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ソフトバンク孫正義と家康との欠陥の同義性
孫正義という人物については、以前から、平太郎独白録 「海とプールとホリエモン保釈に想うソフトバンクの参謀不在。」で指摘してました通り、短期間に急成長した会社というものは、なかなか、色々と問題を抱えているようです。
特に、孫さんのような天才型のトップというものは、とかく、極端から極端に飛ぶことが多いもののようで、であれば、本来、そういう人が飛び回った後を、確実に道にしていくような人材が必要なのでしょう。
端的に言えば、本田宗一郞における藤沢武夫・・・と言うよりも、むしろ、正力松太郞における務台光雄のような人材でしょうか。
あるいは、孫さん自身が、そういう人材の必要性を感じていないのかもしれません。

この点で、思い当たったことがあります。
「大軍の統帥とは方向を明示して、後方を整備すること」と言いますが、孫正義という人物の非凡さについては、以前、平太郎独白録 「草木も芽吹く季節、我、何処へ向かう・・・」で触れたところですが、この人は、オールマイティのようで、やはり、技術偏重の嫌いがあるように思います。
これも、以前から、平太郎独白録 「組織を支える三本の足」の中で、持論として述べております、組織を支える為の3本の鼎(かなえ)の足・・・、(つまり、国家に当てはめてみたとき、それは「軍事、経済、外交」であり、またさらに、その中の軍事だけにあてはめてみたときには、「作戦、補給、情報」となり、企業にあてはめてみたなら、「技術、経理、営業」となる・・・というものであり、これらは三本の柱は、バランスよく立つ必要があり、どれか一本だけが突出したり、極端に短いとそのテーブルは安定せず、倒れてしまう可能性があり、その意味では、戦前の日本は軍事のみが突出しており、戦後は経済のみが突出したいびつな形になっており、決して正常な形態をなしているようには思えない・・・ということを言ったと思うのですが、)これをソフトバンクに当てはめてみたときに、孫正義という人は、極端な正面重視主義・・・、つまり、平たく言えば、補給を軽んじる傾向があるのではないか・・・と思うのです。

「そんなばかな!孫さんほどの人が、そんなことに気づかないわけがない!」と言われるかも知れませんが、この点では、意外なことに、徳川家康という人の軍隊もそうでした。
忠誠無比の三河武士や、信玄以来の甲州武士を中核とする徳川軍は、確かに精強ではあったのでしょうが、極端な戦闘重視の傾向が強く、補給と言う概念が極めて薄い軍団であったようです。
本多忠勝、井伊直政榊原康政等など、勇将猛将は数多けれど、幕僚と呼べるのはわずかに本多正信くらいのもので、それも主に作戦参謀というべき幕僚であり、兵站を専門に担当するような幕僚は見当たらないのです。

その為、関ヶ原の戦いの時も、徳川軍は軍を二手に分けねばならず、さらに、主力を率い、中山道を進んだ、息子秀忠の軍は、混乱に次ぐ混乱で満足に行軍することもできず、結果的に関ヶ原の戦いに間に合わなかったことが、それを如実に表してると思います。
この点、秀吉は長駆、九州の最南端まで大軍で攻め込みながらも、混乱らしい混乱もなく、戦国最強と呼ばれた島津軍を撃破しておりますが、このときも、徳川軍は東国の留守を任されており自国の国境から、遠く離れての遠征には一切、参加しておりません。
あるいは、この点には、秀吉の深謀遠慮が働いていたのでしょうか・・・。
                                         平太独白

by heitaroh | 2012-11-07 07:45 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

坂の上の雲に改めて思った大山巌元帥の魅力 前編
親愛なるアッティクスへ

今日、ちょっと福岡市の中心街・天神まで行ったので、たまたま目についた食堂に入り、焼き魚定食を注文し、さあ、食おうと思ったその刹那、友人からメール・・・。
「質問。孫 正義氏の100億円ってどうなってるんですか@まだ払ってないとか言う人いるんですが、本当ですか??」って、そんなの知るかよ・・・と思いつつ、「知らないけど、まだだと思うよ」と返し、さあ、箸を付けようとしたところ、今度は、「本当なんだ。なんででしょうね。」と・・・。
やむをえず、「そんなの普通に考えて右から左に払えないでしょ」とだけ送って、焼き魚をむしろうとしたら、またメール。
え?早くない?と思いつつ開いたら、やはり、奴からで、「えーーーー!はったりですか。自然エネルギーで儲けるための。。」・・・と。
しょうがねーなーと思いつつ、同時に、私には思い浮かぶ話がありました。

e0027240_16304881.jpgNHKドラマ、「坂の上の雲」で、苦闘する日本の満州派遣軍に対し、内地の桂 太郎首相から「宮城の気仙沼に大きな金山発見」の報があり、「これで軍費も大丈夫だと、総司令部では大騒ぎだ」と兵士たちは大喜びしている中、大山 巌満州軍総司令官のみは児玉源太郎総参謀長に対し、破顔一笑、ひとしきり大笑いした後、「たとえ金山の話が本当じゃったとしてん、そん金山を採掘するには数十億は投資する必要がありもそう」・・・と。

