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親父が偉いのとおまえとは関係ない!
以前、飛行機に乗った際、前方にあるビジネスクラスの座席に、ちょこんと小さな女の子が座っているのが目に付きました。
シートが大きい分、その女の子の小ささが余計、目に付いたのですが、当然ながら、その子の隣には母親と思しき女性の姿がありました。
まあ、それは、その方が自分の収入の中からされておられることですから、別に他人がどうこう言うことではないのですが、この点で印象に残る話を思い出しました。

河野洋平という政治家がいらっしゃいますよね。
総理大臣になれなかった自民党総裁・・・として、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれませんが、彼の父、河野一郎氏は、佐藤栄作、池田勇人といった人たちと総理の座を争った政界の大物にして、泣く子も黙るソ連の独裁者・フルシチョフを向こうに回し、大立ち回りを演じたほどの強気の政治家であり、吉田茂をして、「嫌いな物はスカルノ河野一郎と言わしめたほどの豪腕政治家にして戦後政界の大実力者でした。
それだけに、父は生前、多忙で、洋平氏と旅行などしたことはなかったそうですが、それが、あるとき、何かの関係で二人で同じ列車に乗り込むことになったそうですが、その時、父は、自分だけ、さっさとグリーン車に乗り込み、学生服姿の洋平青年には「親父が偉いのと、おまえとは何の関係もない!」と言って、独り普通席に座らせたそうです。
普通、日頃、一緒にいることが少ない父親がたまの旅行の時に別々の席に座りますか?

付けるべきケジメはきちんと付ける。
子供への愛情などに流されることはない。
多忙な父の、息子への精一杯の訓導・・・。
厳父・・・。
河野一郎と言う人物の、ただ傲慢なだけではない一面を見せつけられたような気がしました。
同様のことは明治の厳父と呼ばれた人たちには散見されるようで、もっと凄いのが東武鉄道の創始者、根津嘉一郎翁。
東京から北海道まで列車で息子と移動することになった際、自分は二等車に乗って、息子は三等車に乗せたのだとか。

・・・当然、大金持ちですよ。
それに、北海道までって言ったって、今みたいに新幹線ですぐって時代ではありませんから、おそらく、24時間で着けば良い方だったのではないでしょうか。
当時の二等車、三等車という物がどれくらい差があったのかは知りませんが、たぶん、三等車は寝る時も座ったままだったでしょう。
甘やかすことなく、そこへ平然と座らせることが出来る・・・、これが真の教育でしょう。
まあ、私は交通費と宿泊費には金をかけない方針ですので、それ以前にグリーン車に乗ることはないでしょうけどね。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-01-12 17:42 | 教育 | Trackback | Comments(2)

政治家も忘れてはいけない「仲良くケンカしな♪」の理
先日、ある人と一献やった折、私が、「最近は、犯罪の質が変わってきたもんな」と言ったことろ、「そうそう、最近の連中は怖いよ。ケンカの仕方を知らんから、いきなり、刺したりする」という言葉が返ってきました。
まあ、私としては、必ずしも、そういう意味で言ったのではなかったのですが、それはさておき、それを聞いて、ふと、なかなか前に進まない昨今の政局を想起してしまいました。

無論、理想としては皆、私心なく、是は是、非は非として国家国民のために事に当たらなければならないのでしょうが、現実には人間という業の深い生き物にそういう性善説を求めるのは酷な話で、その意味では、政権運営権力闘争というものは、表裏一体の副産物のような物で、程度に差こそあれ、やむを得ないもの、避けられないものなのだろうと思います。
ただ、同じ権力闘争でも、国家という同じ船に乗っている以上、船を沈めてしまっては元も子もないわけで、そう考えれば、それがであるのならば、野党も良識を持って、時には、政党を割ってでも、政策協議の場で法案成立に協力するべきだと思います。

