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東京スカイツリー行ってきました!
昨日、9周年を書いてふと気づきました。
これ、書かなかったら危うく3月は「0」になってしまうところだったんですね。
で、さすがに3月は9周年記念号の1本だけ・・・というのも、何か、心苦しいようで(笑)。

e0027240_16444479.jpgで、この年度末の忙しいさなかにちょっと訳あって、東京まで行ってきました。
(まったくの私的都合です(笑)。)

で、ちょいと、東京スカイツリーに行ってきましたのでそれ載せます(笑)。

と言っても、元々、東京に土地勘がそれほどあるわけでもなし、地元の人ほどにはあまり、感動はありませんでしたけどね。

まず、週末でもあったし、さぞかし並ぶんだろうなあと思っていたら、14時に着いて渡された整理券が何と19時・・・。
ようするに「またおいで」ってことですね(笑)。


e0027240_16465055.jpg

(←黄金のスカイツリーだそうです。結構、条件が整わないと出ないんだそうで、幸運のスカイツリーとも言われてるとか。雲海みたいですね(笑)。)

で、他行って飯食って時間つぶして19時・・・。
一時期に比べると、随分と日が長くはなりましたが、それでも東京は博多より1時間、日の入りが早いですから、さすがに19時は真っ暗でしたね。

で、見た景色がこれ(↓)です。
余計な注釈を考えなくて良かった分、純粋に楽しめましたね。



e0027240_16511131.jpg
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平太独白


by heitaroh | 2014-03-29 17:07 | 地域 | Trackback | Comments(0)

吉祥寺なう。

吉祥寺なう。
吉祥寺といえば井の頭公園

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この年末の忙しいのに東京に来ています。

「武蔵野の 面影残す 落ち葉かな」 梁庵平太

e0027240_8485062.jpg

もう、年末になれば、これ以上、仕事が増えることはないだろうと思っていたのですが、羽田空港に到着して携帯電話の電源を入れた瞬間、自分の認識が甘かったことを思い知らされました(>_<)

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                          平太独白
by heitaroh | 2012-12-15 08:46 | 地域 | Trackback | Comments(0)

昨夜は田園都市線で缶詰め
親愛なるアッティクスへ

e0027240_912911.jpg今、訳あって、東京出張中
台風並みの強風の中、どうにかこうにか所用をすべて滞りなく終了し、勇躍、東急田園都市線に飛び乗ったら、一駅進んだ所で、いきなり運転ストップ・・・。
しばらくそのままの状態が続いた後、どうにか動き始めてくれましたが、一時はどうなることやら・・・って感じでしたよ。
すでに、びしょ濡れでしたので結構寒かったですしね。

朝のニュースでこうなるとは聞いていたのですが、「出かけるな」・・・って言われたって、明日、帰る身の上としては、どうしても今日中に済ませておかなければならない用事があるわけで・・・。

                          平太独白
by heitaroh | 2012-04-04 08:01 | その他 | Trackback | Comments(0)

「東京から美人が減っているかも」は肉食女子の草食化!
親愛なるアッティクスへ

母親を亡くした悲しみを乗り越え、浅田真央ちゃんがフィギュアスケート全日本選手権女子で2年ぶり5度目の優勝を果たしたそうですね。
たぶん、まあ、勝つんだろうなと思ってみてましたが。

e0027240_175586.jpg「土俵の鬼」と謳われた初代・若乃花も、昭和最後の大横綱・千代の富士も、共に愛児を亡くした直後の場所で優勝しましたから。
最愛の人を失った悲しみというのはこういう、元々、実力のあるアスリートにとっては余計な雑念を取り払うことに繋がるような気がします。
まあ、それほど簡単なことではないのでしょうが。
ただ、昔はそれは、男が結果を残すことの代名詞にもなっていたのでしょうが、最近ではここでも底力を発揮するのは女性ばかりのようで・・・。

で、先日、久米 宏司会のテレビ番組があってましたので、まあ、見るともなしに見ていたのですが、その日のタイトルは「東京から美人が減っているという噂は本当なのか?」というものでして・・・。
とはいえ、こちらは元々、東京にどの程度、美人がいるかも知らない身ですから、「はあ」って感じで見ていたのですが、ただ、東京に美人が集まるというのは私にも理解できるわけですよ。
私がよく言うのは、女性を魚に例えるのは如何なものかと思いますが、「九州で上がる魚で良い魚は博多(中洲)に行く、もっと良い魚は築地(銀座)に上がる」・・・と。
だって、現実に単価がまるで違うわけですから、自分に自信がある女性はわざわざ、安い賃金しか提示されない所には行かないでしょう。

