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平成も28年が過ぎ的な暑中お見舞い申し上げます
 暑中お見舞い申し上げます
 暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
 時節柄、体調を崩されぬようご自愛下さい。
               平成28年盛夏
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(↑気持ちだけ水辺に涼を求め・・・の画像です。)

ところで、平成28年盛夏・・・と書いて、「平成になっての盛夏も、もう、28回目になったか」と思ったところで、ふと、思いました。
天皇陛下が生前退位した場合、元号も変わるんだよな?・・・って。
もし、変わる場合はこれまでと違い、1月1日などのキリの良いところでやってほしいし、やるべきでしょと思うわけです。
ちなみに、昭和って下一桁が西暦と5年というキリの良い違いだったんですよ。
「昭和10年生まれの人の西暦は何年だっけ?」とか考えるときに確実に末尾に5がつくわけで、後は自分の年から考えて、「1945年なわけないな。1935年か」ってわかったわけです。
まあ、そのくらいすぐにわかるだろうと言われるかもしれませんが、算数が苦手な人には意外に使い勝手がよかったと。
今は平成がキリの良い所になってないので、「平成15年は西暦何年?」と言われてもすぐにはわかりません。

ところで、その元号ですが、改元となるとその場合、やっぱ、「平和」というのが一つのキーワードの一つになると思われ・・・。
かつ、アルファベットの以外で始まる物となる・・・と。
でも、「平」も「和」も既に過去二回で使われているわけで、間接的にそれを思わせる表現ということにならざるをえない・・・と。
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で、ここまで書いてふと思いましたが、昭和が終わるとき、「和という文字が入っているにも拘らず、昭和は戦争の時代であった」ということが多く言われました。
でも、よく考えたら昭和も戦争の時代だったのは最初の20年、つまり、1/3だけで、その後の2/3とそれに続く今日までの平成の時代は、平和の時代だったんですよね。
まあ、当時を知る世代にとってはあまりに血と脂と恐怖に凝縮された時代であり、どうしても戦争の印象が強くなったのはやむを得ないのでしょうが。
元号にこめられた「平和」という思いは何だかだ言っても維持されてきたわけで、そう考えると、やっぱ、あったほうがいいんだよなあ・・・とふと、思った28年目の平成の夏でした。
                     平太独白
by heitaroh | 2016-08-05 07:44 | その他 | Trackback | Comments(2)

昭和男よサヨウナラだぜの今年の6月の特異性
今日からいよいよ6月ですね。
私事ではありますが、実は私、今月が誕生月でして、今年で満の55歳になります。

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で、今年の誕生月ですが、少々、私にとっては、これまでとは違う意味を持っており・・・。
実は、時代が昭和から平成に変わった時、私は27歳6ヶ月・・・。
今月で55歳ですから、ちょうど半分で、すなわち、今月を境にこれから先、私の人生では昭和より平成のほうが長くなるってことです。
何を言いたいか。
「いやあ、俺は昭和男なんだから・・・」などと言ったところで、もう、否応なく、平成の人なんですね。
つまり、私より1ヶ月でも下の人はもう、既に「今時の若者」と同じ平成の人で、たとえ、上の人でも年々、平成が近くなってくると。

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(↑アーメン・・・って違うか。「アーメン素麺冷やそうめん」・・・なんて昭和のギャグ、もう、誰も知りませんよねえ。)


「水無月に 分水嶺を 覚えけり」梁庵平太

さみし~!(←わからないと思いますが、昭和のギャグです。最後のヒト吠え。)
                           平太独白
by heitaroh | 2016-06-01 07:44 | その他 | Trackback | Comments(2)

ハロウィンの定着化に順応しない「昭和ど真ん中世代」命名
唐突ですが、「ハロウィン」って何ですか?
私の周囲では特に何の変化もないんですけど、至る所で「ハロウィン」って言葉を耳にするようになりました。
これって、もしかして「クリスマス」みたいに定着化していくのでしょうか?
知人に聞いたら、「特に若いコ達は、そうみたいですyo」という返事で、思わず、「クリスマスって何だ?」と言っていたであろう、戦後の明治生まれを思い浮かべました。
まあ、お祭りが増えるのは平和な証拠ですが、一方で、「冗談じゃねえ」という気持ちもある辺りが、老人に近づきつつある昭和ど真ん中世代の哀しさでしょうが。

