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上海万博寄稿文「中国人の中国人による中国人のための万博」
親愛なるアッティクスへ

本日も、何とか、起稿しなければ・・・と思うのですが、哀しいかな15分くらいしか時間がありません。
ということで、以前、上海万博に行ったときのことを、ある会報誌に寄稿しましたので、それでごまかしたいと思います。
以下。
===================================

去る六月、某視察団の末席に加わり上海へ行く機会を得た。
出発当日、上海空港に着き、携帯のスイッチを入れたところ、「鳩山首相、小沢幹事長と共に辞任」のニュースが飛び込んできた。その後、帰りの飛行機の中で新聞の見出しを見て次の首相が菅直人氏に決まったと知った。よくある話である。

上海万博は私にとって大阪万博以来40年ぶりの万博である。当時、9歳紅顔の美少年49歳厚顔の・・・となっていたことが時の移ろいを如実に表していたのだろうが、初恋の人はやはり想い出の中に留めておくべきであったのだろう。率直な第一印象を言わせて戴ければ、この40年での世の中の変わり様から考えれば「大してかわり映えしていないな・・・」と思えた。

e0027240_1272040.jpgやはり、我々の世代にとって大阪万博というものは、「日本の未来は永遠に明るい」と信じて止まなかった光り輝く少年の日の記憶であり、いうならば、40年ぶりに初恋の人に相見えることができるような、思い入れに似たものがあったのかもしれない。

その上で、今回の万博を私なりに一言で総括するならば、
「中国人の中国人による中国人のための万博」であると言って良いように思える。

e0027240_1292587.jpgそれを語る上で、私がまず感じたのは、会場内を見た限りでの「アジア系以外の来場者の少なさ」である。無論、私が行ったこの一日だけをして軽々に論じてはならないことは重々承知しているが、敢えて言わせて戴くなら、まず、見たところ95%がアジア系、そのうちおそらく90%中国人だったのではないだろうか。(白人、黒人はスタッフ以外、数えるくらいしか見かけなかった。)
次に思ったのが、場内アナウンスなど、中国語だけの物が少なくなかったこと。

場内放送について言えば、英語の放送がまったくなかったわけでもないし、あるいは、はっきりと中国人とわかった相手に呼びかける内容のものだったのかもしれないが、土産物屋でもレストランでも、事実上の世界公用語である英語が通じない店員が少なくなかったことは、最初から中国語を話す人だけが来ることを前提に企画されているのではないかという印象を持ったし、ましてやスペイン語、アラビア語、日本語、韓国語などは説明文すら皆無といって良い状態であり、この点は日本館でさえも例外ではなかった。これは、巨大な中国市場に対する自国技術の見本市という側面もあるのだろうが、万博が国際的なイベントであることを考えれば、やはり、少々、違和感を覚えざるを得なかっただろう。
そう考えると、この万博は外国人を呼び、外貨を稼ぐことが目的ではなく、中国人に「中国の発展と栄光」を見せ国内の不満を和らげる、平たく言うならば「中国国民への慰労」が目的なのではないかと思えるのである。

ただ、帰国後の新聞に、「開幕当初は入場者が低迷したことから、大阪万博を上回る七千万人の目標を達成するために団体客を動員しているとみられている」という報道が為されていたが、これは少し違うように感じる。つまり、中国当局にとって問題なのは「如何に七千万人を達成するか」ではなく、「如何に七千万人に抑えるか」であり、事実、入場券は当日券のみで事前販売は一切無しにしているということであったし、おそらく、「皆、入って良いよ」と言えば七千万人などという数字はすぐにクリアできるのではないだろうか。もっとも、そこで起きる混乱を度外視すれば・・・だが。
一方で、実際、小・中学生の見学はこの日だけでも多数、目にしたが、果たしてそれを「動員」と呼んで良いのかと言われれば、これまた少し違うようにも思う。(大阪万博だとて、私は毎日でも行きたかったし、近在の子供たちはおそらく行ける限り、何度でも行ったはずである。それを「動員」と言われれば違和感があっただろう。)
つまり、観客の動員は動員でも目的が違っており、すなわち、入場者数を確保することが目的ではなく、より多くの国民にこれを見せることが目的であると考えれば、この万博のまた違う一面が見えてくるのかもしれない。

