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野暮用でやむなく行った東北の旅 その4 原敬生家
以前の続きです。

e0027240_11133225.jpg「原さんが
  奥へ手招く 
   夏の午後」

    梁庵平太

(←原敬生家。)

原さんといっても、私の友人の、素行に問題がある原さんではありません。
盛岡出身の平民宰相・原敬元内閣総理大臣さんです(笑)。
(さすがに、「原ちゃん」とは呼びません(笑)。)

話を少し戻しますと、筑前福岡藩元筆頭家老・栗山大膳の墓に詣でた後、次に向かったのが原敬記念館・・・でした。

e0027240_11402380.jpgここには、原敬の生家が併設・・・、というよりも、生家の横に記念館があるというなのべきでしょうが、ともあれ、記念館の横に比較的小ぶりの平屋が建ってました。
で、記念館を、じっくりと、俗事に心煩わされることなく、拝見。
意外だったのは、原敬という人は当時としては割りと大柄男前だったんですね。
(46歳の時、生命保険に入るために行った身体検査のデータが残っているそうですが、身長168cm、体重65kg・・・だったとか。)

で、生家の方ですが、私にとってはここは偉人の生家などではなく、子供の頃、薬院辺り(福岡市中央区。今ではすっかり都会になってしまいましたが、昔はハイソな所の最下級・・・みたいな、私のような下人参町の子供から見ると、下町と高級が入り混じったような独特の趣がある町でした。)の祖母の知り合いの家に来た・・・みたいな感じで、昭和の臭いフンプンでしたよ。

e0027240_11483763.jpg

ちなみに、原さんは平民宰相などと呼ばれてましたが、元々は盛岡藩の家老の出で、従って、その生家も、往時は殿様のご来臨もあったというほどですから、元々はもっと広大な屋敷だったそうです。

e0027240_11554613.jpg

つまり、時代が下るに連れ、切り売りして行ったということで、以後の盛岡藩が置かれた過酷な環境が見て取れるようです。

ということで、次回に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-07-24 07:50 | 地域 | Trackback | Comments(0)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その21
昨日の続きです。

まず、こちらの地図(↓)をご覧ください。

e0027240_14262851.jpg

右下の上流から下ってきた鉢の底川はすぐに大通りを横切ることになっているのがお分かり戴けると思います。
この大通りを挟んで南が上人参町、北が中人参町だったわけですね。
で、昨日も申しました通り、上人参町を過ぎ、いよいよ、私のホームグラウンド博多駅前三丁目地区に入ります。

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まず、大通りを過ぎてすぐ、この両側(↑)がかつての中人参町です。
ちなみに、この辺りの電柱には未だに「人参」と書いてあります。
また、人参駐車場、人参公園、人参ビル・・・などというのが散見されますが、実はすべてうちの物・・・・・・・ではありません(笑)。
残念ではありますがw

e0027240_14335751.jpg

で、右の塀は福岡藩三代藩主黒田光之の家老にして、茶道・南坊流を確立した立花実山の創建になる東林寺で、ここまでが中人参町、その先からいよいよ、我が、クラウンランド・下人参町に入ります。

e0027240_14471117.jpgと言っても、ここら辺はすべて、昭和40年以降の博多駅地区土地区画整理によってすべて区画が変わっており、当然、この先の四つ角もありませんでした。
当時はこの道までが東林寺の境内で、その向こうにあるビルのさらにその向こうが道で、つまり、道はこの家1軒分向こうに存在したわけで、それが我が家の前の道でした。
つまり、我が家の前の道を西に向かうと、鉢の底川があり、その橋を越え、往還通りを越え、ここ(←)に繋がっておりました。

e0027240_14515271.jpg今ではコインパーキングですが、昔はここにはアーケード付きの「榮市場」と呼ばれる、ちょっとした市場がありました。

ちなみに、下人参町だけは正式町名に申請しておらず、従って、上人参町、中人参町は正式町名として記録に残っておりますが、下人参町だけは通称でしかなく、正式には「大字春吉」となっており、往還通りを挟んで右が字馬場添、左が字なみ松(なみは変換出来ません。当初、読み方もわかりませんでしたが、古老に教えてもらいました。)

