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森繁久弥逝去に見る名優の定義と国は違っても・・・の理
親愛なるアッティクスへ

e0027240_2024425.jpg過日、大往生なさいました森繁久弥御大・・・ですが、(大正2年生まれの96歳だったとか・・・、改めて、合掌。)私は、この人は、三船敏郎さんなどと同様、「名優」と呼ぶに本当に相応しい人だった・・・と思っております。
(←本日の福岡県地方は結構な。少し場違いな画像ですが、以前、何かで森繁さんが、「を見て、『あぁ美しいなぁ』・・・ということを思える人生を送らないといけないんだよ、きみぃ」と言っておられたと耳にしましたので。)

それは、この人が千差万別多種多様、市井の人から英雄偉人まで、コミカルな役から重々しい役まで幅広く演じきったからです。

その意味で、やはり、役者とはこうあるべきだと・・・。
以前、テレビで「日本人が選ぶ名優ナンバーワン」などというのをやっており、三船敏郎、勝 新太郎、高倉 健、森繁久弥・・・という人たちの中から誰かを選ぶ・・・というものでしたが、選ばれたのは高倉 健さん・・・でした。
これは高校生なども投票に参加したから・・・だそうですが、高倉さんは、私は同郷ながら、正直言って、あまり評価しておりません。
それは、彼が自分に合う役・・・、できる役しかやってこなかったからです。
イメージを大切にした・・・ともいう言い方もできるのでしょうが、やはり、役者は「この役」と言われたら、どんな役でも、それを見事にこなしてこそ、役者なんじゃないかというのが私の役者観なわけです。
(三船さんでも、黒澤 明監督作品だけでも、「七人の侍」菊千代道化を演じ、「隠し砦の三悪人」では重厚な武人を・・・、はたまた、「酔いどれ天使」では抜き身の刀のようなやくざ者、そして、「野良犬」では実直を絵に描いたような責任感の強い刑事・・・と、これでもかというくらい、まるで違うキャラクターを見事に演じきっていましたよね。)

また、この方は、博多の中洲でも色々、勇名を馳せた人のようで、私も先達から何度かその手の話を聞かされましたが、その一方で、私には、この人が言っていた話の中で大変、印象に残る話があります。
戦時中、NHKアナウンサーとして満州に渡っていた時代、先に満州に渡っていた孫に呼ばれて、一人の老人が渡満してきたとか。
で、森繁さん一行がたまたま、孫が居るという所まで案内することになったが、途中で日が暮れたので、どこか旅館へ泊まろうとしたところ、その老人は「私は百姓だから百姓の家が良い」と言い張って聞かない・・・。
やむなく、一軒の農家へ泊めてくれるべく交渉し、その家に泊めてもらえることになり、老人を連れて家に入ったところ、老人は突然、土間に額をこすりつけて、「孫がお国に大変お世話になっております!」と声を張り上げて言ったとか。
その家の主は、近所でも有名な偏屈な老人だったそうですが、どういうわけか、とても快くもてなしてくれた・・・と、目に涙を浮かべながら語っておられました。
別に、森繁さん自身はその場に居ただけなのに。
この辺はその後の経験なども含めた、本人しかわからないことなのかもしれませんが、それでも先ほどの月の話然りのような一面を持っておられたということなのだろうと思います。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-11-11 20:21 | 文学芸術 | Trackback | Comments(6)

GW休養日に風林火山とトスカーナの休日を見る
親愛なるアッティクスへ

e0027240_17363595.jpg今年は久々に、「博多どんたく港まつり」へ行って参りました。
正直、どんたくは毎年、もの凄い人出を記録しますが、地元では、皆、山笠はともかく、どんたくは何が面白いのかわからない・・・と言っており、私も殆ど、行ったことがありません。
ただ、最終日の夕方だけは「総踊り」と言って少しは楽しめるものなので、我が家のガキを一匹連れて行ってきました。


e0027240_17305368.jpg←どんたく名物、「花自動車」です。
私が子供の頃は、市内電車に飾り付けた「花電車」でした。
当時は、現在の物から比べれば、飾りも実に簡素な物だったそうですが、それでも他にこういうのがなかったこともあり、えらく綺麗に見えましたね。

e0027240_18232926.jpg(←記憶にあるイメージはこんな感じだったんですが。)
ついでに言えば、地元には、「どんたくに雨は付きもの」という言葉もあるように、不思議と、この時期、博多では雨が降ります。
それが、今年は、ギリギリ、どんたくの間は雨が降らず、翌日のこどもの日が雨になりました。