半信半疑の児玉総参謀長に対し、「そげんして、みんなの士気をあおろち しちょっとごわす。桂さぁの落語じゃちと思うて聞いておれば良うごわんそ」と愉快そうに言い、再び、笑う・・・。
大山巌は陸軍の大物であると同時に、内務大臣なども歴任してましたから、単なる軍人と違う「経営感覚」も持っていたということなのでしょう。
それを聞いて、児玉総参謀長も苦笑すると共に、一方で、「乃木は笑えんじゃろなぁ・・・。乃木はこういうことを笑えんからダメなんじゃ。頭が固うて、戦が下手なんじゃ」・・・と。

そこまで考えて、再び、箸を置いて再びメールに向かい返信。「そこまでは言わないけど・・・、あいは士気を鼓舞するための孫さぁの落語じゃち思うて笑うておけば良か・・・と坂の上の雲の中で大山大将が言っておられもんした」と返信。
そのまま、もう、これ以上、相手にしておられんと・・・飯をかっ込みました(笑)。

だって、普通に考えて、ソフトバンクだって少なからぬ借り入れがある以上、100億円なんて数字は、いくら孫さん個人の財布から・・・と言っても、右から左というわけにはいきませんよ。
最低でも、金融機関や株主の理解は必要でしょう。
投資ならリターンを望むでしょうから詳細な説明を求められるでしょうし、リターンなき投資なら容易に理解を示してくれるとは思えませんよ。
だから、孫さぁの落語じゃっち思うて、笑って聞いちょればようごわす・・・ですよ。

とりあえず、次回に続きます。
                                         平太独白

by heitaroh | 2011-12-24 18:20 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

福岡ソフトバンクホークス総括 その2 
親愛なるアッティクスへ

皇帝ヴィルヘルム1世のもと、ドイツ統一に大きな役割を果たしたプロイセン三傑
鉄血宰相ビスマルク、参謀総長モルトケ、陸海軍大臣ローン・・・。
ビスマルクが政治外交を執り行い、ローンが軍制を整備し、モルトケが軍を率いて敵を撃破した・・・と。
そういうと、三人はいかにも仲が良かったようですが、実際には、この三人・・・、いや、皇帝も含めて、四人は、決して、仲が良くはなかったのだとか。
・・・と言うと、「ん?歴史ものか?」と怪訝に思われる方もあるかと存じますが、決して表題に嘘偽りはありません(笑)。
実は、すでにお気づきの方も多いと思われますが、この4人の組み合わせこそ、オーナー、球団社長、GM、監督・・・というものの在るべき姿を端的に表した物であり、その間には本来、一定の緊張関係があるべきだ・・・と思うのです。

先日からの続きに話を戻しますと、元々、フロントをとり仕切っておられた根本陸夫さんが球団社長として鎮座ましましておられた頃は、当時の福岡ダイエーホークス強打線弱体投手陣という構成でしたが、根本さんはそれでも構わず、井口、松中、柴原・・・と打者ばかりを補強されて、就任間もない王監督は明らかに、「打者はもういいんだけど・・・」みたいな顔をされてました。
(王監督就任一年目のドラフト一位は現在のエース、斉藤和巳投手でしたが、入団後四年間は殆ど二軍暮らしだったことを考えると、やはり、将来性での獲得であり、必ずしも、王さんの意に沿ったものではなかったように思います。)

従って、チームの編成を司るGMというものは、本来、今現在の成績だけを考えようとする監督の意向に引きずられないように、長期的な視野に立った編成というものを心がけないといけないわけで、そこの壁が無くなってしまっていたんですね。
特に根本さんがお亡くなりになって以降、ソフトバンクになってからは孫 正義オーナーが王さんの個人的ファンだったこともあり、王さんにすべての権限を集中させましたよね。
「どうぞ、やりやすいようにやってください」と・・・。
その結果、「野球は投手力だ」ということで、それ以降はやたら、即戦力の投手ばかり補強してきた・・・という印象が私にはあります。

で、そういう視点で見てみれば・・・、結局、今のホークスは投手力中心のチームなんですよ。
つまり、一点を守り抜くような「弱者」の野球をやらないといけないのに、相変わらず、2003年に日本一になった頃の強打線を擁しているかのような野球をやっていることが問題なわけです。
先発投手は5点とられても5回までは変えない・・・。
それはそれで、投手にも責任投球回数という意識を持たせるという上ではいいでしょう。
しかしそれは、現実の勝敗という点では、2003年当時のように、序盤で5点とられても、終盤までに5点を取り返せる打線がある場合の発想です。