この点では、かつて、吉田 茂内閣時代、三木武吉に代表される反吉田派の人たちは、吉田内閣に対し、血で血を洗うような激しい倒閣運動を繰り広げながらも、その一方で、内閣(省庁?)が提出してきた必要な法案の成立にはきちんと賛成し、法案を通し、成立させた上で、それが終わると、また、血みどろの政争を開始した・・・ということを聞いています。
つまり、その論で行けば、政治家の政争には、「仲良くケンカしな♪」という往年の名作アニメ「トムとジェリー」の主題歌の一節を忘れてはならない・・・ということなんでしょう。

e0027240_1165483.jpgこれすなわち、何事にも原則論が必要だということでしょうが、昨今の与野党攻防に伴う国民生活を顧みることなく、何でもかんでも法案を人質にしてしまうやり方には、思わず、冒頭の「ケンカの仕方を知らない、すぐに人を刺したりする最近の連中」という言葉をオーバーラップさせてしまいました次第でして・・・。

(←今の政局とかけて、初めて入った鍾乳洞と解く。その心は、「なかなか、出口が見つかりません」・・・、はい、そのまんまでしたね(笑)。お粗末!)

ケンカの仕方を知らなくなったのは、何も、市井のことに限らず、結局、政治家も同じなんだな・・・と。
考えてみれば、二世議員のお坊ちゃんたちばかりなんだから、どうみても、掴み合いの喧嘩したことなんか、なさそうな感じだもんなぁ・・・。

親愛なるアッティクスへ                      平太独白
by heitaroh | 2012-11-13 07:30 | 政治 | Trackback | Comments(2)

夏の終わりの二つの惨敗に見る時代の変化への認識欠如
親愛なるアッティクスへ

この夏は多忙さに紛れ、すっかり、ご挨拶を忘れておりました。

改めまして、

    残暑お見舞い申し上げます(笑)。

e0027240_1755665.jpg
 間近で見ると、やはり、でかいですね。)

ところで、惨敗でしたね。
自民党と、そして、日本柔道・・・。
この二つについては以前から申し上げているとおりで、いい加減に気づけよ・・・と。
まず、自民党ですが、10年ほど前でしょうか、イギリスの政治家が、「以前は福祉さえ謳っていれば票が獲れたが、今は国民がそれが必ずしも自分たちのためにならないことに気づいてしまった」と嘆いていたという話を耳にしました。
日本も同じで、昭和の頃まではバラマキで票が獲れたのでしょうが、今は国民も多少、利口になったということには、いい加減、気づくべきだったでしょう。
ちなみに、麻生太郎総理の最大の誤算は、これも以前平太郎独白録 : 麻生内閣に求められる負けるが勝ちの戦略で述べたことですが、就任直後に解散しなかったことでしょう。
すなわち、彼が敬愛する祖父・吉田 茂元総理が選挙に負けて、第一党から転落した際に連立などを模索することなく、潔く野党になり、与党が自滅した後に、再び政権に付き、以後、安定政権を築いたことに思いを馳せるべきだったと思います。
あの段階で解散していれば、負けても彼には同情論こそあれ、責任を問われることはなかったわけですから。

民主党も、選挙に勝ちさえすればいいで、かなり、リップサービスを並べていた観がありますので、この先、色々と詰まる場面も出てくるかと思いますが、ただ、今回は、過去のそれとは違い、「連立」と言っても民主党は単独で政権を組めるほどの安定多数を確保していることと、それから、民主党指導部の多くが新進党で一度、与党を経験している・・・ということは見落とせないファクターだと思います。
もっとも、政権が変わったからと言って、それほど選択肢が多いわけでもないというのは、アメリカ大統領選でも実証されているわけことですけどね・・・。

