タグ:上杉謙信 ( 8 ) タグの人気記事

新著「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」出版のご案内
このたび、またもや性懲りもなく、新著、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」を出版致しました。

e0027240_1517464.jpg

「増補版」とあるとおり、以前、一度出版した物を今般、文庫本化するに際し、大幅に書き足した物ですが、前作の5倍近いボリュームとなっておりますので、前作既読の方もまったくの別物としてお手にとって戴ければと思っております。

本書は、武田信玄で知られる武田家と、上杉謙信で知られる上杉家の葛藤を、両家の因縁を絡めて描いたものですが、従来、英雄とされてきた両者の生身の人間としての「有り得る姿」を描いており、あるいは、信玄びいき謙信びいきの方々にはお叱りを蒙るかもしれませんが、私としてはある意味、こちらの方が実態に近いのではないかと思っております。

以下に、アマゾンのアドレスの方を添付しておきますので、ご興味がお有りの方は、是非、お手にとって戴けますよう、よろしくお願い致します。

http://www.amazon.co.jp/dp/4286134849/ref=cm_cmu_pg_i

                                         平太独白
by heitaroh | 2013-05-03 07:11 | 私小説 | Trackback | Comments(27)

新著「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」予約販売のお知らせ
このたび、また、性懲りもなく、拙著新作「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」を出版することになりました。

e0027240_16252941.jpg

本作は英雄としての武田信玄上杉謙信とは違う、生身の姿と、それに振り回される後継者たちの葛藤を描いた物で、過去に一度、一部だけを抜粋して出版したことがありますが、ただ、当時は一部だけでしたので、どうしても容量の点で不評だったようで、私としても、常々、機会があればちゃんとした形に直したいという、忸怩たる思いを抱いておりました。
で、今回、話を頂いたので、前作の5倍くらいの容量にまで増量加筆することが出来、どうにか、多少なりとも満足行く形になったのではないかと思っております。
とはいえ、無論、紙数が増えれば良いという問題ではないとは重々わかっており、お眼鏡に叶う物になっているかどうかはわかりませんが、お手にとって見て戴ければ幸甚です。

ただ、本作は正確には、5月1日からの出版予定でして、現在はネットでの予約販売のみとなっております。
もし、お手に取って戴ける方がいらっしゃいましたら、上のタイトル欄をクリックして戴いても結構ですし、以下(↓)のアドレスからでも予約出来ますので、よろしくお願い致します。

http://www.amazon.co.jp/dp/4286134849/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1366169486&sr=1-1

http://boox.jp/afp/index.php?module=ecitemdtl&action=pdetail&it=BK&cd=4286134849&r=256

なお、陳列戴ける書店の一覧表が送って来ましたが、出版社も、基本、書店販売は考えていないのでしょう、今回は、かなり偏った配置になっており、近隣の書店での購入は「注文取り寄せ」という形になると思いますので、ネットから購入して戴くのが一番、確実なように思えます。
お手数をおかけいたしますが、よろしくお願い致します。

                                         平太独白
by heitaroh | 2013-04-28 16:53 | Trackback | Comments(2)

越後路紀行 上越嘉悦下越上悦 その6 青苧と御館
親愛なるアッティクスへ

前回の続きです。
本当は前回でこのシリーズも終わりのつもりだったのですが、画像が余ったので・・・ついでです(笑)。

e0027240_11324882.jpg
まず、こちらの植物ですが、何の変哲もないそこら辺の植物・・・ではなく、これこそが上杉謙信軍事力を経済面で支えたカラムシという植物です。

春日山城麓の埋蔵文化財センター前にありました。

e0027240_113633100.jpg
(↑春日山城通路です。)

軍事面ばかりが強調されがちな上杉謙信ですが、彼には意外にも財政家としての一面があり、彼は帝国陸軍の指導者などと違い、度重なる戦争を行うための財源を捻出することをきちんと考えてました。

e0027240_11395222.jpg
(↑春日山城中腹より見た麓の平野)

中越地方の特産品として知られていたカラムシから算出される「青苧」は京都などの権門勢家に珍重された衣類・越後上布の原料として、珍重されており、謙信はこれを専売化することにより、莫大な利益を上げており、それを持って軍事費の財源としたわけです。

e0027240_11435626.jpg
(↑春日山城裏。今では表になってますが。)


e0027240_1155262.jpg
んで、最後が電車マニアの写真・・・ではなく、謙信の死後、後継争いを巡って謙信の甥、上杉景勝と姪婿、上杉景虎との間で勃発した内乱、「御館の乱」の現場となった御館城があった場所より見た春日山城です。

