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東日本大震災・北関東派遣見聞録 その6 山縣有朋記念館
親愛なるアッティクスへ

ついに今日から10月ですね。
まだまだ、博多半袖でOKなのですが、あと、3ヶ月後には正月なわけで・・・。
ということで、先日からの続きですが、東日本大震災応援建築士として栃木県に居た折、「山縣有朋記念館」というのに行ってきました。

e0027240_14262496.jpg

山縣有朋とは、言うまでもなく、吉田松陰を師と仰ぐ松下村塾出身の長州藩士で、維新後は二度にわたり内閣総理大臣となるなど、明治の元老として日本政界に君臨した人物ですね。
で、その山縣有朋を記念した施設は栃木県矢板市という、県都・宇都宮から車で1時間ほど北東に行った場所にあるのですが、特に観光名所になっているふうでもなく、たまたま、拡げた地図に小さく載っていたのを見つけて行ってみた次第でした。
思えば、栃木県北部、特に、那須地方は当時から明治政府の要人たちの別荘地として認知されていたらしく、乃木希典、大山巌などの別荘もあるのですが、ただ、彼らの多くはこれらを単なる避暑のための施設として計画したのではなく、「農は国家経済の基本本」という観点から、開拓農場とするために取得したものだったようです。
そのため、この山縣別荘も、天然林約150町歩、草山600余町歩の山林に農家の次三男で土地を持てない人たちを募集し、開墾事業に取り組んだ所で、昭和9年(1934年)には小作人に土地を分譲したことから、戦後の農地解放の影響も殆ど受けなかったらしく、驚いたことにここは今でも山縣家の子孫の方がお住まいなんだそうですね。
もっとも、山縣有朋には成人した男子はいなかったらしく、甥を養子に迎えて山縣家を継がせてますから、現当主は直系ではないようですが・・・。

e0027240_12293914.jpgところで、ここを出て、帰りしな、私は少し不思議な体験をしました。
大正天皇になったんですよ(笑)。

(←大正天皇が使っていたトイレです。しっかり、洋式便器なんですね。ていうか、天皇は当時、神様でしょ。こんな不浄なことして良いの・・・と(笑)。)

と言っても、決してオカルト的なものではなく、駅まで遠いのでタクシーに迎えに来てもらったところ、タクシーがここの門を走り出た瞬間、ふと、なぜか、そういう気分になったんです。

思えば、砂利道を・・・、車の後部座席に独りで座って・・・、一旦停止もせずに一気に走り出る・・・なんて、普通はなかなか無い経験じゃないですか?
つまりは要人になった気分だったのでしょうが、ただ、なぜ、昭和天皇でも明治天皇でもなく大正天皇だったのかは私にも説明がつかないことではあります。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-10-01 07:39 | 地域 | Trackback | Comments(2)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その4 生き別れリスク
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

そんなこんなで、学生時代の友人と一緒に行くことになったわけですが、いくら、良い年こいた大の大人が自分の意志で来た・・・と言っても、そこはやはり誘った手前、私には彼の家族に対してのある程度の責任はあると感じておりました。
で、たびたび申し上げておりますように、今となっては隔世の感があるのですが、当時はまだ東日本大震災の発生から1ヶ月も経っていない頃ですから、どういう不測の事態が起こるやもしれず・・・、ノーリスクだとは毛頭思っておりませんでした。
(実際、「建築士」という腕章を付けていたら、殺気立った被災者の方たちから囲まれて、「うちも見てくれ」、「いや、うちが先だ!」などというようなことになったらしい・・・というような話も聞いていましたし・・・。)

e0027240_1254177.jpg

そして何より困惑したのが、地震に起因する怪我などについては一切、保険が適用されないということ・・・。
つまり、建物の調査中に余震が来て建物が倒壊し、その下敷きになったような場合でも怪我の治療費はすべて実費かつ自腹ということになるということですね。
(つまり、労災が出ないということですから、場合によっては社会保険も否認される可能性もあったでしょうね。ちなみに、死亡の場合、生命保険は出るようでしたが。)

e0027240_12363377.jpgその上で、当初は茨城、千葉、栃木と勤務地ははっきりしないし、行った後も「そこから誰か一人だけ隣県へ移動してもらうことも有り得る」・・・などという話もあったこともあって、私が一番危惧していたのは、お互い、別々の場所で活動していて、再び、大地震が起こった際に、「何日経っても彼に連絡が取れないから、もう帰ったのだろうと思って、独りだけ福岡に帰ってきたら彼はまだ帰ってなかった・・・」というような事態になった場合のことでした。
(←神社仏閣は殆どこの状態。)