で、ちょうど、この数日の過労からか、少し、風邪気味でしたので、この日は自宅休養とし、終日、家で映画を見て過ごしました。
で、見たのが、映画、「風林火山」「トスカーナの休日」・・・。
共に、一度、見たことがある映画だったのですが、風林火山の方は昔見て、えらく感動したので、再度、見てみようという気になったのですが、一方で、トスカーナの休日の方は見た記憶はまったくありませんでした。
見てたら、「あれ?これ、以前、見たぞ・・・」と(笑)。

で、風林火山ですが、言うまでもなく、主演は「世界のミフネ」こと、三船敏郎さんですが、この作品は昭和44年公開ですから、当時、三船さんは49才
つまり、収録時点では、今の私とあまり変わらない年齢だったのでしょうが、やっぱり、その存在感、重量感は私などと比べようもないものがあり・・・。
とにかく、そこに居るだけで、無言の説得力がある。
中でも、武田家に仕官してまもなく、攻め込んだ諏訪家和平交渉に赴くシーンがあったのですが、これは言うならば、中途採用された三船部長がトラブルが発生した取引先を訪ねるようなもので、もし、私が随伴したならば、軽輩として、相手方経営陣の中で、貫禄負けすることのない、三船部長の大人の交渉劇を目の当たりにしたでしょう。
今の我が身を振り返って見れば、とてもではないですが軽いですね。

ちなみに、トスカーナの休日の方は、そもそも、何で、これを見ようと思ったのかも定かではないのですが、この主演のおばちゃん、誰かな・・・と思っていたら、私が若い頃のハリウッド・アイドル、ダイアン・レインちゃんでしたね(笑)。
この人も、あまり見なくなっていたのですが、それなりに、年輪を重ねた良い女になっていましたよ。

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by heitaroh | 2008-05-09 17:24 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

30年の時を隔ててみる映画「羅生門」の巧み
親愛なるアッティクスへ

先般より、黒澤 明監督作品のリメイクということにちなみ、「椿三十郎」「隠し砦の三悪人」について触れ、先日は、同じく、「野良犬」について触れましたので、今回は、黒澤監督の出世作、「羅生門」について述べてみたいと思います。
(ちなみに、「天国と地獄」「生きる」「七人の侍」などについては、以前、述べさせて頂いております。)

で、その「羅生門」ですが、私がこの映画を初めてみたのは中学生だったかと記憶しています。
当時、同じ黒澤作品でも「七人の侍」などには愕然とするほどの衝撃を受けましたが、この、「羅生門」の方には、これが黒澤の出世作だとは聞いていたものの、どちらかというと物足りなさを感じました。
ところが、最近、自分が年を取ってきて改めてこの映画を見たところ、当時とはまるで別の作品であるかのように見違えるほどに素晴らしかったのです。

で、改めてみたこの映画ですが、私としては、実は、見る前に、「待てよ、よく考えてみればあの場面どう表現していたのか?」と気になった場面が二つありました。
ひとつは、三船敏郎演ずるが目覚めるシーン。

e0027240_21214424.jpg夫婦が通ったときに、路傍で居眠りをしていた賊が、たまたま、吹いてきた「風」で目覚める・・・というのは覚えていたのですが、黒澤監督はこの「風」という目に見えない物を、一体、どうやって表現していたのだろうかと・・・思ったわけです。

当時は、何気に見過ごしていたシーンでしたが、黒澤監督は、それを三船の顔にかかった「木の葉の影」が揺れると言うことで表現したという、これはまさに見事というほかなかったですね。
もっとも、実際にはなかなかそういう映像にならなかったそうで、それはそれで、照明さんなどは大変だったようですが・・・。