つまり、両者とも、お互いの動きがすぐにわかるような距離で戦闘を繰り返していた・・・ということですね。
春日山城に籠った景勝はともかく、この御館に籠った景虎はどうしてこんな所に本拠を構えたんだ・・・と。
おそらくは、軍事的なものよりも、どうせ自分に味方してくれる者たちが多いに違いないという慢心があったように思えてなりません。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-08-08 07:24 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

越後路紀行 上越嘉悦下越上悦 その5 林泉寺
親愛なるアッティクスへ

先日の続きです。

e0027240_12113683.jpg

新潟県上越市にある春日山城・・・。

e0027240_12134146.jpg
(↑復元模型です。往時は樹木をすべて伐採してしまいますから、こんな感じです。遺跡保護の観点に立てば、樹木により遺跡が破壊されるのは困るのでしょうが、自然保護の観点から見れば元々が環境破壊なわけで・・・。難しいところです。)

e0027240_12191314.jpg

で、春日山城に別れを告げ、麓の林泉寺へ。

e0027240_12201677.jpg林泉寺は、越後国守護代・長尾氏の菩提寺であり、その後、謙信が長尾氏から上杉氏を継いだことにより、上杉家の菩提寺ともなった曹洞宗の寺院です。
天文5年(1536年)、当時、7歳の虎千代(のちの上杉謙信)はここに預けられ、六世住職・天室光育から学問を学んだとされています。
やがて、父、長尾為景の死と同時に呼び戻され、14歳で、元服。
景虎と称し、元亀元年(1570年)に剃髪、不識庵謙信と号した・・・と。

で、謙信は当初、ここに埋葬されたとは聞いていたのですが、私がむしろ、驚いたのは堀秀政の墓があったこと。

e0027240_12365633.jpg

織田信長門下で名うての戦上手として知られ、信長死後は豊臣秀吉傘下として手腕を発揮した人物で、小田原征伐後、徳川家康を牽制すべく会津に移封されるところであったが急死したので、代わって越後から上杉氏が移されることになった・・・と聞いております。
もし、彼が生きていれば、上杉家の会津転封もなかったし、蒲生氏郷なども出番がなかったと思われ・・。
今では、その子孫は上杉家と交代で越後に封じられ、ここにこうして墓がある・・・と。
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-08-07 07:26 | 地域 | Trackback | Comments(0)

ナイアガラの滝転落死に人は驚きながら死ぬを思う夏の終わり
e0027240_13123751.jpg先週の日曜に、日本人学生らしき人物がナイアガラの滝から落ちたらしいというニュースがテレビで流れましたよね。
結局、木曜日に遺体が見つかったとか・・・。
私はこの滝には行ったことはありませんが、この滝は川の水量も含めてもの凄いものがあるらしく、間近で見ると怖いくらいだ・・・とも聞きました。
であれば、柵から乗り出して撮影する危険には思い至らなかったのか・・・ということが思えてなりません。

ただ、それだけの滝だけに落ちた以上はそうなることは必然だったのでしょうが、本人もまさか、ここで死ぬとは思わなかったでしょうね。

「皆、びっくりしながら死んでいった」とは過酷な戦場体験をお持ちの老漫画家・水木しげる翁の言葉ですが、確かに、「死」なんてものは、「はい、今から死にますよ」といって訪れるものばかりとは限らないわけで・・・。
水木翁の場合も、無論、戦場にいるわけですから、誰も「死」というものを自分には関係ない遠い世界の出来事・・・とは思っていなかったでしょうが、それでも敵の弾に当たって死ぬのならともかく、食料を探しに行ってワニに食われたり、穴を掘っていて土に埋まって死んで行った兵士らもいたといいますから、そういう人たちは、「え?俺、こんなので死ぬの?うそ?え?」って感じだったんじゃないでしょうか。
上杉謙信も戦死した家臣に対し、「驚きながら死んで行くやつがあるか」と言って悼んだ・・・という話も聞いたことがありますから、やはり、「死」というものと隣り合わせの戦場であっても、そういうことがあるものなのでしょう。

となれば、ましてや、危険とは縁遠い平和な日常生活を営んでいる我々としては、突然、死というものに直面したとしても、なかなか、その現実を受け入れることは容易ではないことは想像に難くないことで、実はこの辺は、私にも経験があります。
恥ずかしながら、若い頃海で溺れて死にかけたときには本当に、そう思いましたね。
「え?まさか?俺、こんなことで死ぬの?まさか、え?」・・・って。
他にもまだありますが、多かれ少なかれ、そういうことは考えましたね。

e0027240_13403989.jpg

この方も「ここからロープで滝壺まで下りてくれ」と言われれば十二分に気を付けられたでしょうが、「ちょっと乗るだけなんだから」という安易な気持ちがあったのでしょう。
でも、私がそこに居て、その人を責められたかと言われれば、ちと、自信がありません。
親としては、「運」で済まされる話ではないでしょうが、その人と私とにどれだけの差があったのかと考えると・・・。
                                         平太独白
by heitaroh | 2011-08-28 07:57 | 思想哲学 | Trackback | Comments(0)