後日、続きます。

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by heitaroh | 2008-10-29 17:24 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(4)

ホークス・プレミアムパーティに毎度の経営不在を見た
親愛なるアッティクスへ

e0027240_1042350.jpg今更・・・の話題ではあるのですが、昨年末、友人に誘われ、福岡ソフトバンクホークスプレミアム・パーティに行ってきました。
ホークスOBなども来る・・・との触れ込みでしたが、元々、私はあまり、こういうものには興味がない人間ですので、それほど気乗りがしていたわけではありませんが、行ってみて、「やはり・・・」という失望感を強く致しました。
この辺は、以前から、平太郎独白録 : 経年低下の傾向すらあるソフトバンクホークスの顧客満足度などでも以前から申し上げておりますように、ソフトバンク球団は、とにかく、気が利かない・・・。
まるで、商売をやったことがない人が商売をしているような・・・。

何か思いつくのは良いのですが、毎度、肝心の所がまったく、気が利いていない・・・。
ダイエーの頃の方が、金はなかったけど、もっと気が利いていたんですよね。

で、まず、行ってみたところ、受付があったのですが、受付開始のときに、「この受付はお一人様の方のみ、こちらはお二人様、こちらは三人様以上で御願いします」と係員が大声で宣告・・・。
ところが、受付開始後、時折、誰かがその旨をアナウンスしていたものの、張り紙しているわけでもなく、かといって、切れ目無く終始、アナウンスしているわけでもないことから、後から来た人は空いている列に並んでしまい、自分の番が来たら、「あ、お二人様は隣の列に御願いします」と言われ、また、並び直し・・・。
そもそも、システムが複雑すぎるんですよ。
「二人」というのが、会員まで含めて二人なのか、それとも、含めないで二人なのか、はたまた、二人とも会員だったらどうなるのか・・・etc。

さらには、席が埋まってしまったのか、後から来た人の中にはグループで来たのに別々のテーブルになるなどの手際の悪さ・・・。
おまけに、一人で来た人は、主催者側の都合だけで、テーブルの空いた席にムリヤリ割り振られたようで、その結果、単身来場者は殆どが、カップルの間にポツンと一人・・・。
(こうするために、受付で「一人で来た人はこちら!」・・・とやっていたわけですね。)
一人で来た人なんか、元々、誰も話し相手は居ないわけだし、一生懸命、カップルに話しかけても、まるで相手にされない・・・。
聞けば、前もって、出欠の葉書を出していたのだそうですから、だったら、もう少し考えて席順してやれよ・・・と。

さらにさらに、「この席には、ホークスOB藤原 満さんが何時何分から何時何分まで廻ってこられます」と書いてあったものの、結局、藤原さんは、一番最初のテーブル付近で掴まってしまい、他のテーブルにはまったく来ないまま・・・。
私のような連れが居る人間はまだしも、一人で来ている人なんか、することもないわけですから選手OBの人から面白い話でも聞けないと来た意味ないでしょ・・・。
そもそも、ホークスOBなんて、毎年、何人も辞めているわけですから掃いて捨てるほどいるわけでしょ・・・と。
だったら、こういうときにこそ、たくさん、動員してきなさいよ・・・と。
最低、1テーブルに一人くらい居なきゃ・・・。

結局、こういうイベントやったところで、「もう、会員になんてなるか!」という気持ちにさせて帰る人を作っているだけで、これ即ち、「経営不在」だと思うんです。
(聞いた話では、それほど安い会費でもなかったようですし・・・。)
もちろん、孫正義氏自身がいちいち、経営の末端までタッチしているわけではないでしょうが、これほどに、あらゆる切り口で気が利かないというのは、やはり、経営不在としか言いようがない・・・と。
こんなことばかりやっていたら、本当に野球を見に来ているファンは離れていってしまいますよ・・・。

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by heitaroh | 2008-01-18 08:35 | スポーツ | Trackback | Comments(2)

ホークス終戦その1 王監督続投表明正気の沙汰と思えず
親愛なるアッティクスへ

e0027240_10221398.jpgこれ、実は10月6日、つまり、土曜の深夜に書いた物です。
少し、酔っぱらいながら、「終戦」と題して。

まず、その前に、王監督・・・、ついに、続投を表明しましたね。
はっきり言って、シンジラレナ~イ・・・ですよ。

孫オーナーも、以前、「終身監督だ」などと言ってましたが、あの人も少し呆けましたかね。
もう、老醜もいい加減にしないと、これじゃ秋山さん、飼い殺しではないですか。
終身監督というよりも、これじゃあ、執心監督ですよ。
(・・・ていうか、就寝監督になったりして(笑)。)