一方、日本柔道ですが、こちらも、以前、平太郎独白録 : 自我自賛 3 柔道ではなくJUDO!で申しました通りで、いくら日本が発祥の地だからと言っても、一旦、世界の皆さんに提供した以上、もう、日本の手を離れて、独自の進化を辿っていくことは止められない現実ですよ。
であれば、石井 慧選手の言うとおりで、「一本勝ち」という日本人だけの自己満足に浸っている限り、日本の柔道が過去の栄華を取り戻すことはないのではないでしょうか。
実際、柔道ならぬJUDOがそれで弱くなっているならともかく、確実に強くなっているわけですから・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-09-02 18:37 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

麻生太郎内閣の通信簿 その4 蛮勇無き財政再建
親愛なるアッティクスへ

昨日の続き・・・というより、ようやく、本題です。

麻生太郎総理のここまでを見ていて、まず思うのは、「哲学」が感じられない・・・ということでしょうか。
こういう衆参ねじれ国会のようなときには、福田康夫前総理のような良識的な人よりも、麻生さんのような「蛮勇」を持った人の方がいいんだろうな・・・とは思っていたのですが、蓋を開けてみれば、小泉純一郎元総理退任以後の、安倍、福田という「流され内閣」と何ら変わらないような気がします。

で、彼の蹉跌の根源は何と言っても解散先送りしたことでしょう。
この点は、以前も、平太郎独白録 : 麻生内閣に求められる負けるが勝ちの戦略で申し上げたとおりで、麻生さんが絶えず意識していると言われる祖父、吉田 茂元総理がそうだったように、選挙をやって、万一、第一党を失った後は連立政権などによろめくことなく、憲政の常道を掲げ、潔く首班の座を明け渡すことを選択するべきだったでしょう。
で、野党の失策を待ち、再び、政権に返り咲く・・・。
おそらく、その方が結果的には近道だったのではないでしょうか。
どうせ、参議院任期満了まで選挙がないわけですから、解散を先送りしようと、解散して与党が過半数を維持し得ようと、野党が参議院を押さえているという状況は変わらないわけですから。

であれば、それをせずに、安易に「不況」にかこつけてバラマキ選挙対策を打ち出した後に解散を考えた辺りに、どうにも、彼の祖父のような「哲学」が感じられないんですよ。
ていうか、自民党も、国民は景気対策の必要性は感じていても安易な選挙対策は決して歓迎していないということにいい加減に気づけよ・・・と。
彼は、選挙前の与党からのバラマキ圧力にも、蛮勇を持って、財政再建を睨んだ景気対策を講じるべきで、ヨーロッパ諸国の不況対策が何だかんだ言っても一桁台の兆円なのに対し、日本は12兆円・・・という辺りにもその辺が感じられないんです。
(中国は57兆円といいますが、元々、あの国は社会保障や福祉政策なんてろくにやってこなかった国でしょうから・・・。)

その上で、彼の舌禍癖や、漢字の読み間違いなどは別に大した問題ではないと思います。
問題発言については、私も同じ福岡県ですから、かねてより、世間で知られている以外にも色々、聞いてはおりましたが、彼が言ってることはそれほど間違ったことではない・・・とも思ってましたよ。
「医者には社会的常識がない人が多い」などというのも、一般に言われていることで、今更、意外に思う人の方が少ないのではないでしょうか。
ただ、それを公式の場で言う辺り、育ちの良さが感じられてしまうわけでしょうけどね(笑)。

漢字の読み間違いの方も、それくらい、いいじゃないか・・・という気がします。
総理大臣に求められているのは「調整と決断」であって、漢字の知識ではないわけですから。
でも、ちょっとしたミスも容認されない辺りに、あらためて、総理大臣という職務の過酷さを思わされる気もしましたが・・・。

年内、あと一回くらい続くと思います。

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by heitaroh | 2008-12-27 17:31 | 政治 | Trackback(1) | Comments(4)

