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竹脇無我さん死去でまた一つ去った昭和の記憶
親愛なるアッティクスへ

e0027240_11194661.jpg昨夜、すべてのポイント失効してしまう・・・という夢を見ました。
やはり、私は病んでいるのでしょうか(笑)。
で、出勤したら、口座が残高不足になっていて引き落としできなかった・・・という事実を知らされました。
やはり、私は病んでいるようです・・・(涙)。

(←以前、重慶の観光地で見かけた標語?です。「貧乏性なのに浪費症」ふたご座の特徴と聞いて思いっきり納得した私のために設置されているのかと思いましたが・・・。要は今の中国には私のようなのがたくさんいる・・・ってことでしょうか。もっとも、上には上がいましたけどね(笑)。)

などという、与太話は置くとして、俳優・竹脇無我さんがお亡くなりになりましたね。
今の人たちにとっては「誰?」でしょうが、私にとっては「二枚目俳優」の代表選手みたいな人で、この点で少々、印象に残っている役者さんでした。
と言いますのも、実は我が家は結構、美男美女の家系でして・・・。
そう言うと、リアルの私を知っている方は思いっきり噴き出されるかもしれませんが、哀しいかなこれは真実でありまして、つまり、私だけが例外なわけで、まあ、それはさておき、それだけに子供の頃から周囲に美男美女の顔がごろごろおり・・・。
もっとも、その辺は天性の助平だったんでしょうね、女性の顔はすべて美人に見えるんですが、なぜか、男性の顔は少しくらいの男前ではまったく男前に見えなかったんですよ。

その私が、子供ながらに「世の中にれほど格好いい人がいるのか」と思った男性が二人・・・。
一人が竹脇無我さんで、もう一人が石坂浩二さんでした。
子供心にも「ハンサムというのはこういう人のことを言うんだろうな・・・」と思いましたよ。
石坂さんは今でもお元気ですが、竹脇さんの方は長らくうつ病に苦しんできたと聞きました。
ドラマ「だいこんの花」で父子を演じた森繁久彌さんとは私生活でも実の父子以上の付き合いがあったと聞きましたが、その森繁さんがうつ病に苦しむ竹脇さんに言ったという「人間笑ってばかりも生きられないが泣いてばかりも生きられない」という言葉も強く印象に残っております。
享年67歳。
私にとってはまた一つ、昭和の記憶が遠くに去ってしまった・・・という感を強くしておりますが、謹んでここにご冥福をお祈りします。
合掌・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-23 08:01 | 時代観 | Trackback | Comments(4)

大工の世界は無駄をそぎ落としたボクサーの趣き
親愛なるアッティクスへ

巨匠、黒澤 明監督の代表作に名作、「七人の侍」があります。
この中で、改めて、私なりに思ったことがあります。
まず、劇中、野武士の襲撃から守らんとする村に到着したとき、早速、防備を固めようとする、幾多の戦場をくぐり抜けた志村 喬らのベテラン侍たち・・・。
その仕事ぶりは、新築住宅上棟式のときのベテラン大工たちの姿そのものに思えましたよ。
何も言わないでもわかるし、言わなくてもすでに誰かがとりかかっている・・・。
皆、長年の共通の体験があり、誰かが、系統立てて指揮指導しなくても、いつものように手慣れた手つきで眈々と段取りを進めている・・・。
(これは、私も経験あることなのですが、大工の世界というのは日本では異質なほどに合理的・・・、まるで無駄をそぎ落としたボクサーの体のような趣があるんですよ。)
つまり、この映画の中に出てくる侍たちは、あの時代にたくさんいた「職人」という人種たちの姿であり、ひいては、アメリカンナイズされてしまう前に存在した日本文化そのものでもあったのではないか・・・と。

e0027240_17211803.jpg
で、演技者という点では、ひとつ、印象に残る話があります。
先般、森繁久弥さんがお亡くなりになったときに、かつて、杉村春子さんとの対談の模様が放送されていたのですが、その中で、森繁さん曰く、「松竹のある監督は新人女優が来ればリハーサルで『良いよ』という。で、本番となったとき、その女優のセリフが終わり、本来なら、『カット!』となるはずのところで、しばらく何も言わずにカメラを廻し続ける・・・。すると、女優は自分のセリフが終わってるから、どうして良いかわからず、目が泳いだり、狼狽えたりする・・・と。すると、その監督は、『こいつはダメだ』というんですよ。『厳しすぎるのでは』と言ったところ、彼は、『人物を掴んでいると何とか言う』と言うんですよね」・・・と。

