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再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その18
先日からの続きです。

e0027240_10432258.jpg立体交差「宮島跨道橋」の設置で完全に流れを断ち切られた鉢の底川ですが、ここから先は、再び、地図をごらんください。
くどいようですが、右下が上流、左上が下流です。

右下から少しの所で流れてきた川は黄色い線で示された跨道橋を横切り、直進しているのがわかると思います。
これは、昭和37年(1962年)の地図を見るとこうなっているのですが、この、昭和37年という年はまだ、前博多駅の移転開業の前年でして・・・。

e0027240_111142.jpgつまり、国鉄の線路はここを横切っておらず、川と平行に流れていたわけで、つまり、川の流れを変える必要はなかったということですね。
(しかも、開業は12月で、地図の調査は発行より前ということを考えれば丸2年くらい前だったのではないでしょうか。無論、工事は進んでいたでしょうが、それを考慮しても・・・と。)

従って、川はこの方向(←)に直進し、ちょうど矢印の方向に、斜めに道路を横切り、新幹線の橋脚の下を貫いていたわけです。

e0027240_11153223.jpg


e0027240_11163699.jpgで、その先は、この部分(↑)に出るわけですが、そこに行く前に、冒頭の地図の中で私が赤い線で点線を引いている部分をご覧ください。

これは、その少し後の地図、確か昭和42年頃の物だったと思うのですが、それによると、当時、川は国鉄の線路と交差しながらも、まだ、宮島跨道橋が出来てなかったようで、流れを変えられて、しっかり存続していました。
その流れが点線部分で、現在のこの部分(←)を手前から奥に向かって流れていたようです。

ここを川が流れていた期間は、おそらく、前博多駅開業の昭和38年頃から拙宅が区画整理にかかった昭和43年頃までの、たぶん、5~6年だと思うのですが、ここから先は話はいよいよ、私の地元、博多駅前地区に入ります。

ということで、続きはまた、次回ということで、バイなら。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-07-02 06:36 | 地域 | Trackback | Comments(0)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その17
昨日の続きです。

突然ですが、鉢の底川はここ(↓)で途切れます。

e0027240_17211989.jpg

この先はどうなっているのかはまったくわかりません。
左へ曲がって、マンホールに流れ込んで那珂川に注いでいるのか、あるいは右へ曲がって御笠川に注いでいるのか。
距離的には那珂川の方が近いのですが、そちらには間に新幹線JRなどが走っており、さらに、その先にも水路らしきものは見られません。
対して、御笠川の方は距離は遠いものの、途中、遮るような物はなく、少し先から水路が顔を出しています。

ともあれ、現在、どちらの方へ排水されているかを確かめるのは本来の目的ではありませんので、それは捨ておき、かつて、流れていた方向(↓)へ足を進めてみることにしました。

e0027240_17281592.jpg

すると、その先はまだ、しっかり蛇行しながら、これ(↓)に出ます。

e0027240_17302220.jpg

もちろん、私は子供の頃からよく知っている美野島宮島の交差点を結ぶ立体交差、宮島跨道橋です。

e0027240_17313127.jpgで、改めて考えてみると、これは国鉄博多駅が現在地に移転したことに伴い、国鉄線路を道路が交わす目的で出来たはずで、だとすれば、博多駅が移転したのが昭和38年・・・。
私の記憶では、確か、小学校に上がった頃にあったはずだぞ・・・と。

で、そこまで考えて、思わず、「あ、これを作ったから、鉢の底川はここから先を潰したのか・・・」と。
つまり、これを作ったからここまで暗渠で来た川を、東か西に逃さなければならなかったわけで・・・。

逆に下流は、上流からもう、水が流れてこない以上、もう、暗渠にする必要もなかった・・・というわけですね。
まあ、確かにそう言われてみれば・・・と。

次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-06-29 18:20 | 地域 | Trackback | Comments(4)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その14
昨日の続きです。