王監督に関しては、以前も、平太郎独白録 : 祇園風に吹かれる福岡市民は王さんに足を向けて寝られないの中で言いましたように、こと、福岡のファンは、王監督に対しては足を向けて寝られないとは思いますよ。
ダイエー末期の頃なんか、とても、「世界の王」と呼ばれた人がやってられる環境じゃなかったでしょうし、満足するような額の給料も払えてなかったでしょう。
何より、それでなくとも、福岡だけで完結している観が強い球団なわけですから、監督があの人じゃなかったら、はっきり言って単なる田舎球団ですよ。

しかし、その上で、敢えて私は言いたい。
王さんはもう、辞めなければならないと。
その辺は、これも、以前、平太郎独白録 : 王監督続投にみる撤退する勇気!の中で述べたことですが、王さんは伴侶を先に亡くしておられますよね。
こういう方は、往々にして、もう、仕事だけが生き甲斐・・・なんですよ。
だから、肩たたきにあっても、なかなか、辞めようとはしない・・・。
でも、これは周囲には結構、迷惑なんですよね・・・。

野村さんみたいに、特に健康不安があるわけではない、特に決まった後継者がいるわけではない、何より、まだまだ、野村さんの力が必要な発展途上のチーム・・・なんてことならわかります。
しかし、王監督は、本人には酷ですが、あのでしょう。
しかも、一番、言いたいのは、王さんに関しては、辞めたって、球団社長としての仕事も、また、必要とあれば、様々な公職でもいくらでも待っているわけでしょう?
であれば、いきなり、無職になるわけでも、縁側で毎日猫の世話をする生活が待ってるわけでもないわけですよね。
それでも、辞めようとしない・・・というのは、もはや、正気の沙汰とは思えませんよ。
あのやつれた顔みてるだけでも、気が滅入ってきます。

プレーオフ今年のペナントレースを振り返って・・・に関しては、明日に続きます。

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by heitaroh | 2007-10-09 08:11 | スポーツ | Trackback | Comments(7)

日米野球とアジアシリーズにみる花相撲の論理。
親愛なるアッティクスへ

以前、平太郎独白録 「草木も芽吹く季節、我、何処へ向かう・・・」でも触れたことですが、私の勝手な持論として、「戦略から戦術を導くことは出来ても、戦術の積み重ねが戦略を形作る事は少ない」というのがあります。
つまり、「戦闘→戦術→戦略→目標→目的」であり、これらを繋げた物こそが方向性であると・・・。

e0027240_12443548.jpg私が、孫正義という人が凄いと思うところは、先に目的地を明らかにすることだと思います。
一昨年の近鉄球団消滅に伴う一リーグ制構想の折、百家争鳴、混沌たる中、彼ほどにはっきりと、「どこに向かうんだ!」と言うことを表明したオーナーはいなかったように思えます。

皆、積み上げていく課程で目的地が見え始めることはあっても、孫さんのように先に目的地を示し、逆に「そこへ行く為にはどこを通っていけば一番、効率的だ!」ということを、あそこまではっきりと明示できる人は始めて見ました。
当たり前のように見えて、これは本当に凄いことです。
具体的に言うならば、「世界一の球団にする」→「選手の年俸はもっと上げていい」、「給料でアメリカに負けていたら、日本のプロ野球はアメリカの二軍になる」、「給料はアメリカ並みにして、逆に向こうから優秀な選手を逆に呼ぶべきだ」→「それで黒字に出来ないのは経営者の泣き言」etc・・・。

確かにそうなんですよね。
アメリカという物が、かつてのように、海の向こうにあった時代ならともかく、今は、これだけ、身近になった以上、選手の大リーグ流出は止まりませんよ。
であれば、日本だけで、「人件費の高騰」を議論しても始まらないわけで、まさしく、孫さんが言う、「このままだと、日本はアメリカの二軍になる」でしょう。
孫ソフトバンクホークスの方向戦略を大言壮語と捉える向きもお有りでしょうが、確かに、先般からのシステム障害などを見るまでもなく、多々、後方が付いてきてないというのは感じますが、少なくとも、方向戦略という点では、私は決して間違ってない・・・、むしろ、他に選択肢なんかないじゃないかと思っています。

この点で、孫さんは、自ら、アメリカへ飛び、アメリカ側のいいような条件であったとは言え、WBCというものの開催にこぎ着けたわけですが、この構想を聞いた当時、オリックス宮内オーナーは、これを称して、「花相撲」と揶揄したことがありました。
でも、こういうものを、「花相撲」にするかどうかは、球界側の姿勢一つではないのでしょうか?
でも、日米野球はまだいいんですよ。
元々が、花相撲を前提に始まった物ですし、今では、メジャーを志望している選手たちの品評会の観さえありますから・・・。
(新庄などは、阪神時代、メジャーに行きたいから、声が掛かるようにと日米野球ではハッスルして、4割くらい打ってたらしいですね(笑)。)

