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大河ドラマ「江~姫たちの戦国」で信長普遍の法則 その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」ですが、いよいよ、明日は織田信長横死の章・・・みたいですね。
大河ドラマ史上、もっとも信長らしい信長・・・といえば、やはり、何と言っても昭和40年(1965年)の緒方 拳主演の「太閤記」での高橋幸治さんでしょうが私も非常に印象に残ってますね。
(当時、NHKにはファンかの「信長を殺すな」という投書が殺到し、本能寺の変を延期したのだとか。)
本能寺の変の回で、家宝のお宝を持って逃げようとする博多商人・神谷宗湛を小姓が咎めたとき、高橋信長は、「余は死んだ後は信じぬ。見るなら今じゃ」と言い、しばらく見入った後、「よし、持って行け!」と言う・・・。
「わしが欲しい物は現世にこそある!」と言わんばかりの潔さは、「信長はこうでなくちゃ・・・」と思わせるに十分なものがありましたね。
その意味では、今回の豊川信長のそれにも是非、期待したいところです。

で、本能寺の変についてですが、特筆すべきは織田信長の小姓団の存在ではないでしょうか。
彼らは、信長が苛斂誅求な他者への対応で知られる激しい癇癪持ちであるにも関わらず、誰もが信長に心酔していたと言われ、一方、さすがに、人物の能力を見抜くという点では信長は達人であり、小姓団の方も、本能寺で死ななければ、名を遺したであろうそうそうたる人材が多かったようにも聞いております。
(信長の晩年はそれら小姓団を介さなければ、軍団長でさえも面会が出来なかったと言われており、羽柴秀吉のような人でも彼らの機嫌を損ねることを極端に怖れたとか。こうなると、少々、本末転倒な気もしますが。)

e0027240_1431438.jpg(←織田信長、信忠父子の墓石。本能寺の変での犠牲者の遺骨を葬った物だとか。)

信長の小姓団といえば、長谷川竹一、森 欄丸などが有名ですが、他にも初期には前田利家、佐々成政がおり、また、出張中で、本能寺で命を落とさずに済んだ堀 秀政小牧長久手合戦に置いて敗退する豊臣方にあって、唯一、徳川方を撃退したことで知られ、卒業生扱いだった蒲生氏郷豊臣秀吉の後の天下人としても名が挙がったと言われています。


その信長の小姓団ですが、もっとも印象に残っているのが、本能寺の変の折のことで、彼らは光秀の謀叛を聞くと、たちどころに迎撃態勢をとったといいます。
光秀の万を超える大軍に対し、信長の周囲にいたのはわずかな人数であったにも関わらず、誰一人、逃げ出す者も狼狽える者も無く、整然と、一糸乱れぬ迎撃態勢を敷いてこれを迎えた・・・と。
さすがは信長の小姓団よ・・・と。
「人は本能的に命令されることを嫌がる生き物である。しかし、素晴らしく命令されたときは喜んで従う」とは私が師と仰ぐ元帝国陸軍参謀で兵法評論家の故大橋武夫氏の言葉ですが、信長はきっと、小姓らに対してはきついけど、素晴らしい命令をいつも発していたのでしょうね。                                         平太独白
by heitaroh | 2011-01-29 08:25 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(4)

多忙を極める中で見る猛暑の摂津路 その10
昨日の続きです。

e0027240_14351518.jpg山崎に着いた羽柴(豊臣)秀吉も当然、この天王山の重要性は認識していたようで一隊を割いて占拠している明智方の部隊を急襲し、これを撃破。
(←羽柴方天王山急襲部隊が自軍に見えるようにここに旗を立て、士気を鼓舞したと言われる「秀吉旗立ての松」。)

e0027240_14504750.jpgこれを受け、両軍は麓でも激突し、戦いその物は、開戦後しばらくは一進一退の攻防が続いたものの、やがて、数に劣る明智軍は総崩れとなり、主将・明智光秀は居城・坂本城をめざして落ち延びる途中、小栗栖の藪で土民の竹槍に刺されて絶命したと言われています。
いわゆる、光秀の三日天下ですね。