ところが、番組では今、東京から美人が減っている・・・という。
まあ、少々、番組の構成自体、少し誘導的な物があったように感じましたが、でも、番組に出ていた地方の若い女の子たちの話を聞いていると、少し違う感慨が湧いて来ました。
つまり、「日本はとうとう、男子のみならず、女子までがここまで来たか・・・」と。
確かに今はわざわざ、東京に出なくても、地方でも郊外型ショッピングモールでそれなりの物は手に入るし、無い物はネットで手配できるわけで、ましてや、福岡市くらいになると、もう、そこそこの都会ですから、品物の面以外でも特に東京と比べても著しい不便はないわけですよ。
事実、私も、どうしても東京に行かなくては・・・という用事はもう、随分無いしですね。

確かに、地元に居れば、とりあえず、困らないし、周囲も勝手知ったる所ばかりだから怖くもないし、であれば、無理して、冒険して、違う環境に身を置かなくても良いのでしょうが、でも、郷土愛が強いというのと、様々な環境に身を置いて研鑽を積むということはまったく別の話なんですよね。
それが、うちの子供たちを見ていても強く思うのですが、とにかく、「贅沢しなくても良いから小さく安全確実に・・・」という考え方に染まってしまってるようなんですよ。
特に、そういう傾向は以前は草食男子だけに強かったのが、とうとう、肉食女子と呼ばれるほどにアグレッシブだった女子まで「守り」に入りだしたか・・・と。
まったく嘆息尽きずの年末です。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-12-26 17:38 | 社会全般 | Trackback | Comments(2)

年の初めの東京de黒田長政の墓探訪記 前編
昨日も申しましたとおり、昨一昨日と、ちと東京まで行っておりました。
で、そうなると、ご多分に漏れず、いつものように業務に追われております。
暫時、手抜きをお許しください。

で、東京に行ったついでに、拙著、「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」(←ここからも買えます。どうぞ、宜しくお願い致します(笑)。)で描いた筑前福岡藩初代藩主・黒田長政の墓が東京にもあると聞き、一応、行ってきました。
それが、渋谷区広尾5丁目の祥雲寺(↓)です。
e0027240_1572773.jpg

ここはどなたの設計になるのか存じませんが、山門をくぐった瞬間が一番、絵になるように設計されているようですね。
この向かって左の方に墓地があるのですが、少しそちらへ歩みを移すと、もう、さして美しくないんですよ。
私は広尾という所は初めて行きましたが、聞いていたとおり、賑やかな所でそれは参道沿いも例外ではなかったのですが、この参道の突き当たり、山門をくぐると拡がる周囲の喧噪とはほど遠い、静かな美に感心しました。
設計された方は、なかなかの手練れだと拝察致しましたよ。

e0027240_156311.jpgで、こちらがその黒田長政の墓(←)ですが、私が思うに、ここに遺骨は無いんじゃないかと・・・。

長政は京都で死んで、遺体は福岡に運ばれ、箱崎(現福岡市東区)で荼毘に付され、崇福寺(現福岡市博多区)に埋葬されましたから・・・。
ただ、没時には嫡男で二代藩主となった忠之は京都から福岡まで一緒に着いてきていたのですが、長政の江戸にいたでしょうから、分骨を望んだという可能性もないわけではないでしょうが・・・。

で、祥雲寺で、その辺の説明を知りたかったのですが、ただ、「ここの和尚さんと懇意だったから・・・」ということしか書いておらず、その辺の説明が無いところを見るとあるいは遺髪も無いんじゃないのかな・・・と。
つまり、遺族にとっての故人を偲ぶための仏壇状態だったのではないか・・・と思うのですが、如何でしょうか。

週明けに続く・・・と思うが予定は未定・・・(笑)。
                                         平太独白

by heitaroh | 2011-01-15 08:08 | 地域 | Trackback | Comments(10)

