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「エル・スール 我が心の博多」再見、そして西鉄ライオンズ!
親愛なるアッティクスへ

昨日は福岡に帰ってきて初めて、夜の風に吹かれてきました。
やっぱ、中洲は良かですねぇ・・・。

e0027240_19315588.jpgで、何しに行ったかと言いますと、こちら(←)です。

以前も、平太郎独白録 : 「エル・スール 我が心の博多そして西鉄ライオンズ」に号泣寸前で申し上げたことですが、私が大いに感涙にむせび、辛うじて嗚咽を漏らすのをこらえた、「エル・スール 我が心の博多そして西鉄ライオンズ」という舞台がまた、博多で再演されるという話を聞き、何としても、もう一度、行かねばならぬ・・・との思いから、同じく下町育ちの記憶を持つ先輩様にお付き合い戴き、行ってきた次第でした。

で、この舞台の舞台となったのが今の博多駅前地区・・・・でして、ここで生まれ育った私にとってはまさに、私の誕生前夜の博多がそこにありました。
(普通、昭和三十年代の博多が舞台になるときには、主に「山笠」などで知られる旧博多地区が舞台になるので、この現博多駅前地区が舞台になったのには本当に意外でしたが、やはり、プロデューサーの岡田潔という人が私の小学校の先輩でした。)
まあ、今回はさすがに嗚咽をかみ殺さなければならないような事態には至らなかったことだけはご報告申しあげておきます(笑)。

ただ、これも以前、続・「我が心の博多そして西鉄ライオンズ」と「恋文」比較で申し上げたことなのですが、「ALWAYS三丁目の夕日」などと違い、決して倫理的には褒められたものではない登場人物たちや、現代ではハラハラするような露骨な表現なども出てくるため、女性や、当時の時代背景、地域事情などを知らない人を誘うのはちと難しいかな・・・という気がしたのも事実でして、今回、この先輩に断られたらどうしよう・・・と思っていたのも事実でした。

ま、そんなこんなで会場となったアクロス福岡に行ってきたのですが、ただ、前回と違い、今回は二部構成で、第一部としてかつての西鉄ライオンズの名選手によるトークがあり、私の父をして、「今日も西鉄、明日も西鉄、勝てば勝ったで祝い酒、負けたら負けたでヤケ酒」と言わしめた伝説の名選手たちが舞台の上に出てこられたのですが・・・、まあ、皆さん、しっかりお年を召されたのは仕方ないのですが・・・、ただ、闘将としてならした豊田泰光翁の著しく衰えた姿にはとても驚きました。
私はかねて、この方の著書などには大いに啓発されるところが多く、機会があれば是非、一度お目にかかりたいと思っていただけに、初めて見た生豊田の姿に言葉を失いました。
また、是非、元気な姿を見せていただきたいと願ってやみません。 
                                        平太独白
by heitaroh | 2011-08-04 20:16 | 文学芸術 | Trackback | Comments(6)

続・「我が心の博多そして西鉄ライオンズ」と「恋文」比較
親愛なるアッティクスへ

以前、平太郎独白録 : 「エル・スール 我が心の博多そして西鉄ライオンズ」に号泣寸前という記事を寄稿させて頂きましたが覚えておられますでしょうか。
西鉄ライオンズ全盛の昭和30年代前半博多が舞台の演劇なのですが、普通、「博多」を描くときには、いわゆる山笠の舞台となるような「旧博多地区」と呼ばれる地域が舞台となることが多いのに、この作品は、光が当てられることは少ない今の博多駅前である当時の下人参町界隈が舞台となっており、それだけに最後の方で、博多駅移転土地区画整理が進む中、「皆、おらんごとなる(いなくなる)」と主人公が言ったときには、もう私は、あと少しで不覚にも嗚咽を漏らしてしまうところでした。

で、先日、たまたま、別件で検索していて、同作に対する、「娘を連れていかなくて正解だった。過去を美化する必要は無いと思うが、露骨な表現の連発は嫌悪しか残らなかった」という感想が目に止まりました。
確かに地域的に何の思い入れも無い方にとってはまったく仰るとおりで、事実、中には、猥雑な表現や人間関係、道徳的には決して賛美できないような人たち・・・なども出てきたので、私も終始、女性客の舞台への視線が気になっていました。
無論、これは良い悪いではなく、「ALWAYS三丁目の夕日」などに見られる郷愁娯楽映画との違いで、亡父曰く、「近所にはヒロポン中毒だらけ」・・・、先輩曰く、「同級生にはやらやらやらやらという世界・・・」
実際、私も、アル中くらいなら別に珍しくなかったですし、南北さんの関係でとんちゃん(ホルモン)には早くから目覚めましたからね。
その意味では、まさしく、当時の現実だったでしょう。