一見の価値あり「日本のマチュピチュ」上州金山城 中編
親愛なるアッティクスへ

e0027240_19152962.jpg「もののふの
 気を塗りこめし
   梅雨の城」
     梁庵平太


昨日の続きです。
本当は日曜は書かない主義だったのですが、なにせ今、平日は思うように時間が取れない生活が続いており、UP出来る時にやっておかねば・・・と。

私が「日本のマチュピチュ」と申し上げた上州金山城ですが、、突如、山中に出現する石垣群にはとにかく、幽玄にして荘厳・・・、間違いなく、誰かがそこに居た・・・と感じさせるものがあり・・・。


e0027240_19201461.jpg名匠・黒澤 明監督が生きていたら、是非、映画のセットに使いたい・・・と言うんじゃないかと思いましたよ。
その意味では、佐賀名護屋城(名古屋城じゃないですよ)に通じるものがあるでしょうか。
まあ、あちらは海沿いですから、ちゃんと観光地として開けており、その意味では、こういうマチュピチュみたいな秘境的雰囲気はありませんが・・・。
もっとも、黒澤監督は名護屋城で撮影をやったときには、本当に城を作って燃やそうとしたそうですから、それも歓迎できる話ではないでしょうが(笑)。


e0027240_1919268.jpg


ただ、それほどの城でありながら、どうしてこれまで無名だったかというと、やはり、そこに関わった人の知名度の低さがあるのでしょう。
つまり、ハードは素晴らしいがソフトがそれを活かして切れていない・・・と。
これが、鉢形城川越城などのように小田原北条氏の要地として、それなりの武将が居城としていたということでもあればともかく、上杉謙信の攻撃を退けるなど、関東七名城の一つとされる・・・にも関わらず、ここを居城としたに由良氏は恥ずかしながら、私も知らなかった次第でして・・・。

もう一回補足的な意味を込めて続きます。
                 平太独白
by heitaroh | 2011-06-26 20:12 | 歴史 | Trackback | Comments(4)

今年一年を顧みる四十代最後の年末ご挨拶
親愛なるアッティクスへ

e0027240_10545882.jpg

今年もついに暮れようとしておりますが、皆様、恙なくお過ごしでしょうか。
今年一年間、どなたさまにも大変お世話になりました。

私の今年一年を漢字で表すとなると・・・、やはり、「忙」だったでしょうか。
とにかく、今年一年、何だかんだと忙しかったですね。
4月5月は、6月頭からの上海万博の前に抱えていた仕事を全部終わらせようと、連日連夜の不眠不休でしたし、10月11月はまた、プチ引っ越しのため、これまた寸暇を惜しむ状態・・・。
でもって、その合間を縫って、一年に三回も死にかけるし、自著「黒田家三代」出版と、既著「傾国の烙印」を復刻(1/20出版予定)するための校正などに追われ、とにかく、忙しかったですね。

e0027240_12364796.jpgちなみに、その忙しさは昨日まで続いており、「何で、12月も30日なのにこんなに時間に追われてるのー!」と・・・。
ちなみに、今日はそうならないように祈っておりますが、なぜか、今もしっかり職場に居たりします(笑)。

で、こちら(←)が今年一年の起稿数一覧ですが(通算1,500本安打射程圏内に入ってきました♪)、そうは言っても、まあ、何だかんだ7月までは内容はともかくとして、ある程度の数はこなしていたことが伺えるものの、その一方で、8月は8/1の車が大破した交通事故とその余波、10月11月のプチ引っ越しは本当に寸暇すらない状態だったことがおわかり頂けるでしょうか。
(その意味では、昨年7月の9本というのは如何に凄い状態だったかがおわかり頂けるでしょうか。)

で、来年は私もいよいよ、五十大台に乗ります。
織田信長「人間五十年~♪」と謡い、上杉謙信「四十九年一睡の夢」と詠んだ年を超えようとしているわけで、孔子先生が「四十ニシテ惑ワズ、五十ニシテ天命ヲ知ル」と言われたことを思えば、それにはほど遠い我が身の現状があるわけで・・・。
とまあ、我が身の愚鈍は何ともお恥ずかしい限りですが、これに懲りることなく、来年もまた、宜しくお願い致します。
                                         平太敬白
by heitaroh | 2010-12-31 07:44 | その他 | Trackback | Comments(2)