でも、日本プロ野球をもっと盛り上げる為の一環として始まったアジアシリーズに関して言えば、メディア以前に、球界は広報活動何かやってるの・・・って感じです。
だって、日米野球は、まだ、福岡ドームであるってことくらいは知ってましたが、アジアシリーズは、いつからあるかさえ知りませんでしたよ。
こんな程度の広報活動でいいのでしょうか?
で、フタを開けてみたら、案の定、球場いつもがら~んとしてますよね。
都市対抗野球じゃないんだから・・・って。
どうやら、プロ野球は選手会も含め、喉元過ぎて熱さをすっかり忘れてしまったようですね。
                            平太独白
by heitaroh | 2006-11-11 08:30 | スポーツ | Trackback(2) | Comments(6)

ソフトバンクのシステム障害にみる家康との欠陥の同義性。
親愛なるアッティクスへ

実は、先週の週末、私、東京~山梨~長野~埼玉~東京という旅に出ておりました。
最近、色々と、ストレスが溜まることが多かったので、東京在住の友人に、「連れてけ」と無理強いしての旅でしたが、日頃の行いのせいか好天に恵まれ・・・(笑)。

e0027240_8485578.jpg長野県に行ったのは、高校の修学旅行以来、実に28年ぶりでしたね。

善光寺(←)なんかも行ったのでしょうが、当然ながら、まったーく覚えてませんでした(笑)。
(日本シリーズの52年ぶりとか44年ぶり・・・などと比べると随分と最近ですけどね。)

ついでに、帰途、今まで、私が日本中で行ったことがなかった埼玉県も川越城に、ちらとですが、連れて行ってもらいましたので、これで、ついに全県制覇を果たしましたことを、併せて、ご報告申し上げます。

で、本題です。
私がいない間に、何だか、ソフトバンクは大変なことになっていたようですね。
ソフトバンクと言っても、ホークスのことではなくって、ソフトバンクモバイル携帯電話番号ポータビリティに関するシステム障害のことです。
私が長野でフラフラしていた10月28日、ソフトバンクは、この業務システムの負荷増大により、いったん手続きを停止し、約2倍の処理を行えるようシステムを増強したものの、翌29日には、前日に業務を停止した影響でシステム処理量が3倍程度となったため、再び処理を停止し、新規契約など他の業務の受付のみ行ったのだとか・・・。
その為、30日には、孫正義社長自らが原因説明の会見を行い、陳謝をしたと言いますが、私が注目したのは、孫社長が会見で、「システム障害の原因として、ソフトバンクの業務が増大したこと」を強調していたということです。

ソフトバンクと孫正義という人物については、以前から、平太郎独白録 「海とプールとホリエモン保釈に想うソフトバンクの参謀不在。」で指摘してました通り、短期間急成長した会社というものは、なかなか、色々と問題を抱えているようです。
特に、孫さんのような天才型のトップというものは、とかく、極端から極端に飛ぶことが多いもののようで、であれば、本来、そういう人が飛び回った後を、確実ににしていくような人材が必要なのでしょう。
端的に言えば、本田宗一郞における藤沢武夫と言うよりも、むしろ、正力松太郞における務台光雄のような人材でしょうか。
あるいは、孫さん自身が、そういう人材の必要性を感じていないのかもしれません。

この点で、思い当たったことがあります。
「大軍の統帥とは方向を明示して、後方を整備すること」と言いますが、孫正義という人物の非凡さについては、以前、平太郎独白録 「草木も芽吹く季節、我、何処へ向かう・・・」で触れたところですが、この人は、オールマイティのようで、やはり、技術偏重の嫌いがあるように思います。
これも、以前から、平太郎独白録 「組織を支える三本の足」の中で、持論として述べております、組織を支える為の3本の鼎(かなえ)の足・・・、(つまり、国家に当てはめてみたとき、それは「軍事、経済、外交」であり、またさらに、その中の軍事だけにあてはめてみたときには、「作戦、補給、情報」となり、企業にあてはめてみたなら、「技術、経理、営業」となる・・・というものであり、これらは三本の柱は、バランスよく立つ必要があり、どれか一本だけが突出したり、極端に短いとそのテーブルは安定せず、倒れてしまう可能性があり、その意味では、戦前の日本は軍事のみが突出しており、戦後は経済のみが突出したいびつな形になっており、決して正常な形態をなしているようには思えない・・・ということを言ったと思うのですが、)これをソフトバンクに当てはめてみたときに、孫正義という人は、極端な正面重視主義・・・、つまり、平たく言えば、補給を軽んじる傾向があるのではないか・・・と思うのです。