そのまま、川は流れ続け、下人参町を出ますが、続きは次回ということで。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-07-05 07:47 | 地域 | Trackback | Comments(0)

再びの自己満足シリーズ 那の名流・鉢の底川 その1
以前、まったくの自己満足として、
平太郎独白録 : 博多駅前史という一部のマニア向けの特集をやっておりましたが、今回も再びの自己満足シリーズです。

e0027240_1947859.jpg私が子供の頃・・・、昭和44年に現在の博多駅前になる以前の、それまでの福岡市下人参町の我が家は2本のドブ川に挟まれた地域にありました。
(←これが走っていた時代です(笑)。)
従って、たびたび、触れておりますように、大雨が降るとすぐに床下浸水になってましたが、当時は割りと普通にあったドブ川でしたし、私が生まれる前までは周囲は田んぼばかりだったそうですから、田に水を引くためのクリークのなれの果て・・・だったんだろうと思い、特に、気にしてませんでした。

それが、博多駅前史を書こうとして調べているうちに、現在のキャナルシティ前に「鉢の底川」という名前を見つけ、「そういえば、ドブ川があったような・・・」と思い、辿って行くと、その川が我が家の傍を流れていたドブ川の1本に繋がっていたことがわかり、「あ、あのドブ川には名前があったんだ」と知りました。

e0027240_19591261.jpg
(↑いずれも画像は、以前、ご紹介した大分県は豊後高田市にある「昭和の町」にて撮影したものです。我々の年代には結構、ここはワンダーランドでしたね(笑)。)

亡父からは特に、この川のことについて聞いた記憶は無いのですが、この川のもう一本向こう、現在の住吉神社の中にも昭和の初めまでは小川が流れており、大変、綺麗な清流だったそうですが、上流に地下足袋工場(現在の九州松下電器?)が出来、そこの廃液が流れこむようになって、一気にドブ川になった・・・という話も伺いましたので、あるいは我が家の近所の川もそうだったのかもしれません。

で、もう一本のドブ川の方はおそらく、クリークのなれの果てだったのでしょうが、「鉢の底川」の方は、その後、色々と聞くうちにこの川は、江戸時代初期、元禄年間の地図にしっかり載っていることがわかり、「あ、これはクリークじゃないな」・・・と。
で、その後、博多駅土地区画整理事業に伴い、この川は無くなり、今は暗渠にされているんだろうとばかり、思っていたのですが、数年前にたまたま、道路工事していたのを見ると、完全に潰してありました。
(工事の人も、「やたら、瓦礫やらなんやら出てくるからおかしいなと思っていたんですよ」・・・と。)

元禄年間の絵図画像も昭和14年の航空写真もありますが、やはり、ここで掲げるのは控えさせて頂いた方が良いと判断し、次に続きます。
                                         平太独白
by heitaroh | 2013-04-26 19:59 | 地域 | Trackback | Comments(2)

越後路紀行 上越嘉悦下越上悦 その4 春日山
親愛なるアッティクスへ

ついに今日から8月。
台風も来ているようで、福岡県地方では午後から少し風も出てきました。

ということで、このシリーズです。
本当はもう少しキメの細かい物を書きたかったんですが、とにかく、最近時間に追われておりまして・・・。

e0027240_1626585.jpgそんなこんなで直江津の夜はふけ・・・ていきましたが、前回も申しました通り、この街は何かしら、博多とは違うんだけど、博多が失くした何かがまだ残っているような良い感じの街でした。
で、聞けばさもありなんで、ここは空襲にあってないんですね。
おまけに戦後の再開発の波にも洗われておらず、戦前の地方都市の原型が残っていると。
(←ホテルのフロント前に飾ってあった甲冑。レプリカかと思っていたら、結構、由緒正しいようなことがかいてありました。)