ちなみに、昭和ど真ん中世代」というのは今、私が勝手に命名しました(笑)。

「昭和」は全部で64年あり、正確には64年度と元年度が共に1週間だったと記憶しておりますので、実際は62年と2週間でしょうが、まあ、そういうマイノリティも切り捨てることなく、温かく昭和に入れてあげて64・・・と(笑)。
で、64を2で割ると、ちょうど真ん中は昭和32年となるわけですね。
つまり、ここを境に昭和は前期と後期にわかれるわけですが、奇しくも、この前年、昭和31年には、あの有名な「もはや戦後ではない」という白書が出ているわけで、この頃がそれ以前の昭和と以降の昭和との大きな分水嶺にあったことは間違いないのではないでしょうか。

e0027240_1295752.jpg一方で、大変革期である終戦を境に前期と後期に分ける説もあるようですが、世界歴代最長の元号である「昭和」を最初の20年で分けてしまうと、その後が44年もあるわけで、45年あった「明治」でも、実質、3世代入っていたことを考えれば、いくら寿命が伸びたと言っても、「明治」に匹敵するような時間の流れを一括りにしてしまうのは如何にもバランスが悪いように思えます。
ならばと、3分割したならば21.3となり、昭和21年から42年までがこれに該当する・・・と。

この昭和21年生まれ以降というのは、まさしく「戦争を知らない子供たち」で、分水嶺として考えるのは間違っていないのでしょうが、「大正生まれ」「昭和ヒトケタ」などの延長線上に意識すれば、やはり、21年は長すぎるように思えます。
そう考えれば、その昭和中期の中でも、「もはや戦後ではない」と言われた昭和31年から東京オリンピックの昭和39年までの、「昭和30年代生まれ」こそが、昭和の、ちょうどど真ん中世代に当たると思うわけで、敢えて、そう命名しました。
「同世代」の方は支持をお願いします(笑)。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-11-01 07:42 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

一本ぢめって全国共通?
親愛なるアッティクスへ

e0027240_2138988.jpg宇都宮には、まだ、私が大好きな「昭和」が残っています。
そして、昭和には地味なコートの美しい女性が似合います。
今、私の隣にはまさしく、その条件にぴったりの女性がいます。
独りで無いのが残念ですが・・・(笑´∀`)
博多弁モード全開で話していた我々が立ち去った後、このカップルはきっと、こう囁きあったに違いありません。
「さっきまでここにいた人たちは外国人?」
なんばいいいようかいっちょんわからんめえけん( ^_^)

ちなみに、この店は地域の名店なのでしょう。

我々が入ったときはほとんど客はいなかったのに、いつの間にやら超満席です。
前の席のグループが一本締めで締めてましたが、これって、全国共通なんですね。
                   平太独白
by heitaroh | 2011-04-22 21:38 | 地域 | Trackback | Comments(0)

「THIS IS IT」にみるマイケルは日本語で呼ぶのが相応しい
親愛なるアッティクスへ

ロンドンで開催されるはずだったマイケル・ジャクソンの最後のコンサートのリハーサル風景を映像化した「THIS IS IT」・・・、えらく、知人から「一見の価値有り」と進められましたので、ならば・・・と映画館に見に行きました。
私は、彼とは同世代人ではあったのでしょうが、正直言って、なぜ、彼が未だに、こんなに騒がれるのかは少し理解できません。
一時代を築いた・・・、一世を風靡した・・・と言っても、私が若い頃のことであり、昭和時代のことですからね・・・。

私の周りを見ても、ずっと、マイケルのファンで有り続けた・・・という人は皆無ですし、どちらかというと、「過去の人」・・・みたいな感じでした。
まあ、WHAM!シーナ・イーストンなどと一緒にするわけにはいかないでしょうが、私の認識では・・・(苦笑)。
(そういえば、マイケルのライバルみたいに言われていたプリンスというのも居ましたね。私は、さすがにプリンスよりはマイケルの方が好きでしたよ。すっかり、忘れてましたけど(笑)。)

でも、今朝、その映画の上映にあわせて世界中、本当に色々なところでイベントやってるのをテレビで見ましたが、これには、少し、違和感を感じましたね。
台湾はともかく、中国旧東側諸国なんて、当時はマイケル・ジャクソンなんて知りもしなかっんじゃないんですか?
まあ、それはさておき、それらの映像を見てると、マイケルは本当に「神」になったんだなぁ・・・という気がしました。

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で、それらを見ているうちに、「神」になったマイケルは、ある意味、日本語で呼ぶのが一番相応しい・・・という気になりました。

曰く、

   蹴る


それほど若くもなかった・・・かな?(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-10-29 08:54 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

長崎行きも絶え絶え始末記 その3
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

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  (↑ 「孫文の 上でほころぶ 寒梅花」 梁庵平太)