小泉劇場批判に対する民衆は具体的なことへの判断は的確の理
親愛なるアッティクスへ

三国峠ダイナマイトでふっ飛ばせば新潟は降らない。そしてその土を日本海に運んで佐渡陸繋ぎにしよう」

これは、言うまでもなく、故田中角栄元総理の、初立候補の折の発言ですが、このことの現実性は別にして、私は政治家とは、こういうふうに、たえず、国民に「具体的な形」で訴えていくべきものだと思うんです。

マキャベリは「民衆は抽象的なことには判断能力を有さないが、具体的なことには割と的確な判断をくだす」と言いましたが、だからこそ、政治家と名が付く立場の人たちがやるべきは、「どうせ言ってもわからないんだから、愚民に説明しても無駄」・・・ではなく(最近は随分、マシになってきましたよね。)、争点を極めて具体的な形にして国民に提示してやるべきだと思うのです。
つまり、そこまでが民主主義国家に置ける政治家の仕事だ・・・と。

吉田 茂元総理の「戦争に負けて外交に勝つ」などは、それほど、具体的な形を有しているわけではないものの、敗戦にうちひしがれていた国民をハッとさせるには充分だったと思われ、その意味では、「具体的」な範疇に入れても良いものだろうと思います。
(その意味では、岸 信介元総理の「日米新時代」なども、その是非はともかく、その類に入れて良いでしょうか。)
逆に、池田勇人元総理の「所得倍増」などというのは一見、わかりやすそうに見えて、いざ、じゃあ、どうやったら俺たちの所得が倍になるの?という点では極めて曖昧模糊としており、それでは国民に提示する上では具体的なものだったとは言い難いでしょう。
(さらに、村山富市元総理の「人に優しい政治」・・・などに至っては、もう、曖昧以外の何ものでもない・・・という。)

この点で、小泉純一郎元総理のやりかたを「小泉劇場型」などという、単なる奇術、詐術の類いだと言わんばかりに批判・・・というより、見下すような有識者と名が付く人々が居ますよね。
(特に、ジャーナリストと名が付く人に多いようです。)
ですが、小泉さんの郵政解散などは、事の是非はともかく、極めて、主張が明確でわかりやすかったですよ。
「国の財政が破綻しかかっているときに、どうして、20万人(?)もの郵便局員を公務員にしておかなければならないのか?」と。
「民間に任せられる部分は民間に任せればいいじゃないか。どうして、国でやらないといけないのか」と。
その意味で言えば、郵政解散に置ける野党の大敗というものは、「ろくに自分で判断など出来ない愚民どもが劇場型政治に躍らされた結果」などと言うのではなく、野党には小泉さんほどに政策を具体的な形で提示できる人がいなかったがゆえの敗北・・・と見るべきでしょう。

その意味では、政治家は、課題というものを絶えず具体的な形にして国民に提示する能力が求められているのだと思います。
                         平太独白

by heitaroh | 2008-12-06 12:21 | 政治 | Trackback | Comments(0)

日本における中国とインドは地球における木星と土星
親愛なるアッティクスへ

唐突ですが、太陽系に置いて、地球が巨大隕石の衝突などが比較的、少なくて済んでいるのはなぜかご存じでしょうか。
それは、地球の外側に、木星土星という巨大惑星が存在していてくれるからです。
つまり、太陽系の外から飛来した巨大隕石などは確率的に、地球に衝突する前にその外側に存在する木星か土星といった巨大惑星に衝突してしまう可能性が高く、地球なら壊れてしまったかもしれないような巨大隕石でも、木星や土星だと生態系(?)に影響はあったとしても、星自体が大きいから衝撃は充分に吸収できてしまうわけで・・・。