「そんなばかな!孫さんほどの人が、そんなことに気づかないわけがない!」と言われるかも知れませんが、この点では、意外に思われるかも知れませんが、徳川家康という人の軍隊もそうでした。
忠誠無比三河武士や、信玄以来甲州武士を中核とする徳川軍は、確かに精強ではあったのでしょうが、極端な戦闘重視の傾向が強く、補給と言う概念が極めて薄い軍団であったようです。
本多忠勝、井伊直政、榊原康政等など、勇将猛将は数多けれど、幕僚と呼べるのはわずかに本多正信くらいのもので、それも主に作戦参謀というべき幕僚であり、兵站を専門に担当するような幕僚は見当たらないのです。
その為、関ヶ原の戦いの時も、徳川軍は軍を二手に分けねばならず、さらに、主力を率い、中山道を進んだ、息子秀忠の軍は、混乱に次ぐ混乱で満足に行軍することもできず、結果的に関ヶ原の戦いに間に合わなかったことが、それを如実に表してると思います。
この点、秀吉は長駆、九州の最南端まで大軍で攻め込みながらも、混乱らしい混乱もなく、戦国最強と呼ばれた島津軍を撃破しておりますが、このときも、徳川軍は東国の留守を任されており自国の国境から、遠く離れての遠征には一切、参加しておりません。
あるいは、この点には、秀吉の深謀遠慮が働いていたのでしょうか・・・。
                                平太独白
by heitaroh | 2006-11-02 08:58 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

一周年シリーズ、「吟遊詩人は我が本意に非ず」後編。
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。
昨日述べましたとおり、このブログを始める前、大いなる惑いの中にいた私でしたが、私がこうなったのも、実は、すべては孫 正義という天才毒気に当てられたからでした。
2004年後半、彼が福岡ダイエーホークス買収に名乗りを上げたとき、彼は「世界一の球団を目指す!」と言い、「そうでなければ日本のプロ野球アメリカの二軍になる。」とも言ったことに、私は、もの凄い衝撃を受けました。
まだ、「選手の給料が高すぎる」、「球団の数が多すぎる」などなどとケンケンガクガク言っていた頃の話です。

私はハッとしました。
確かに彼の言うとおりで、他に選択肢なんてないじゃないかと・・・。
彼は、新規参入だ、一リーグ制だ・・・と、まだ、混沌の中にある時に、快刀乱麻!「我々の目指すべきは、あそこだ!」と道を指し示した・・・、いや、指し示し得たわけです。
「凄い!」と慄然としました。
これこそが、将たる者に必要な能力だ・・・と。

では、振り返ってみて、我が身はどうかと。
当時、色々、考えました。
でも、み~んな、手段であって、方向ではないんです。
私が目指す方向性とは何なのか????
そう考えたときに、どうしても孫さんのような明確な答えが見つけ出せませんでした。
つまり、孫正義の毒気に当てられた・・・、それが惑いの原因でした。

で、昨日のアレキサンダーを見ての、「吟遊詩人は我が本意に非ず」になるわけですが、ここで、実業人の道へ歩みを戻そうとした私は、多くの人と交わり、アンテナを張り巡らせる為にも、やはり、何らかの会へ所属しようと思いましたが、ただ、某クラブや某会などの既存の会にはあまり、魅力を感じませんでした。
そこへ、友人から京都で開かれるある会に誘われたことから、まあ、観光がてら出席してみようと思い立ち、ついては、そういう晴れがましい会に参加させて頂く以上は・・・ということで、先日から述べております通り、そこから、ブログへと繋がったわけです。

もし、孫正義という人物が、プロ球団を買収しなければ・・・。
もし、アレキサンダーという映画を見なかったら・・・。
もし、拙著を出版していなかったら・・・。

まあ、もっとも、私は元来が、結構、退屈しない人間のようで、すぐに、何かを見つけてくるようです。
それだけに、今頃は、ブログ以外の何かをやっていた可能性が高かったかもしれませんね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2006-04-01 19:29 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

坂本龍馬の亀山社中に想うソフトバンク発祥の地!
親愛なるアッティクスへ

去る3月18日、つまり、先週の土曜日ですが、折悪しく、天気も悪かったにも関わらず、私は、一念発起して長崎に行って参りました。
まあ、私は福岡ですから、長崎まででしたら、必ずしもそれほど遠いというわけではないのでしょうが、他の熊本、大分、山口などの近県と比べ、どういうわけか、長崎へはあまり、行ったことがありませんでした。
(長崎市へは16年ぶり。ていうか、ちゃんと市内観光したとなると、おそらく、昭和48年小学校の修学旅行だけでしょうね(笑)。誰か、私を長崎に連れてって・・・ってやつで・・・。)

e0027240_1631862.jpgで、何故、そこまでして行こうと思ったかと言うと・・・、あの坂本龍馬海援隊の母体となった亀山社中の公開が土曜で打ち切られると聞いたからでした。
私も、亀山社中が、今も民家として現存しており、所有者の方の好意で一般にも開放している・・・とは聞いておりました。
だから、「そのうち機会があったら・・・。」とは思っていましたが、先週の初め、新聞で、「閉鎖されるので、もの凄い人が押しかけた。」という記事を見て、あ、これは何としても行かなくては・・・と思い立った次第でした。