で、昨日も申しましたとおり、私は長崎に泊まるのは昭和48年小学校修学旅行以来だったので、殆ど、長崎の街は知らないのですが、今回来てみて、長崎の繁華街付近、特に裏通りは私が大好きな「昭和」を色濃く残してましたねぇ・・・。
もう、今では、新宿などにわずかに残るだけで、本当に少なくなりましたよ。
中洲にもほんのわずかだけ残っています。)
是非、今度はガキ抜きで来てみたい・・・です。
(どなたか、ご協力のほど、よろしくお願いいたします。)

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  (↑ 「懐で まどろむ猫に 灯り冴え」 梁庵平太)

さらに、帰途、別のタクシーの運転手さんに泊まっているホテルの名前を告げた後、「ここは長崎では有名なんですか?」と聞くと、「いえいえ」と苦笑まじりで否定・・・。
怪訝に思っていると、「あそこは潰れたので、まさか、営業していたとは思いませんでした」とのこと・・・。
「おいおい、気色悪いこと言うなよな・・・」と思いつつ、聞けば、「長崎は、随分、ホテルは潰れましたよ。プリンスホテルだとか東急系列のホテルなんかも潰れましたから・・・」とのこと。

e0027240_11131096.jpg修学旅行が減ったんですか?」と聞くと、「いやぁ。あれは元々季節限定ですから」とのこと。
まあ、確かにわざわざ、真夏や真冬に長崎に修学旅行を企画しようとは思わないな・・・と。
長崎が、祭り企画ドラマ誘致などに積極的になる背景が見えたような気がしましたね。

でも、特に、大河ドラマで地元に関わりが深い坂本龍馬という歴史アイドルを地元出身の人気俳優が演じる・・となると、再来年の長崎の人出は、今の比ではないぞ・・・と。
だったら、もう少し、観光面での受け入れ態勢整備しておけよ・・・と。

で、明日に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-02-04 08:42 | 地域 | Trackback | Comments(6)

福岡市動物園の「夜の動物園」
親愛なるアッティクスへ

今日からついに9月ですね。
ガキどもも学校で、我が家にも久々に安寧の日々が戻って参りましたが、ほっとするような、少し寂しいような・・・そんな気持ちでしょうか。
もっとも、子供部屋は「つわものどもが夢の跡」状態ですけどね(笑)。

e0027240_10421619.jpgでもって、私の方は、一昨日、夏休みの納めにガキ連れて、福岡市動物園へ十数年ぶりに行ってきました。
最近流行りの、いわゆる、「夜の動物園」というやつです。

動物さんたちの世界にも収益向上の為の効率化が求められるようになったかと。
市の財政難、原油高騰・・・、結果、夜まで働かされて大変だな・・・と(笑)。

しかも、皆、携帯やデジカメなどで、やたら写真撮りまくりやがるからフラッシュの嵐・・・。
週一回の残業だから、そのくらい我慢するけどフラッシュだけはやめろよ・・・と。
普段は誰も居ない時間帯だけにストレスたまるぜ・・と。

昭和の頃はこんな世知辛いことなかったけどな・・・と。
組合作るわけにもいかないだろうしな・・・と。
まあ、おかげで我々は楽しめているんだろうけど、動物さんたちの立場に立ってみると大変だと。

e0027240_1145757.jpgなどという変な感想は置くとして、この日は夏休み最後の「夜の動物園」でもあり、また、諸物価高騰の折、入場料400円で楽しめる格安感もあって、かなり盛況でしたよ。
(おまけに、地下鉄を出てからのシャトルバスを利用するとさらに1割引になるという・・・。)

e0027240_10352830.jpgちなみに、我が家は経費節減のために、シャトルバスを下りてからは私鉄の駅まで歩きましたけどね(笑)。
ちなみに、福岡市動物園がある場所も、昔、我々が子供の頃は郊外とは言わないけど、それなりに閑静な場所だったのですが、今や高級住宅街・・・。

嗚呼、昭和が懐かしいのは動物だけではない・・・。
                            平太独白
by heitaroh | 2008-09-01 08:31 | 地域 | Trackback | Comments(2)

三度目の謹賀新年に昭和を想う!
親愛なるアッティクスへ

謹賀新年!