したがって、できるだけ一緒に行動させてくれ・・・ということを申し入れた際には、他の建築士の中には「この期に及んで女々しいやつらだ」という目で見ていた人もいたようですが、真意はそういう所にあったわけで・・・。
と、まあ、今となってはすべて笑い話ですが、当時は本当にそういう切迫感がある中での活動開始だったということですね。

いずれまた続く・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-17 08:28 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

紫陽花の 花が見送る 鹿沼道
親愛なるアッティクスへ

e0027240_11113092.jpg今日は最初の訪問先から次の訪問先にいくまでに、少し待ち時間が出来たので宇都宮市の隣の鹿沼まで名物のニラそばを食べにきました。
たぶん、こちらに来て以来、一番美味しいニラそばだったと思います。

で、飯食って次に行くまでには、まだ時間があるので、近くの磯山神社という所にきています。
ここは紫陽花が売りの神社で、ちょうど今が見頃だと聞いて来たのですが、殆ど終わりに近いみたいで…と思っていたら、どうやら、まだ、見頃はだいぶ先のようです。

今年の冬が寒かったのが影響したのでしょうか・・・。
                    平太独白
by heitaroh | 2011-06-19 12:54 | 地域 | Trackback | Comments(0)

20万人突破の御礼と義援金へのシラケ感のご報告
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1240679.jpgもう少ししたら、また、栃木県へ向け、旅立たねば成りません。
(←今から我が、博多駅で飯食ってから空港に向かうと思います(笑)。たぶん、ここに居ると思います。行列までして食いませんので・・・。)
ということで、寸暇を惜しんで書いておりますので、乱筆乱文のほどはお許しください。
昨日も、申しましたとおり、「黒田家と江」というタイトルでの講演も無事、終わったのですが、その際、またまた、会場で拙著を販売させて戴き、講演料と併せて、幾ばくかの収入を得ました。

で、これまではこの収入に端数を足して、キリの良いところにしたくらいで、すべて、東日本大震災への義援金としていたのですが、今回は今のところ、振り込む予定にはしておりません。
やはり、「義援金の8割が宙に浮いたままになっている」などというニュースを聞かせられると・・・。

e0027240_12123219.jpgそれと、もう一つ、気が付いたらお陰様で通算の来訪者の数が20万人を越えておりました。
震災発生前は投稿数1500本突破と来訪者20万人は視野に入っておりましたので、ご報告と御礼を申し述べるだったのですが、震災発生以降、特に栃木県派遣に手を挙げて以来はまったく、その余裕を失っており、気が付いたらすでに20万人を千人以上、過ぎておりました。

ちなみに、たびたび、申し上げておりますように、この20万人という数字はあくまで、このエキサイト・ブログだけの数字であり、これに、当初、やっていたライブドアや、一時期、併設していたgooなどでの来訪者数を併せるとあるいは倍近い数字になるのかも知れません。
ということで、少し遅くなりましたが、20万人という、一つの都市にも匹敵するような数の方にご覧戴きましたことは本当に感謝の一語に尽きる次第です。
有り難うございました。

ということで、飛行機に乗り遅れそうになってきましたので、これにて。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-06-16 12:40 | その他 | Trackback | Comments(2)

備忘録的感慨その1 日本最古の学校・足利学校
親愛なるアッティクスへ

栃木県での生活にもある程度、先が見えてきました。
で、この際、備忘録的にこちらに来て、休みの日などに行った所のことについて記してみたいと思います。

まず、こちらに来て以来、私が日光東照宮と並んで行ってみたかった所が「足利」でした。
で、足利といえば、どうしても真っ先に思い浮かべられるのが、「日本最古の学校」と言われる足利学校(↓)でしょう。

e0027240_21331890.jpg


e0027240_21383445.jpg
(↑ここが中世当時の学生寮だそうです。この広さで二人部屋。まさしく、ここで勉学に励み、ここで床に伏す為だけの施設で、余計な物は一切無い・・・と。)

でも、むしろ印象に残ったのがこちら(↓)。

e0027240_21442963.jpg

学長に当たる座主の三代目、つまり、三世座主に筑前国、我が福岡県の出身者がいたことです。
で、気がついたのですが、栃木県にありながら東日本出身者が座主の座につくのは十代座主からで、つまり、九代座主まではすべて西日本の人ばかりなんですよ。
今でも、福岡人の私が栃木県まで来るのが大変なんですから、当時は宿泊施設医療施設、また、治安の問題などを考えれば、ここまで移動するだけで命がけだったんじゃないですか。
それを考えれば、そこまでして、西日本から先生を招聘しなければならなかったのが当時の東日本の現実で、だからこそ、この学校を再興した関東管領・上杉憲実もこの学校の最高の必要性を感じていた・・・と。