つまり、私が生まれた福岡市下人参町の原型を見た気にさせられるような街でした。

で、翌日、ホテルをチェックアウトした後、JR直江津駅から一駅の所にある春日山駅へ。
春日山といえば、言うまでもなく、上杉謙信の居城ですね。
で、勇躍、駅を出てそこへ向かったのですが・・・、朝飯のコンビニおにぎりが悪かったのか、はたまた、コンビニがお箸をくれなかったからカップ味噌汁を食べるのにホテルの部屋にあったトングで食べたからか、朝飯食ったらいきなり具合が悪くなってきて、春日山についても一向に治らず、途中、たびたび、吐き気に襲われながらの登山でした。
しかも、この城、基本的に車で来る人を対象にしているみたいで、歩いてくる人にはまったく不親切なんですよ。

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駐車場の手前に「こちらが大手道です」と書いてあったので、そちらに曲がったら完全な私の貸切状態(笑)。

e0027240_16395210.jpg

しかも、途中から道無き道を行く・・・みたいになり、具合悪いのに酒臭い汗を滴らせて、さらに、しばらく迷子になった後、ようやく本丸へ。
なのに、本丸に着いたらいきなり、人がたくさんで、皆、どこから登ってきたんだ・・・状態。

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(↑春日山城本丸跡より直江津方向を臨む。)

帰りは人が上がってきている方向から下りたら、こっちは「おもてなし隊」はいるし、完全な観光地・・・。
(マニアとしては、こういうのが一番苦手・・・。頼むから、そっとしておいてくれ・・・と(笑)。)

もう一回くらい続きますよ・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-08-01 07:06 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

「酒飲めば 夢に見るなり 崇福寺」 その3 昭和残照
親愛なるアッティクスへ

先日からの続きです。

私にとっては思い出深い福岡市博多区にある崇福寺ですが、この日は山門の一般公開に併せて、筑前福岡藩主墓が公開されてましたが、それに合わせたのか、普段は開いてないような所にも立ち入ることができました。

e0027240_19245634.jpg

で、山門の脇にある塔頭の裏に回ってみると、そこには小さな畑が・・・。
私が子供の頃は、まだ、戦後20年程度の時期ですから、お寺などでも、ちょっとスペースがあれば至る所で、何かしら普通に野菜などを作ってましたよ。
すっかり、忘れていた景色でしたけどね。

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何てことのない風景でしたが、思わず、下人参町時代に帰ったような気がしましたよ。

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私も、もうすぐ51になりますから、それだけ年をとったということなんでしょうねぇ。

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池波正太郎真田太平記という本の中で、真田幸村にかつて仕えていた老兵が幸村が籠もる大坂城へ駆けつけようとして、かつて自らがここに来るまでに辿ってきた足跡を見て回りながら向かう・・・というシーンがありました。

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老兵はかつての名残の跡を見つけると、わけもなく、号泣してましたが、今となっては私にも何となくわかるような気がします。
「嗚呼、昭和は遠くなりにけり」・・・ですね。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-05-24 19:20 | 地域 | Trackback | Comments(0)

「我が心の博多、そして西鉄ライオンズ」読了・・・。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_12481365.jpg昨一昨日と野暮用にて東京・横浜まで行っていたのですが、新幹線で行ったことから、往復10時間の貴重な読書タイムを得ることが出来ました。
で、読了したのがこちら・・・(←)。

「我が心の博多、そして西鉄ライオンズ」という本なのですが、著者は以前からたびたび触れました、「エル・スール 我が心の博多そして西鉄ライオンズ」という舞台のプロデューサーにして、博多駅土地区画整理前は隣町の出身で、私の15歳年上の先輩でもあります。

従って、主にここに描かれているのは区画整理前の現在の博多駅前地域を中心とした話でして・・・。
とは言え、哀しいかな区画整理以前の現博多駅前を知る最後端世代(それでも50歳)の私としては諳んじるに能わず語るを得ず・・・で、わずかに残る子供の頃の記憶と一瞬だけ嗅いだ匂いであり、万感胸に迫る時代でもあります。