で、なぜ、私がそんなことを言うとかと言いますと、常々、「日本を含む東アジア諸国に置けるインド、中国というのは、まさしく、地球に置ける木星と土星なのではないか・・・と思っていたからです。
昨今、安易に、「大国はけしからん!」などという人がいますが、中国とインドという大人口を擁する巨大国家の存在は、確かに、周辺諸国に圧迫感を振りまく一方で、西方からの狂信的過激派などからの防波堤の役割も果たしているという一面もあるわけです。
(この点はロシアもまた然りでしょう。ロシアは人口では中国、インドほどではないものの、世界最大の国土面積を極寒の地に置いていることを思えば・・・。)
つまり、中国、インド、ロシアというユーラシアの三大超大国の存在は周辺諸国に圧迫感を与えることもあるでしょうが、反面、まだ見ぬ脅威からの防波堤になってくれている・・・と。

したがって、安易に中国を取り除くと、今度はソ連崩壊後、イスラム教徒の攻勢にさらされているアメリカのように、もっと、やっかいな敵に遭遇してしまうことも考えられるわけです。
このことは、かつて、ヒトラーは第二次大戦の最終局面で、「アメリカは共産主義者の台頭を考えたなら、これ以上、私を排除することはしないはずだ」と言い、メッテルニヒも「ナポレオンを取り除くことは革命運動者の台頭を許すことになるので歓迎しない」と言ったという言葉に表されているように思います。
事実、その後の彼らの警鐘が現実の物となったことを見ると、今の敵を取り除くことは、もっと厄介な敵の台頭を許すことに繋がりかねない・・・、つまり、「一つの脅威の消滅は新たな脅威の登場にほかならない」ということが見て取れるような気がします。
それが、私には「ディプロマシー・センス(外交感覚)なき国民は滅びる」という、故吉田 茂元総理(麻生太郎氏のお祖父ちゃん)の言葉が思い出されてならぬ所以です。
                                          平太独白
by heitaroh | 2008-12-02 08:19 | 国際問題 | Trackback(1) | Comments(0)

小泉元総理引退にみる二世議員の階層化の是非
親愛なるアッティクスへ

先週からの続きになるのですが、小泉純一郎元総理が引退に伴い、後継者として次男を指名したこへのマスコミの論調を見ていると、小泉嫌いというよりは、小泉否定のように聞こえ、何だか、かつての吉田 茂への生理的なまでの否定的論調と似ているような気がしますが如何でしょうか。

さておき、その世襲ですが、それに否定的な人たちの最大の根拠は「親が優秀だからと言っても子も優秀だとは限らない」ということにあるのだと思いますが、「子は優秀ではない」と決めつけるのは、湯川教授じゃないけど、「実に非論理的・・・」でしょう。
ただ、そうは言っても、現実には、徳川将軍家歴代将軍がすべてに英邁でもなかったことを考えれば、「次も優秀である」と言い切るのも、これまた「実に非論理的・・・」だと。
つまり、この辺は、以前から、平太郎独白録 「オーナー企業は是か非か!」の中で申し上げて来たように、「オーナー社長」「雇われ社長」とはどちらが良い悪いということではなく、本来は双方うまく組み合わせて使うものだと・・・。

その上で、世襲議員ですが、私はこれは、それほど悪い傾向ではないと思います。
まず、大英帝国を始めとするヨーロッパ諸国には、古代ローマ以来の「ノブリス・オブリージュ」すなわち、「高貴なる者の責務」という概念があり、彼らは特権階級であると同時に、国家に対しても責任を負っていたわけで、この考え方は明治以降の日本でも導入され、戦前は皇族と呼ばれる人たちは、皆、同時に軍人であることが義務づけられており、つまり、戦前の日本では、華族・皇族などの貴族たちは、国家の存亡に対して、一蓮托生的「責任」を持つよう宿命づけられていたといえるわけです。
(それが衆議院に対する貴族院というものの存在として顕れていたのだろうと思います。少なくとも、選挙の洗礼を受けるのでしたら、「良識の府」というのは機能しませんよ。)