で、この点で言えば、昭和28年公開の映画で、大女優・田中絹代が初めて監督を務めた「恋文」という作品がありますよね。
この映画には、戦後の世相よろしく、進駐軍兵士の囲われ人、いわゆる「オンリーさん」と呼ばれる女性たちがたくさん出てくるのですが、この中で、田中絹代は自らチョイ役の年増の娼婦として出演しております。
で、オンリーさんに成り果ててしまったかつての恋人を想うあまり、やりきれない主人公から「君ももういい歳なんだから、少しは考えたらどうだい」などと説教されますが、さすがに大女優・・・、キレるでもなし、ヤケになるでもなし、泣き出すでもなし、鼻で嗤って平然を装いつつも、うっすらと目に涙を溜め、「この人、どうかしてるよ」と言って出て行く・・・という。

すべては、この田中絹代の少量の涙こそが、この人が歩んできた現実を雄弁に物語っているのでしょう。
私はこれはこれであって良いとは思いますが、一方で、敢えて、観客の反発を受けることを覚悟で「原色」のまま送り出した岡田潔というプロデューサーの「蛮勇」にも敬意を表したいと思います。
「恋文」の中には、「汝らの中で罪なき者、まず石を投げよ」というセリフが出てきますが、私のような罪深い人間にはとても、「もう少し綺麗な表現で・・・」とは言えませんね。
その意味では、私も、「お袋とは見に行こう」とは思いませんが、子供には、「自分たちだけで見てきなさい」と言うでしょう。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-23 12:24 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

「エル・スール 我が心の博多そして西鉄ライオンズ」に号泣寸前
先日、私が1歳の頃・・・、つまり、昭和37年(1962年)のクイズ番組があってたので、まあ、見るとも無しに見ていたところ、回答者が、「犯罪の低年齢化少年法の改正を・・・」と言っていたのには、思わず、苦笑してしまいましたね。
映画「ALWAYS三丁目の夕日」などでは、あの時代は「良いことばかりの時代」として描かれてますが、あれはあくまで娯楽映画であり、ドキュメンタリーのつもりで見るのはとんでもない誤解を生じさせますよ。

で、昨日、友人を誘って、「エル・スール ~我が心の博多そして西鉄ライオンズ~」という舞台を見てきました。
西鉄ライオンズ全盛の昭和30年代前半の博多が舞台の演劇で、全編、博多弁で語られるというのを知り、場合によっては東京まで見に行こうか・・・と思っていたところ、昨日一日だけ、福岡で開演されるということでしたので、万難を排して行ってきました。
で、見た感想は・・・というと期待以上・・・、もう、120点でしたね。

e0027240_1216337.jpg

普通、昭和30年代の博多を描くときには、当時の博多駅前、いわゆる「博多」と呼ばれる地域が舞台となるんですよ。
博多祗園山笠の舞台となる地域と言えばわかりやすいでしょうか。
それが、この作品は、光が当てられることは少ない当時の博多駅裏、今の博多駅前が舞台となってるわけで、そこにあったのは、まさしく私の誕生前夜の我が地元、下人参町界隈の世界以外のなにものでもなく、それだけに最後の方で、博多駅移転土地区画整理が進む中、「皆、おらんごとなる(いなくなる)」と主人公が言ったときには、もう、私は滂沱の如く・・・状態であり、あと少しで不覚にも嗚咽を漏らしてしまうところでした。
(私はかねてより申し上げておりますように、この作品の舞台となった、当時の末広町の隣の「下人参町」で、西鉄ライオンズ三連覇の3年後に生まれました。で、調べてみたら、詳しいのも道理、プロデューサーの岡田 潔という人は私の小学校の先輩でした(驚)。)

中には、ハラハラするような表現や、決して賛美できないような人たちも出てきましたが、これは良い悪いではなく、まさしく、当時の現実なんですよ。
犯罪発生率は今より高かったわけですし、私の父に言わせると「近所にはヒロポン中毒だらけ」という世界だったそうで、要は劇中でヒロインも「ヒロポンでもやらないとやってられない」と言っていたように、「ヒロポン中毒かアルコール中毒にでもならなければやってられない」ような世の中だったということでしょう。
(私も、アル中くらいなら別に珍しくなかったですよ。)
ということで、日程が合えば、東京までもう一度見に行こうかな・・・とさえ思わせる素晴らしい作品でしたね。
                                         平太独白

by heitaroh | 2009-09-09 08:21 | 文学芸術 | Trackback(1) | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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