もう一つが、「賊」「女」「夫」・・・、三者がそれぞれに自分に都合の良い供述を繰り広げるわけですが、ここで、「賊」と「女」はともかく、賊によって殺された「夫」の供述は、どうやって表現したのだったろうか?ということでした。
死人に口なし・・・だからです。
その答えは、「死人の供述を取り上げるのに霊能力者を使う」という、現代から見れば奇想天外なもので、この発想にも舌を巻きました。
普通であれば、ここは夫も死なずに証言出来る程度の重傷くらいで止めるか、もしくは証言自体を削り、証言出来ない無念を表現するか・・・で処理したのではないでしょうか。
もっとも、こちらは原作の芥川龍之介という人物の並々ならぬ手腕であったと言えるでしょうが・・・。

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by heitaroh | 2008-01-28 00:15 | 文学芸術 | Trackback(2) | Comments(2)

映画「野良犬」にみる「実直っていいもんだよな」の論理
親愛なるアッティクスへ

e0027240_14203386.jpg先日、今、封切り中の映画「椿三十郎」に続き、同じく、黒澤 明監督作品の「隠し砦の三悪人」リメイクされる・・・という話について、その是非について述べましたが、覚えておられますでしょうか?

(←付近の川で見かけた風景です。)

で、そのリメイクの是非はさておくとして、通常、黒澤作品を語る上で、ある人は、「生きる」「七人の侍」は別格と言い、またある人は「羅生門」と「七人の侍」は別格と言われる・・・。
まあ、異論はあるようですが、いずれにしても、誰もが「七人の侍」は別格・・・ということでは一致しているようですね。
この点は、私にも、まったく異論がないところで、同作については、以前書いておりますので、よろしければ、こちらをご覧ください。
        ↓
平太郎独白録 : 黒澤明の最高傑作「七人の侍」
平太郎独白録 : 黒澤明の最高傑作「七人の侍」 続編

で、「七人の侍」を一人横綱とすると、世間の評価は関脇クラスに当たるのでしょうが、私的には、大関を張ってもおかしくない・・・と思う作品が、時代劇での「隠し砦の三悪人」と現代劇での「野良犬」です。
無論、時代劇での「椿三十郎」「用心棒」、現代劇での、「生きる」や「天国と地獄」などの名作がこれらより劣る・・・ということでは決してないのですが、私の評価と世間一般の評価とが、必ずしも、一致しない一例ということでしょうか。

ちなみに、以下は、アマゾンでのDVD・「野良犬」に寄せた私のレビューです。

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黒澤作品の中では、どちらかというと、マイナーな方に属する作品だろうが、私の中では現代劇では、「生きる」や「天国と地獄」などと並んで、大変印象に残っている作品である。
この作品をそれほどに際だたせているもの・・・、それはひとえに、主演の三船敏郎演ずる刑事の一途なまでの実直さであろう。
特に、時代は、戦後という、実直というものの存在自体、許せないほどに荒廃した世相であり、それだけに、その時代の中で、敢えて、融通が利かないほどに実直であり続ける若き三船の姿は強く印象に残った。

見終えて、こう呟いたのを覚えている。
「実直っていいもんだよな」と。

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by heitaroh | 2008-01-23 08:09 | 文学芸術 | Trackback | Comments(4)

織田裕二の誕生日に思う人間五十年の時代の「椿三十郎」
親愛なるアッティクスへ

先般、私の周りで、映画・「椿三十郎」を見たという人の話を耳にしました。
でもって、皆、口をそろえて言うのが、「織田裕二は気の毒だ」と。
「本作を知らない人たちが見る分には、ストーリー自体がしっかりしているため、十分に楽しめるのかもしれないが、黒澤 明監督の「椿三十郎」を見た者からすれば、改めて、三船敏郎という男の凄さを見せつけられただけに終わる」・・・と。
まあ、想像はしてましたが・・・。

かつて、後白河法皇は、源 頼朝義経の兄弟を評して、吹き手も良いがも良い」と言ったという話がありますが、黒澤 明と三船敏郎の関係にも同じ事が言えるのでしょうね。
二人の関係は、よく、ジョン・フォードジョン・ウェインの関係と比されますが、確かにこれらのケースに限って言えば、「吹き手」の底知れぬ技量の高さもながら、「笛」の方も、吹き手を凌駕せんばかりに素晴らしいものであったように思えます。

