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東日本大震災・北関東派遣見聞録 その7 滝とラーメン
親愛なるアッティクスへ

10月に入って、とある試験勉強を始めたもので、現下、なかなか時間が思うようにとれません。
で、今も寸暇を縫ってUPしておりますが、従って、小難しい話は書けそうにありません。
(そもそも、難しい話なんてねーじゃないか・・・などという暴論にはオザワ被告的論理で却下します(笑)。)
で、東日本大震災応援建築士(今となっては別に「応援」ということでもなかったんだけど・・・)で北関東に行っていたときのことを諸々、適当に書き連ねます。

e0027240_10303279.jpg
(↑行って少しして桜の季節となりました。)

e0027240_10353478.jpgまず、栃木県と言えば、九州人の頭にまず浮かぶのは日光・・・でして、日光の滝はさすがに滝は見事な物が結構、ありましたね。
(←この滝の中央、水が枝分かれしている部分の突き出している岩は不動明王に見えるそうですが、不信心極まりない私にはまったく見えませんでしたね(笑)。思わず、東大阪の司馬遼太郎記念館の「天井の染み=坂本龍馬の影」説を思い出しました(笑)。)
ちなみに、日光の滝・・・といえば、華厳の滝が有名でしょうが、ここは以前、行ったことがあり、今回の在栃中は行きませんでした。
でも、あまり知られていない他の滝も観光客がいない分、見応えがありましたよ。
やはり、滝などというものは深山幽谷分け入った先に人知れず流れているのが良いわけで・・・。

次に、私は在栃中、ずっと県都・宇都宮に泊まっていたわけですが、宇都宮・・・といえばすぐに思い浮かぶのが「餃子」でしょう。
事実、帰国して、「宇都宮に行っていた」と言うと、殆どの人から、「餃子食べましたか?」と聞かれましたが、餃子自体は博多でも食べられるわけで、さすがに初めの一週間くらいで「ま、これくらいで良いかな・・・」という気分に(笑)。
その分、栃木県は蕎麦が充実しており、どこに行ってもあまり外れはなかったのですが、さすがにこれも毎日毎日蕎麦では飽きが来て・・・。

e0027240_10334599.jpgで、ラーメンはないのか?と聞くと、「栃木は佐野ラーメンというのが有名だ」と聞かされ、まずは近場にあったので行ってきたのですが、野菜をトッピングしたらこの状態(←)。
やっと麺にたどり着いたときには麺がワンタンみたいになってました(笑)。

ということで・・・、おっと、どうやら時間切れのようです。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-10-06 07:20 | その他 | Trackback | Comments(2)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その3 隣の芝生
親愛なるアッティクスへ

先日の続きです。

そんなこんなで宇都宮に到着し、業務に精励する毎日が始まったのですが、(業務の内容については肝心要の所ではありましょうが守秘義務の絡みがあり、また、プライバシーの問題もあるため、あまり具体的なことは申し上げられません。この辺のこと、よろしくお汲み取りくださいますようお願い申し上げます。)以前も申しましたとおり、ここには学生時代の友人と二人で行っており、最初の頃はこの友人と勤務が終われば、「今日はどこ行くや?」であちらこちらの店に行きました。
(宇都宮と言えば餃子だと思いますが、餃子は最初の1週間で飽きました(笑)。)

で、時にはそのまま互いの部屋で焼酎を傾けることもあり・・・、そのとき、彼に言ったのが、「まさか、この年になっておまえと二人でこんな所に来るとは思わんやったぜ・・・」でした。
「30年ぶりの修学旅行だ」・・・と(笑)。
と、申しますのも、彼とも卒業後、そう頻繁に会っていたわけでもなく、特にここ10年くらいは殆ど年賀状だけの付き合いでして、となれば、当然、部屋で杯を酌み交わすうち、話は互いの家族も含めた近況のことに及んでいき・・・。

e0027240_17111984.jpg(←宇都宮城攻略の際に土方歳三が斬り込んできたという橋です。後方が宇都宮城ですから、土方は橋の向こうからこちらに向かい刀を振りかざして吶喊してきたわけで、隊士の先頭に立つその勇姿が見えるような気がします。アスファルトですが(笑)。)