最後に、翌最終日、上海の街に別れを告げ、一路、機上の人となったが、この日は天候が思わしくなかったこともあり、離陸後、しばらくして窓外に目をやると一面に雲海が敷き詰められた光景が広がっていた。私は思わず、大阪万博へ向かう為、初めて飛行機に乗り、初めて雲の上を目の当たりにした40年前の日のことを思い出した。
このときも、突然、目の前に拡がった雲景はこの世の物とは思えぬほどに神秘的で、わかってはいたものの、「ここは一体、どこなのか?」と思わず目を見張った。遠い昔の記憶である。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-08-06 17:54 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

中国人の中国人による中国人のための万博 その7
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

e0027240_13591072.jpgということで、「万博」に来ていながら、行ったのは日本館日本産業館だけ・・・という、これまた、「日本に住んでるんだから、別に行かなくていいジャン」みたいな結果に終わったわけですが・・・、ああ、北朝鮮館(←)にも行ってました。
ものの見事に綺麗に忘れていました。

ここだけは行列しなくても普通に入れましたからね(笑)。
と、そんなこんなで上海万博の一日は終わり、夜は更けていきました。

e0027240_13291387.jpg


e0027240_13365948.jpgで、翌日、上海の街に別れを告げ、一路、機上の人となったのですが、この日は天候が思わしくなかったこともあり、飛行機に乗り込むとすぐに雨・・・。
ところが、離陸後、しばらくして急に天気が良くなったので、ふと、窓外に目をやると、眼下には見渡す限り一面の雲海が・・・。

私は、思わずこれを見て、40年前、大阪万博会場へ向かう為、初めて飛行機に乗り、初めて雲の上を目の当たりにしたときのことを思い出しましたね。

e0027240_141818.jpgこのときも、雨雲を突き抜けると、突然、さきほどまでの薄暗い天気が嘘のように快晴になり、目の前に拡がった風景はまさに「天国」・・・というような感じでした。
わかってはいたものの、思わず「ここはどこ?」と親に聞いたことを覚えています。

ま、遠い昔の記憶です…。

e0027240_1342108.jpgちなみに、福岡空港に到着した時、後ろの座席の知らないおじさんが「もう一度行く話があっても、もう、2回も行かんでもいいな」と話している声が聞こえましたが、おそらく、私も含め、その飛行機に乗っていた人の大半に共通する率直な感想ではなかったでしょうか(笑)。

                                         平太独白
by heitaroh | 2010-06-12 08:26 | その他 | Trackback | Comments(2)

中国人の中国人による中国人のための万博 その5
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

本日は、上海万博の中で見かけた面白い(?)光景を幾つか紹介してみたいと思います。

e0027240_14125320.jpgまず、こちら(←)。
我々の間でも、「これは一体、何だ?」と少し話題になったのですが、万博会場のど真ん中に、似つかわしくない古びた建物が取り残されたようにひとつ・・・。

塀の上には乗り越え防止用にガラスの割れた物がずらっと埋め込まれており、協会事務所か何かか・・・と思えば、門前には看板も何もなく、門扉には鎖と南京錠、玄関の上にある窓(サッシではなく、ガラス窓でした。)のガラスには中から古新聞が貼ってありました。
おまけに、建物の目の前、敷地内には都市高速(?)の橋脚が鎮座ましましており・・・。
もしかして、最後まで立ち退きに抵抗した住民の家なのか・・・と(笑)。

ガイドさんは、「これは家ではない。こんな所に家なんてあるはずはない」と言ってましたが、「では何?」と言うと「・・・」と(笑)。

e0027240_1434242.jpg次がこれ(←)。
トイレなのですが、やたらと男性の所には「MALE」、女性の所には「FEMALE」と書いてあるんですよ。
で、同行の方に「これって、フランス語ですか?」と聞くと、「いえ、英語ですよ」と仰る・・・。
でも、私的には、「女性を表す英語表記はWOMANとかLADYSなどでは?」と思ったので、その旨尋ねたところ、「英語は英語なんですが、ただ、FEMALEというのは『雌』って意味なんですよ」・・・と。
私は無学ですが、私以外の同行者の方々はどなたも絵に描いたように優秀な方ばかりでしたので、仰ることに間違いはないのでしょうが、でも、いくら何でも女子トイレに「メス専用」なんて書くのは問題でしょ」・・・と(笑)。