それにしても、16年間無料で公開されていたそうですが、まさか、閉鎖されるとは・・・。

以前、平太郎独白録 オリンピック誘致で想う都市の景観保護の中でも述べたことですが、東京伊藤博文旧邸が解体されるという話を聞きつけ、慌てて、山口県が買って山口移築したって言うし、日本人って、こんな意義のある旧跡という物の重要性に対する認識って低いですよね。
ああいうものは、普通は、史跡なり何なりにならないんですかね・・・。
龍馬・・・が史跡の基準に当てはまらないというのなら、日本初の会社発足の地ということでもいいんじゃないですか・・・。

で、その亀山社中跡、行ってきました。
行ったのはいいのですが、なぜ、私が長崎には、それほど、行ったことがなかったかというと・・・、とにかく、長崎市内は道が狭いんですよ!

e0027240_17112941.jpg(←すぐ近くには、こういう川が・・・。この右脇には、神社がありましたから、おそらく、龍馬の時代から、この風景はそう変わらないのでは・・・と思われます。あるいは、亀山社中の面々も、夏の暑い時期などは、この小川で夕涼みなどをしたのかも・・・。)

ただ、長崎の場合は、道が狭いっていうだけならまだいいんですけど、山の中腹住宅密集している土地柄ですから、道が狭い上に階段が多く、未だに、宅急便は、玄関まで人力で運んでいるという・・・。
長崎市も、福岡辺りからの修学旅行のメッカということを考えれば、もう少し、他県からの観光客にも優しい町作りをして欲しいですね。

カーナビが指示した場所からは、目的地までは幅1m弱の階段を下っていかねばならず、車を止める場所もわからず・・・。
おまけに、狭い上に、家が密集しているから、トイレどころか、立ち***さえするところもないという・・・。
(あら、私としたことが・・・。少し下品でしたかしら。いとをかし・・・。)

で、家を出たのが12時前、ようやく、亀山社中付近と思われる坂の上に到達したのが14時過ぎ・・・。
公開時間は15時まで・・・ということでしたので、仕方なしに、路上に車を止めて、そこから、まるで蟻の巣みたいな迷路・・・、いや、を、会う人ごとに道を尋ね尋ねしながら下っていくと・・・。
    
e0027240_16524827.jpg←すべてはこれでした。

ちなみに、これって、最後尾ではないですよ。

見えてる範囲内での真ん中くらいです。

おそらく、実際には、この3倍くらいの行列だったのでは・・・。

一番入口付近に並んでおられた方に、「どのくらい並んでおられますか?」と聞いたら、「30~40分くらいですかね。」とのこと。
しかも、見学に制限時間なんてないみたいで、中の人が満喫するまで出て来ないとかで、「全然、進まない!」何ても声も・・・。
参考:亀山社中跡:見納めに長蛇の列--公開終える /長崎:MSN毎日インタラクティブ

e0027240_1933652.jpgさすがに、中に入るのは諦めましたが、しっかし、坂本龍馬の人気は、やっぱ、凄いですねー!

改めて、思い知りました。

(←左に曲がって上の方まで、ずーっと傘が続いているのがおわかりいただけますでしょうか・・・。)

ところで、以前、平太郎独白録 「幻の都 安土をゆく その1 龍馬と司馬遼太郞の読み違えに見る安土。」の中で、龍馬が長崎を拠点に選んだことについての司馬遼太郞氏の意見と、それに対する、「福岡市が今や、龍馬が期待したその役割を担おうとしている」という私見について述べましたが、今回、亀山社中の前に立ってみて、改めて、やはり、長崎のこの平地の狭さが、龍馬の思惑置き去りにしてしまったという感を強くしました。
ていうか、龍馬は、平太郎独白録 「海図から見る博多港今昔から想いを馳せる金印!」で述べましたように、当時の博多湾水深が大型船の入港には浅すぎることを知っていたのでしょうか・・・。

で、私は長崎の地理はあまり、詳しくないのですが、実際に行ってみて思ったのは、亀山社中のあった場所は、結構な丘陵地の上に有る・・・と言う以前に、当時の長崎の市街地というものがどの程度拡がっていたのかはわかりませんが、決して、立地的には一等地というわけではなかったようにも思えます。
(実際は下の道から上がってくるようなのですが、私は上の道から下りてしまいましたから、少し、感覚が違うのでしょうが)

e0027240_16542693.jpg(←龍馬が見たであろう、亀山社中付近からの風景。坂の上から見る景色は、夜にはいわゆる、100万ドルの夜景になります。)