で、劇中、ミフネの椿三十郎は、「名前は?」と尋ねられ、庭の満開の椿の花を見て、「私の名前ですか。・・・つばき、椿三十郎。いや、もうそろそろ四十郎ですが」と言って、煙に巻くシーンがありました。
つまり、このとき、ミフネが演じた浪人の年齢は、四十前だったということですよね。
でもって、織田裕二くんは、昭和42年の12月13日・・・、つまり、明日が誕生日なわけですから、まあ、収録中は紛れもなく、「もうすぐ四十郎」だったということになります。
ただ、どうにも、違和感があるのが、織田君は血気盛んな若侍たちを訓導するほどの年輪が感じられないんですよ。
どちらかというと、一緒に指導される・・・みたいな。

でもって、前作公開当時のミフネの年齢を調べてみると40才で、ほぼ、今の織田君と同年齢であったわけですが、一方のミフネのそれは、同じ40才でも、見事なまでの重厚感が漂っているわけで・・・。
この点は、平太郎独白録 : 大河ドラマと映画の相違にみる風林火山の時代性 その2でも述べたように、今年の大河ドラマ「風林火山」とミフネが主演した映画「風林火山」との対比でもそうですが、如何に現代の名優が演じてみたところで、あの存在感は出せないんですね。
ミフネの椿三十郎も、そこに現れるまでには、幾重にも重なった地層のような人生を経てきたことが容易に想像されるわけで・・・。

思えば、西鉄ライオンズの監督で、智将と呼ばれた三原 脩翁が、巨人を追われ、西鉄の監督になったときが、ちょうど、40歳だったとか・・・。
ただ、当時を知る人によると、今の40歳などとは違い、すでに百戦錬磨老練な・・・、まるで、お爺さんを思わせるような風格をもった指揮官だったいいます。
思えば、三原翁にしても、ミフネにしても、人間五十年の時代を生きてきた人であり、太平洋戦争という修羅の体験を経てきた後の40才だったわけで・・・。
この点では、私も含め、今の40才はまだまだ、ボーヤですよ。
                           平太独白
by heitaroh | 2007-12-12 07:59 | 文学芸術 | Trackback | Comments(8)

大河ドラマと映画の相違にみる風林火山の時代性 その2
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

まず、大河ドラマの方では、山本勘助は必ずしも、武田家では歓迎されてませんよね。
むしろ、迫害されている・・・と。
これは、私自身も、昔居た会社で似たような経験があります。
「よそ者」、「新参者」ということもながら、それ以前に、他社で実績があった社員が、入社後、著しい営業成績を挙げることは、これまでの社員たちにとっては、自分たちの「無能」さをあげつらわれているようなものであり、それでなくとも面白くないのに、さらに、このまま、新参者たちが認められ続けていくと、これまで、喫茶店でさぼったり、営業に行くと見せかけてパチンコに行ったり・・・などと、いいようにやってきた自分たちの「既得権益」が犯されることにもなるわけで、その意味では、歓迎されないのは、まったくもっても、当然だと思うんですよ。
彼らとしては、「ほらね、社長、やっぱり彼らではダメだったでしょう!?」ということにならないと困るわけで・・・。

ところが、映画「風林火山」の方の山本勘助は、まあ、歓迎はされないまでも、それでも、割ととんとん拍子で実績を示すことができ、認められて、武田家の重鎮となっていくわけですね。
驚くべきは、そうなっていくことに何の違和感も持たないのです。
でも実際には、上述のように、こんなに順調に溶け込めるというのもあり得ない話なのですが、見ている最中には、それを感じないんですよ。
そういう、うまく行くことに、何の違和感も持たせない妙な説得力がこの映画にはありました。
で、それはなぜか・・・ということについて、少し考えてみたのですが、ひとつには、まあ、時代も高度成長期の、やることなすことうまく行った時代の作品・・・という時代背景もあるのでしょうが、それ以上に感じるのが、役者の重み・・・でした。