ただ、私がかねがね、不満だったのは、博多駅が移転してきたことにより「博多駅前」となったこの地域は、福岡博多のような由緒正しい歴史はなくとも、そこにはそこの歴史があったはずなのにそれが一切、抹殺されてしまっていることでした。
(現在の新装なった博多駅も「歴史」という括りでは「博多駅付近に歴史はありませんから、地下鉄祇園駅から向こうに行きなさい」となっていることに少なからず憤慨しております。)
筑前福岡藩が殖産興業の一環として、足軽を入植させて朝鮮人参の栽培を試みたことから呼び名がついた我が下人参町などはその典型でしょうが、そこに住んでいた人たちの人間模様も含め、もっともっと、こういう物をきちんと保存顕彰すべきだと思っている私にとっては、この本は空白のピースを埋める貴重な一石でしたね。

まだまだ、語りたいことがあるのですが、残念ながら時間となってしまいました。
続きはまた、いずれ機会がありましたら・・・ということで。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-24 07:43 | 地域 | Trackback | Comments(0)

ALWAYS 三丁目の夕日に後継者問題の3Dを見る その1
親愛なるアッティクスへ

年が明けたかと思っていたら、今日からもう春弥生3月・・・。
今、あれやこれやと幾つも重なっており、まったく余裕がありません。
特に、訳あっての「50(歳)の手習い」は思った以上に厳しく・・・、すっかり煮詰まってしまっております。
で、この現状を打破するべく、思い切って、この多忙の中、一切を放り出して、映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」3Dを見に行ってきました。

e0027240_153627100.jpgまあ、このシリーズについてはたびたび、触れておりますように、昭和30年代・・・というものを4年弱しか知らない身だからか、どうにも、あの、とても良くできたCGにはなじめないものを感じておりまして・・・。
特に、平太郎独白録 : 古き良き「ザ・ヒットパレード」に想う、寂しい暗さに蔭が匂う。で申しましたように、どういうわけか昼のシーンにはいくらCGを駆使されてもイマイチ共感できないのに対し、夜のシーンになると思わず、引き込まれそうになるくらい郷愁を誘われる・・・と。

これは、まあ、幼心にしか当時を知らない世代としては、余計な情報が入ってこないからなのか・・・とも思いますが、一方で、かつてのNHKのドラマ「イキのいい奴」などではセットでありながら、物凄く、往時を感じるわけで・・。
もっとも、これも、たまたま舞台となったのが、私にとっての当時の福岡市下人参町と似通った風景の地域だったということだけなのなのかもしれませんが・・・。

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で、なぜ、今回、この映画を見に行ったかというと、これが3Dだったからでして・・・。
つまり、そこに奥行、立体感というものを添えれば、昼のシーンでももっと心打ち震えるものが出てくるんじゃないか・・・と思ったわけです。
これについては、まあ、前よりはましかな・・・という程度でしたが、驚いたのが3Dの進化・・・。
以前、アバターを見に行ったときは、大したものじゃないな・・・と思ったんですが、今回のそれはしっかり、「空飛ぶ十字剣」状態まで行ってましたよ。(古い!)

で、ようやく、本題ですが、劇中で、吉岡秀隆さん演じる売れない小説家の父が今わの際に見舞いに来た息子に対し、心を鬼にして、突き放すシーンがあったのですが、確かに昔の親父は、我が家も含め、決して子に甘くなかったですよ。
・・・と、ここまで書いたところで、本日もちょうど時間となりました~ということで、続きはまた近々。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-03-01 07:45 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)

祝う気になれない今年の一応、6周年・・・です
親愛なるアッティクスへ

お陰様で、拙稿も気が付けば6周年を迎えるようです。
本当は色々と書くことを用意していたのですが、時節柄、祝う気にもなれず、さらっと流したいと思います。

e0027240_1348347.jpg←毎年恒例、「道」シリーズですが、こちらは、昨年、東京に行った折に調布で撮った何の変哲もない風景です。
で、なぜ、ここを撮ったかというと、前夜、地元の友人より、「この道は、まもなく、道路拡張で両側が削り取られ、大きな道になる」・・・と聞いたからでして、つまり、調布どころか、東京自体、年に一度行くか行かないかの身であれば、次に来たときにはこの風景はもう、無くなっているかもしれないわけで、今、残しておかなければ・・・と思った次第でした。
つまり、東京スカイツリーの時も申し上げましたが、一旦、出来上がってしまえば、いつでも見られるわけで、今しかない風景こそが尊いものだ・・・と。