で、彼は建築設計を生業としているのですが、私などからみるとその人望は恐るべきものがあり、実態はまったくの個人商店でありながら、聞けば得意先は皆、誰もが知るような錚々たる所ばかり・・・。

私は、この10年、彼の人望にはいささかも衰えがなかったことを痛感した次第でしたが、ただ、その彼をしても業界の衰退ぶりだけはどうしようもないようで、息子には「自営業はやはり大変だから、『おまえは大きな会社に行け』と言っている」と言ってました。
で、それを聞いて思い出したのが、よく、昔のドラマで出てきた、「百姓は大変だから、おまえは大きな会社に入れ」というセリフ・・・。

また、栃木で乗ったタクシーの運転手さんは「もし、娘がタクシーの運転手と結婚すると言ってきたら、俺は猛反対する」と言ってましたし、工務店経営者の別の友人は「きつい・汚い・危険3Kの仕事だぞ。それで、明るい展望があるならいいけど少子化供給過剰で萎む一方の業界だ」と言っていたのですが、一方で、某大企業勤務の友人は「うちの会社は自殺率が異常に高い」ということを言っていたのを思い出し、結局、皆、隣の芝生が青く見えるだけじゃないのか・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-16 17:50 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その2 宇都宮へ
親愛なるアッティクスへ

先日の続きです。

e0027240_1125293.jpgそんなこんなでさる4月5日博多を発って任地である宇都宮へ向かったのですが、先日も申し上げましたとおりで、とにかく、荷物がものすご~~~く重かったことから、飛行機で行ってこの重い荷物を引きずりながら乗り換え乗り換えするよりも・・・ということで、新幹線で行くことにしました。
通常、福岡人が新幹線で移動するのはせいぜい名古屋辺りまでですから、私も博多から新幹線で東京まで行ったのは初めての経験でしたね。
で、11時発ののぞみに乗って東京着が16:13・・・。
正味、5時間ちょいですから、早くなったものです。
以前は確か、7時間かかってましたから。

で、東京駅で下車して、宇都宮行の新幹線に乗り換えようと思ったら、意外に寒いのにびっくり。
この日の博多はもう、半袖で十分でしたから。
もっとも、行くに当たっては東京から先は計画停電で動いていない可能性もあるといわれていたため、最悪の場合はサウナも何も帰宅困難者であふれていて、駅のベンチで一晩を過ごさなければならないという事態も想定していたため、スーツケースの中にはしっかり、作業用防寒着を持参していましたけどね。
(ちなみに、この防寒着、いわゆるドカジャンですが、帰りに少しでも荷物が減るように捨ててくるつもりで、誰の物でいつからそこにあったのかわからなかった物を洗濯して持って行った物だったのですが、栃木県は意外に寒い時期が長く、このドカジャンは随分、活躍してくれました。当然、今も我が家にあります(笑)。)

ま、そんなこんなで東京駅で乗り換えて、宇都宮に着いたときにはもう暗くなってましたが、とりあえず、ビジネスホテルにチェックインし、一服した後、夕食をとるべくホテルを出ました。
で、宇都宮と言えば当然、餃子でしょうが、そもそも、ホテルがある場所がどういう所かもわからないので、とりあえず、繁華街と思われる所をうろうろしたものの、平日の20時になるかならないかという時間帯にも関わらず、どこも真っ暗・・・。

e0027240_11552234.jpg

結局、駅前にあった餃子屋に入りましたが、まあ、餃子自体は博多にもありますからそれほど驚くことはなかったものの、どうにも違和感があったのがその大きさ・・・。
博多の餃子は一口サイズですが、こちらのはでかい・・・。
いつもと同じ調子で3皿、4皿とったら、もう、腹が膨れて大変でした。

そのうち、次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-12 07:33 | Trackback | Comments(0)