すると曰く、「受注した看板会社が訳するときに、適当にネットなどの翻訳サイトで調べて、出てきたそれをそのまま直訳気味に看板にしたのでしょう。その証拠に、下の看板にはWOMANと書いてあるでしょ。一方で、隣の男性トイレの看板は上も下もMALE(つまり、オス)と書いてある。これはおそらく、WOMANだけ発注業者が違い、こちらは正解を書いたというということですよ」・・・と。
一理ある・・・と言えばあるのですが、でも、世界の万博でしょ・・・と(笑)。
やはり、こういう点も「中国人の中国人による中国人のための万博」なのでしょうか。

e0027240_1454746.jpg最後がこれ(←)。
ガイドさんに、「あの、白い反射鏡のような物はどういう意味があるんですか?」と尋ねたところ、、「倒れてるんです」・・・と。
「は?」というと、実にあっさりと、「日よけテントの一つが風で倒れたんですよ」・・・と(笑)。
思わず、これには噴き出しました。

普通、日本だと、倒れたら倒れたまま・・・なんてことはあり得ないですよね。
まあ、如何にもお国柄だな・・・と(笑)。

明日に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-06-10 07:35 | 時事問題 | Trackback | Comments(6)

中国人の中国人による中国人のための万博 その2
親愛なるアッティクスへ

先週の続きです。

e0027240_1120461.jpg我々が上海に到着して、携帯のスイッチを入れた途端・・・、鳩山首相辞任のニュースが飛び込んできました。
で、帰ってきたら、さんに決まってました(笑)。
よくある話です(笑)。

で、上海万博についてですが、会場内で今月13日に予定されていたSMAPのコンサートが中止になりましたよね。
先月30日にスマップに先立って開かれた韓国のアイドル公演で、先着順で配られた無料入場券に数千人のファンが殺到して負傷者が出て、武装警察が出動する騒ぎとなったことから、「安全の確保と一般入場者への配慮した結果」・・・なのだとか。

e0027240_11171419.jpgまあ、この騒動は入場券を無料にしたことが問題だと思いますけどね。

(←万博会場外で万博のマスコット「海宝」くんが倒れてました。何かの「暗示」だったのでしょうか。ちなみに、「本物」かどうかは定かではありませんが(笑)。)

e0027240_1144242.jpgただ、一方では、「急に客が増えたが、大阪万博を上回る7千万人目標達成のために動員しているのではないか?」という報道も為されてましたが、私は、これはそういう問題ではないように感じました。
事実、入場券は当日券のみで事前販売は一切無しだそうですしね。

e0027240_12192185.jpgつまり、「如何に7千万人を達成するか」ではなく、「如何に7千万人に抑えるか」が問題である・・・と。
実際、小・中学生の見学遠足は多々、目にしましたから、彼らを複数回行かせるだけで(それを動員という・・・?(笑)。)目標達成にはかなり貢献できるでしょう。

ただ、チケット自体は現地の人の一般的な収入からすると、やはり、結構、高額であることは事実のようで、その意味でのハードルはあるでしょうが、逆にいえば、そこら辺のさじ加減次第で、どうにでもなるのかな・・・とは思いますけどね。

明日に続く。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-06-07 08:05 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

中国人の中国人による中国人のための万博 その1
親愛なるアッティクスへ

e0027240_18138100.jpg先日もちらっと申しましたが、昨日まで、訳あって、上海に行っておりました。
が、本日はその反動で、超ぱにくっております。
意識朦朧としております。

で、当然、上海と言えば、上海万博です。
私にとっては大阪万博以来、40年ぶりの万博だったのですが、この40年での世の中の変わり様を考えれば、大して、かわり映えしないな・・・というのが正直な実感でした。
(←いわゆる、日本館です。)

