が割と暇でして、そのため、師走で忙しくなる前に、すべて書き上げておくのですが、今年は色々あって、まったく手つかずになっており、これから、残業して一気に仕上げにかかります(笑)。

で、この土日・・・、印象に残ったことが3つ・・・。
まず、何と言っても目を見張ったのがK-1でのピーター・アーツの準決勝での健闘振りでしょう。
私は、たまたま、見ていたのですが、御年40歳のおっさんが、自分よりも遙かにでかく、リーチも長い巨漢を相手に攻める攻める・・・。
その姿勢は明らかに呑んでかかってましたね。
私より、たった9歳下の、同世代と言っても良いような、立派なおっさんのその姿を見ていると、何だか、もの凄く、励まされるものがありました。
まあ、決勝ではあっさりやられましたが、端から見ていても既に一杯一杯でしたので、やむを得なかったとはいえ、「せめて、三日くらい間を空けさせてやれよ・・・」と少々、割り切れぬものを感じましたが。

次に、寸暇を惜しんで、録りだめしていた「陽はまた昇る」という映画を見たのですが、(なぜ、寸暇を惜しんでまで・・・かというと、長ーい「沈まぬ太陽」も録画しているからです。早く見てしまわないと・・・(笑)。)まあ、以前、NHKの「プロジェクトX」でもやってたことから、ある程度、実像も知っていたこともあり、予想していたこととは言え、「ここまで甘い味付けしなくても・・・」という感じだったのですが、それでも、ラストはやはり、泣いてしまいました(笑)。
すべて、想像出来ていたにもかかわらず・・・です。
家人がいたので、見つからないようにこっそりと涙をぬぐいましたけどね(笑)。

で、最後は何と言ってもNHKのドラマ「坂の上の雲」でしょう。
こちらも寸暇を惜しんで、撮りだめしていた二話を続けて見たのですが、まず、「日英同盟」の回を見ていて思ったのが、「今時、こんなの放送して良いのかぁ?」ということ。
まあ、嘘ではないのでしょうが、「今のタイミングでは・・・」とは思いましたね。
NHKもまさか、企画の段階ではここまで民主党政権下手を打つとは思わなかったのでしょうが・・・。
次に、正岡子規という人の死を見ていると、病は辛かっただろうけど、幸せな人だったんだろうな・・・と思わずにいられませんでした。
親友の夏目漱石は松山で同居までして面倒を見て、弟子の高浜虚子河東碧梧桐らは詰めっぱなしだったわけですからね。
思わず、「ゲゲゲの女房」での水木しげる翁のそれを思い出しましたね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-12-15 17:31 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

死んでなかったヤザワのゲゲゲの名伯楽
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1632022.jpg矢沢永吉という人がいます。
言うまでもなく、還暦を過ぎても、なお輝き続けるロック・シンガーで、ちょうど、私が高校生の時に「時間よ止まれ」の大ヒットでカリスマ的人気を誇っていた人なのですが、盛者必衰の理に漏れず、私が大学に入った辺りからその人気は翳りを見せ始め、自作映画を作ったり、アメリカのレコード会社と契約したりというニュースは耳にするものの、曲もぱっとしませんでしたから、このまま下降線を辿っていって、いずれ、「天地真理」状態にでもなるのかな・・・と(笑)。

それが、その翌年辺り、ちょうど、私が20歳を越えた頃くらいにCMソングとして「YES MY LOVE」が出て、「あれ?」と思っていたら、続けて出たLAHAINAを聞いた瞬間、「あ、ヤザワ、まだ死んでないや」・・・と。
その後の活躍は改めて触れるまでもないことですが、なぜ、こんなことを言うかというと、アスリートなどと違い、音楽などの芸術を売る人たちには基本的にアーチスト寿命というのは無いんだということを思うからです。
つまり、彼らは本当に良い物を提供すれば聴衆は受け入れてくれるということであり、「時代が変わった」とか、「飽きられてしまった」・・・、あるいは、「大衆の嗜好が変わった」などと言っている人たちは、それ以前に「本当に良い物を提供していない」のではないかという気がするんです。