東日本大震災・北関東派遣見聞録 その1 出征前夜
親愛なるアッティクスへ

最近、帰国(?)して以来、まだまだ残務に忙殺されており・・・、いや、正確には、まあ、暑さもあるのでしょう、何かに追われているようでどうにも精神的に余裕がなく・・・。
で、仕方ないから(?)、備忘録的にこの四か月、震災派遣建築士として北関東、主に栃木県ですが、こちらに行っていたことについて触れておこうと思い立ちました。
当然、一回で終わるはずもなく、それどころか、かなり長くなると思いますので、順逆不動、思いついたままに不定期で気が向いたときにUPしていきたいと思います。

e0027240_17535470.jpgで、まず、当初の勤務地は「東京」と聞いていたのですが、それが水戸になって、千葉になって、結局、宇都宮になり、いよいよ、現地へ向かおう・・・としても九州ではこちらの情報は皆無といって良い状態でして・・・。
(←行く直前、寸暇を惜しんで福岡市博物館「大北斎展」にも行ってきました。帰途、葛飾北斎の浮世絵を当時の色に復刻した物が売っていたのですが、とにかく、その色の鮮やかさに驚嘆しましたね。当時もこの色だったそうですから、そりゃ、売れるだろうな・・・と実感しましたよ。)

で、今となっては笑い話ですが、当時は、まだ震災から1ヶ月も経っていない頃ですから、「計画停電で電車が動いていないかもしれない」、「東京のコンビニから水のペットボトルが消えた」などという報道が聞こえてきており、中には「『建築士』の腕章を付けていたら『うちも見てくれ』『こっちも見てくれ』で住民同士の奪い合いになった」という話さえ耳にしており・・・。

また、それ以前に「本当にちゃんと受け入れ態勢はできているのか・・・」という一抹の不安もあり・・・、平たく言えば、到着して、指定の場所に顔を出したら、皆が一斉に振り返って、「あんた誰?」・・・なんてことになるんじゃないかと(笑)。
(この辺は今となっては「考えすぎ」と言われるかもしれませんが、当時は、こちらも情報不足でしたが、派遣元も、受け入れ側もとにかく混乱していたようで、「宇都宮へ行け」と言ってきたものの、「宇都宮のどこへ行け」とは最後まで行ってきませんで、指定されたホテルへチェックインしたものの、誰からもアクセスはなく、結局、翌朝、ロビーで待っていても誰も声をかけてくるものもなく、「初日から遅刻」という言葉が頭をよぎり、やむを得ず、フロントの人に「ここだと思うんですけどねぇ」で場所を聞いて向かったものの、建物はあっても入口が空いてなく、やっと裏口を探して入ってもフロアーがわからないという状態・・・でした(笑)。)

ましてや、余震が来るかもしれない・・・という恐れもあり、内陸だから津波の危険性はないにしろ、倒壊した家屋の下敷きにならないように・・・、また、火が出た場合にも走って逃げれるように足元だけはしっかりしたのを履いておかねばならない・・・などなど、まったく、今となっては笑い話ですが、当時はそこまで考えましたよ。
従って、あれもこれもと詰め込んでいたら、荷物が物凄い量になり、詰め込んだは良いものの、これがまた重たい重たい・・・。
(特に、衣服という物がこれほど重たい物だとは初めて知りました。)
たぶん、下手な女性一人分くらいは優にあったと思います。
(後日、この時の話を言うと、よく、「荷物より女性連れて来れば良かったじゃない」などと言われましたが、そうできるものなら私だって・・・と(笑)。)

次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-07 18:44 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)

宇都宮最後の夜は大雨
親愛なるアッティクスへ

e0027240_21163688.jpgさ、帰ろう

by heitaroh | 2011-07-28 21:16 | その他 | Trackback | Comments(0)