ところが、戦後、ご承知の通り、GHQの政策により、華族はおろか皇族とて、臣籍降下を余儀なくされたことで、日本からは貴族はいなくなってしまったわけですが、このことは同時に、天皇と共にオーナー意識を共有し、何代にも渡って、祖国の将来に責任を負う階層が居なくなってしまった・・・ともいえるわけです。
そしてその結果が、先日から申し上げている「自分の任期中だけ景気が良くなればいいという、歴代政権の雇われ社長的体質による天文学的な赤字国債の積み重なりであり、同様にオーナーを持たないアメリカブッシュ政権による今日の破滅的な災厄であるといえるでしょう。

ところがところが、それから年月を重ねるに連れ、GHQの思惑とは裏腹に、段々と、二世議員が増えて行き、今や、与党も野党も世襲議員だらけになってしまったと・・・。
しかしこれは、ある意味、日本型社会という土壌に種を蒔いた結果出来た品種であるともいえ、すなわち、国民全体が「階層としての世襲議員」、つまり、かつての貴族層のような物を招き寄せた結果だとも言えるのではないでしょうか。
(小泉さんのところだって、けしからんと言うなら、選挙民が落とせば良いだけで・・・。)

で、この二世議員というものが「階層」として存在することの良いところは、戦前のように、貴族に生まれつけば、無審査で半ば永遠に貴族で在り続けられるわけではなく、選挙という、それなりの審査を受けなければならないことです。
その意味では、「国家に責任を持つ階級として存在しながらも、特権階級としての永続性は保証されない」という、ある意味、理想の制度なのかも知れません。
まあ、選挙というフィルターを経る分だけ、大所高所より政策をチェックする機能は減退するでしょうけどね。
                      平太独白

by heitaroh | 2008-09-29 08:00 | 政治 | Trackback | Comments(0)

麻生内閣に求められる負けるが勝ちの戦略
小泉純一郎元総理が引退されましたね。
あの人のことを色々、悪く言う人もいますが、信奉者だった私としては「ご苦労様でした」と言いたい想いです。
跡を息子に譲ったことを悪し様に言う識者もいるようですが、元々、小泉さん自身、世襲議員の、しかも、すでに三代目ですよ。
中曽根さんのところが息子が幾つになっても、なかなか、譲ろうとしなかったことと比べれば、「見事な引き際」だと言って良いんじゃないでしょうか。
それに譲ったからと言って、それでいいかどうかは、選挙民が判断するわけだし。

そもそも、マスコミ・・・・、特にジャーナリストを名乗っている人たちは、小泉さんや、かつての、田中角栄さんのような国民的な人気を持つ宰相というものが許せないんじゃないでしょうか。
以前、アメリカ領事館で開催されたセミナーに参加したとき、「著名なジャーナリスト」を名乗る方々がたくさん来られてましたが、彼らの言葉の端々からは、「国民大衆というのは大して学問もない愚かな輩だから、高い見識を持つ我々が指導してやらねばならない」みたいな雰囲気が伝わってきましたよ。

で、それはそうと、気が付けば麻生太郎内閣が発足しましたね。
新内閣は10月解散をにらんだ暫定的体制の色彩が濃いと言われていますよね。
でも、衆議院選挙を行ったとしても、基本的に自民党が数を増やすということは有り得ないわけですよね?
となれば、過半数を獲得したとしても余計、政権運営がやりにくくなるだけなんじゃないですか?
その意味では、私は麻生総裁は、今度の選挙ではいっそ、第一党の座から落ちても良いのではないかと思っています。
つまり、一度、政権を野党に渡すべきだと。

彼の祖父、吉田茂昭和21年(1946年)5月、自由党総裁鳩山一郎公職追放にともない首相に就任するも、翌年の衆議院議員総選挙日本社会党に第一党の座を明け渡した際には、社会党の一部には吉田続投を企図する動きがあったものの、あくまで、「首相は第一党から出すべきである」という憲政の常道に従って総辞職したという経緯があります。
その後、これにより、成立した社会党の片山哲内閣は内紛を繰り返し、指導力不足を露呈し瓦解。
禅譲という形で首相に就任した連立パートナーの芦田均内閣も昭和23年(1948年)、昭電疑獄事件を受けて総辞職。
ここで、吉田茂が再び、首相の座に着き、直後の総選挙で大勝し、その後の吉田時代を作った・・・と。