つまり、ここまで流れてきた鉢の底川大日本麦酒(現アサヒビール)の工場が出来ることによって、それまでの流れを強引に直角に曲げられて左折し、工場の周縁を周るように流れを変えられてしまった・・・と言いたいところですが、もっとも、こういう物を建てる所はそれなりに元々、土地はしっかりしていたと考えられ、工場の有無に関わりなく、小丘に突き当たって流れを変えていたのを敷地に沿って整備したとも考えられます。

e0027240_16322066.jpg

いずれにしても、川はここ(↑)で2つに分けられ、そのまま、ここ(↓)へ流れ込みます。
e0027240_15574538.jpg

で、この橋の下をくぐった先で右側は直進、左側は取水口のような物の中(↓)へと消えていきます。

e0027240_1626169.jpg

おそらく、ビール工場が川を2つに分ける為の請願工事を行ったのは、それまで、下流の田畑を潤していた鉢の底川の水をビール醸造のために分流する目的で、つまりは当時はそれほどに川の水は清らかだったということなのでしょう。
もっとも、これにより、水量が減ることになる下流の住人からは激しい抵抗があったことが予想されますが。

ちなみに、この請願工事が竣工した昭和14年と言えば、日本はソ連ノモンハンで軍事衝突を起こしており、2年後には太平洋戦争が勃発するわけで、実際、この12月には白米禁止令やら木炭の配給実施やら、世相はビールどころではなくなりつつあったことは間違いなく、おそらくは反対運動で遅れに遅れてこの年になったということだったと。

e0027240_17131493.jpgちなみに、これより24年後の昭和38年に現博多駅の先代の博多駅が竣工するわけですが、これも年が押し迫った12月のことで、農民の反対運動で遅れに遅れた結果だったそうですから、年末の「12月竣工」ということ自体、何やら、そういうことを思わせます。
ちなみに、その博多駅の移転新築計画が最初に持ちだされたのも、この昭和14年だったそうですから、何やら因縁めいた話ではあります。

で、本流はそのまま、一直線に先に進みます。

ちなみに(くどい?(笑)。)、ビール工場に注ぎ込んだ川は当然、今の水質では使われていないのだろうと思いますが(あるいは、浄水して使っているのかもしれませんが。)、こちらの先のことはまた、後日。

次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-06-25 17:54 | 地域 | Trackback | Comments(0)

お茶壺道中で場違いな自分が座るべき席を探し続けた夜
親愛なるアッティクスへ

この連休中、日曜はお茶壺道中なるものに行ってきました。
博多駅に着いてみると、既にご覧のとおり(↓)の盛況ぶり。

e0027240_1753997.jpg

ただ、それは良いものの、この日は27℃に達するなどと言われていたほどの結構な暑さ・・・だったのですが、ある意味、皆さんとは違う意味で温度差がありました。
なぜなら、皆さん、着物姿など、びしっとしてあるのに対し、私は例によって、Tシャツ一枚ダラクサな格好・・・だったからです。
当初、私も着物を着て行こうかと思っていたのですが、冬物しか持っていないことから、この日の陽気にさっさと断念しました(笑)。

e0027240_1834827.jpg

そのまま、一行は聖福寺(↑)へ向けて行進しましたので、私も遠くから見守りながら、他人の顔をして(?)後ろをついていきました。
まあ、例によって門外漢ですので詳しいことはわからないのですが、私がお茶壺道中と聞いて思い出すのは、往年の大ヒット時代劇ドラマ、「素浪人花山大吉」での一場面ですね。
この辺は、以前、平太郎独白録 : 花山大吉にみる近衛十四郎という役者とその時代 その3でも触れていることなのですが、道中の庶民を苦しめる将軍家献上のお茶壺を運搬する一行を近衛十四郎扮する主人公とその相棒、焼津の半次が懲らしめる・・・というものだったのですが、少し疑問に思ったのが大吉が、「兄さん(半次)、斬ってはいかん。これは蟷螂の斧だ」と叫ぶシーンがあったことです。
将軍家献上品の行列に斬り込んで、斬りさえしなければ罪には成らないのか・・・と(笑)。