主演の山本勘助を演じたのは、日本を代表する大俳優・三船敏郎であり、その有無を言わせぬ一挙手一投足の重みは、不思議な説得力を持っていた・・・ということでしょうか。
(主役の三船敏郎の最期のシーンは、今見ても感涙にむせびますし・・・(笑)。)
さらに、中村錦之介扮(萬屋錦之助)する武田信玄の存在感もなかなかのものでしたし・・・。
特に、私が印象に残ったのは、セリフは一切無い、ゲスト出演的な感さえあった石原裕次郞上杉謙信は印象深かったですねぇ。
川を挟んで、武田軍が上杉謙信と対峙したシーンがあったんですが、馬を駆って行軍中に川向こうの武田方を睨むその男臭さに、思わず、「本当の上杉謙信という人は、こういう人だったんだろうな」と思ったほどでした。
(果たして、ガックンの上杉謙信がどういう味を見せるのか、ゲームキャラか、マンガ、「花の慶次」の登場人物にしか見えないんで、首を傾げながら見てます(笑)。)

翻って、大河ドラマを見たときに、主演の内野聖陽さんも、決して悪くはないのですが、やはり、重みという点では、やはり、あの時点で、「世界のミフネ」と呼ばれていた重量感という点では比べようもなく・・・。
ただ、その重みの無さが本当なのであり、おそらく、実際に山本勘助という人物がいたとしたならば、本人も、その軽さ故の悲哀を味わっていたであろうと思えることから、大河の方は、敢えて、重さを出さない演出を心がけているのかもしれませんね。
(内野サン自身も、大御所歌舞伎界の御曹司の中で似たような悲哀を味わってたりして・・・(笑)。何でおまえが主役なんだ・・・と。実際、昔、歌手の久保田利伸さんが夜のヒットスタジオの曲紹介場面でトリを務めたら、テレビに映ってないところで、某大物演歌歌手から蹴られたといいます。「何でおまえがトリなんだ・・・」と。)

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by heitaroh | 2007-06-19 08:38 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

巨匠・黒澤明監督の「天国と地獄」の不可解
親愛なるアッティクスへ

私は、初めて「七人の侍」をみたとき、「黒澤 明というひとは、この時代に生まれていたのではないだろうか?」と思った。
それもあって、DVD化が始まるとすぐに、かねてより感銘を受けていた黒澤作品のうちから「七人の侍」、「生きる」、「隠し砦の三悪人」、「用心棒」、「椿三十郎」、「天国と地獄」、「野良犬」・・・だけは買い求めた。
これらは、後年まで、子供たちに語り継ぐ意味でも手元に置いておきたいと思っていたこともあったからである。
ただ、その中で、一点だけ、まさしく、「画竜点睛を欠く・・・」ような作品がある。
それが、「天国と地獄」である。

今更改めて言うまでもなく、黒沢作品の中でも、現代劇の中では「生きる」と並んで逸品中の逸品であることは疑問の余地のないところだろう。
特に、あの時代は「皆が貧しかった」時代から、徐々に「格差」が生じようとしていた時代の走りであったといえ、それは衣類食品などよりも、むしろ住宅建材の優劣にこそ如実に表れていたように思える。
三船敏郎演ずる「被害者」が住まう高台の白亜の豪邸と、山崎 努演じる「犯人」が暮らすドヤ街のトタン張りの安アパート・・・。
私自身、夏の暑い日にトタン屋根の下で暮らすという、その過酷さは身を以て知っている。
当時は雨露が凌げれば、それが「家」ではなかったか。
この辺の劣悪な環境の描き方こそ、黒澤の面目躍如であったろうか。

ただ、ラストシーンの、逮捕された犯人との面会を終えた三船敏郎が留置場の長い廊下を足音だけを響かせて去っていく場面だけは、どうにも物足りなさ・・・が残った。
犯人のやり場のない怒りに対して、自分の方の事情を何も言おうとしないまま、突如、会見を打ち切られた三船・・・。
そのまま、ただただ無言で去っていくのは、巨匠・黒澤にしては、少々、無策ではなかったか。

本来、このシーンでは、去りゆく三船が長い廊下の途中で足を止めて後ろを振り返り、「高いところばかりが天国とは限らんよ」と一言、呟いて、再び去っていく・・・という設定があったそうだが、だとすれば、すべてが納得できる。
逆に言えば、このシーンが無ければ、せっかくの名作が画竜点睛を欠くということになるように感じるのである。
この点だけは、それまでの出来が素晴らしすぎるがゆえに残念でならない。
まったくもって、なぜ、完全主義者の黒澤が、このシーンをカットしたのかは大いに疑問なところである。
                          平太独白
by heitaroh | 2007-06-07 08:54 | 文学芸術 | Trackback | Comments(4)