明日に続きます・・・と思いますが、わかりません(笑)。
                       平太独白
by heitaroh | 2011-05-16 22:19 | 地域 | Trackback | Comments(2)

蕎麦食いました、なう

e0027240_14405744.jpg栃木県はさすがに内陸部だけあって蕎麦が充実してますね。

今から、午後の調査に向かいます。

どうやら、栃木県内の案件は9割方終わったみたいですので、先が見えてきた観があります。
ここを去る日もそう遠くないのでしょう。

ちなみに今日は海の向こうではロイヤルウェディングですね。
別に、他人の結婚式には興味はありませんが、ダイアナ妃同級生の私的には、同級生の息子が結婚したというのは、何だか。少し微妙な気がします。

                                  平太独白

by heitaroh | 2011-04-29 12:40 | 地域 | Trackback | Comments(0)

大田原に居ます
親愛なるアッティクスへ

今、栃木県と福島、茨城の県境付近に当たる栃木県大田原市に来ています。
無論、遊んでいるわけではありません。
震災被害調査です。
ただ、途中、大田原城跡という所があったのでマニアとしては行かざるを得まいと思い、トイレ休憩を兼ねて、ちと行って来ました。

e0027240_16114465.jpg で、私は名前は聞いたことがあったので、ここは小田原北条氏時代の砦のようなものかと思っていたのですが、背反地検(なぜかこう変換します。何となく、納得できるような・・・(笑)。当然、廃藩置県ですね。)までは大田原氏の居城だったとか。

で、季節柄、満開で家族連れなどで賑わっていたのですが、良く見ると至る所に地震の爪痕(←)が…。

「震災の
  疵に寄り添う
    桜かな」
     梁庵平太


ちなみに、この城の説明書きには戊辰戦争のときのことが少し書いてあったのですが、そこには「西軍」「東軍」と記載してありました。
「官軍」、「賊軍」と書かない辺りが隣県である福島県に気を使っているということなのでしょうか。
                       平太独白
by heitaroh | 2011-04-17 16:11 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

生まれて初めて・・・
親愛なるアッティクスへ

生まれて初めて・・・、博多以外の桜・・・、つまり、栃木県の桜だけを見て春を終えようとしています。

e0027240_184316100.jpg(←この後、雨が降ってきたので商店街の中に居たらえらく屋根を叩く音が凄まじい・・・。さらに直後、結構、大きな地震が・・・。で、動揺する店員を尻目に店を出たところ、それまで上着がいらないくらいの気温だったのが、なぜか、突然、寒い・・・。ふと、傍らの足元を見ると、なんと、そこには思わず、我が目を疑うようなが・・・。後で聞いたら、降っていたのは雨ではなく、雹(ひょう)だったそうです。「こっちはこういうことがあるんだ・・・」と驚いていたら、地元の人も「こんなの初めて」・・・と。)

ようやく、ネット環境が復活しました。

今はとにかく、眠い・・・。

お休みなさい。

                     平太独白
by heitaroh | 2011-04-14 23:22 | 地域 | Trackback | Comments(4)

一転俄かにカキクモリ
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1725684.jpg栃木県に来て以来、ずっとネットを見ることが出来ない環境が続いてましたので、何とか、この状況を打破すべく、ついにスマートフォンを買ってしまいました。
が、使い方がわからず、ネットもメールも出来ない状態に陥り、まさしく、自縄自縛を絵に描いたような状況になってしまいました。
やむを得ず、ついに寸暇を見つけてドコモショップへ向かっていたところ、路傍に「史跡・おしどり塚」の文字があるのを見つけ、これを見て、汗ばみながら歩いていたところ、道を間違い、有名な教会の前へ出たので、これを見ていたところ、一転俄かに掻き曇り、慌ててアーケードへ駆け込んだその刹那、ものすごい豪雨に見まわれました。

ということで、今、商店街の中のドコモショップに居ます。
まもなく、復旧する予定ですので、どなた様も今しばらくのご猶予を。

ちなみに、おしどり塚とは・・・、鎌倉時代にこの辺で猟師がオスの鳥を穫って、首を落として体だけ持ち帰ったところ、翌日、また同じ所でメスの鳥を穫ったら、持ち上げたら、前の日の鳥の首を羽の下に抱えていた…という、私には未だによくわからない「男女の愛情のキビ」というやつだそうです。

などと書いていたら結構、大きな地震が来ました。
結構、騒然としています。
by heitaroh | 2011-04-11 17:25 | 地域 | Trackback | Comments(0)

那須塩原なう
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15102415.jpg
今、栃木県那須塩原市に来ています。

こちらも東日本大震災被害爪痕深刻なものがあるように感じました。

                                平太独白
by heitaroh | 2011-04-06 15:10 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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