(←天王山麓近くにある神社へと続く石垣階段。登り口で地元の老人は、「帰りはこちらを通って降りてきたらいいですよ」と仰いましたが、こちらの道は藪蚊だらけでした。)

で、数で劣っていたとはいえ、自軍に有利な戦場で待ち受けていたはずの光秀はなぜ、こうもあっさりと敗れたか・・・。

e0027240_14583752.jpgこの点、兵法評論家の大橋武夫氏は「実は天王山をどちらが獲ったかはそれほど重要ではない」と言い、その上で、「光秀には決定的に欠けているものがあった。それが、勢いである」と喝破しておられます。
つまり、備中高松城から一直線に姫路、尼崎を経て、合戦場へ馳せ戻ってきた秀吉軍には勢いがあり、勢いそのままに、全軍火の玉となって敵陣に突入し、明智軍を粉砕したと。

(←下山した辺りにある山門。)

秀吉軍の兵士を突き動かした大きな物、それは「信長の弔い合戦」であるという大義名分と、何より、「うちの殿様が天下人になるかもしれん。そうすれば、俺たちだって一国一城の主も夢ではない」という人々の強烈な「欲」だったでしょう。
そして対照的に、光秀軍にはそのすべてが無かった・・・と。
畿内から出ていないから疲れはないけど勢いもなく、「主君殺し」の後ろめたさと、「俺たち、これからどうなるんだ・・・」という不安とが入り交じった心境ではなかったでしょうか・・・。
これでは勝てませんわな。

あと一回くらい続く。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-09-18 08:25 | 歴史 | Trackback | Comments(2)

多忙を極める中で見る猛暑の摂津路 その9
昨日の続きです。

この羽柴秀吉と明智光秀が戦った山崎の戦いですが、私が若年の頃、大いに影響を受けた元帝国陸軍参謀にして、兵法評論家の大橋武夫氏は、かつて、この戦いを評して、「軍学的には光秀100点、秀吉0点」・・・ということを仰ってました。
また、「二人の戦い方を合わせたら織田信長の戦い方になる。その意味では、信長の計算の部分を受け継いだのが光秀、計算外の部分を受け継いだのが秀吉」・・・と。

e0027240_10394674.jpg(←天王山中腹から見た風景。後方に陣する光秀軍に向かい、右より左隅方向に向かい秀吉軍が進軍して来る構図になります。)

こうやってみると、秀吉軍進路の傍らには淀川が流れてますから、秀吉軍は淀川と天王山との間の隙間の狭くなる部分に向かって、進軍して行くことになるわけです。
すなわち、光秀は兵力差の不利を補うため、大軍がもっともその優位性を発揮できる平地での包囲殲滅を許すまじと、敢えて隘路で待ち受けた・・・と。

となると、光秀ほどの人物が天王山の重要性に気づかぬ訳もなく、当然、いち早く、これを確保していたことから、この風景はおそらく光秀軍の天王山進駐部隊が進軍してくる秀吉軍を目の当たりにした景色・・・ということになるのでしょう。
一方で、この説明板(↓)を見ると、当時は淀川はもっと幅広かったようですし、であれば、おそらく水量も今とは比べものにならないくらい多かったのではないでしょうか。

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さらに、ご丁寧にも隘路にはもあり、この様子では、おそらく、一帯は湿地帯だったと思われますから、秀吉軍は機動力も封じられていたと思われ・・・。

e0027240_11103958.jpgつまり、光秀軍は隘路から少数ずつ出てくる秀吉軍を、その都度、押し包んで殲滅していけば良かったわけで、大橋氏が「光秀100点」と言われた根拠もここにあったのだろうと思います。
その意味では、秀吉軍は闇雲にそこに突入しただけのまったくの無策に見えるでしょう。

しかし、実際には、この戦いは、その、無策のはずの秀吉が勝ったわけで・・・。

明日に続く・・・と思う。
                                         平太独白

by heitaroh | 2010-09-17 08:10 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