武蔵野紀行 その4 全国制覇と帰朝(?)報告
親愛なるアッティクスへ

事後報告です。

月火水東京に出張しておりました。
東京に行くのは今年2月以来で、その前は1年半くらい行ってませんでしたから、ほぼ、年に一度行くか行かないかなのですが、今回のそれはこれまでとは違い、大変に印象深かったですねぇ。
何をしに行ったかというと、日頃、大変お世話になっている方に無沙汰を詫びに行ったのですが、かねてより、伺うとは言っていたものの、こちらの都合で延び延びになっていたところ、今回、マイルもたまって無料航空券がとれたこともあり、ようやく足を運ぶことが出来ました。
で、新宿で初体験の寄席に連れて行ってもらい、そこを出た後は歓待して頂き、さらにそのままお宅にも泊めてもらい・・・。

e0027240_1953460.jpgさらにさらに、翌日には県境を越え所沢までうどん(←)を食べに連れて行ってもらいました。

実は私は日本の47都道府県の中で、埼玉県だけがまだ行ったことが無かったのですが、これで、全国制覇を達成することが出来ました。

ていうか、本当は正確には埼玉に行くのは三度目だったのですが、一度目は渋滞して動かない埼玉県内の高速道路の上で、ドアを開けて、足を着いたもので、二度目は川越滞在深夜に2分・・・というもので、いずれもに友人から「却下!」と言われておりましたが、今回はしっかり飯まで食ってきましたから、もう、認定させないとは言わせません(笑)。

e0027240_20191284.jpgさらに他にも武蔵村山にある陸軍少年飛行学校の碑(←)を見て、瑞穂町福生寺という寺にある天然記念物の貝多羅葉樹の古木を見、同じくジョイフル本田瑞穂町店という福岡県にはないホームセンターを見学し、国立市谷保天満宮(↓)から、立川を経て、そして府中の3億円事件の舞台となった刑務所横を経て、府中駅で降ろして頂きましたが、私は東京の都下は三鷹、調布、狛江しか行ったことがありませんでしたから、すべてが初体験ばかりで新鮮でした。

e0027240_2044728.jpg改めて、この場を借りて、御礼申し上げます。

で、その日は調布で、地元の友人と合流し、深大寺温泉ゆかりに連れて行ってもらいましたが、なかなかに立派なお湯だったのと併せて、赤ワインそのままのようなお湯の色にも驚きました。

e0027240_20364682.jpg友人によると、「こちらの温泉は大体、こういう色だよ」ということでしたが、これも新鮮でしたね。
その後、狛江の友人も合流し一献。
狛江の友人がとにかく、機関銃のように良く喋るのも新鮮でした。
こいつ、こんなに喋るやつだったか・・・と(笑)。

皆、悩み多きお年頃なのでしょう。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-07 21:19 | 地域 | Trackback | Comments(2)

武蔵野紀行 その2 今日は調布で一献やってます
親愛なるアッティクスへ

e0027240_19443744.jpg←昨日、落語で神無月に神様がいるのは谷保天満宮の神様だ・・・という大田蜀山人の狂歌についての話を聞きましたので、今日は早速、その谷保の天満宮へ行ってきました。
落語では、これが、野暮天の語源となったというお話しでしたが、当地の神主氏の話では、それ以前からある・・・みたいなことを仰ってましたが、それもありかな・・・と。

この後、府中まで送ってもらい、本日は調布泊・・・です。
こちらの友人と今から、調布で一献やります。

                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-05 19:21 | 地域 | Trackback | Comments(0)

武蔵野紀行 その1 今、新宿です
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1918178.jpg新宿末廣亭に来ています。
いわゆる、寄席です。
初めて見ました。

こういうのが幾つも成り立っていくのが、やはり、東京の凄いところですよ。
福岡では、ブルーノート劇団四季でさえも維持できませんでしたからね。

ちなみに、この日は真打ち襲名披露だそうで、ただ、連れて行ってくださった方も、後ろの席の知らない人も、「真打ち昇進口上」は初めて聞いたと言ってましたから、実に良い機会に見られたのでしょう。

でも、それって、今回は5名昇進するうちの一人でしたし、毎年何人か昇進しているんでしょ?
であれば・・・って気もしないではないのですが・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-10-04 21:42 | 音楽芸能 | Trackback | Comments(2)

祝!5周年の節目に思う思えば遠くへ来たモンだ! その4
昨日の続きです。

本日は、まずは女性の皆さんのご期待にお応えして、私の女性の好み・・・についてです。
(誰も期待していない・・・などという暴言には某党幹事長のように一切、耳を貸しません(笑)。)
まず、「人切り平太郎」などと有り難くないあだ名で呼ばれる今と違い、子供の頃はとてもやさしい性格でしたから(←ここ、笑うところではありません・・・(笑)。)、意外に女性は気が強い人・・・が好きでしたね。
なぜかというと、そういう人だと、後事を気にしなくて良いじゃないですか。
(はっきり言って、相当にマセたガキでした。)
その意味で、私の当時の理想の女性は何と言っても加賀まりこさん・・・でしたね。