e0027240_1821317.jpg

おっと、このような有意義なイベントに参加させていただきながら、このようなことを考えるなど、我ながら不謹慎極まりない・・・ですね。
以後、改めます(笑)。

ちなみに、私はひたすら夜のお茶壺交流会だけが楽しみでこれに参加していたのですが、実はこの夜は知人のお見合いの席をセッティングしており、そちらをドタキャンして参加していたところ、バチが当たったか、格好からしてすでに場違いな私の席はなく・・・(笑)。
これはいかんとビール2杯だけ飲んで、さっさとお見合いの方に席を移したら、若い二人はすでにラブラブモードに入っており、明らかなお邪魔虫状態・・・。
「嗚呼、私が座るべき安住の席は一体地上のどこにあるというのか・・・、オスカルよ!」などと、タカラヅカ調に夜空に向かって呟いた夜でした(涙)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-10-11 19:05 | 地域 | Trackback | Comments(0)

そこにおんしゃったとですか、母里太兵衛しゃん!
親愛なるアッティクスへ

e0027240_15474441.jpgこちらの画像(←)、何かおわかりになりますでしょうか?
「黒田節」という俗謡で有名な母里太兵衛という人物なのですが、昔からずっと、博多駅の前にいました。
私も、具体的に、いつ設置されたのかは知らないのですが、気が付いたらそこにありました。

(間違いなく、高校の通学時には毎日、駅前で私を待ってました(?)ので、昭和50年代にはあったと思いますが、あるいは昭和38年旧博多駅開業と同時に設置された物なのかも知れません。)

で、これ・・・、いや、この方、新・博多駅建設工事が始まって以来、お姿が見えないようになっていたので、すっかり忘れていた・・・、いや、ずっと気になっていたのですが(笑)、過日、東日本大震災の応援建築士として宇都宮に向かう際に、博多駅へ向かっていると、ふと、傍らでこちらを見ていることに気づきました。
思わず、「おお!あんた、そこにおんしゃった(おられた)とですか!」・・・と。
位置的には、以前より20mばかり、博多駅側にセットバックしていましたが、今から被災地へ向かおうとする時に、遠い昔に毎日、私を見送ってくれていた人と再会するのは、少なからず感慨がありましたね。
でも、人の記憶とはいい加減なものですね。
「この人、こげな(こんな)顔やったかいな?」・・・と(笑)。

ちなみに、博多では昔は良く、宴席などではこの黒田節が謡われたものです。
「酒は~♪ 飲~め~飲~め~♪ 飲むならば~♪」ってやつですね。
これは、豊臣恩顧の大名・福島正則から、大杯での飲酒を強要されたとき、これを一気に飲み干して、この、「日本号」と呼ばれる名槍を取り上げてきたという逸話に基づいたもので、従って、この銅像も片手に大杯、もう片方の腕に槍・・・を持っているわけです。
でも、私的には、最近では宴席でもあまり、この歌を耳にすることが無くなってきたのは寂しい限りなんですけどね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-05-04 16:42 | 地域 | Trackback | Comments(2)

早速、大丈夫か博多阪急・・・。
親愛なるアッティクスへ

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先日、ちと、買い物があったので、新・博多駅に新たにお目見えした博多阪急(↑)に行ってきたのですが、さっそく、いきなり「大丈夫かぁ?」という危機感を持ってしまいました。
まず、いくら買い物しても駐車場は1時間まで・・・ということ。
これはまあ、まだ、場内に駐車場が完成してませんから、外部駐車場と契約を結ぶしかないようで、理解出来ないことではないのですが、でも、1時間といえば、売り場まで行って帰る時間を考えれば、商品を選んだらすぐに帰らないといけないということを意味しており、これでは勿体ないんじゃないですか?
もっと、ぶらぶらさせて、購買意欲を高めなければ・・・。

次に思ったのが、会計時にポイントカードを出し忘れたら、もう一度、処理を取り消してやり直さなければならないそうで、ていうか、普通、今時、どこでも、「当店のポイントカードはお持ちではありませんか?」って聞きますよね。
でもって、ポイントがどれだけ付いたか見てみたら、何と、購入代金の1%なんですよ。
すぐ隣のヨドバシカメラで買うと10%付いてきますから、(駐車場は5千円以上で2時間無料です。)この瞬間、「おいおい、阪急、大丈夫か?」と・・・。
思わず、せっかく出来た阪急の将来性に極めて、危ない物を感じましたよ。