・・・おそらく、現在の民主党にも政権担当能力はありませんよ。
ほぼ、間違いなく、同じようなことになるのではないでしょうか。
となれば、一旦、負けて勝ちを獲るという戦略も必要なのではないでしょうか。
もっとも、麻生さん自身、総理大臣としての手腕という点では、何とも未知数であり、正直に言えば、ちと、怖い部分もありますので、彼が総理を長く続けることが良いかどうかは別ですけどね。
                     平太独白

by heitaroh | 2008-09-26 17:52 | 政治 | Trackback(1) | Comments(0)

「仲良くケンカしな♪」の理を知らない最近の政治家?
親愛なるアッティクスへ

先日、ある人と一献やった折、私が、「最近は、犯罪の質が変わってきたもんな」と言ったことろ、「そうそう、最近の連中は怖いよ。ケンカの仕方を知らんから、いきなり、刺したりする」という言葉が返ってきました。
まあ、私としては、必ずしも、そういう意味で言ったのではなかったのですが、それはさておき、その翌朝、二日酔いで新聞を開いたら、大見出しで、「大連立」という言葉が踊っておりました。
それが、一連の大連立騒動・・・の始まりでした。

この件に関して、私見を言わせてもらえば、「まったく、何をやってるのか・・・」という観を強くしますね。
そんなもん、ちょっと考えれば、国民の反発を受けそうなこと、そして、それを背にしての党内での反対意見が噴出しそうなことがくらいわかりそうな気がするのですが・・・。
だって、これを許せば、この後、国民の支持に関係なく、政権運営がやりやすいようにと、その都度、自分たちで勝手に大連立すればいいということになるわけで、民主主義の根幹が揺るがされかねないことにもなるわけですよ。
それに、二大政党が連立すれば政局は安定する・・・なんて言ってたら、二大政党制の意味が無いわけですし、それで、野党としてのチェック機能が果たせるのか・・・、いや、国会の存在理由そのものが問われるのではないか・・・、
(そもそも、どうして、政策協議ではダメで大連立でないといけないのか・・・というのがわからないですね。)

アメリカから、せっつかれている・・・というのもわからないではないのですが、それが、であるのならば、野党も良識を持って、時には、政党を割ってでも、政策協議の場で、法案成立に協力するべきだと思います。
この点では、かつて、吉田 茂内閣時代、三木武吉に代表される反吉田派の人たちは、吉田内閣に対し、血で血を洗うような激しい倒閣運動を繰り広げながらも、その一方で、必要な法案の成立にはきちんと賛成し、それが終わると、また、政争を開始した・・・ということを聞いています。
つまり、その論で行けば、政治家の政争には、「仲良くケンカしな♪」という原則論が必要だということでしょうが、思わず、冒頭の「ケンカの仕方を知らない、すぐに人を刺したりする最近の連中」という言葉をオーバーラップさせてしまいました・・・。
ケンカの仕方を知らなくなったのは、何も、市井のことに限らず、政治家も同じなんだな・・・と。

ちなみに、その後の民主党の一連の騒動を見ていると、当初、小沢さんも、あそこで大連立を否定されて、「辞める」と言えば、散々、党首交代騒動を繰り広げてきた民主党としては、「国民に愛想を尽かされる」し、「代わりはいない」はで、その上で、小沢一派に出て行かれたんじゃ、本当に、民主党は崩壊しかねないでしょうから、これじゃあ、慰留後は、誰も小沢さんに異を唱えられないだろうと。
「これで、小沢さんの指導力は格段に高まる・・・。さすが、鳩山菅、前原などといったところよりは、一枚も二枚も上手だな・・・」と思っていたのですが、その後の会見見た限りでは、「ご免なさい、もうしません・・・」の世界みたいで、何だか違うな・・・という気が。
傲然と、「嫌なら辞めていいんだよ」と言い放つくらいあっても良かったように思うんですけどね。