確かに、時代の変化というのはあるでしょう。
実際、我々が大正時代のヒット曲を聴いて、当時の人たちと同じように感動できるかといえば、そこは生活習慣も違えば環境も、言語さえも違う以上、難しい物があことは事実でしょう。
でも、一世代くらいなら、十分、許容範囲で、実際、私も、親の時代の曲でも好きな曲はありますし、うちのガキどもも私が彼らくらいの時に聞いていた「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」などを聞かせたところ、気に入ったみたいですし・・・。

この点で想起するのが、今年の流行語大賞にもなった「ゲゲゲの女房」で、スランプに陥った水木しげる翁が「もう、誰も私の漫画なんか見てくれませんよ」と投げ遣りに言うのを受けて、盟友のイヌイさんが「大丈夫です。本物は消えません」というシーンです。
(毎度、思いますが、流行語大賞って、一体、何を基準に選んでるんだ・・・と。昨年の「政権交代」なんてまったく流行してませんし、今年のも流行はしたけど、流行語にはなってないだろう・・・と。)
イヌイさんという人は、水木翁にとって、であり、仕事仲間であり、理解者であり、でもあったのでしょう。
それだけに、今の水木漫画に何が欠けているかはわかっていたはずで、(おそらくは仕事が増えるうちに、かつての野性味のようなものが無くなっていたのでしょう。)それなのに、「今、あなたの漫画に何が欠けているかは私にもわからない。でも、それが何かわかるまでは大いに苦しんでください」・・・などという辺り、この人は、翁にとってはまさしく名伯楽だったのでしょうね。
こういう人たちに囲まれていた水木しげるという人は本当に幸せな人だったんだなと大変、羨ましく思えますね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-12-14 18:00 | 文学芸術 | Trackback | Comments(4)

武蔵野紀行 その3 鬼太郎に染まる調布
親愛なるアッティクスへ

e0027240_19123259.jpg調布鬼太郎に染まっています。

水木しげるサマサマですね。

今から代々木に向かい、用事が終わり次第、帰途につきます。

出来るだけ早く帰るつもりですが、せっかく来たので昼飯まで食って帰ります。

                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-06 09:39 | 地域 | Trackback | Comments(2)

ドラマ「ゲゲゲの女房」に日々黙考 その6
親愛なるアッティクスへ

水木しげる・布枝夫妻の半生を描いた「ゲゲゲの女房」もとうとう、終わりましたね。
私は、元々、朝の連ドラなどはまったく見ない人でしたので、これでまた、そういう物に縁遠い生活に戻ると思いますが、ていうか、そもそも、朝の連ドラなんて物をここまで見たのは初めてでしたよ。
で、このドラマ、最初は別に「やってれば見る」という程度だったのですが、佳境に入って以降は、恥ずかしながら、結構、独り、感涙にむせぶことも・・・、いやあ、とにかく、色々なことを考えさせられました。

①布枝夫人のお父さんが水木翁に対し、「家族という物は家長を中心に一糸乱れぬ統制の元、粛々と・・・」などと言うシーンなどは、今のお常識なら、「理不尽な!」、「人権侵害だ」などという罵声が聞こえてきそうですが、明治生まれの義父大正生まれの婿との間では、その概念に対してはいささかの疑問も存在しないわけで・・・。
九州人的には、我が家でも、今でもそうありたいと思っているのですが、如何せん、時代の波には逆らうには私は余りにも非力すぎます・・・(涙)。

②「皆、、戦死する者は戦闘で死ぬと思っているだろうが、実際には戦闘以外で落命する者も多かった」という体験を語る中で、ワニに食われて死んでいった者の話がありました。
まあ、この話自体は私も以前より聞いていたので特に驚く話ではありませんでしたが、印象に残ったのが、「皆、自分はこんなことで死ぬのかと驚きながら死んでいった」・・・というくだりです。
私も、過去、何度か死にかけたことがありますが、中でも過般の凍死の時と、学生の頃に志賀島で溺れかけた時には、まったく、そういう感じでしたね。
「え?嘘やろ?俺はこんなので死ぬの?」・・・と。
私的に言わせて頂ければ、「死はいつも明確な意図をもって訪れるとは限らない」・・・というところでしょうか。