でもって、帰り際、1階に降りて、足早に店を出ようとして、ふと、見ると、「今なら、OO円以上で抽選で海外旅行プレゼント」などと書いてあるじゃないですか・・・。
で、レシートを持っていって、「これ、出来ますか?」と聞いたら、「はい、できます」・・・と。売り場の人も、一言、「今、1階でこういうサービスをやっております」とか何とか言えよ・・・と。
私が気づかなければ、そのまま、知らずに立ち去っていたわけですよね。
e0027240_198535.jpg(←博多駅プレオープンの時の招待状です。)

まあ、運命的なまでにくじ運が悪い私は当然、はずれで、「30ポイント(つまり、30円です(笑)。)付きました」と言われましたが、その辺は良いんですよ。
元々、はずれなんですから・・・。

でも、そこに至る前のことはすべて、ちょっとした気配りで解消出来ることであり、思わず、出来たばかりなのにセクショナリズムのようなものを感じましたね。
こんなの、伝説的な名経営者であった阪急創始者・小林一三翁が見たら、絶句するんじゃないかな・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-04-04 19:57 | 経済・マネジメント | Trackback | Comments(0)

人の記憶は3歳リセット説に対する私の2歳の記憶
親愛なるアッティクスへ

いよいよ、九州新幹線博多まで繋がる日が近づいて来ました。
で、年末から色々と、世間を騒がせている市川海老蔵さんですが、彼は生まれ落ちた瞬間の記憶があるんだそうですね。
時々、そういう人がいるというのを耳にしますし、中には母親の胎内にいるときの記憶もあるという人もいるとか・・・。
ただ、以前、学者さんか誰か有識者の方が「人間の記憶は3歳までに一度完全にリセットされてしまうので、それ以前の記憶があるなどと思っている人は後から聞いた話などを自分の記憶と勘違いしているだけ」ということ言っていたのを聞いたことがあるのですが、ところが、私自身、どう考え直しても、3歳以前の記憶があるんですよ。
(アメリカ人の博士号を持った親戚からは、「おまえらに7歳より前の記憶があるはずはない」と言われましたけどね(笑)。)

と言いますのも、私の一番古い記憶というのは近所のお婆ちゃん達に背負われて「汽車」を見に行っていたことでして、ただ、その場所を列車が通過していたのは博多駅が昭和38年12月博多駅土地区画整理の一環として、先日、新築なったばかりの現在地(↓)に移転するまででして・・・。
(当時は、汽車を見に行く・・・などというのが娯楽だったんですね(笑)。)
つまり、その場所に列車が走っていたのは私がちょうど2歳半まで・・・なんですよ。

e0027240_12551488.jpg

それに、ただ、見に行っていた・・・というだけなら、後日、人から聞いた話を記憶と思いこんだと言うことも考えられるのでしょうが、それだけでは説明が付かない話がありまして・・・。
というのは、当時、すでに簡単な字は読めていた私は(これは母に確認済みです)、列車に「つばめ」とか何とか書かれた物を見て、「これはどこまで行くの?」と聞いたところ、「これは東京まで行く」と言われ、「ふーん」・・・と。
で、翌日、また、同じ時間帯に見に行ったところ、何と、昨日と同じ電車が走っているじゃないですか!
私としては、当時は祖父母が東京に行くときは寝台車で行っていた時代ですから、前日の朝に東京に向けて通過していった列車がまた、翌日の朝も通過しているということに驚いたわけです。
つまり、もう、その日のうちには帰ってくることは出来ないと思いこんでいた・・・と。
で、驚き、「また、東京まで行きよう!」と言ったところ、婆ちゃんたちが「何であんた、この電車が東京まで行くってわかったとね?!」とこちらも驚いた・・・と。