ちなみに、何で私が行くことになったかというと、元々、私、行くつもりなんかまったくなかったんですよ。

あの、もの凄い、人混みを想像しただけで、げんなりしてしまい・・。
(実際、愛知万博だって行ってないわけですからね。)
それが、私の大変、敬愛する大先輩様が、ある、OO関係の経済視察団の一員として行くと言われ、「へぇ」などと言っていたら、「一緒に行かんね(≒おまえも来い)」と・・・(笑)。
「・・・え?」と思いましたが、「限定20名先着順」などと書いてありましたので、どうせ、今更申し込んでも無理だろうと思い、申し込んでみたところ、随分経ってから、「申し込み受け付けました」と来ました。
で、慌てて、先輩に「申し込めしまったみたいです」と報告したら、「あ、俺、キャンセルしたから」・・・と。
「・・・え?」・・・と。
つまり、その先輩がキャンセルされたところへ、私がポッとはめ込まれたようなものでなんのこっちゃ・・・ですよ(笑)。
(得てして、こういう時に飛行機は落ちるもので・・・(笑)。)

e0027240_18104233.jpg「あなたも今からキャンセルすればいいじゃない」などと軽く言われましたが、結局、考えた末に、独り、まったくの場違いな参加者として随行することになり、おかげで、万博に行ったとは言え、行ったのは、「日本館」「日本産業館(←)」だけ・・・と。

これまた、なんのこっちゃ・・・・と(笑)。

まあ、他も行こうと思えば行けたのですが、何とも知れぬパビリオンで1時間待ちの行列は当たり前、人気のサウジアラビア館台湾館、中国館などは6時間待ちなどと聞いたら、もう、とても入る気にはなりませんでした。

しかも、おまけにその行列はじっと待っていれば良いという行列ではなく、絶えず、割り込みとの戦いに神経をすり減らさなければならない行列なわけで・・・。

詳しいことはまた後日。

                                         平太独白
by heitaroh | 2010-06-05 18:58 | その他 | Trackback | Comments(0)

誕生日
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14552732.jpg今年は誕生日をここ(←)で迎えました。

四十年ぶり万博です。


e0027240_16361030.jpg


                                         平太独白
by heitaroh | 2010-06-03 14:55 | その他 | Trackback | Comments(4)

越後路顛末記 新潟編 その4
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

e0027240_10134333.jpg弥彦山に行く前、その麓にある怪奇スポットへ案内してもらいました。
正面にも、仏像らしき物が祀ってありますが、この後ろ、洞窟奥にも観音様か何か(?)がありました。
なぜか、新潟には、こういうものがよく似合う・・・・という気がしました・・・。

で、弥彦山よりの帰途、案内してくれた新潟人と話していると、「私は来週から中国に行くんですよ」と仰る。
「へー、どこに行くの?」と言うと、「廈門です」と。
廈門は、ちょうど、 平太郎独白録 : 中国、「客家の里」の建築形態、円形土楼への私的考察。に行ったときに私も行きましたので、「俺も行ったよ」という話になり、「福岡からだとどこで乗り換えました?」と、乗り換えの話になりました。

e0027240_10384971.jpg(←これが、そのときの円形土楼と脇の隣接建物との間の路地の風景です。下町育ちの私としては、こういう、路地には惹かれるものがありまして・・・(笑)。)

で、彼が、「廈門へは、新潟からだと、仁川乗り換えなんですが、福岡も仁川で乗り換えですか?」と聞くので、「確か、あのときは上海で乗り換えましたね」と答えたところ、その新潟人・・・、おもむろに、「上海って何領ですか?」と宣う・・・。
「は?」と私。
新潟人、続けて、「上海って、どこかの領土でしたよね」と。
「・・・・」

このあと、しばらく、私には彼が言っている言葉の意味が理解できませんで、しばらくして、初めて、「あなた・・・、まさか・・・、上海を知らないの?」と・・・。
「だって、行ったこと無いですから」という返事・・・・・・・。
いや、行ったことが無いとかそういう問題ではなくって・・・と(笑)。
「えーーーーー!!!!上海を知らない社会人がいるぅ・・・、ていうか、来週中国に行く人が上海を知らないぃぃぃーーー!」と驚愕させられました。
つまるところ、新潟人は大物だということを実感させられた旅でした(笑)。

(ちなみに、やつは今頃、中国に行っているか、帰ってきても、業務に追われて、これは見てないはずですから・・・と思って、ここまで書いたら、よく考えたら、新潟行ったの三週間前でしたね(笑)。ま、いっか。)

