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瀬戸内海を船で渡る伊予路の旅
今、訳あって四国は愛媛県松山市に来ております。
別に仕事・・・というわけではありませんが、決して遊びでもありません。

で、博多から一旦、広島に出て、そこから在来線でへ。
呉には「大和ミュージアム」なるものがあり、これが売りらしいですが、私はあんまり機械には興味がなく、向かったのはこちら(↓)でした。

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音戸の瀬戸・・・ですね。
かつて、この辺りは引き潮になると歩いて渡れる浅瀬だったのを平清盛が大型船も通行できるように切り拓いたと言われている所です。

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(清盛が扇で夕日を押し返したという伝説も・・・。)

で、ここだけ見ると、バタバタと戻ってきて船に乗って四国へ上陸。
で、今日まで猛暑と雨の中、何日も一日中重たいかばんを持って歩きまわり・・・。
とにかく疲れました。
ということで、とりあえず、私のノルマは終え、一旦撤収です。

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(↑ JR松山駅の夕景。魂、置いてきたから・・・。)
                                平太独白
by heitaroh | 2014-08-01 23:28 | 地域 | Trackback | Comments(4)

歴史に残る今年の大河ドラマを語って今年を終えるの巻。
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先ほど、ちと、所用があり、福岡城の近くまで行って来たのですが、福岡市内では、この冬初めて(?)のが舞いました。
まあ、東日本の皆さんに比べれば、ちゃんちゃらおかしいというような雪なんでしょうけどね。

ところで、私の今年一年はと言えば、とにかく、「忙しい」の一言につきました。
今も、年末年始は関係無いですよ。
むしろ、この間にどれだけ、こなせるかなと危惧しているくらいでして・・・。

「仕事中 普通に聞いてる 除夜の鐘」 梁庵平太

さすがに、そんなことにはならないだろうとは思っているのですが・・・。

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最後に、著しい不評に終わった今年の大河ドラマ「平清盛」に敬意を評して、壇ノ浦こと、関門海峡の画像です。

本当は壇ノ浦の戦いの回ではもう少し、取り上げてみたかったのですが、あまりにもその部分はあっさり終わってしまいましたので・・・(笑)。
ちなみに、このドラマは前半はあまりにもつまらなくて、結構、早送りで見ていたのですが、後半は割りと面白かったですよ。
やはり、こういう物は、スタートダッシュで躓くと、その後、盛り返すのは容易ではないということなんでしょうね。

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(↑平知盛?だったかの墓を祀る神社。)

で、私がもっとも、落胆したのはこのドラマが「清盛落胤説」を採っていたことでした。
「龍馬伝」がかつての、「竜馬がゆく」と異なり、それなりに、大筋の部分では史実を取り込んでいたので、結構、期待していたんですけど、落胤説も含め、多くが、「新・平家物語」そのままでして・・・。
まあ、落胤説については、天皇家に弓引いた人を採り上げているわけですから、現代でも未だに何かと難しい人たちを刺激することを考えれば、壬申の乱同様に、天皇家同士の諍いということにする必要があったのでしょう。
でも、理解できないのが、わざわざ、同性愛だの、不倫だの、果ては近親相姦もどきのような物まで入れる必要があったのかということです。
ま、そうは言っても、ある意味、不評という点では歴史に残る大河ドラマとなったわけで、中途半端ではないところは「らしい」といえるのかもしれませんね。

ということで、どなた様も今年一年、お世話になりました。
良いお年をお迎えください。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-31 12:49 | 文学芸術 | Trackback(1) | Comments(2)

大河ドラマ「平清盛」に思うそれでも2つの疑問
親愛なるアッティクスへ

今年の大河ドラマ「平清盛」ですが、出だしは何だか陰気臭いばかりでまったく面白くなかったものの、中盤以降は割りと面白くなってきましたね。
結構、毎週、欠かさず見ていますよ。

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(↑青雲の志・・・ってやつですね(笑)。)

以前も申しましたように、織田信長が近世の扉をこじ開けた男・・・なら、平清盛は中世への扉を開いた男・・・と言って良いほどに魅力的な人物だと思っています。
(ちなみに、私のペンネームも平太清盛からとっています。もっとも、私が見たのは仲代達矢主演の方の清盛・・・ですけどね(笑)。)