この辺の私の記憶を後付の勘違いというのなら、私がそう思い込んでいた誤解・・・、それから、婆ちゃんたちも私が、「つばめ=東京」と思い込んでいる誤解に気づいていないという、言わば、二重の誤解があったわけで、ここまで人から聞いた・・・というのは説明が付かないでしょう。
無論、3歳以前と言ったところで、個人差もあるでしょうから、その程度なら十分、誤差の範囲内と言えるのかもしれませんが、ただ、私が列車を見に行っていたのは一度っきりのことではなく、毎日のように行っていた記憶があることを考えれば・・・。
ちなみに、私は博多駅前で生まれ育ったにも関わらず、前・博多駅ビルが建った時というのはまったく覚えておりませんし、当然、前々・博多駅もまったく覚えておりませんことも証言しておきます(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-03-10 07:42 | 社会全般 | Trackback | Comments(6)

初、新・博多駅飯です。
親愛なるアッティクスへ
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またまた、新・博多駅です・・・。
で、なぜ、こんな所へイルカ・・・と申しますと、実は、今日は祖母の葬式でした。
明治45年生まれ・・・、享年99歳
数え年の100歳・・・、大往生・・・ですね。

で、私は初孫でしたが、私が生まれたとき、この祖母はほぼ、今の私の歳だったんだ・・・と気づきました。

久しぶりに相見える叔父叔母も皆、しっかり、じーちゃんばーちゃんになってましたし、私も、もう、気が付けばそんな所へ来てしまったんですね。



で、そんなこんなで、学校を休ませ、葬儀に参列させたガキが「あー、久しぶりの休みだー」と言う・・・。

e0027240_13183031.jpg「why?なぜだ、なぜなんだ?」と問うと、これまで、土日は一応、休みとはいえ、すべて少年ソフトボールの練習に駆り出され、普段よりも早起きさせられていたからで、思わず、「なるほど・・・」と。
我々の頃は野球なんてのは自分たちの楽しみのためだけにやる、まったくの「遊び」でしたが、今は、何だか、「義務」みたいになってるんですよね。

で、そういう述懐を聞いて、思わず、「帰ってきたらどこか行くか?」・・・と。
ということで、新・博多駅に行ってきました(笑)。
本当は今日は忙しかったので、葬儀が終わるとすぐに仕事に戻りたかったのですが・・・。

で、やむなく、二人して新・博多駅へ・・・。

e0027240_14441981.jpg


                                         平太独白
by heitaroh | 2011-03-04 19:23 | 地域 | Trackback | Comments(4)

新博多駅プレオープン・・・なう・・・しか
親愛なるアッティクスへ

e0027240_18235195.jpg今、新・博多駅プレ・オープンに来ています。

思ったより、混雑してない印象ですね。
さして行列せずにうろうろ出来てますから・・・。

もっとも、まあ、この時間ですからね・・・。
おそらく、朝のオープンの時間帯は長蛇の列だったと思いますが・・・。

とはいえ、さすがに博多阪急デパ地下などはレジに行くまでに長蛇の列となってました(笑)。

e0027240_1822334.jpg

e0027240_18262317.jpg屋上からの風景はさすがに私も初めて見る景色です。
博多駅からが見えるなんて、たぶん、昭和41年博多井筒屋開業の時以来ではないでしょうか。
ちなみに、当時、私は5歳
それ以来、45年ぶりですから、感慨ひとしおです。
(←福岡タワーが博多駅の真っ正面にあるというのは初めて知りました。ちなみに、タワーの手前が福岡市役所、その手前がキャナルシティです。全部、一直線に位置していたとは・・・。何だか、夢を見ているような気分です。)

e0027240_1933212.jpg

e0027240_1559734.jpg最後に、新博多駅及び九州新幹線開業のCM映像がずっと流れていたのですが、それは、古代の金印菅原道真などからずっと、コマ送りで時代を遡っていくものでして・・・。
それが、やがて、戦後になり、昭和33年の西鉄ライオンズ三連覇を経て、昭和50年の山陽新幹線開通、平成元年の福岡博よかとぴあ、平成11年の福岡ダイエーホークス優勝、それに宇宙ロケットが飛び立つ映像などが流れ、最後に、「未来は明るいに決まっている」というキャッチが出るのですが・・・、それを見た瞬間、不覚にもウルッと来てしまいました。
・・・確かに、その通りなんですよ。
未来が暗いなんて、誰が決めた!・・・と。