宿は変わっても送信メールだけができない怪
親愛なるアッティクスへ

またもや始まった宇都宮での二重生活・・・。
昼は建物の震災被害調査、夜はホテルで自分本来の仕事・・・。
毎日、眠たいのに気がついたらいつもこの時間・・・。
毎日、何か寄稿しなくちゃ・・・と思いながら・・・、足利の稿もそのままになっているとは思いながら・・・。なかなか、思うに任せない状況が続いております。

e0027240_22593100.jpg

(明日はマンションの上の階から下の階まで一人で調査しなければなりません。こちらの画像は以前、同じようなマンションの最上階から写したものですが、目の前に雪山がでーんとそびえている光景は九州人には新鮮でした。)

ところで、今のホテルですが、ネットは出来る、メールの受信もできるんですが、なぜか、どうしても送信メールだけができない・・・。
実は、以前の埼玉のホテルもまったく同じ現象がありました。
もっとも、そちらは無線LANで、今回は有線なんですけどね。

ちなみに、うちに帰って接続したら普通に送信できました。昨日もホテルのコンピューター担当さんが来てくれて、ずいぶん、長い時間やってくれましたが原因不明でした。
                     平太独白
by heitaroh | 2011-06-18 23:12 | その他 | Trackback | Comments(0)

宇都宮なう
親愛なるアッティクスへ

e0027240_2042827.jpg一昨日、飛行機と新幹線を乗り継いで、重たい荷物抱えて、結局、また、宇都宮に戻ってきてしまいました。

2時に自宅を出て7時過ぎに宇都宮に着く・・・。
早いと感じるべきなのか、遠いと感じるべきなのか・・・。
なんにしてもまた、建物の瑕疵に自然と目が行く生活が始まるわけで。。。

by heitaroh | 2011-06-17 20:10 | その他 | Trackback | Comments(0)

宇都宮にも名店はある
親愛なるアッティクスへ

e0027240_201528100.jpg今日はここ(←)で飲んでます。
こちらからではわかりにくいのですが、開け放たれた縁側のような店のデザインには感心しました。
失礼ながら、宇都宮にもこういう店があるんだな・・・と。
さすがに地元の方は詳しい・・・。

ここは、宇都宮到着初日に行こうとして満席で入れなかった店でした。
最後になってこういう店を知ったのは少し残念なような気がします。

                       平太独白
by heitaroh | 2011-05-20 20:15 | 地域 | Trackback | Comments(0)

埼玉に行くことになりました。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_2234229.jpg今、慰労会をしてもらってます。
明日も含めて四連チャンですが・・・。
宇都宮餃子が有名ですが、バーも充実しているのだそうです。
初めて来ましたが・・・。

                          平太独白
by heitaroh | 2011-05-19 22:34 | Trackback | Comments(0)

ヘーベルハウスの二世帯住宅CMは全国放送やったったい
親愛なるアッティクスへ

e0027240_22491574.jpg早いもので、今日で、私が宇都宮に来て、丸々20日が経ちました。
その間、桜が咲き、そして終わりました。
明日は、三度目の休み・・・。
栃木市にいる友人に会いに行こうと思っています。

(←泊まっているビジネスホテルの部屋は私が入って以来、ずっと、水道から水が漏れています。おかげで、私の枕元では毎日、泉が流れる音がして、癒やし効果満点です('-'*)。フロントには何度も言ったんですけどね。)

ところで、ヘーベルハウスの二世帯住宅のCM、博多弁なので博多限定だとばかり思っていたら、全国放送だったんですね。
一徹な顔をした老人が孫を相手にキャッチボールをしながら、厳しい顔と裏腹に本音では
「パパ、出張が多いけんな、じいちゃんがパパの代わりしてやるけんな」と呟くあれ・・・です。
もう少し娘が何か言ったら、「よかと」とか何とか言いそうですね( ^_^)

これを見ていて、私の父も、私がまだ、20歳くらいの時に「おまえの子供を風呂に入れて浸けたり、上げたりしちゃあけんな」などと言っていたのを思いだしました。
当時は、私はまだ、子供どころか結婚もおぼつかない時代でしたので、「親父のやつがおかしなことを言いよう」くらいにしか思っていませんでしたが、今、段々と私もそういう年齢になりつつあるようで・・・。
                   平太独白
by heitaroh | 2011-04-25 23:19 | 地域 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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