これは、「地元民にとっては革命にも等しい出来事」と言われた博多駅土地区画整理を実際に経験した者だからこそ、痛感することですが・・・。
この点は、たびたび、申し上げてきたことですが、同区画整理が施行されたとき、私はちょうど、小学校に上がろうとするときでして、したがって、私の記憶は、幼稚園までは白黒下人参町、小学校からはカラー博多駅前となっております。
(その結果、プロフィールの所でも申し上げているように、私が物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」となったと・・・(笑)。)
で、私は今でも、当時の風景を良く夢に見るのですが、それは、まあ、所詮、夢のなかの風景ですから、実際にあった風景とは、やはり、まったく違う風景なんですけど、それでも、目覚めた後は無性に懐かしかったりするんですよ。
まあ、無論、世の中のすべての風景が一切、変わらないなどということはあるはずもないことでしょうが・・・。

で、私はこの区画整理という物について思うのですが、とかく、区画整理とはこれまでの街並みに無造作に線引きして、まったく違う街の区画に変えることが多いんですよね。
この点で、思うわけです。
何で、区画整理はそれまでの道や区画をすべて消し去って、まったく違う街を作ってしまうんだ・・・と。
たとえ、しょうもない道でも、道には道の成り立ち歴史があるんですよ。
それをすべて、葬り去ってしまって、隣にまったく別の道を作る・・・。
確かに、そちらの方が機能的ではあるのでしょうが、どうして、元からある道をできるだけ活かして線引きをしない・・・と。
枝道はまだ、仕方ないとしても、旧道というのは大事にしないといけませんよ。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-03-22 07:29 | Trackback | Comments(5)

成人式 やりたい人の 都合かな
親愛なるアッティクスへ

ここのところ、とにかく、一日を通して好天に恵まれたという記憶がない福岡県地方・・・。
運動不足は遂にピークに達し、一昨日の日曜の夜はウィスキーを数杯飲んだけれども、遂に一睡もできず、翌日も一日中、眠れなかったことから、さすがにこれはまずい・・・と思い、夕方から天気も小康状態となったところを狙って近所を散歩に出かけました。
で、ぶらぶらしていると、貸衣装屋(うちの近所は意外に貸衣装屋が多いのに初めて気づきました。)から若い男性が数人、湯上がりみたいな感じで出て来る・・・。
「着ぐるみのバイトか何かあったのかな?」・・・と思っていたのですが、後でよく考えてみたら、昨日は成人式ではないですか!
彼らは着物か何か借りてたんですね。

で、成人式と言えば良く、「荒れる」ということが言われるわけで、同様にそれを批判する大人の声も毎回、聞かれるようです。
(最近は随分、おとなしくなったみたいですけどね。)

e0027240_1844714.jpg

で、先日、私もある方から同様のことを聞かされたのですが、以下、そのときの会話を再現してみます。
知人:「彼らには成人する権利がないな」
私:「彼らも誰も成人式やってくれなんて言ってないんじゃないですか?結局、選挙権を持つことになった新成人の一票が欲しいだけの政治家の先生方がやりたいだけで・・・」
知人:「・・・」
私:「実際、私も自分の成人の時、そう思ってましたよ。『成人式させてくれなんて一言も言ってない』って」
知人:「いや、それは考えすぎだろう」
私:「だったら、そんなにマナーが悪い成人式なんて止めてしまえば良いのに何で止めないんですか?費用だってバカにならないのにまったく、そんな話にはならないじゃないですか」
知人:「・・・」

e0027240_1984469.jpg「成人式
 やりたい人の
  都合かな」
   梁庵平太


ちなみに、昭和30年代、うちの祖父の写真を見ると、下人参町自治会長だった関係からか、毎年のように成人式に参列していたようで、当時は公民館で新成人が10人弱くらいの至ってこぢんまりしたものだったようです。
まあ、その頃は一堂に会するような会場も無いでしょうし、あっても、今とは交通事情が格段に違いますから、そこへ行くまでが大変だったでしょうが・・・。