ちなみに、屋上にはが咲き、鉄道神社があり、参道があり、出店があります。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-03-02 15:59 | 地域 | Trackback | Comments(6)

旧跡に始まり遺跡に終わる今年の連休始末記 その2
親愛なるアッティクスへ

とにかく、過去の書きかけのシリーズを終わらせるべく、とりあえず、先日の続きです。
別に、続編にする必要はなかったんですけどね(笑)。

e0027240_11362098.jpgと言っても、何から書いて良いのかわからないのですが、まず、5月2日の朝から博多駅へ行き、新幹線に乗るべくホーム(←)へ向かったのですが、ご承知の通り、今、博多駅は九州新幹線開業に合わせ、営業を継続しながらの建て替え中でして、行ってみてびっくり。
以前は、一旦、2階に上がって、そこからさらにエスカレーターでホームに上がっていたのですが、それが1階の階段自体が無くなっており、旧階段上がり口だった部分にいきなり改札があるんですよ。
新幹線は年に一回くらいしか乗りませんので知らなかったのですが、でも、よく考えたら前はちょくちょく通っているはずなので、心ここに在らざれば・・・ってやつなんでしょうね。
私は結構、そういう人です(笑)。

で、そのまま、2階に出ることなく、長いエスカレーターでホームへ・・・。

e0027240_11455069.jpgで、昼前に京都に着いたところ、さすがにGW中ということで人人人の大混雑・・・。
で、何とか友人と合流し、まずは飯を食おうということになって鴨川沿いの川床へ行き、少し早い昼食・・・。
天気も良かったし、快適でしたよ。

でもって、適当にぶらぶらしながら、適当に神社仏閣巡り・・・。
(←もう、どこかわからなくなっているんですが、多分、青蓮院とか何とかいうところだったと・・・思います(笑)。この日はここで結婚式をやってましたね。ここ、お寺だと思うんですが、仏前結婚ってやつでしょう。普通に観光客が周囲にいる中で結婚式を挙げてるなんて如何にも京都らしいな・・・と。)

e0027240_11534566.jpgで、その日は奈良に泊まり、翌日は朝から藤原京を作った職人の装束に着替えて、天平行列に参加してきたわけで、その辺のことは先日から申し上げた通りです。
ただ、運営面について言えば、まあ、初めてのことで不慣れなのはやむを得ないのでしょうが、この日は初夏の陽気で25℃くらいあり、職人の装束ははっきり言って今の甚兵衛のような物でしたから、割と快適だったのですが、貴族の衣装は重ね着、兵士の衣装は肩当てなどがビニールでしたから、結構、大変だったはずなんですよ。
それが、参加者に女性が多かったということで「兵士」役などに、結構、年輩の女性が選出されており、それなのに大極殿(←)前に入場してきたら、そのまま立たせたまま・・・。

e0027240_1285129.jpg交代で休ませるとかすればいいのに・・・と。
(←謎の外国人・・・って感じでしょ。ていうか、昔のYMOか何かのアルバムのジャッケトみたいな・・・(笑)。昔風に、LPレコードの表紙と言った方がわかりやすい方もいらっしゃるでしょうか(笑)。
でもって、後ろの建物も私が造りました・・・って、うっそぴょ~ん・・・ってしつこいですか?(笑)。)

e0027240_12123033.jpgで、その日のうちに帰宅し、翌日は一服して、翌々日のこどもの日は吉野ヶ里遺跡(←)へ・・・。
何で今更・・・と思ったのですが、聞けば、ガキのうちの一匹だけが、まだ、行ったことがなかったらしく、「ならば・・・」ということで思い立って行ってきました。

と、以上駆け足でしたが、近況報告でした(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-05-12 07:59 | 歴史 | Trackback | Comments(4)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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