ちなみに、残る日本三大彦山のひとつ、雪彦山(せっぴこさん)は兵庫県姫路市にある山だそうで、どういうわけか、前日に、「次回は来年の今頃、神戸で」と決まっており、これも、「来年は雪彦山に登るようにと言うご神託だ」新潟人に言い聞かせ、弥彦神宮に誓って参りました(笑)。
よもや、神仏を恐れる新潟人は、神の誓いを破らないはずです。

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by heitaroh | 2007-11-01 08:07 | 地域 | Trackback | Comments(2)

熱烈的大上海紀行報告・其5
親愛なるアッティクスへ

続きです。

そんなこんなの今回の上海行でしたが、いくつか、私なりに思ったことを述べてみたいと思います。

まず、上海の街角には、通り(?)の名前を記したと思われる表示板が建っていたのですが、驚くべきはその名前でした。
「山東」とか「西安」「成都」などという文字が普通に付いて居るんですね。
日本で言えば、博多の道路の行き先表示板に、「↑ 札幌」、「← 新潟」などと書いてあるようなものじゃないですか。
おそらく、その道をまーーーっすぐ行けば、実際に、成都に着いたりするのでしょうが、上海=成都間たるや、その距離は半端な物じゃないと思いますよ。
なかなか、日本人の感覚では馴染めないような・・・(笑)。

e0027240_13114653.jpgでも、今、中国では、急速に高速道路充実が図られていると聞きましたが、その意味では、彼らにとっては、この、もの凄い距離というものは、やがて、解消される問題であり、気にする必要がないものかもしれません。

(あるいは、これが、今の中国の極端な格差社会解消一助となるかもしれません。この高速道路という物は、単に中国国内だけのことにとどまらず、東南アジア諸国などにも中国製品が出て行くことにも繋がっているようです。この点では、中国も、少しは、力による領土拡張よりは、経済拡大によって上がる利益の方が大きいということに目覚めてきたようにも思います。)

次に、今回、上海から帰国して、日本での日常の街頭風景を見ていて思ったことがあります。
日本に帰ってきて私が見た物・・・、それは、街頭で募金を募る人たちの姿でした。
私は元々、こういうものには、否定的な考えの持ち主なのですが、それを見ていて、ふと、思いました。
中国の街頭には、物乞いは居ても義援金や募金などを募る人の姿はなかったな・・・と。
(おまけに、その物乞いの人たちは、よく聞けば、共産主義社会が建前である以上、国家に扶養されているのだそうで、毎朝、バスでそこに連れてこられるとも聞きました。物乞いをして、もらった金の何割かを国家に納めなければならないのだそうですが、ただ、まともに申告する人などいないので、実際には、すべて、自分の取り分となるようですが・・・。)
私は、ここに、両国の明らかな差異を見たような気がしました。

で、それらを踏まえた上で、上海という街の印象です。
e0027240_12585140.jpg同行した他の人たちは、建ち並ぶ高層ビルなどを見て、「凄い」ということを言っておられた方もいらっしゃいましたが、私は、この点では、あまり、驚くことはなかったですね。
ビルや人間の多さという点では、大きな街なのでしょうが、都会としての成熟度でいえば、福岡レベルなのではないかと。

無論、人口は10倍くらい違うでしょうが、都市の成熟度を単に人口だけで測るならば、インドムンバイ(ボンベイ)の方がニューヨークよりも都会・・・ということになってしまいます。
その意味では、これが今の上海の現実だな・・・という印象を持ちました。

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by heitaroh | 2007-05-18 08:54 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

熱烈的大上海紀行報告・其4
親愛なるアッティクスへ

上海報告の続きです。

e0027240_12373520.jpg翌日は、午前中は自由行動でしたが、結果的に、ぶらぶらと散策しただけで、街のラーメン屋にて昼食をとっただけで終わりました。
(←そのときのラーメンがこれです。)
注文もながら、席を取るのが自由競争なので、大変でした(笑)。