高校野球の女子マネージャーが読むもしドラッカー その1
親愛なるアッティクスへ

先週まで、岩崎夏海著、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という本を読んでました。
結構、売れてるそうですので、ご存じだと思いますが、まあ、文章自体は、私と五十歩百歩というところで、決して、こなれたものではなかったのですが、なかなかに楽しんで読め、かつ、考えさせられましたよ。

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実は私は、ドラッカーというのはそれなりに早い時期から親しんだ名前だったのですが、と言いますのも、私が若い頃に愛読した元帝国陸軍参謀で兵法評論家の大橋武夫氏の著作に、たびたび、その名前が出てきたからで、ところが、人は「とても読みやすい」・・・などと言いますが、訳が悪いのか、私的にはちと難解ホークス(古い!)で、敬って遠ざける・・・、早い話が敬遠しておりました。

事実、同著においても、引用部分はかなり直訳気味の嫌いがあり・・・。
まあ、そういうこともあって、恥ずかしながら、まだ、面と向かって、ドラッカーは読んだことがなかったんですよ。
(実は、以前、ドラッカーの本は読んだことがあったのですが、内容はドラッカーのまったくの自伝でして、彼の理論には殆ど、触れられず終いでした。その意味では、これはこれで、入門書としては良かったと思います。)
で、この本を読んで、私なりに思ったことがありましたので、備忘録的な意味も兼ねて、少し列記させて頂きます。

まず、この本を読み始めてすぐ、冒頭部分で感心したことがあります。
それは、主人公の女子高生野球部マネージャーになって最初に何をしたか・・・ということですが、何と、この女子高生、まず、手始めに「マネージャー」の意味を調べたんですね。
これには私は率直に驚きました。
普通、日本の高校野球でマネージャーなんて言えば、「雑用係」という認識で疑いませんよ。
それを、まず、「定義を調べてみる」などと考えるところが斬新で、ハッとさせられました。
実際、「課長」に昇進したときに「課長」の定義を辞書で調べた人がいるでしょうか?

で、この少女は広辞苑を引いて、「マネージャーとは支配人・経営者・管理人・監督」、一方、「マネージメントとは、管理・処理・経営」であることを知る・・・と。
作者的には、この少女の勘違いを利用して、突き進むことを主軸に描いていくわけですが、私は決して、勘違いなどとは思いません。
つまり、こちらが、本来のマネージャーの姿であり、「マネージャー=雑用」と思い込む必要はないのではないか・・・と。

明日に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-31 08:15 | 経済・マネジメント | Trackback(1) | Comments(6)

「金は持ってる人の所に集まる」の理 その1
親愛なるアッティクスへ

昭和55年(1980年)にNHKで放送された放映したテレビドラマに「ザ・商社」という物があるのですが、これは昭和48年石油危機に端を発した総合商社・安宅産業破綻をモデルにしたドラマだそうで、当時は、私もまだ学生でしたから、「夏目雅子ヌードで有名になったドラマ」という程度の認識しかなく、最近になって、ようやく見ました(笑)。
で、このドラマの中で非常に印象に残ったのが、主役の山崎 努さんよりも、むしろ、江坂産業社主の役を演じた13代目片岡仁左衛門という人で、この方は、もう、当時、すでにご高齢のようでしたし、名前の通り、当時、九州にはあまり縁がなかった歌舞伎の人なのでしょう、私はこの人のことはまったく知りませんでしたが、人間国宝にもなられた方だったようで、当時はかなり知られた名優さんだったようですね。

結構、ぞっとするような「本物のボンボン」の感覚を持った役者さんで、私としては、こういう役では、石坂浩二さんが大河ドラマ「草燃える」で演じた源 頼朝が印象に残っていますが、まあ、歌舞伎役者なんてのは多かれ少なかれ「ボンボン」なんだろうから、それほど無理なことではないか・・・と思っていたら、何とこの方、ボンボンはボンボンでもそこら辺のボンボンとは格が違い、安田財閥総帥・安田善三郎三男なんだそうですね。
つまり、本物の「お坊ちゃん」だったんです(笑)。
(ちなみに、姪はジョン・レノンの妻、オノ・ヨーコなのだとか。)