スランプに陥った水木翁のもとを貧困時代からの理解者・イヌイさんが訪ねてきて、「私もあなたの近頃の作品には精細が無いのが気になっていた」と言い、「私はもう過去の人だ!」と嘆く翁に対し、「大丈夫です。本物は絶対に消えません。水木しげるは本物です」と確信を持って言い切る・・・。
そして、「今の貴方に何が足りないのか私にもわからない。今は大いに苦しんでください」といい、これにより、スランプから脱出するわけですが、私が思うに、多分、イヌイさんは水木翁に足りないものが何かはわかっていたと思いますよ。
まさしく、名伯楽でしょう・・・。

で、これらのどれより、私が一番、痛感したことがあります。
今の私に一番、致命的なまでに欠けている部分であり、本当は、その部分についてこそ書きたかったのですが、ここに顕すには余りにも身の不徳は如何ともし難く・・・、また、いずれ機会が有れば・・・。
ちなみに、長女のアイコさんがどうやら私の一歳下くらいのようですので、昭和40以降のシーンなどを見ていると、我が家も結構、同じような感じがありましたね。
確かに、うちも水木家と同様で、たまに家族で出かけるとなるとデパートで、しかも、行くだけで何も買ってくれないんですよ・・・(笑)。
そういえば、うちも母の弟などが来ると、デパートに連れて行ってくれて好きな物を買ってくれていたような気がしてきました(笑)。
嗚呼、昭和は遠くなりにけり・・・ですね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-09-28 17:35 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

ドラマ「ゲゲゲの女房」に日々黙考 その5
親愛なるアッティクスへ

ドラマ「ゲゲゲの女房」ですが、いよいよ、水木しげる翁の快進撃が始まったみたいですね。
なぜか、結構、目頭を熱くしながら見ているのですが、この、水木翁の快進撃という点では少し思うことがあります。
それは、手塚治虫という人物の存在です。

e0027240_1625783.jpg(←水木翁に敬意を表して納涼サービスです。
季節柄、少しは涼しくなられたでしょうか(笑)。
ちなみに、ここは今でこそ、夜はこういう怪奇スポットみたいな扱いになってますが、元は小松政夫さんの実家で、私が子供の頃にはすでにこういう状態だったものの、戦後の焼け跡に突如、これが出来たときは、まさしく白亜の豪邸だったそうですよ。

ついでに言うと、最近、デジカメの登場以来、心霊写真が激減したように思われませんか?)

手塚氏は昭和3年(1928年)生まれですから、大正11年(1922年)生まれの水木翁よりは6歳年若になりますが、遅咲きの水木翁とは対照的に、終戦間もない昭和21年(1946年)、大阪帝国大学医学専門部在学中に4コマ漫画でデビューするや、翌年には漫画界に革命を巻き起こしたと言われる「新宝島」で一躍注目を集め、昭和25年(1950年)より漫画雑誌に登場、「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」といったヒット作を次々と手がけ、さらに、石森章太郎、赤塚不二雄、藤子不二雄など自らに憧れて集まってきた、いわゆる、トキワ荘グループと呼ばれる後進の育成にあたる一方、昭和38年(1963年)には「鉄腕アトム」で日本初のTVアニメのシリーズ物に進出・・・と、つまり、水木翁が戦争から復員し、紙芝居や貸本マンガなどで細々と食いつないでいた頃、すでに「漫画の神様」として君臨しており、経済的にも高額所得者、つまり、当時の「百万長者」だったわけです。