で、後半の「平清盛」ですが、割りとよく出来ていると思いますが、どうにも首を傾げる所が二つ・・・。
一つは、武将同士が戦う場面で「やあやあ、我こそは・・・!」という名乗りが無いことですね。
大河ドラマ草創期の「義経」(数年前の「源義経」ではなく、「義経」ですね(笑)。)ではこの辺のことを牧歌的なまでに描いてましたが、まあ、当時は講談に親しんだ人たちが数多く見ていた・・・という背景があったのでしょう。
でも、そこまではないにしても、名乗りを上げるというのは何も敵に聴かせるわけではなく、味方・・・、特に上司に対する自己宣伝なわけで、実際、蒙古襲来の時は日本兵が名乗りを上げているところを攻撃され、多くの犠牲者を出したという話があるわけで、それがまったくないと言うのは・・・。

もう一つが、平治の乱のシーンで、待ちぶせしていた平氏軍が源氏軍に向けて矢を空に向かって放ち、重力を利用し、放物線を描かせて源氏の将兵を射殺する・・・というのがありましたが、そもそも、日本にああいう攻撃方法なんてあったんですか?
映画、「ラストサムライ」の時も同様の疑問を持ったんですが、あれって、ヨーロッパ特有のそれで、モンゴルなどにも無いんじゃないですか?
実際、「平治物語絵巻」でも武士は特定の相手を狙って、水平に射ているように見えますし、そもそも、日本の場合、集団戦じゃないわけですから、あれじゃあ、大将を射殺しても誰の手柄にもならないんじゃないですか?
つまりは講談世代が絶滅したので、ハリウッド世代に受け入れられるように演出が変わった・・・ということでしょうか。
であれば、数年後にはユーチューブか3Dに受けがいいような物に変わるのかもしれませんね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-09-20 18:35 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

大河ドラマ「平清盛」での中井貴一くんは史上最高長生き?
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14363657.jpg見てるのは見てるけど、殆ど早送りでしか見ていない、今年の大河ドラマ「平清盛」・・・。
内容的には、「おんな太閤記」以来、大河ドラマに増えた女目線の現代人価値観押し付け路線とは一線を画しており、「悪くない」はずなのに、なぜか、「お江」と同じように早送り状態・・・。
何がいけないんだろう・・・と自問自答しつつも、決定的に「これ!」というのは見つからず・・・。
(←壇ノ浦。)

「関門の 
  風に問いたや
   春何処」
  梁庵平太


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(↑平 知盛の墓だそうです。)

e0027240_14471810.jpg私は現代人の勧善懲悪の価値観を押し付けるつもりはありませんし、それ以前に、歴史的にも、キリスト教的倫理観が入ってくるはるか前ですから、人間関係というのは実際にあんな物だったのかもしれませんが、まあ、お茶の間(死語?)で家族と一緒に見られる構成にはなってなませんよね。
当然、それは主役の責任・・・などではなく、そもそもが、この番組には、「語りたいことは何なのか・・・」という一貫した理念がないことが問題なんだろうと思います。

直接的には安易清盛落胤説を取り入れたのが躓きの基ですよ。
主人公の苦悩を描こうとすればするほど、どうしてもドロドロの愛憎劇ばかりになってしまうわけで・・・。
大河ドラマは「独眼竜政宗」あたりから、「普通の人が何もしないうちになぜか偉くなる」という悪癖を発揮するようになりましたが、結局、歴史上の英雄を無理して、現代の凡庸な若者と同じ目線に持っていこうとすることの「罪」だと・・・。
だから、無理して、凡人にする必要がなかった脇役の方が人気が出たりするわけで・・・。
そのせいか、主人公・清盛の父、平 忠盛が未だに生きているのに結構、びっくりです。
主人公が無理やり、普通の人にされてしまったので、共感するよりも見劣りして見えてしまい・・・。
その分、父親役である中井貴一さんが見栄えしているので死ねない・・・というわけなんでしょうね(笑)。
大河ドラマではそういう話が良くあると良く聞きますので・・・。