で、話を元に戻すと、ドラマでは、この社主氏は会社を遠隔操縦しながらも、芸術家の支援や美術品の収拾に熱中する人として描かれていたのですが、その中で、社主が、森本レオ扮する若い社員の前に幾つか骨董品を並べ、そのうちの一つを指して、「これは偽物や。偽物と知ってて買うたんや」と言うシーンがありました。
いぶかしむ社員を前に、社主は「時には、骨董屋も儲けさせてやらんと、ええもん、持って来んようになるさかいな」・・・と言う。
確かに、骨董の真贋を見極めるのは本職と言えども難しいわけで、骨董屋も持っていくたびにイチイチ、真贋を指摘され、値段を値切られていたのでは、よほど確信がある物でないと持って行かなくなるし、本当に良い物が出れば細かいこと言わないで買ってくれるところへ持っていくことにはなるでしょう。
この辺は、私のように飲み屋の払いを見て、翌日、自己嫌悪に陥るような小市民ではダメな話なのでしょうが、ただ、少し考えさせられるところではあります。

というのも、「金は持ってる人の所に集まる」という性向があるからです。
これは私がこれまで見てきた経験で辿り着いた一つの持論なのではありますが、かつて、私が師と仰ぐ元帝国陸軍参謀で兵法評論家の故大橋武夫氏は、その著書の中で、戦前、ある中国の古老から言われた言葉として、「日本人は皆、儲けを7割方持って行こうとするが、逆に、『あの人は儲けさせてくれる』という評判が立てば、多くの人が儲け話を持ってくるようになり、結果、3割の儲けでも、3人が持ってくれば9割となるわけで、より大きな利益が確保できる」というのを挙げておられました。
まあ、現実社会では、7割獲れる相手からは8割獲ろうとしてくるし、厳しい要求をしていないと逆に足元を見てくる・・・ということがあるのも事実で、なかなか、この通りには行かないのでしょうが、ただ、考えさせられる話ではあります。

そのうち、次回に続く・・・と思います。
期待しないで待っててね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-03-06 08:24 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

損しても外務省の厚遇に太っ腹な算数の素養がない小市民
親愛なるアッティクスへ

実は私はとにかく徹底して算数の素養が無い人間でして、円高とか円安とかどちらがどうなのか計算していると頭が痛くなってくるわけで、先日も、人から、「今では免税店でさえトラベラーズチェックは受け取らない」という話を聞き、私も10年ほど前に買ったドルのT/Cの使いかけを一つ、何せ使うことがないものだから、ずっとタンス預金ならぬタンスT/Cにしていたものだから、慌てて、「どうすれば良いんですか?」と聞いたところ、「銀行に行って現金化してもらうしかないですね」とのこと・・・。
で、現金化するなら円高の今だ・・・と勇んで銀行に行き、無事、手続きを完了したところで、銀行員がおもむろに、「でも、有利なのは円安の時ですけどね」と仰いましたので、「え?円高じゃないの?」・・・と。
早く言えよ・・・としばし絶句。
「やっぱやめる」と言ったけど無常にも「もう、サインしたからだめです」・・・と。
ということで、しばらくは立ち直れそうにありませんので、本日の本題は手抜きです。

先般、「事業仕分けで、大使館総領事館など在外公館に勤務する外交官厚遇ぶりが浮き彫りとなった」・・・のだそうですね。
「本俸を上回る海外手当」に「航空機ビジネスクラス以上の利用日常化」、「配偶者約10万円、子供1人当たり1万8千円の手当」に「上限約25万円の住宅借り上げ」・・・、さらには、「大使公邸の84カ所にプール、26カ所にテニスコートを備えていることも明らかになった」とかで、仕訳人もそのコスト意識低さに呆れていた・・・と。
まあ、この辺は、以前から、「大使を1年やったら家が建つ」・・・などという話も聞いていましたから、別に驚くことはありませんでしたが、確かに「T/Cで損しただけで嘆いている小市民」からすれば別世界の話ではあります。