これでは議員先生方も一々、顔を売る・・・というわけにもいかなかったのでしょうね。
従って、確か、成人式に出ると、市長知事祝辞か何かがもらえたそうですが、これが当時はもの凄く魅力的な特典だったと聞いたことがあります。
まあ、その頃はまだ、ほんの少し前までは成人式ではなく徴兵検査だった時代ですからね(笑)。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-01-11 20:09 | 社会全般 | Trackback(1) | Comments(2)

続・「我が心の博多そして西鉄ライオンズ」と「恋文」比較
親愛なるアッティクスへ

以前、平太郎独白録 : 「エル・スール 我が心の博多そして西鉄ライオンズ」に号泣寸前という記事を寄稿させて頂きましたが覚えておられますでしょうか。
西鉄ライオンズ全盛の昭和30年代前半博多が舞台の演劇なのですが、普通、「博多」を描くときには、いわゆる山笠の舞台となるような「旧博多地区」と呼ばれる地域が舞台となることが多いのに、この作品は、光が当てられることは少ない今の博多駅前である当時の下人参町界隈が舞台となっており、それだけに最後の方で、博多駅移転土地区画整理が進む中、「皆、おらんごとなる(いなくなる)」と主人公が言ったときには、もう私は、あと少しで不覚にも嗚咽を漏らしてしまうところでした。

で、先日、たまたま、別件で検索していて、同作に対する、「娘を連れていかなくて正解だった。過去を美化する必要は無いと思うが、露骨な表現の連発は嫌悪しか残らなかった」という感想が目に止まりました。
確かに地域的に何の思い入れも無い方にとってはまったく仰るとおりで、事実、中には、猥雑な表現や人間関係、道徳的には決して賛美できないような人たち・・・なども出てきたので、私も終始、女性客の舞台への視線が気になっていました。
無論、これは良い悪いではなく、「ALWAYS三丁目の夕日」などに見られる郷愁娯楽映画との違いで、亡父曰く、「近所にはヒロポン中毒だらけ」・・・、先輩曰く、「同級生にはやらやらやらやらという世界・・・」
実際、私も、アル中くらいなら別に珍しくなかったですし、南北さんの関係でとんちゃん(ホルモン)には早くから目覚めましたからね。
その意味では、まさしく、当時の現実だったでしょう。

で、この点で言えば、昭和28年公開の映画で、大女優・田中絹代が初めて監督を務めた「恋文」という作品がありますよね。
この映画には、戦後の世相よろしく、進駐軍兵士の囲われ人、いわゆる「オンリーさん」と呼ばれる女性たちがたくさん出てくるのですが、この中で、田中絹代は自らチョイ役の年増の娼婦として出演しております。
で、オンリーさんに成り果ててしまったかつての恋人を想うあまり、やりきれない主人公から「君ももういい歳なんだから、少しは考えたらどうだい」などと説教されますが、さすがに大女優・・・、キレるでもなし、ヤケになるでもなし、泣き出すでもなし、鼻で嗤って平然を装いつつも、うっすらと目に涙を溜め、「この人、どうかしてるよ」と言って出て行く・・・という。

すべては、この田中絹代の少量の涙こそが、この人が歩んできた現実を雄弁に物語っているのでしょう。
私はこれはこれであって良いとは思いますが、一方で、敢えて、観客の反発を受けることを覚悟で「原色」のまま送り出した岡田潔というプロデューサーの「蛮勇」にも敬意を表したいと思います。
「恋文」の中には、「汝らの中で罪なき者、まず石を投げよ」というセリフが出てきますが、私のような罪深い人間にはとても、「もう少し綺麗な表現で・・・」とは言えませんね。
その意味では、私も、「お袋とは見に行こう」とは思いませんが、子供には、「自分たちだけで見てきなさい」と言うでしょう。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-07-23 12:24 | 文学芸術 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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