それから、意外なところでは、「妖怪人間ベム」に出てくるベラおばさんも結構、惚れ惚れとするくらい好きでしたねぇ(笑)。
(あのおばさん、女妖怪同士の戦いになったら、120%負けてませんでしたからね(笑)。)
ところが、最近では、年取ってきたせいか、気が強い女性は、ちと疲れるんですよ。
多分、今でも理想としては気が強い人は嫌いではないんですが、現実世界では・・・。
晩年の毛沢東も、江青「もっとやさしくして」と言ったそうですが、何となく、気持ちがわかるような・・・(笑)。
鄧穎超(周恩来夫人)は周君にあんなに優しいじゃないか」・・・と。

・・・と、これ以上はさすがに厚顔無恥の私も、突き刺さるような女性の冷たい視線に耐えかね、おもむろに話を変えます(笑)。

e0027240_1059246.jpg(←サービスカットです(笑)。背景は、建設中の東京スカイツリーですね。)

ちなみに、意外に思われるかもしれませんが、私が初めて、東京に行ったのは平成3年(1991年)、30歳のとき、勤めていた会社の「出張」ででして、それまで行った中で一番遠かったのは、高校の修学旅行で行った長野県で、当時は、まだ、名古屋までは寝台車でした。
でも、今となっては、寝台車に乗ったのはこのとき限りでしたから、とても良い経験だったと思っていますね。
(私は基本的に「宿泊場所と移動手段には金を使わない主義」でして、今も、こういう物にはまるでこだわりはありません。)

一つには、あまり、東京という物に興味を持たなかった・・・ということがあったでしょう。
ただ、他の都市は、3日も居れば、その都市のハダカの姿が見えてくるのですが、さすがに東京はでかすぎて、大体の輪郭を把握するのに7日くらいかかりましたね。
もっとも、この辺は「青山のどこそこにOOがある」などということではなく、その意味で言えば、私は今でもそれほど詳しくはないですよ。
この、私が言う「ハダカの姿」というのは、極めて、私の感覚的な物でして、「あー、この街はOOOで持ってる街なんだな」とか、「ははぁ、ここはXXXが存在することにより成り立っている街なんだな」とか、そういうことなんです。
その意味で言えば、東京という街は、ズバリ、「人が居る街」ということろでしょうか。
つまり、何かがあるから存在している街ではない・・・ということで、おそらく、首都を移転してしまうと、いきなり、イチ地方都市になってしまうと思いますよ。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-03-26 08:46 | その他 | Trackback | Comments(10)

一年半ぶりの東京に「To be, or not to be」的心境 5
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

e0027240_10515763.jpgというわけで、歌舞伎座に入るのをあっさり断念し、友人が来る間、前でまっていたのですが、その間、なぜか、私は道行くオバサンたちの道案内係になってました。
「俺に聞くなよ・・・」と(笑)。
で、友人と合流し、「では、築地へ行こう」ということに・・・。

e0027240_104836.jpg友人曰く、「築地も無くなっちゃうかもしれないんだから」・・・と。
そう言われれば、「なるほど・・・」と。

(←左側の露店は隣に見えるお寺の一角なんですね。まさしく、「混沌と秩序の不思議な共存」って感じだったでしょうか。)

e0027240_11134029.jpgで、ここで友人に海鮮ちらし丼をご馳走になり、午後から予定があるという友人と別れて、独り、建設中の第二東京タワーこと、「東京スカイツリー」へ。

この辺の詳細は、リアルタイムで起稿した通りで、福岡市小学校5年生社会科見学北九州市に行くのですが、私も昭和47年に行った際、その時の集合写真の背景が建設途中の関門橋で、その時、先生が「背景としてはどうかとも思うが、かえってこっちの方が良い思い出になる」と仰いました。
確かに40年も経てば「あの関門橋がまだ、工事中だったんたぜ」・・・なわけで、この点は慧眼と言っても良かったんじゃないでしょうか。

それだけで年代が特定できるし、何より、雄弁時代を物語るわけで・・・。
それに、完成してからなら、いつでも撮れるのでしょうが、工事中は今しか撮れませんしね。

e0027240_11101694.jpgぐるっと一周廻ったのですが、ここ(←)だけは人だかりが出来ており、何かと思ったら、ちょっとした撮影会場になってました(笑)。
歌舞伎座と言いここと言い平日の昼間なんですけどね。

で、近くで見た感想としては、思わず、バベルの塔を連想してしまいました。

ということで、おしまい。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-03 08:41 | 地域 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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