いずれにせよ、それでも、いつ、忠盛が死ぬのか知りませんが、もう、4月も終わりですよ。
おそらく、中井忠盛は、大河ドラマ史上、もっとも遅くまで生きている(?)父親ではないかと思います。
去年の、「お江」の父親の時任三郎さんなんて第一話で死にましたからね。
ちなみに、時任→中井とくれば、来年は柳沢慎吾?(笑)。
もう、これがわかる人は最低でも45歳以上・・・(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-04-19 07:31 | 文学芸術 | Trackback | Comments(4)

そんなに簡単に始まったわけじゃなかった武士の時代
親愛なるアッティクスへ

いつだったか織田信長を特集した雑誌の中に、信長を評して「近代への扉をこじ開けた男」という紹介が為されていたことがありましたが、そこには続けて、「日本の歴史の中でも他にこういう人物を探すとすれば平 清盛くらいしかいない」ということが書いてありました。
その意味では、信長が近代なら、清盛は「中世への扉をこじ開けた男」と言えるのでしょうが、一方で、米タイム誌が「2000年までの千年紀(ミレニアム)に偉大な功績を残した人物」として採りあげた中で日本人で唯一、そこに載ったのが源 頼朝だった・・・という話があります。
確かに、「革命」という物を単なる権力闘争ではなく、階層の流動化という意味での階級闘争と定義づけたなら、日本の歴史上では明治維新よりもむしろ鎌倉幕府開闢の方が適当だとさえ言えるわけで、その意味では頼朝が日本人で唯一、そこに載るのはそれほどおかしな話でもないでしょう。

ただ、一口に、「明治維新まで700年間続いた武士の時代」などといいますが、それは頼朝が鎌倉の地に武士の政権を樹立した段階でいきなり確立したわけではなく、具体的には、頼朝の時点では源平合戦で勝利を収めたとはいえ、その勢威はかつての奥州藤原氏と同様に東国割拠した地方政権の趣が強く、むしろ、頼朝の死後、権力を掌握した執権・北条義時によって承久の乱において朝廷方の討幕軍が逆に鎌倉方に撃破されたことの方が武士の全国支配という意味ではエポック・メイキング的な出来事だったように思えます。
その意味では、後の戦国乱世が、信長・秀吉・家康という英傑三代によってようやく収斂していったように、武士の時代の始まりも清盛が切り開き、頼朝が基盤を作り、義時によって一応の確立を見た・・・というべきで、その意味では、武士の時代の始まりは清盛にこそ求められるのではないでしょうか。

ちなみに、その100年以上後に、再び朝廷権力の再復を目指した後醍醐天皇によって鎌倉幕府が倒れたことを思えば、朝廷の勢威がいかに根強かったかがわかるでしょうか。
もっとも、皮肉なことに、そのことが武士の時代の定着をいよいよ後押ししたと言え、即ち、後醍醐天皇を吉野に追い新たな権力者となった足利尊氏は、反対を押し切り、鎌倉ではなく京都に幕府を開きますが、このことにより武家政権という物はようやく全国区になり得たわけで、その後、その孫の三代将軍・足利義満の時代になり、朝廷は全国の荘園や公領からの税の徴収を自ら行えず、幕府に依存したことで、朝廷の弱体化は誰の目にも明らかになり、ここに名実ともに武士の時代が成った・・・と。
つまり、「ローマは一日にしてならず」と言いますが、清盛、頼朝の時代からここまで実に200年以上の歳月が流れていたわけで、そう考えれば、やはり、武士の時代の最初の扉を開けた・・・という点では清盛にこそ、高い評価を与えるべきだと思います。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-13 18:54 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(0)

大河ドラマ「平清盛」の画面は汚いのか?
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15281678.jpg今年の大河ドラマ「平清盛」のスタートが低視聴率に終わったことを受けて、兵庫県知事が記者会見で「画面が汚くチャンネルを回す気にならない」と言ったそうですね。
私は、知事がこういう、「観光客さえ増えれば良い」的な、本音があからさまに出たようなことを言うのも如何なものかと思いますが、ただ・・・、どういうわけか・・・、今回の大河ドラマは最近の大河にありがちな「女性への露骨なウケ狙い」のような物が無いにも関わらず・・・、実は、私も結構、早送りで見てしまっています。

もっとも、それが画面の汚さから来ているのかどうかは自分でもよくわからないのですが、ただ、この番組は概ね、吉川英治原作の「新・平家物語」を踏襲したもののようですよね。
この点では、やはり、一昨年の龍馬伝がそうだったように、原作は別途、書き下ろしたほうが良かったんじゃないの・・・という気がしています。
なぜなら、吉川翁が筆を執られたのは終戦から間もない昭和25年(1950年)のことでして・・・。
やはり、少し無理があるんじゃないですか?