旧年中に賜りましたご芳情を深く御礼申しあげます。

e0027240_13555875.jpg一昨年は、コラム論文の執筆依頼、さらには、生まれて初めての講演(三菱銀行経営者会様)と、微量ながらも風を感じることができましたが、昨年はあまりに無風に過ぎました為、今年は、「嵐の前の静けさ」であった・・・となるよう一層の精進を致す所存です。

昨年同様のご指導ご鞭撻のほどをお願い致します。

      平成二十年 元旦   梁庵平太独白


とまあ、型どおりのご挨拶は置くとして、巷間に曰く、
「昔は、高校野球の選手たちが年上だったが、それが年下になってくると、次に、相撲取りが段々と年下になってきて、ついには、プロ野球選手が年下になってしまう・・・」と。
その論で言えば、今や、追い抜いてないのは、シニアのプロゴルファーだけ・・・。
今年も、またひとつ、年を取ってしまうようです。

ちなみに、昨年、亡父が撮っていた8mmビデオDVD化していたので、今日、家族でそれも見たのですが、そこには、我が家の昭和47年の正月の映像が映っていました。
私が小学校4年生の時のものですね。
私の、動いているモノでは、最古の映像です・・・って、それはさておき(ちなみに、その後に動いている映像は昭和53年・・・、17歳のときのものがありましたが、その次に動いている映像と言えば、今に至るまで自分の結婚式と、便所の中で泥酔している映像だけです(涙!)。)、その、昭和47年の正月の映像には、来客だらけで身動きもとれないほどの賑やかさが映し出されていました。
母や祖母は大変だったでしょうが、子供心には、とても、楽しかった記憶がありますね。

ちなみに、当時の博多駅前一帯の景色も映っていましたが、さすがに、博多駅はもう、見えませんが、他は、今と違って、驚くほど見通しが良いですね。

ともあれ、今年も宜しく御願いします。

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by heitaroh | 2008-01-01 08:42 | その他 | Trackback(2) | Comments(4)

ALWAYS 駅前三丁目の夕日7 歌ったから金くれの時代。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1322218.jpg「ALWAYS 三丁目の夕日」ですが、この映画に関しては、このブログでも「ALWAYS 駅前三丁目の夕陽」シリーズとして取り上げさせて頂きました。

(←福岡では一時代を画した、知る人ぞ知る渕上デパート屋上からの眺めです。ちなみに、正面右に拡がる街並みは九州一の歓楽街・中洲、左は私には縁がない***街です。)

ただ、平太郎独白録 「ALWAYS 駅前三丁目の夕陽1 本田宗一郎に見る過ぎし日々」でも述べさせて頂いたことですが、過ぎ去れば、皆、美しく見えるんですよね。

当時は、犯罪発生率は、治安が悪くなったと言われる現代より上で、第一、暴対法も無い時代ですよ。
おっかないったらありゃしない・・・という。
おまけに、人々に環境意識はないから、どぶ川は臭く、ハエネズミなどは溢れ放題で、伝染病の原因となるし、冷暖房なんて皆無に近かった時代ですよ・・・。
そして何より、「貧困」とは豊かな現代人が考えるほど、生やさしいものではなかったようです。

この点で、私には一つ想いだしたことがあります。
私が子供の頃、たぶん昭和43~4年くらいのことだと思うのですが、突然、拙宅の玄関が開き、誰かが歌う声がする・・・。
「???」と思っている私の横で、祖母が、「誰もいませんと言ってきなさい」と顔をしかめて言う。
「は?俺?誰??何で?」と戸惑っていると、「いいから」と。
やむなく、ひとり、玄関に行くと、そこには、お世辞にもあまり、身ぎれいとは言えない身なりをした痩せこけた中年の男性が一人。
私に気づくと歌を止めたが、「誰もいませんよ」と言うと、「あっ、そう」とだけ言い、あっさりと、外に出て行きました。
戻って、祖母に「誰??」と聞くと、「ああやって歌を歌って、『歌ったから、お金をくれ』という人だ。大人が行くとうるさいことになるから、子供が行くのが一番良い」ということでした。
つまり、いきなり、手当たり次第に人の家の玄関で歌い、何とか金をもらおう・・・と。
それほどに、当時の日本は、まだまだ貧しかった・・・ということですね。
これが、映画では描き切れていない時代の現実ではないでしょうか。

その意味で、以前、平太郎独白録 「古き良き「ザ・ヒットパレード」に想う、寂しい暗さに蔭が匂う。」の中で、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」について想ったこととして、「夜の場面は、割としっくり来る物があったが、どういうわけか、昼間のシーンでは、まるで実感が湧かなかった」ということを述べさせて頂きました。
「夜というのは昼に比べて、余計な情報が入ってこないからではないか。つまり、昼はCGにより、どんな映像でも作り出せてしまうことで、私のような、昭和三十年代というものを、はっきりと輪郭をもって記憶していない世代には、逆に、情報が多すぎるのではないか」と。