この話には、森繁さんも、杉村さんも、共に「新人には少し厳しすぎる話なんじゃないか」といって苦笑しておられましたが、確かに私も少々、厳しすぎるようにも感じるのですが、でも、考えさせられる話でもありました。
ああいう世界はそもそもが、スタート前の時点で何か他人と違う物を持っている人がスタートラインに立つべきであって、その、「持って入ってきた」かどうかを見るという意味では、酷なようですが、その監督さんが言っていることは一理あると思います。
無論、この時点で「持っていなかった」からと言って、すべてを否定する必要はないとは思いますが、足を一歩踏み入れた瞬間から選別は始まっていると言って良いわけで、その意味では、「持って入ってきた」人たちからすれば、大きく出遅れたことは否めず、一層の奮励が必要になってくるでしょう。
                                         平太独白

by heitaroh | 2009-12-30 18:28 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

森繁久弥逝去に見る名優の定義と国は違っても・・・の理
親愛なるアッティクスへ

e0027240_2024425.jpg過日、大往生なさいました森繁久弥御大・・・ですが、(大正2年生まれの96歳だったとか・・・、改めて、合掌。)私は、この人は、三船敏郎さんなどと同様、「名優」と呼ぶに本当に相応しい人だった・・・と思っております。
(←本日の福岡県地方は結構な。少し場違いな画像ですが、以前、何かで森繁さんが、「を見て、『あぁ美しいなぁ』・・・ということを思える人生を送らないといけないんだよ、きみぃ」と言っておられたと耳にしましたので。)

それは、この人が千差万別多種多様、市井の人から英雄偉人まで、コミカルな役から重々しい役まで幅広く演じきったからです。

その意味で、やはり、役者とはこうあるべきだと・・・。
以前、テレビで「日本人が選ぶ名優ナンバーワン」などというのをやっており、三船敏郎、勝 新太郎、高倉 健、森繁久弥・・・という人たちの中から誰かを選ぶ・・・というものでしたが、選ばれたのは高倉 健さん・・・でした。
これは高校生なども投票に参加したから・・・だそうですが、高倉さんは、私は同郷ながら、正直言って、あまり評価しておりません。
それは、彼が自分に合う役・・・、できる役しかやってこなかったからです。
イメージを大切にした・・・ともいう言い方もできるのでしょうが、やはり、役者は「この役」と言われたら、どんな役でも、それを見事にこなしてこそ、役者なんじゃないかというのが私の役者観なわけです。
(三船さんでも、黒澤 明監督作品だけでも、「七人の侍」菊千代道化を演じ、「隠し砦の三悪人」では重厚な武人を・・・、はたまた、「酔いどれ天使」では抜き身の刀のようなやくざ者、そして、「野良犬」では実直を絵に描いたような責任感の強い刑事・・・と、これでもかというくらい、まるで違うキャラクターを見事に演じきっていましたよね。)

また、この方は、博多の中洲でも色々、勇名を馳せた人のようで、私も先達から何度かその手の話を聞かされましたが、その一方で、私には、この人が言っていた話の中で大変、印象に残る話があります。
戦時中、NHKアナウンサーとして満州に渡っていた時代、先に満州に渡っていた孫に呼ばれて、一人の老人が渡満してきたとか。
で、森繁さん一行がたまたま、孫が居るという所まで案内することになったが、途中で日が暮れたので、どこか旅館へ泊まろうとしたところ、その老人は「私は百姓だから百姓の家が良い」と言い張って聞かない・・・。
やむなく、一軒の農家へ泊めてくれるべく交渉し、その家に泊めてもらえることになり、老人を連れて家に入ったところ、老人は突然、土間に額をこすりつけて、「孫がお国に大変お世話になっております!」と声を張り上げて言ったとか。
その家の主は、近所でも有名な偏屈な老人だったそうですが、どういうわけか、とても快くもてなしてくれた・・・と、目に涙を浮かべながら語っておられました。
別に、森繁さん自身はその場に居ただけなのに。
この辺はその後の経験なども含めた、本人しかわからないことなのかもしれませんが、それでも先ほどの月の話然りのような一面を持っておられたということなのだろうと思います。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-11-11 20:21 | 文学芸術 | Trackback | Comments(6)