出す漫画出す漫画が、気持ち悪いとか、俗悪であると酷評され、極貧に喘いでいた翁は、果たして、この、6歳年下の時代の寵児をどういう視線で見ていたのか・・・と。
というのも、ドラマでは触れられていなかったようですが、水木翁の快進撃の発端となったのも手塚氏の存在があり、ドラマでは、少年ランドとされているのは当時、後発の少年マガジンであり、マガジンはすでに隆盛を誇っていた少年サンデーに対抗すべく、手塚に原稿を依頼したところ、手塚の機嫌を損ね、逆にマガジンで連載中であった「ワンダー3」をそのまま、サンデーで連載されるという大失態を冒しており、この存亡の危機に際して、マガジン編集部が目を付けたのが「貸本漫画家」であった・・・からです。
で、このとき、水木翁などとともに登用された中には「ゴルゴ13」さいとうたかを氏などもいたと聞いていますが、これらの人材登用により、少年マガジンは連載部数を伸ばすことができたわけですが、手塚氏にしてみれば、面白くない現象だったのでしょう。

手塚氏は、さいとう氏の劇画なども酷評したそうですが、昭和11年生まれのさいとう氏はまだ、小僧扱いだったのでしょうが、水木翁のそれに対してはおそらく、違う意味での「恐怖」を感じたのではないでしょうか。
翁の妖怪漫画「墓場の鬼太郎」を初めて見た手塚氏はそのあまりの衝撃に自宅の階段から転げ落ちたといいますし、私が大好きな「どろろ」などはこれを意識して描かれた物だという説もあるようです。
その後も、一方的に激しい闘志を燃やしたのは水木翁の方ではなく、手塚氏だったことを考えれば、さすがに神様・手塚は本能的に、水木しげるの漫画が自分の脅威になることを見抜いたのではないでしょうか。
この後のことについてご興味のある方は、平太郎独白録 : ブラックジャックに見る人間万事塞翁が馬をご覧ください。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-27 17:58 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

ドラマ「ゲゲゲの女房」に日々黙考 その4
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

ドラマでは、いよいよ、水木しげる翁が世に出る運が向いてきましたね。
その一方で、南 明奈ちゃん演じる若き女流漫画家が受け入れられず、消えようとしていますが、水木翁はいくら世間から「こんなゲテモノ」と酷評されようとも自分のスタイルを変えず、対して、彼女は売れるために世間に合わせて、小さくまとまった物に変えてしまった・・・と。
この、水木翁とアッキーナちゃんの差、この辺は、私には良くわかります。
私も色々、言われましたから。
あるメルマガには、「出版とは営利事業であり、商業ベースで売れる物が要求される」・・・という記事もありましたが、確かに彼らの言うことはもっともなことなんですよ。
ただ、そういう話ばかりを聞いていると、あまりの無機質さ気が滅入ってくるんです。
もっと、ロマンが無いと・・・と。

また、私は「売れるように作った物だけが売れる」とは考えておりません。
それは、「市場に合わせて作っただけで、市場を創造したわけではない」・・・というケースが多いからで、市場とは常に流動的な物であると考えれば、「売れるように作った物」は「すぐに売れなくなる物」だともいえるでしょうか。
事実、このドラマでも、編集者氏が「ザラッとした物がないとダメ」ということを言ってましたが、これなどは私も実に同感だと思います。
(まあ、この辺は何ら実績がない私如きが言うのも何なんですが(笑)。)
その点で言えば、「ジョジョの奇妙な冒険」などは絵を見た瞬間に、「あ、これは売れる」と思いましたよ。

で、その水木翁の代表作とも言える「ゲゲゲの鬼太郎」ですが、これがテレビアニメ化されたのは昭和43年(1968年)1月だといいますから、まさしく、私の小学校入学前後の時期に当たるわけで、当時は白黒でしたので、その辺の質感もあったのかもしれませんが、その後のカラー作品には無い、間違いない、「ザラッとした物」がありましたよ。

e0027240_18185833.jpg特に私が覚えているのが、「昔の木造家屋の窓外にあった小さな出窓のような所に夜ごと光り輝く不思議な花が咲いたことから、相談を受けた鬼太郎たちが行くと、その花の茎が見る見る伸び、鬼太郎たちに絡みついて締め上げようとする。が、なぜかそこに住む少女のみには花は攻撃しようとはせず、触れるとすぐにほどける。で、この謎を解くべく鬼太郎らは、この花の種が飛んできたと思われる南方の孤島に向かい、苦労して、ついにジャングルの中で妖花の大木を発見。すると、この大木は戦死した少女の父親の遺体の養分を吸って成長した木だったことがわかった」・・・という話です。
(たぶん、第32話の「妖花」ではないかと思いますが。)

e0027240_18194756.jpgつまり、娘を独り遺して、望みもしなかった最果ての孤島で散らなければならなかった兵士の魂が、娘心配さのあまり、一粒の種として娘の元へ飛んで来た・・・というわけです。
子供心にも、他の単なる勧善懲悪のストーリーと違い、何かしら感じる物がありましたよ。