風林火山にみる歴史ドラマの年齢設定に対する違和感
親愛なるアッティクスへ

先日も触れた大河ドラマ「風林火山」ですが、先日、ついに、武田信玄のライバルと言われるGackt扮するところの上杉謙信が出てきましたよね。
まあ、評価自体は、もう少し、見てみないと何とも言えないのでしょうが、私には、何だか、ゲームのキャラのようにしか見えませんでした(笑)。
で、まあ、それはさておき、私が、いつも、こういうドラマを見ていて思うことがあります。
それが登場人物の年齢です。
昨年の大河ドラマ、「巧妙が辻」(あまりに、くだらなさすぎて見てませんでしたが。)でも、織田信長を演じた館ひろしさんは、すでに信長が死んだときの年齢を超えていたんですよね。
であれば、いくら、人間の老化が早かった時代とはいえ、それで、信長の十代、二十代を演じるのは少し、厚かましすぎるような気が・・・(笑)。

でもって、本題に戻ると、この武田信玄と上杉謙信ですが、二人の年齢差は、実は14歳もあるんですよ。
(無論、信玄が年長です。)
まあ、政治的ライバルというものは、スポーツと違うわけで、単に、年齢だけで区切れるものでもないでしょうが、少なくとも、謙信(信長もまた然り)の方はともかく、信玄には彼らに対するライバル意識などはなかったのではないでしょうか。
(その意味では、こと年齢という点で言えば、信玄が一番、ライバル視していたのは、むしろ、6歳年長北条氏康であり、謙信がライバル視したのは4歳年下織田信長ではなかったかと。)

二人を好敵手としているのは、ひとえに、川中島で行われた「竜虎相打つ」名勝負ゆえのことでしょうが、そもそも、この名勝負自体が怪しいもので、まず、発掘された物証がヒジョーに乏しいと言われています。
次に、この戦いを描いたのは、山本勘助を一躍、スターダムに押し上げた「甲陽軍鑑」と呼ばれる資料だけなのですが、これも、資料的には如何なものか・・・と言われているということです。
小競り合いくらいはあったのかもしれませんが、あそこまで、絵に描いたような(まさしく、絵に描いたような!)名勝負が行われたというのは、イマイチ、信じがたいところがあるような・・・と。

で、話を元に戻しますと、こういう、ドラマを描くときは、もう少し、実年齢という物を考慮してもいいのではと思うんです。
今回の大河ドラマでも、おそらく、ガックン(Gackt)の方が市川亀治郎くん(?(笑)。)より、それこそ、10歳くらい年長じゃないですか?
(ガックンが年齢不詳なのでわかりませんけどね。)
以前の大河ドラマ、「武田信玄」でも、信玄役の中井貴一さんに対して、謙信役の柴田恭兵さんが10歳の年長でした。
時々の人気俳優を使わざるを得ないという台所事情はわかるのですが、せめて、映画、「風林火山」のように、萬屋錦之介の信玄に対し、謙信の石原裕次郎2歳の年若・・・という程度で抑えておいてもらわないと・・・(笑)。

よろしければ、クリックお願いします。→ 人気blogランキング
by heitaroh | 2007-06-21 08:36 | 歴史 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
> sakanoueno..
by heitaroh at 18:12
光を当てられていない人に..
by sakanoueno-kumo at 15:14
>sakanoueno..
by heitaroh at 11:09
あけましておめでとうござ..
by sakanoueno-kumo at 15:22
>Mさん  そうだ..
by heitaroh at 20:52
壊れた時計が動く理由もネ..
by M at 20:38
> sakanoueno..
by heitaroh at 12:35
なるほど。 先日の疑問..
by sakanoueno-kumo at 22:50
>sakanoueno..
by heitaroh at 10:05
キリのいい年となると、あ..
by sakanoueno-kumo at 19:28
>細田さん すみま..
by heitaroh at 10:36
すいませんが、色々とお聞..
by 細田 at 21:04
>sakanoueno..
by heitaroh at 18:09
私も島原城は行ったことが..
by heitaroh at 17:58
結局のところ、陛下ご自身..
by sakanoueno-kumo at 21:09
検索
タグ
(64)
(54)
(54)
(51)
(50)
(46)
(42)
(41)
(41)
(36)
(32)
(31)
(30)
(30)
(29)
(28)
(26)
(26)
(25)
(25)
(24)
(24)
(24)
(24)
(23)
(23)
(21)
(21)
(21)
(20)
(19)
(19)
(19)
(18)
(18)
(18)
(17)
(16)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(15)
(15)
(14)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
カテゴリ
以前の記事
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
最新のトラックバック
八犬傳(上・下)
from 天竺堂の本棚
2016年NHK大河ドラ..
from <徳島早苗の間>
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
時~は2015年♪。
from <徳島早苗の間>
お気に入りブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