ボウフラが人を刺すよな蚊になるまでは泥を噛み噛み浮き沈み
親愛なるアッティクスへ

今朝は、しっかり、日差しが強かったので洗濯物をベランダに干して、100mほど歩いて昼飯に行ったところ、飯やを出たら、見事なほどの豪雨・・・。
あーあ・・・と、絶句しながらも、そのまま、1時間ほど色々用事を済ませて戻ってきたところ、家人が「雨が降る前に・・・」などと言う。
「え?さっき、降ったじゃない」と言うけど、「いや、降ってないよ」と。
で、ベランダに出てみたら、まったく、どこも濡れた形跡がない・・・。
慌てて、洗濯物を取り込み、事なきを得ましたが、たった100m弱、区画にしてわずか2区画を隔てたのみ・・・ですよ。
こんなこともあるんだな・・・と思い、洗濯物を取り込んだところ、またしても、激しい日照りに。
で、再び、ベランダに出して・・・、ふと、気が付いたら大雨が降ってました(涙!)。
なんじゃそりゃあ!!!!!!!!と。
で、気を取り直し本日のお題です。

一昨日の昼、JR東海バスが14歳の少年にバスジャックされるという事件が起こりましたよね。
私が注目したのは、少年は女生徒との交際問題で両親に叱られ、「嫌がらせをするためにやった」と供述していることでした。
識者は、訳知り顔で、「凶悪、低年齢化する少年事件が後を絶たない」、「そういう事件を起こす社会の異常が背景にある」などと述べられますが、私は、この少年のその動機を聞いて、思わず、先日NHKで見た「わたしが子どもだったころ」という番組の、ロングラン劇画、「ゴルゴ13」で知られる老劇画家 さいとう・たかを氏の回を思い出しました。
  
私が印象に残ったのが、氏は、幼少から絵の才能があったにも関わらず、誰もそれを認めようとはしなかったこと・・・、特に、小学校の時に、大阪府で金賞を獲得して、「僕の絵が大阪府で一番やで!」と喜ぶ少年に対し、母親はその絵を燃やし、「うちは兄ちゃんが大学に行くから、あんたは中学出たらすぐに働いてうちの家計を助けるように」などと言い放つシーンは私も多少、似たような環境にいましたからいたたまれませんでしたね。
(私も良く、「社会や国語の成績など何の役にも立たん!」といわれてましたからね。)
親からすれば、夢を持たせることは子供のためにならない・・・と思い、心を鬼にして言ったことだったでのしょうが・・・。
(ちなみに、「1+1は何で2なん?と聞いたら、兄が物も言わずに私を殴った」ということを言っておられましたが、これも、私にも似たような覚えがありますね。)
で、氏は、中学生の頃には、「あいつの行き着く先は刑務所や」と先生らから陰で言われるようになっていたとか。

「ボウフラが~ 人を刺すよな蚊になるまでは~ 泥を噛み噛み~ 浮き沈み~♪」

これは、映画、「座頭市」に出演した森重久弥氏が劇中で歌った歌だそうで、勝新太郎さんが、これを気に入り、良く色紙に揮毫していたそうです。
もっとも、バスジャックの少年のそれは、氏のそれとは違い、「彼女と遊びたい」などという、何とも低次元の話動機ですから、毛頭、同列に論じる気はありませんけどね。

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by heitaroh | 2008-07-18 18:30 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