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by heitaroh | 2007-11-12 00:24 | 政治 | Trackback | Comments(6)

昭和は遠く成りにけり、「父・緒方竹虎と私」を読み終えて 1
親愛なるアッティクスへ

先日、緒方 四十郎著、「遙かなる昭和―父・緒方竹虎と私」という本を読み終えた。
著者の父君で、この本のタイトルにもなっている緒方竹虎翁は、現在では、あまり、知る人もいなくなったのかもしれないが、地元・福岡では「あの岸 信介も、緒方在りせば首相になること能わなかった」と言われるほどに、未だに知る人ぞ知る名前である。

e0027240_8393782.jpg(←福岡市の都心部付近にある旧緒方竹虎邸跡。)

その翁が、最近、あの!緒方貞子女史の舅であるということを聞き、かねてより、是非、その二人を結びつける立場にある著者の話を聞いてみたいと思っていた。

残念ながら、著者が夫人と結婚されたのは父君没後とのことらしく、両者の直接のエピソードなどを聞くことは出来なかったが、差し引いて有り余るくらい、父・竹虎という、昭和史に名を残す人物を「膝下」より眺めた貴重な話を知ることが出来た。
(特に、著者が米国留学中に父の死と遭遇する前後の手紙のやりとりについての記述は、竹虎翁の末子への細やかな情愛が伝わってくるようで、思わず、胸が詰まると同時に、羨ましくもあった。)

ただ、私は、不覚にも、この本を読むまで著者のことはまったく存じ上げなかったのだが、この本は、同時に、著者の見識の高さを印象づけた一冊でもあった。
特に印象に残ったのが、戦後、著者が、まだ学生であった頃に当時の時事について、今読んでも、極めて適切な意見を持っておられたことである。
一部抜粋すると、サンフランシスコ講和条約においての、吉田 茂の演説について、こう批評している。
「第一に、彼は奄美大島、小笠原諸島が歴史的にみても日本の領土であり、決して侵略によって獲得したものでないことを史実を挙げて立証すべきであった。
 第二に、過去の日本の侵略によってもっとも大きな痛手を受けた中国民衆と同席することができないことを遺憾に思うこと、アジアなくしては日本はありえないという歴史的地理的条件からして、日本政府は中国民衆との協力、なかんずく経済的協力を心から望んでいる旨を力説すべきであった。
 第三に、彼は不必要な程度にまで共産主義の脅威を力説しすぎた。我々とても共産主義の浸透の危険を感じないわけではないが、共産主義は社会的不正義、政治的圧制の存するところに、最も育ち易い。
 第四に、日本が昔日の日本でなく、新しい国民に生れかわっていることを述べるにあたっては、日本は、新しい憲法の定める国民主権、基本的人権の保障という二つの基本原理を講和後も守り抜く決意をもっている旨を強調して、ソ連修正案に答えるべきであった。
 第五に、演説を結ぶにあたっては、日本はこの上なく世界平和を希求するものであること、何故なら、日本こそは、世界史上において原子爆弾の洗礼を最初に受けた国民であり、あの惨澹たる原子爆弾の魔力を考えるとき、次の大戦が必ずや世界の破滅と人類の終焉をもたらすものであることを他のいずれの国民にもましてよく認識しているからであること、日本が降伏後、率先軍備を放棄したように全世界が一日も早く戦争と軍備を放棄する日が来ることを望むものであること、何故なら、我々は剣によって立つものは剣によって亡ぶとの堅い信念を有するからであることを力説すべきであった」

明日に続く。
              平太独白
by heitaroh | 2007-07-25 08:42 | 歴史 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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