それを端的に表すのが、先日も採り上げました昭和30年(1955年)公開の市川雷蔵主演、溝口健二監督の「新・平家物語」です。
この作品でも同様に市の雑踏の風景を描いてましたが、こちらは戦後10年の時点でのそれですから、ある意味、そこにあったのは形こそ違え、戦後のバラック闇市であり、リアルタイムで見ていた人たちには大いに実感できる物があったでしょう。
また、時代背景としては男が数多く戦死した為、結婚出来ない女性たちが巷に溢れ、私生児が数多く存在したことで、清盛落胤説もそれほど突飛なことに思えなかったのかもしれません。
まあ、源 義朝との友情話など、いかにも現代人受けするような部分や、同僚として、若き日の西行法師が登場するなどという箇所には、それなりの工夫は感じますが(前回の大河ドラマ「新・平家物語」では西行法師は出ましたっけ?緒形拳演じる庶民は覚えているのですが・・・。)、それでも、私はこの、清盛落胤説にはどうにも否定的でして・・・。
物語の柱となるような部分だけに、この点が踏襲されたのは何とも残念な気がしております。

で、その「画面の汚さ」という点で、少し思ったことがあります。
龍馬伝でもそうでしたが、臨場感と現実感を出すためにホコリがやたら多用されているようですね。
まあ、私が子供の頃までは家の中を掃除するときには、「はたき」というホコリを落とす掃除道具があったくらいですから、いくら湿潤な日本の風土でもホコリがなかったとは言いませんが、この点で、かつて、巨匠・黒澤 明監督は映画「七人の侍」撮影の際、騎馬の疾走シーンでは通り道にを撒いた・・・という話を聞いたことがあります。
黒澤監督曰く、「騎馬の疾走感を出すには馬が土埃リを蹴立てて走らなければ、どうにも疾走感が出ないんだ。空気が乾いている西部劇は良いんだろうが、日本の湿潤な気候ではどうにもホコリが立たない。それでやむなく、灰を撒いて、疾走感を出したんだ」・・・と。
龍馬伝の時とは違い、今回のドラマでは戦闘シーン以外では、そこまでホコリはいらないような気がしますけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-02-01 18:19 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

またもや、徒然なるままに・・・
親愛なるアッティクスへ

e0027240_10182673.jpgおはようゴンザレス。
本日もしっかり二日酔いです。
ていうか、かなり、まじやば・・・の二日酔いです。
まだ、べろべろです。
ここまで来るのも、まじやばって感じでした。

で、昨日は、 この人(←)と飲んでました。
井戸の上に祀られた神様・・・、つまり、井戸の上にあるから井上さん・・・。
これが、全国の井上さんの元祖だそうです。
まあ、昨日飲んだ井上さんも、神様には違いないかと(笑)。
で、今日はまともなことは書けないなと・・・。
こうなりゃ、とりあえず、思いつくままに何か書こうと・・・。