この辺は、絶望的な戦場で片腕を失わざるを得なかった水木翁としても、何らかの感慨があって描かれた作品ではなかったでしょうか。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-07 08:34 | 時代観 | Trackback | Comments(5)

ドラマ「ゲゲゲの女房」に日々黙考 その3
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

このドラマを見ていて、思ったことがもう一つあります。
それが、「貸本屋」と、そこを排除すべく抗議に来るPTAの「おじさんおばさん」たちです。

e0027240_1661368.jpg(←当時の主要長距離移動手段「寝台車」です。昔のプロ野球選手たちはこれで移動していたんですね。最西端の西鉄ライオンズは「戦力を2割増しにして初めて互角」と言われたのがよくわかります。ちなみに、多分、東京~博多間24時間くらいかかっていたと思います。)

うちの近所にも貸本屋がありましたが、本が大好きだった私は、もし、許される物なら、そこに寝泊まりしてでも、そこにあるすべてを読破したいと思っておりましたが、当然、私にそういう金が与えられることはなく、毎日、ガラス窓にべったりくっついてタイトルだけを眺めていました(笑)。
(小学校低学年の時、いつものようにべったりとガラス窓に張り付いてタイトルを眺めていた私に、一つ年上のタカヒロ君が、「おまえ、ひのひのファイターって知っとうや?」と声を掛けてきました。「ひのひのファイター?どこにある?」と聞くと、「ほら、そこ・・・」と。彼が指さした先には「炎のファイター」という本がありました・・・。一応、私は読めましたけどね(笑)。)

e0027240_16435467.jpg(←前掲の列車は現役物ではなく、北九州市にある門司港レトロ地区という所の鉄道記念館にあった物で、これは同じく、そこに展示してあった列車の外部にあったプレートです。「昭和36年製」と書いてあります。思わず、「お互い、年取ったよな・・・」と(笑)。)

で、私はその貸本屋に抗議行動があっていたのは見たことがありませんが、確かに、「貸本」の中には「良書」とは言えないような物も混じっていたようですね。
(あるいはそれが私が見せてもらえなかった理由なのかも知れません。)

e0027240_17524566.jpgただ、当時は、戦後の反動もあったのかもしれませんが、やたら、こういう空気が横溢していたようで、水木しげる翁の作品は仕方ないとしても、(水木作品も、初期の頃はちょうど今のホラー映画と同じような感じで、おどろおどろしいだけの物でした。)マンガの神様・手塚治虫作品までが激しい非難にさらされていたといいますから、今の我々の感覚では「何で??」という気も・・・。
(←「もじ」です。「じも」ではありません(笑)。)
当時、「手塚の作品は荒唐無稽だ!」と激しい攻撃を受けたそうで、これに対して、生前、手塚氏は、「荒唐無稽って悪いことなのか!」と言って激しく反発しておられましたが、この点で、特に、私が印象に残っているのが「どろろ」です。
(この点ではグリム童話が日本に輸入されたときに、残酷な描写がすべて削除されたのを想起します。)

これにつては、以前もたびたび、述べておりますのでここでは申しませんが、(参照:平太郎独白録 : 我が愛しの名作、「どろろ」にみる理想と現実の真理!人間社会の醜さというものは、子供の目から覆い隠して隠しきれるものではありませんし、子供は大人の欺瞞には本能的にその弥縫を鋭く見つけるもののようにも思います。
事実、私は当時、「他のきれい事を言っている訓話が真実でなく、こちらが真実だ」と思いましたから。

明日に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-06 18:02 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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