ブラックジャックに見る人間万事塞翁が馬
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15395986.jpg手塚治虫「ブラックジャック」と言う漫画をご存知でしょうか?
言うまでもなく、巨匠、「手塚治虫」の代表作の一つです。
このマンガ・・・、今でも売れ続けている、知る人ぞ知る超ロングヒットなんですってね。

ただ、この漫画が出る前に「神様」手塚治虫が置かれていた状況と言うのは、決して、順調なものではなかったそうです・・・。

かつてのように、出す作品、ことごとく子供達の心をわしづかみ・・・というわけにはいかなくなっており、もう誰の目にも、手塚の時代は終わったと映っていたそうで、ついに、手塚プロ倒産自宅売却
起死回生で最後の望みを託した「ミクロイドS」という作品も半年で打ち切り・・・という、まさしく、どん底の状態だったそうです。

そこへ、週刊「少年チャンピオン」「ブラックジャック」を連載することになって、編集長担当者を募ったところ、誰しも、落ち目の作家など担当などしたくはないもののようで、やむなく、ある担当者にその話が廻ってきたそうです。
その人も、(こんな落ち目の作者、嫌だ!)と思い、「手塚先生じゃ、もう、だめですよ」と言って逃げようとしたところ、編集長から、「だめなのは俺にもわかっている・・・。なあ、手塚先生の死に水をとってやろうよ・・・。連載と言っても、5回だけだから・・・」と言われ、渋々、引き受けたそうです。
参考記事:平太郎独白録 親愛なるアッティクスへ : 神は自らの領域に近づこうとする者を愛さない

当時、コンセプトとして、「医者もの」「劇画タッチ」と言うことはあったそうですが、それでも、誰も期待などすることもなく、出版されてからの読者アンケートでも、16作品中12位で、誰もが内心、「やはり・・・」の世界。
そうこうするうちに、手塚治虫は締め切り前日になって、「第四話が書けない」と言ってきたそうで、「連載作品なのに!」ってことになり、大慌てで、その担当者が家に駆けつけ、「書いてもらわないと困る!」と言ったところ、「今日だけは、今日だけは、勘弁してくれ!」と言って、そのまま家を出て行こうとしたそうです。
担当者は、「冗談じゃない!書いてくれなければ困る!」と言って、ドアの前に立ちふさがって、手塚を肉弾で突き飛ばし、肩を摑んで、むりやり、椅子に座らせたそうです。
手塚と言う人は、日ごろ、連載に穴を開けるようなことはなかったし、人を悪し様に言うような人ではなかったそうですが、このときばかりは、「君は鬼だ!」と言って突っかかってきたそうです。
この辺の両者の心理は、よくわかるような気がします。
手塚にしてみれば、満天下に生き恥をさらしているようなもので、みじめみじめで・・・、とても、やってられないような心境だったでしょうし、担当者にしてみれば、「だから、落ち目は嫌なんだ!」だったでしょう。

で、結局、そんな状態では当然、書けようはずもなく、もう、締め切りに間に合わないから、仕方なく、第四作が載るはずのところに、そのまま、第一作目の作品を掲載したところ、その発売の翌日、出版社である秋田書店電話と言う電話が鳴りっぱなしになり、出版部だけでは電話の応対が間に合わなくなって、ついには、社員総出で電話を取り捲らなければならない事態になったそうです。
内容はすべて、少年チャンピオンに「ブラックジャック第四話」が載らなかった事への苦情・・・。
そこで、初めて、担当者は自分の担当している作品が、「どれほど読者に支持されているのかがわかった」と・・・。

「人間、泣いてばかりも生きられない。笑ってばかりも生きられない」
これは、重度の鬱病で生命の危険さえあった俳優・竹脇無我に対して、森繁久弥が言った言葉だそうです。
漫画界に、はかり知れぬ足跡を残した神様・手塚治虫・・・。
何とも人間くさい神様です・・・。
人間万事塞翁が馬、ご健闘をお祈り申し上げます・・・、ご同輩。
                                 平太独白
by heitaroh | 2005-08-11 18:35 | 思想哲学 | Trackback(2) | Comments(6)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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