一般人の目線で描かれた風林火山にみる山本勘助の存在
親愛なるアッティクスへ

今年の大河ドラマ「風林火山」・・・ですが、今年は、まあ、去年までよりはマシだとは思うので、見るとも無しに見ています。
ただ、私の場合、どうしても、「風林火山」と言えば、三船敏郎主演の、映画、「風林火山」の印象が強すぎて、何だかなあ・・・って感じなんですが、ただ、その中で、福嶋役のテリー伊藤さん!・・・、良い味出してましたねぇ!
誰かわかりませんでしたよ。

e0027240_1471536.jpgでも、あのご面相(失礼!)ゆえに、戦国武者としては、もの凄い、存在感でした(笑)。

(←武田信玄の墓だそうです。意外に、うら寂しいところにありました。先日、テレビで見た信玄の墓は、もっと、立派だったような気がしたのですが・・・。)

ところで、映画の方の風林火山と言えば、山本勘助に三船敏郎、武田信玄中村錦之介(後の萬屋金之助)、上杉謙信石原裕次郞・・・という、当時の日本映画界を代表するそうそうたる三人が顔を揃えた大作でしたが、主役の三船敏郎の最期のシーンは、今見ても感涙にむせびますし、中村錦之介扮する武田信玄の存在感もなかなかのものでしたよ。

でも、私の場合、中でも特に印象に残っているのが、セリフは一切無い、石原裕次郞の上杉謙信でした。
石原裕次郞扮する上杉謙信が、川を挟んで、武田軍と対峙したとき、馬を駆って行軍中に、川向こうの武田方を睨むシーンがあったんですが、見るからに、映画俳優・・・って感じの美男子とは違う、その男臭さに、思わず、「本当の上杉謙信という人は、こういう人だったんだろうな」と思ったことを覚えています。

それに対して、今回の大河ドラマ「風林火山」は、まあ、最近のトレンドなんでしょうが、妙に、一般人の目線から描くんですよね。
一般人の共感を得ようとしているのだろうとは思いますが、でも、彼らに限らず、歴史上の偉人という人が一般人と同じ目線のわけがないんですけどね。
まあ、それはいいとして、 私が、今年の大河ドラマを(去年もそうでしたけどね)、それほど、乗り気で見ているわけではないところが、その主役の山本勘助という人物が、かねてより、実在しなかった・・・、少なくとも、実在はしても、それほど、重要な地位にいた人物だとは思っていないことがあります。
つまり、「なぜ、NHKは、そこまでして、視聴者媚びなければいけないのか?」ということです。

私は、少なくとも、山本勘助という人が、武田信玄の軍師などという存在ではなかったと思っていますが、その理由の第一は、山本勘助の活躍は、それほどに重用された人にしては、あまりにも、史料が少なすぎる・・・ということがあります。
彼の活躍話の殆どは、江戸時代に書かれたと言われている甲陽軍鑑という、イマイチ、史料としての信憑性に疑問が残るモノが出て以降に書かれた資料を基にしていると言われており、一説によると、甲陽軍鑑の作者は、武田家の係長クラスだった「山本勘助」なる人物の息子で、この軍学書を書くに当たって、同じ書くなら、「自分の親父が偉かったことにしてやれ・・・」で書いたとも言われています。

今でも、ときどき、「俺は、陸軍士官学校卒だ!」とか、「元々、俺の親父は、元満州国事務局長だったんだ」などということを言う人がいるような・・・。
でも、そういう人に限って、「アナタ、計算したら、年が合わないでしょ」・・・みたいなことになるんですけどね(笑)。

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by heitaroh | 2007-02-22 17:53 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)

クォ・ワディス! その3 「関西電力社長 太田垣士郎」
親愛なるアッティクスへ

昨日に続いて、「クォ・ワディス!」続編です。

e0027240_20263323.jpg昭和43年公開の映画に「黒部の太陽」というものがあります。

あの石原裕次郞をして、「人生を振り返ってみれば、どれもこれも一生の思い出だけど、その中でも、 やっぱりあのときは・・・と、思うのは、やはり『黒部の太陽』だな。」と言わしめた作品だそうです。