で、何とか、席を確保して、受付みたいなところで、訳のわからないラーメンをそれぞれ、人数分頼むと、それぞれの内容にあった(と思われる?)スープだけが来ました。
具はまるで入ってないし、食べてみたけど、まるで味がしない・・・。
しばらくして、具が別の皿に盛られてきました。
つまり、は好きなように入れて食べろと・・・。
それでも、味が足りない・・・。
その分は、調味料は、後ろの棚から、各人が好きなように好きなだけ取れ・・・と。
確かに、XO醤みたいなものをたくさん入れたら、それなりに食べられました(笑)。

e0027240_12411998.jpgで、食事をすませ、再び、ホテルへ全員集合し、バスにて帰途へ。
一路・・・と書かなかったのは、バスは途中までで、そこから、リニアに乗って上海空港を目指したからです。
(←最高速度MAXが表示された瞬間。ちなみに、これも、視察の一環と言うことでした。)

で、あっという間に空港に着くと、ゲート前で、成田、関空、中部へ帰る人たちと別れ、福岡空港組だけでチェックイン。
免税店で時間を潰し、缶ビールなどをプッシュっとやりながら、待つこと2時間・・・。
再び、機中の人となり、1時間半後、福岡空港へ無事到着・・・。
他の人たちは、皆、これから、高速バスや車、新幹線などで帰らないといけないのでしょうが、私だけは近かったので、到着から15分後には家にいましたね(笑)。
何だか、少し、申し訳ないくらいでした・・・。
でも、 帰ってきて初めて、うちの家内は、私が海外に行っていたことを知ったみたいでした・・・・。
ここで、一句。

「父帰り 初めて気づく 父不在」  梁庵平太独白

ま、そういう扱いということで・・・(涙!)。

ということで、今回の上海行のあらましについて、ざーっと触れてきたわけですが、この旅で、私が感じたことについては、明日以降で改めて、述べさせて頂きたいと思います。
ただ、今回の訪中では、はもとより、もそれなりに、なかなかに、サプライズがあったのですが、なかなか、ここで触れるのはハバロフスク・・・じゃなかった、はばかられますので、まあ、差し障りがない範囲で書いてみますね(笑)。
おっと、墓穴を掘りましたでしょうか・・・。
は(!)清廉潔白ですけどね・・・。

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by heitaroh | 2007-05-17 08:32 | その他 | Trackback | Comments(4)

熱烈的大上海紀行報告・其3
親愛なるアッティクスへ

また、続きです。

翌日は、そんなこんなで、結構、二日酔い状態のまま、外灘地区歴史的建築物の視察へ。
ここは、以前、来たことがあったし、何より、以前、平太郎独白録 「ガウディの命日に思い出したスペイン視察報告」の中でも申し上げましたとおり、私は中世以前城郭建築などには大変、興味があるのですが、コンクリートという、極めて造形加工に制約が少ない素材の普及と言う点で、近代建築には否定的なまでに興味がなく、特に何かしら感じるところはありませんでしたね。
で、昼食後、上海から車で2時間くらい走ったところにある 「周庄」というところで、明時代からの古い建築物を見てきました。

e0027240_1011310.jpgここは、水郷と名が付くだけあって、まるで、近くにある蘇州を彷彿とさせるようなところでした。
まあ、日本で言えば、福岡県の柳川を彷彿とさせるようなところだったでしょうか。

ところが、とにかく、有数の観光地らしく、が多い多い・・・。

この空間の中に、やたらと詰め込まれた人人人人・・・。
おまけに、バスを下りてからも、歩く歩く・・・。
私としては、そんなに歩いたつもりもなかったのですが、帰りは、皆、人力車もどきに乗ろう・・・というので、それならば・・・と同乗させてもらったのですが、乗ってみて、改めて、「こんなに遠かったのか!」と実感しました。
おまけに、人力車もどきですから、登り坂になると、「下りてくれ」と(笑)。
歩いて坂を越え、下り坂になると、また、「乗れ」と。

e0027240_10103657.jpgで、坂を登る我々と人力車もどきの横を、黒塗りの高級乗用車クラクションをけたたましく鳴らしながら通り過ぎるその一方で、同じく、その横を、老婆リヤカーを懸命に引いている・・・。
何だか、今の中国を象徴しているかのような光景でしたね。

で、再び、バスに揺られて上海へ。
そのまま、夕食会場へ入り、上海なのに「北京ダック」を食べながらの解団式へと臨みました。

で、続きはまた、明日・・・ということで。

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by heitaroh | 2007-05-16 08:57 | その他 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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