で、続けて、同じく、何度も触れさせて頂いております二十年ほど前に放送された「イキのいい奴」という昭和二十年代を舞台にしたNHKのドラマを引き合いに出し、「こちらは、すべて、セットだったが、昭和三十年代後半生まれの私が見ても、思わず、唸りたくなるほどに映像に何とも言えぬリアリティが漂っていた」ということを述べたのですが・・・・・、なるほど、そう考えれば、二十年前の「イキのいい奴」はセットであったけども、その時代を実際に知っている人が作っていたと。
対して、昨今の、CGは、もの凄く良くできているが、いかんせん、その時代を映像写真人の話でしか知らない人たちが作っている・・・。
なるほど・・・、思わず、ガッテン!ですかね、御同輩・・・。

ということで、ここから先は、明日の第8話に続きます(笑)。
                               平太独白
by heitaroh | 2007-01-12 08:05 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

ALWAYS 駅前三丁目の夕日5 名品は昭和と共に。
以前、平太郎独白録 「もったいない」は、現代日本に於いては罪悪である!の中で申し上げましたこととも関連するのですが、以前よく言われた話に、「一番安い買い物というのは、本当にいい物を買っておいて、それを親子何代にも渡って使っていくのが、結局は一番、安い買い方なんだ」というのがあります。
しかし、この話は今となっては、まったくの「昭和時代」の考え方でしかありません。
この技術革新激しい平成の世ではそんなことをしていたら、「昔は高かったんだろうけど、今どき、こんなの使わないもんなー」ってことに成りかねないからです。

一例を挙げますと、私が高校生の頃、カイロはすべてベンジンという燃料を入れて使うやつで、燃料さえ入れ替えれば半永久的に使える物だったのでしょうが、今時は皆、使い捨てカイロですから、そんなの使わないわけです。
(ちなみに、先日、子供がグローブが欲しいというので、「よし、お父さんの愛用のグローブをやろう。」と言ったところ、「もう、今の物は、まるで違うんだよねー」などと言われる始末・・・。)
衣服なども、昔の「生地はいいけど、重いし、虫食いを気にしないといけないようなコート」より、今の「雨をはじくし、軽いし、保存も楽な、ダウンジャケットやスキーウェア」などが、重宝されているわけで、いくら、良い物でも、呉服などが伸び悩んでいるのは、その良い例だと思います。

そして、その最も顕著な例として、私の頭に浮かぶのが、大工道具のひとつ、「のこぎり」です。
かつて、私が学校たばかりの頃までは、大工の世界では、昔の武士と一緒で、職人たる者、名人作と呼ばれる道具を持ちたいと思い、それを持ったなら、大事に大事に使っていたように記憶しております。
中でも、のこぎりという物は、しばらく使って切れが悪くなったら、昼休みなどに、自分でヤスリを使って、のこぎりの刃を一本一本研いで切れを取り戻すものでした。
通称、「目立て」と呼ばれる作業です。
そして、ある程度、そうやって使い込んだのこぎりは、段々と刃先が揃わなくなったりすることから、専門の「のこ屋」というところに目立てに出し、そうやって、何年にも渡って、一本ののこぎりを使っていたものです。
ところが、今や、のこぎりは替え刃でカイロ同様、使い捨てが主流であり、のこぎりを研いでまで使う人は、おそらく、皆無でしょう。
20年ほど前までは、まだ、辛うじて、年配の研ぎ専門の職人さんが「のこ屋」として店を構えておりましたが、もう、今ではこの職業を探すことは不可能でしょうね。
絶滅危惧種ではなく、完全に絶滅したと思います。

そう言えば、私の祖父が工業高校(戦前は工業中学?)に行っていた時代の名簿を見ると、「建築科」などではなく、「大工科」と「指物(さしもの)科」でした。
指物とは、仏壇などの細かな細工をする職業です。
つまり、昔は、指物師という職業は、大工と並んで、一般的な職業だったということです。
ところが、戦後、核家族化が進み、仏壇を置く家庭が減り、さらには、今では細かな細工などは機械がやるようになりましたから、その業界の高年齢化を考え合わせると、こちらも今や絶滅危惧種でしょう。
私としては、寂しい限りですが・・・。

あ、ちなみに、今の大工は名人作どころか、カナヅチなども使いませんよ。
全部、インパクトドライバーです・・・。

「名品は 昭和と共に 遠くなり」 byへいた
                     平太独白

by heitaroh | 2005-12-28 17:37 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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