頻繁に往来があった武器商人だったグラバーの屋敷までだと、車やバイクがない時代ですから、歩くと、やはり、坂と言うことを考慮したら、1~2時間かかったのではないでしょうか。

つまり、当時の龍馬らの財政状態では、この辺りしか借りられなかった・・・と。
亀山社中を立ち上げた当時、薩長越前などの大藩の間を泳ぎ回っていたとしても、決して、資金的に裕福というわけではなかったのでしょうね。

思えば、今、「史上最大の買収」として新聞紙上を賑わせている孫正義氏も、最初に、ソフトバンクを立ち上げた場所は、福岡市博多区・・・と言っても、博多の中心地である博多駅中洲などからすれば、同じ博多区とは言えないような、正反対の位置にある雑餉隈(ざっしょのくま)という雑多な繁華街だったことを考えれば、龍馬に限らず、大志を胸に抱く若者に、スタートの立地はそれほど考慮する問題ではないのでしょう・・・。

e0027240_171087.jpgで、仕方ないので、長崎に来た以上は長崎チャンポン食って帰らねば・・・と(笑)。
←で、これ。
以前、テレビで紹介されていたところに行きましたが、やはり、こういうのは地元の人に連れて行ってもらわないとダメですね・・・。

で、折角、長崎まで来たのですから、本来であれば、もう少し、ゆっくりしたかったのですが、夕方までに戻らなければならない用事が有り・・・。

まったくもって、「誰か私を長崎に連れてって」ってやつでした(涙!)。←ていうか、このフレーズも、すでにわかる人が少ないような・・・(滝涙!)。
でも、この日も終日、雨が降ってましたけど、長崎で雨が降ってると、すぐに、「長崎は今日も雨だった~♪」と歌い始める世代は、もう、縄文人扱いなんでしょうね・・・(笑)。

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by heitaroh | 2006-03-20 08:35 | 歴史 | Trackback(2) | Comments(16)

日本プロ野球の諸問題の根源
親愛なるアッティクスへ

以前、テレビで、巨人、ソフトバンク、オリックスの3オーナーの会談をやってました。
中でも、私にはオリックスの宮内オーナーの論はちょっと、無理がある・・・というよりも虫がいいという風に見えました。
「オリックスの開幕戦はタダ券4000枚配って、球場に足を運んだのは400人だった。このままでは、球団経営が成り立たない」と言ってましたが、そもそも、そんなに球場に足を運んで欲しいなら、当初、関西を希望していた楽天に関西を譲って、オリックスが仙台に行くべきだったのではないでしょうか?
それをやらずして、未だに関西に拠点を置き続けると言うこと自体、感覚を疑う、時代遅れのものだと思います。
今となっては、新潟か、いっそ、四国に移ることを検討し、その上で共存共栄を口にしないと、到底、やるべきことをやった上で言っているようには聞こえませんが如何でしょうか・・・。

e0027240_11414795.jpg

ともあれ、3オーナー、特にオーナーと宮内オーナーの主張が大きく違っていたようですが、 まず、共にその準拠となっている他のスポーツビジネスとの比較について整理してみますと、まず、野球というものの特殊性は競技人口という点で中途半端だと言うことです。
サッカーのように世界中、どこの国でもやっているし、ボールさえあれば誰でもやれるという競技ではなく、かといって、アメフト相撲のように、その国の中だけで完結しているスポーツでもない。
国内プロ・リーグがあるのは、南北アメリカ大陸の一部にアジアの一部くらいで、オーストラリアや欧州など、他にもあるにのかもしれませんが、世界全体というには程遠く、言うならば、特定の国でだけ盛んな競技だということです。
ついでに言えば、一方にアメリカというものが存在する以上、日本だけの取り決め、日本だけでの共存共栄というものは、もはや何の効力も発揮しないのではないでしょうか?

その上で、この会談を聞いていて思った日本プロ野球の一番の問題点こそ、最高意志決定機関オーナー会議だということです。
12人全員の合意がなければ話が前に進まないという合議制という、この前近代的なシステムこそが弊害の最たるもので、コミッショナーなり、議長なりに、もっと強い権限を与えて、ある程度の合意で事を進めさせることをしない限り、迅速な改革はおろか、野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)開催についてのアメリカとの交渉など、到底、無理な話で・・・。
迅速な改革(支援?)を必要とするパの球団にこそ、それは望まれることなのではないでしょうか?
これでは、結果はともかく、強引に進めようとしたナベツネさんのスタイルに落ち着くのも仕方ないように思えます。
                             平太独白
by heitaroh | 2005-05-17 19:21 | スポーツ | Trackback(3) | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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