今や、参議院選挙有名人知名度選挙と化していますね。
何でもありかな・・・みたいな。
これで、どこが良識の府なんだと・・・。

キッシンジャー元合衆国国務長官のインタビューを聞いていて、いつも思うんですが、あの人は、本当に、本当のことは言いませんよね(笑)。
ただ、彼のそれが、割とわかりやすいものであるのと対照的に、どうにも、理解しがたい二面性を持っているのが、ロシアプーチン大統領でしょう。
彼がやっていることは、決して、間違ってはいないと思うんですよ。
ガスプロムにしても、サハリン2にしても。
現に、破綻していたロシア経済立て直したという点で、国内の支持率も高いようですが、一方で、 「ナーシ(Nashi)」と呼ばれるプーチン政権擁護の為の青年組織団を結成して、市民の中で反プーチン的な言動をする人に目を光らせているとか。
この点は、かつての毛沢東「紅衛兵」や、ヒットラー「ヒットラー・ユーゲント」に比されるようですが、私はむしろ、平安時代後期に驕れる平家が市中に放った「禿 (かむろ)」を想起しましたね。
平 清盛の晩年、多数の禿の頭髪の少年を放ち、平家に対する批判を口にする人を密告させた・・・というやつです。
まあ、いずれも、こういうことをやる政権は行き詰まるもののようですが、問題はプーチン以後に暴走しなければいいな・・・ということですね。

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by heitaroh | 2007-06-22 08:03 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

続・祝!2周年記念、平太郎の由来にみる隠れた狙い!
親愛なるアッティクスへ

一日とんでしまいましたが、一昨日の続き、「二周年シリーズ」の続きです。

で、この「平太郎」というペンネームですが、実は、これ、私の息子の名前なんですよ。
なぜ、こういう名前を付けたかというと、上記の、両「太郎」さんとは、何の関係もなく、大昔の大河ドラマ、「新・平家物語」の中で、幼き日の平 清盛「平家の長男」という意味で、「平太殿!」と呼ばれていたことにあやかり、こう名付けました。
実は、当初は、別の狙いから、母の名前からとってペンネームにしていたのですが、郵便などがそちらに届きだしたので、慌てて、息子の名前に変更しました(笑)。
息子なら、親の私が受け取っても、問題ないだろうと・・・。
私が息子の名前をペンネームにした「隠れた狙い」・・・というのは、実は、私自身、元々、物心付いた頃からの文字人間でありながら、字を書くことを生業にしようなどという発想はまったくなかったことがあります。

で、今、道楽で時間を見つけては、こういうことをやっているわけですが、これらに手を染める上で、いつも、痛感するのが、「スタートが遅かった・・・」ということです。
(以前、触れましたが、私の父は、私が子供の頃、通知表を見て、「社会とか国語とか、そんなものが成績良くても何の飯の種にもならん!いいか、うちは、学者になんぞ成ってもらわんでいいんだぞ!」と宣もうた御仁です。)
もう少しスタートが早かったら・・・と。

e0027240_1025325.jpg(←長野県松本市にある、明治時代の学校の先駆け、旧開智学校です。ま、「早い」繋がりということですね。)

つまり、これを生業にして行くには、私自身、時間が余りにも少ないし、出遅れた・・・遅きに失したという感が無きにしも非ずってことです。

もちろん、自らの不明を棚に上げて・・・というご指摘もあろうかと思います。
所詮、実力不足・・・でしょう。
ただ、その実力を磨くという上でも、「遅かった」というのを実感している次第です。
(今から基礎から学び直す・・・ということもながら、色々なところで、年齢制限などがあるのを見るに付け、そういう思いを実感します。)
 
で、そんな中、この末っ子が一番、私によく似ており、それで、将来、この子が私が果たせなかった夢を「二代目 池田平太郎」のペンネームで果たしてくれる・・・ことを期待して、池田平太郎のペンネームにしたのですが、ところが、意に反して、成長すると共に、この末っ子が見事にお馬鹿でした。
0点なんてとってきますから・・・。
私でさえ、さすがに、0点は取ったことがなかったですよ。
15点くらいは取ってましたから・・・(笑)。

とりあえず、一旦、ここまで・・・ということで。
今日は、ちと、バタバタしておりまして・・・。

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by heitaroh | 2007-03-29 08:19 | その他 | Trackback | Comments(2)

祝!2周年記念、平太郎の由来にみる隠れた狙い!
親愛なるアッティクスへ

本日は、昨日の続きを書こうと思っていたのですが、当ブログ二周年ということに気付きました。
で、急遽、先送りして、少し遅ればせながら、二周年記念号で行きたいと思います。