当時の大スター、三船敏郎と石原裕次郎の夢の共演ということもあり、当時としては記録的な盛況を博した一大傑作映画だそうで、私も一度、見てみたいと思っているのですが、何でも石原裕次郞のこの映画への思い入れは相当の物があったらしく、氏の意向で一般にDVD化などはされていないと聞きました。

ただ、DVD化はされておりませんが、先般、NHKプロジェクトXでも取り上げられましたので、あるいは、内容自体はご存じの方も多いかと存じますが、これは、関西電力が、7年の歳月513億円の巨費171人の犠牲者を出して完成した、「黒部第四ダム」の完成までの物語です。

映画自体のことは、さておくとして、この工事は日本建築史に残るほどの難工事だったそうで、中でも、破砕帯にぶつかったことで大量の泥流が噴き出し、にわかに、工事の先行きに暗雲がたれ込めたときのこと、報せを聞いた、当時の関西電力社長太田垣士郎は、幹部らを伴い、現場に急行してきたそうです。
駆けつけた太田垣社長らが、そこで見たものは、押しつぶされた掘削機械の残骸などが無造作に転がり、辺り一帯からは、大量の泥流が噴出している光景だったと言います。
太田垣社長は、しばらく、それをじっと見つめていたそうですが、おもむろに、傍らにいた現場監督に向かい、「では、見せてもらおうか。」と言葉をかけたそうです。
現場監督は慌てて、「いつ地崩れがあるかわかりませんし、ガスが発生しているところもあって大変危険です!おやめ下さい!」とこれを押しとどめる・・・。
それに対して、太田垣社長は一言。
「その危険なところで作業させているのは、社長の僕なんだよ。」
そして、笑みを浮かべると、「さあ、案内してもらおうかね。」と言い、狭い坑道の中を一緒になって入っていくと、泥流の中で悪戦苦闘している坑夫たちに、「ご苦労さん、ご苦労さん」と、声をかけてまわったそうです。

太田垣氏の死後も、このとき同行した関西電力の幹部たちは、社長のこの一言が、いつまでも耳に残っていたとか・・・。
「クォ・ワディス!」ですぜ、御同輩。

参考:コラム de H!NT | 太田垣士郎資料館
                            平太独白
by heitaroh | 2005-09-30 18:24 | 思想哲学 | Trackback | Comments(2)

黒澤明の最高傑作「七人の侍」
親愛なるアッティクスへ

以前、一回り上の人から、「おたくの親父さん達の世代まで、少し戦前の教育の色が残っているが、これが、うちの親父達の世代になると、もうまさしく七人の侍に出てくる百姓そのもの!」と言われたことがあります。
思えばこれは、うちの祖父には何となく思い当たる気がしますネ・・・。
以前、何度かこの作品は見たことがあったのですが、そういう目で改めてこの作品を見ると、又違った感慨があります。

百姓(庶民)とは、臆病でずるがしこく、全体のことなど見ようともせず、自分のことしか考えないし、オカミを恐れ、それでいて信用しない。

e0027240_16121151.jpg
  「麦秋が 黄金の色と 知りし今」
                     梁庵平太

(野武士は実った収穫を奪いに来たのではなく、この気高いまでの美しさが許せなかったのでは・・・とさえ思えるような景色でした。哀しいかなこの年になって麦秋の言葉の意味を初めて実感しました。)
搾取されるから、何もないと言っても自分の分だけはしっかり確保している・・・。
まさしく、これは我々の祖父たちの世代の姿であり、ここまで極端ではないにしても父の世代にもその傾向をみてとれるように思います。
こういう世代が今の日本を動かしている以上、この国が傾くのは当然の帰結かもしれませんね・・・。

さておき、以前、この作品を見たときは、思わず、黒澤明という人は、この時代に生きていたのではないか?と思いました。
しかし、あの作品からは同時に昭和29年という(収録時は27~28年ですかね)、祖父の時代の空気を感じました。
出ている俳優やエキストラも、あれはまさしく戦後の、1960年代までのだと思います。
今、あの作品を誰かに撮れと言っても、わらの中に潜り込んで寝たことのある役者(三船敏郎ですね。)なんていないでしょうし、黒澤作品はやはり、今となってはもう、誰も作り得ないあの時代だけの物なんでしょうね・・・。
平太独白
by heitaroh | 2005-06-09 21:48 | 文学芸術 | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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