でも、私はこういう問題はある程度、大目に見てやらねばならないのではないか・・・と思うんですよ。
それすなわち、外交官として任地に赴任する場合、もし、待遇が悪ければ、彼らが「国を売る」・・・ことに成りかねないからです。
買収しようとする方からすれば、すでに結構な待遇の人たちを釣るには、もの凄い負担が必要になるわけで、費用対効果を考えれば割に合わない・・・、あるいはそう思わせる必要もあるのでしょう。
さらに、任地がアメリカ西欧諸国のようなところばかりとは限らないわけで、家族の環境のことなども考えれば、せめて待遇くらい良くしておかないと・・・と。
公邸にプールにテニスコートがあるのも、豊臣秀吉「黄金の茶室」と同じで、それで外交交渉を有利に進められるなら在って良いのではないでしょうか。

ちなみに、私が敬愛する元帝国陸軍参謀で兵法評論家の故大橋武夫氏は、その著作の中でこういう内容のことを述べておられました。
「かつて、イギリス総督はいくら買収しようとしても、決して、これになびかなかった。なぜなら、無事、任期を終えて帰国した場合、莫大な退職金ナイト称号などの名誉が待っていたからで、わずかな金のためにそれを棒に振る必要はなかったのである」・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-12-14 17:59 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

「坂の上の雲」での定見無き者は長じて読めの是非 中編
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

「新聞はおまえにはまだ早い!己の意見も持たない者が他人の意見を読むと害になるばかりだ!こんな物は長じてから読め!」という秋山好古の言葉・・・。

これは、実に色々なことを考えさせてくれます。
まず、真っ先に思い浮かべたのが、昨今のネットなどに氾濫する非常に短絡的な意見の数々・・・。
以前から申し上げていることですが、過去の出来事というのは当事者で無い限り、人から聞くか、本で読むかしかなく、となれば、本当のところというのは結局、誰にもわからないことで、であれば、そこに「本当はこうだったんだ」と書いてあったとしても、「相手側の言い分」にも虚心に耳を傾けるなど、一種の平衡感覚をもって、決して盲信することなく、自分なりの真実を模索することが必要なんですよ。

その点で、司馬史観というものは、以前から、平太郎独白録 : 幕末のアイドル竜馬ならぬ坂本龍馬の実相などでも指摘してきましたとおり、「司馬遼太郎という人のあまりにも良い仕事をしすぎたがゆえの弊害」というものがあり、(司馬氏自身、生前、代表作、「竜馬が行く」を教科書で使いたいという打診があったとき、「とんでもない!あの作品は、実在の『龍馬』ではなく、あくまで、私が作り出した『竜馬』なんだ」と説明したと言われているように、自身、自らの虚影(巨影?)が一人歩きしようとすることへの警戒感があったようです。)つまり、司馬文学自体、自分なりの定見・・・、平たく言えば、小説と事実の区別が付くようになって読むべきだ・・・と。
・・・などと偉そうなことを言っても、私自身、司馬遼太郎文学にハマッていた十代の頃などは小説と史実の区別が付いていない完璧な司馬史観の信者でしたし、それは、毛沢東語録を手に「造反有理」を唱えていた紅衛兵と何ら変わりなかったでしょう。
(ただ、比較的幸いだったのは、同時に、元帝国陸軍参謀で兵法評論家であった大橋武夫氏の著作も同じくらい読んでいたことでしょうか。こちらは割と実学的でしたから。)

この点、若き日の西郷隆盛は、諸藩の士と交わる中で、とかく、「まずイデオロギー有りき」に傾こうとしたことから、その主君にして師でもあった島津斉彬はこれを憂慮した・・・と言われておりますが、その一方で、斉彬死後、島流しになった西郷は、小人が読むと佞人になるとして警戒されていた「韓非子」を持っていったとか。
西郷はそれまでのイデオロギーありきがあっさりと潰されたことから、改めて、斉彬の訓戒の意味を噛みしめたのでしょう。