お陰様で、このブログも2005年の3月下旬(あやふや(笑)。)より書き始め、2周年を迎えることが出来ました。
これもひとえに、皆々様のご厚情あってのことと、厚く御礼申し上げます。
この2か月、本当に忙しかったので、よっぽど、休眠しようか、あるいは、ペースを落とそうか・・・と思ったのですが、せっかく、この2年間、休日以外は一日も欠かすことなくUPし続けてきましたから、何とか、2周年までは、書き続けよう・・・と息も絶え絶えになりながら、書き続けてきました。
これで一区切り付きましたので、これからは、もう、頑張りませんよ(笑)。

e0027240_12455359.jpg(←一周年の時と同様、特に関係ないけど画像です。殺風景過ぎるのもいかがなものかという、ただ、それだけの理由です。
そういえば、一周年のときも、「道」と言えば、道でしたね・・・・。
深い意味はありませんが、何かを暗示しているのでしょうか(笑)。)


で、一周年のときに、このブログの副題でもあり、毎回、冒頭に掲げられていた「アッティクス」という人物の素性と、ここで掲げることになったことの由来について述べさせて頂いたのですが、二周年記念としましては、今度は、私自身の名前の由来について述べさせて頂こうと思います。
(参照:平太郎独白録 「祝、一周年記念に見るアッティクスの素性と意図の相関性!」

お気づきの通り、「平太郎」というのはペンネームです。
HNの「へいたらう」でもご存じのように、「へいたろう」と読みます。
「へひたらふ」にすると何だか、「お母さんと一緒」「ポンキッキーズ」に出てくるタイトルみたいなので、「へいたらう」で止めております。)
ときどき、これを「ひらたろう」と読む不埒者がおります(笑)。
なぜ、このような、名前にしたかというと、神様、司馬遼太郎さんと、名手、山田風太郎さんの両「太郎」さんから「太郎」を戴いた・・・というのは、実はまったくの表向き・・・でして(笑)、私には隠れた狙いがありました。

と、ここまで書いたところで、本題の「隠れた狙い」については、明日に続きます。
・・・続くと思います(笑)。

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by heitaroh | 2007-03-27 08:35 | その他 | Trackback(1) | Comments(12)

軍事的能力は銀、政治的能力は金。
親愛なるアッティクスへ

軍事的才能を持つものは政治的才能を持つものはには勝てない運命にある。しかし、純金の才能を持つ者は見受けられても純銀の才能を持つものはきわめてである。しかも、銀メッキはできるが、金メッキはきわめて難しい。」

これ何だかわかります?
じつはこれ、25年ほど前に私が大学ノートにまとめていた論文の一つなのです。

この点で、源平期のスター・源義経はまさに好例と言えるのでしょう。
義経に政治感覚があれば、彼は平家を倒してはいけなかった・・・と。
つまり、兄で上司の源頼朝も、平家の脅威があれば、義経をお払い箱にできなかった・・・ということですね。
e0027240_11253060.jpg

この点は現代政治も同じで、アメリカは日本とドイツを弱くしすぎたから、ソ連という大敵と向き合うことになったわけで、今ではそのソ連を牽制する為に力を与えた国や組織(アルカイダなど)が、アメリカ自身に対する新たな脅威として浮上してきているわけですから、自業自得(むしろ自縄自縛?)と言ってしまえばそれまででしょうが、何とも皮肉な巡り合わせでしょう。
アメリカという国は、何とも目先の敵しか見えない国のようです。

ところで、話を元に戻せば、平清盛に対する一方の主役である後白河法皇の目指した「院政復活による絶対王政堅持」は清盛・頼朝らの「新興勢力武士による革命」とは見事に相容れない思想であり、この点、鎌倉幕府成立から武士の時代が始まったとするのではなく、むしろ、室町時代になって朝廷の力が完全に衰えるまでの300年にも及ぶ武士と貴族という階層間革命権力闘争だったととらえるべきではないでしょうか。
その意味では、武家政権成立は、あるいは厳密な意味での、世界史史上初めての革命だったといえるのかもしれません。
平家一門の没落の真因は、清盛とその嫡男で早世した重盛以外に、この階層間の権力闘争という意味を誰も理解せず、ただ、栄華を誇るだけに安住していたことにあるのではないでしょうか・・・。
その意味では清盛のあとを継ぐべきだった重盛が清盛よりも先に死んだということが惜しまれてなりません。
                               平太独白
by heitaroh | 2005-06-21 17:41 | 歴史 | Trackback | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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