で、その一方で、「長じてから読め」という部分には、昔、見積もりを作っていたとき、当時の上司から、「何をぐずぐずしている!こういう物は勘で作るんだ!」と叱責されたことを思い出します。
そのときは、何も言いませんでしたけど、内心、「じゃあ、その勘を養うのに何年かかるの?」、「今は少なくとも勘で作るべきじゃないでしょ」、「ていうか、勘を養うためにも今は資料とにらめっこするべきないんじゃないの」・・・と。
であれば、「長じるために、こういうのも読むべきなんじゃ・・・」ともいえるような気が(笑)。

後編に続きます。
                                         平太独白

by heitaroh | 2009-12-01 18:49 | 思想哲学 | Trackback | Comments(4)

万里の長城に佇む大統領にヒートテックは寒いの理 前編
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14313531.jpgここ数日、めっきり寒くなってきましたね。
(←シベリアです(笑)。)

で、私、昨年、周囲から「ユニクロヒートテック暖かい」と聞かされていましたので、それならば今年は買ってみようかな・・・と思っていたところ、家人から、「アナタ以外の分はすでに全員買ったよ」と平然とした顔で告げられました・・・。
で、先日、たまたま、通りかかったら改装成った博多デイトス(博多駅の中にある名店街みたいなものです。)にユニクロが入っているのを見つけ、「どうせ、俺は生まれたときから独りだぁーー」という思いを噛み殺しながら、シャツと靴下を自分の分だけ買いました。

で、ユニクロがCMでやってるじゃないですか。
「東京3℃」「ニューヨーク0℃」なんつって、モデルさんが薄着で歩いてるやつ・・・。
さぞかし暖かいんだろうな・・・と思って、いつもより薄着で外出したところ・・・、寒い寒い!
見事に風邪をひいたようで、本日、鼻水をすすりながら活動しております。

などという、くだらない話はさておき、今朝の新聞を見たら、昨日、アメリカオバマ大統領中国を訪問し、万里の長城に行って、寒い中、一人で城楼まで歩き、しばし、冬景色の山々に見入った・・・ということが書いてありました。
曰く、「神秘的だ。悠久の中国の歴史を思い起こさせてくれる」と・・・。

思えば、ナポレオンエジプト遠征の折、戦闘前に兵士に向かい演説し、「兵士諸君!四千年の悠久の歳月がピラミッドの頂上から諸君の戦いぶりを見つめているぞ!」と言ったといいますよね。
同様のことを、私が師と仰ぐ、元帝国陸軍参謀で兵法評論家の大橋武夫氏は「大東亜戦争において、万里の長城付近で戦った我々もそんな心境だった」とその著書の中で語っておられました。
壮大な歴史遺産というものが、人に何かを感じさせるとしたならば、昨今、子供にまで、「どうして、あなたは皆から嫌われるようになったの?」となどと言われるほどに、あまり芳しい評判が聞かれなくなった私と同級のアメリカ大統領は一人きりで、しばし、万里の長城の寒風の中に佇み、一体、何を考えたのか・・・。
意外に、「何だ、ヒートテックは寒いじゃないか」・・・とか(笑)。
「もっと、厚いやつにチェンジ」・・・とか言ったりして(笑)。

まあ、冗談はさておき、私が見る限り、彼は今、惑いの中にいるように思います。
同年の誼で、オバマくんのために言わせていただくと、「まず、軸となる自分の考えを持ったならば、後はもう、あまり、人の言うことを聞くな」・・・とアドバイスしたいですね。
この政策を実行することによって、この方面の人々の支持を失う・・・ということは、反面、実行することにより支持してくれる人もいる・・・というでもあるんですよね。
それが、今はどちらにも思い切って重心を傾けない状態が続いているから、結局、どちら側の人も不満を持ってしまう・・・という一番、最悪の結果になっているように思います。

明日に続く・・・と思います。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-11-19 08:13 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

息も絶え絶えの祝!四周年記念 その5 人は突然恐くなる

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今日でついに3月も終わりですね。
ちょうど、キリが良いところですので、このシリーズもここまでとしたいと思います。
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で、いよいよ、春本番です。
心機一転、頑張りましょう。

ちなみに、私は毎年、誰に聞かせるわけでもないのですが、年度初めに指針を作っており、今年は
               「微力とは無力ではない」
              ~不況下に妙手を求めず~
としております。
無論、指針はあくまで指針であり、必ずしもその通りになるわけではありませんから、まあ、自己満足の類でしょうね(笑)。
実際、過去の物を見ても、その通りになった物もあれば、まるで違う物になったケースもありますから。
(ちなみに、このブログを始めた年のそれは、
                 「まず、旗を掲げよ!」
              ~目標はまず食うことにあり~
でした(笑)。お笑いください)

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ちなみに、このような偉そうなことを言っても、すぐに自信がなくなるのもまた事実で、何とも情けない話です。
ちなみに、あの、江戸川乱歩大先生もそうだったそうで、いきなり自信を無くして、逃亡したりしていたそうで、それを、追いかけて、探し出して、毎回、褒め殺しで自信をつけさせていたのが、当時、推理小説雑誌の記者だった横溝正史大先生だそうです(笑)。

「人は突然恐くなる」
これは、お会いしたことはないものの、若年の頃、著書を愛読させて頂いたという点で数少ない「師」と言ってもいい大橋武夫さんの言葉です。
お笑いください。
                                         平太独白

by heitaroh | 2009-03-31 08:17 | その他 | Trackback | Comments(4)

息も絶え絶えの祝!四周年記念 その3 師の定義
親愛なるアッティクスへ

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この四周年シリーズですが、第一回は近況、第二回はルーツ的な物・・・ときましたので、第三回以降は私の人格形成に至る物について、思い当たるところを少し触れてみたいと思います。
反面教師としてお使いくだされば幸甚です(笑)。)

それは、うろ覚えで恐縮なのですが、「男の人生なんてそんな大したものではない。たった三つの物を持てればいい。一つは生涯を共にするに足る伴侶であり、二つには遺児を託すに足るであり、三つめは教えを請うに足るである」というのがあります。
この点で、私には決定的に欠けている物が一つあります。
それが、「師」です。
前の二つはともかく、私は、生まれてこの方、「師」というものに巡り会ったことがありません。
無論、能力で、私より上の方なら、もちろん、掃いて捨てるほど見てきました。
人格で、このような方でありたいと思う方もたくさん、おられました。
胆力だけなら、ほれぼれとするような方も存じ上げております。
しかし、いずれも、私が師と仰ぐ人ではありませんでした。

では、まず、師とは何か?
師に必要な物、それはやはり、第一に弟子指導出来ることだと思います。
つまり、ただ、人格者だ・・・というだけでは、師には当たらないと。
すなわち、知識、能力などで、弟子より優れていることが絶対条件です。
その上で、次に、大切なのが信頼感だと思います。
いくら能力が高くとも、裏で背任行為のようなことばかりやっているような人は、どれだけ気前良く奢ってもらっても、やはり、心底からの尊敬はできないでしょう。
こういう物は、とかく、上からは見えにくくても、下からは実に良く見えるもので・・・。

ひとつには、そういう高いレベルステージへ立ったことがない・・・ということもあるのでしょうが、最近では、やはり、自分の尖鋭化した性格が大きいのではないかと思うようになってきました。
ただ、そうは言っても、お世辞にも高い学識を持つ身でも無し、無論、迷いは多々有ります。
そんなときに、行くべき道をさっと指し示してくれる「師」が欲しいと思ったことは何度もあります。
その意味では、原 敬が病床の陸奥宗光を見舞ったとき、今際の際でありながらも陸奥は懇切指導し、教えを請うた原は病室を辞去して後、涙が止まらなかった・・・などという話を聞くと、本当に羨ましくてなりません。
お会いしたことはありませんが、その著書を通して謦咳に接したという意味では、私が師とも仰ぐ、大橋武夫という人は、「人は本能的に命令されることを嫌がる生き物だ。だが、素晴らしく命令されたときには人は喜んで自分から従う」と言っておられましたが、何となく、私にはわからないでもないですね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-03-28 08:22 | その他 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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