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サッカーワールドカップの首の皮一枚の論理
サッカーワールドカップ日本代表、ちょっと厳しそうですね。
「まだ、首の皮一枚で繋がっている」と言ったのは、昭和33年、プロ野球日本シリーズで巨人にストレートで3連敗した時の西鉄ライオンズを率いた知将・三原脩だったと記憶しておりますが、でも、先日、明石家さんまさんは「首の皮一枚ってことは既に死んでいるってことでっせ」と仰ってましたが・・・、まあ、確かに(笑)。
この辺は、たとえ、首の皮一枚になっても、完全に首を切り落とされない限り、相手に食らいつくぞ!という勝負師らしい表現だったのでしょうが(笑)。
それにしても、三原という人のコピーの上手さは本当に惚れ惚れします。
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で、ザッケローニ監督の攻撃重視にはスタッフの中からも日本人にはあわないという批判も起きているようですね。
確かに、体格的に劣る日本人にはあわないのかもしれません。
で、少し考えてみました。
プロ野球でも、広岡達郎氏以来、守り勝つ野球というのが主流となっているようです。
確かに、守備が相手を無得点に抑え込めばたとえ味方が無得点でも引き分けで負けはしないわけですし、いくら味方が点をとっても守備がそれ以上に点をとられたのでは引き分けにすらならないわけで。
でも、守備重視というのは口で言うほど簡単ではありませんよ。

守って守って、数少ないチャンスで得点して勝つというのは精神的に物凄いプレッシャーですよ。
相手からすれば攻めてこない相手というのは技術的な意味は別にして、気持ちの上ではこんなに楽なものはないわけで。
それに、サッカーの場合、全試合引き分け狙いでも決勝トーナメント進出は難しいんでしょ?
であれば、一試合は勝たなければならないわけで、それ以前に、引き分けにしようと思うのなら、勝ちに行って初めて引き分けになるもんじゃないんですか?
最初から引き分け狙いだと、結局、一敗二分けみたいなことになっちゃうような気がするのですが。
                        平太独白

by heitaroh | 2014-06-24 12:44 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(4)

監督はスタンドとも勝負する

かつて、プロ野球で名監督の名を欲しいままにした三原脩翁は、近鉄バファローズの監督時代、娘婿でもあった中西太氏(かつての西鉄ライオンズ時代の主力選手)をヘッドコーチに据え、監督修行をさせようとした際、中西氏が初回から主力打者に送りバントのサインを出すのを見て、「中西は監督として大成できない」と嘆じたという話を聞いたことがあります。
つまり、ファンは基本的に主力打者の快打をみたいと望んでいるはずで、終盤の、勝敗を決するような場面ならともかく、そうでない場面では初回からファンの期待を裏切るような采配はするべきではないというわけですね。
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それを端的に表しているのが、翁の名言、「監督はスタンドとも勝負する」で、すなわち、監督は盤上の采配に神経を尖らせ、勝利を確保すると同時に、顧客であるスタンドのファンをも満足させる演出をしなければならなというわけです。
(この点は、元千葉ロッテ監督だったバレンタイン氏もアメリカでの監督時代、自らファンサービスに力を入れ、チームを勝利に導くと同時に、赤字だった球団経営を黒字にしたという話も聞きました。)

とかく、今のプロ野球の監督は自軍の戦績にしか意を尽くそうとしないようですが、落合博光氏のように数字は抜群のものを残しながらも、解雇されることになるわけで。
これも、現場から見れば「現場で力を尽くすのが、俺たちの仕事」となるわけでしょうが、経営サイドから見れば、「収益の為にやっているんだから、そこに結びつかないのならいくら勝っててもいらない」となるわけで、やはり、そうなりたくないのであれば、プロの監督と名が付く人は考えるべきだと思います。

で、なぜ、そういうことを言うかといいますと、福岡ソフトバンクホークスの秋山幸二監督というのはさんがなかなか譲らなかったせいで、苦労人らしく監督としては有能なんでしょう。
ただ、彼には致命的に欠けてる物があるんですよ。
それが「志」
WBCの監督に・・・という話もありましたが、彼は自軍の・・・、いや、自分の実績として周知されないようなことにはまったく関心がない人なんですよ。
アジアシリーズなんかは、露骨に「余計なお付き合い」感を出しますし、つまり、全体を盛り上げようという意志は毛頭無い。
でも、福岡ソフトバンクホークスなんて、そもそも、スポーツニュースの扱いも悪い田舎球団なんですから、球団全体を考えれば、こういう機会にはもっと積極的に出るべきだと思うんですよね。
それをやろうとしない彼は、いくら現場で実績を残せても球団サイドから見れば、「人望」があるようには思えないわけで・・・。
                           平太独白
by heitaroh | 2013-04-18 19:12 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

タイトルを分け合う馴れ合いはプロとしての疑問
気がつけば、ついに12月ですね。
今年は本当に忙しかった印象があり、その意味ではあっと言う間でした。

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   「帰りなば 釣瓶落としの 夕日かな」 梁庵平太

ということで、とにかく、今年は多忙だったということで拙稿もなかなか、時間がとれず、今頃・・・で恐縮ですが、今年のプロ野球回顧です。

まず、最終戦で巨人の長野選手と坂本選手が最多安打のタイトルを分けあいましたよね。
この試合で、3安打を放って坂本が長野選手に並ぶと、原監督は長野選手を引っ込め、結果、同僚2選手のタイトル獲得が確定的となったわけですが、思わず、昔、西鉄ライオンズでの首位打者を争いの時のことを思い出しました。
ここまで、主砲・中西太選手は既に本塁打王、打点王を確定的としており、残る首位打者を獲れば三冠王・・・、対して、ライバル・豊田泰光選手が獲れば初のタイトル・・・だっただけに、どちらも譲れず、結局、当時の三原脩監督の「チーム内にしこりを残すべきではない」という判断で両選手は最終戦を欠場し、豊田選手の首位打者が確定した・・・と。

でも、私はプロなんですから、最後の最後まで堂々と争うべきだと思うんですよ。
最後の最後まで争って敗れたのであれば、実力で敗れたわけですから、それで不平を言う人はいないでしょう。
今回の場合は引き分けで両者並列でタイトルが獲れたわけですから、本人たちとしては別にそれで良いのかもしれませんが、それでもプロなんですから、お山の上に大将はオレだけで良い!・・・くらいのプライドは見せて欲しかったですね。
それに、同じチーム内だから仲良し・・・ってつもりかもしれませんが、同一チーム内だからといって、ポジションが違うからといって、仲良しでいられると考えるのはおかしいんじゃないですか?
トレードだってあるわけだし、何より、相手がこれで自信をつけて、来季はタイトルを独占すると、相手の給料が上がり、ひいては自分の給料が下げるわけで。
かつての、川上哲治選手と与那嶺要選手のように、本来、そこには激しい競争があるべきですよ。

もっとも、中西・豊田のケースはちと、レアな、一概に言えないパターンではあり・・・。
というのも、中西選手の妻は三原監督の娘・・・、つまり、中西選手は三原監督の娘婿ということになるわけで、そうなると、三原監督としてはやりずらかったでしょうねぇ。
もし、中西選手がタイトルを獲ると、「意図的に身内にタイトルを獲らせた」という声が聞こえてくることを覚悟しないといけないでしょうし、少なくとも、「他人」の豊田選手がどう思うか・・・については配慮せざるを得なかったのではないでしょうか。
もっとも、三原監督の判断にその辺がどう影響したかは本当のところは知る由もないことですが。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-12-03 17:58 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

知識は深いが視野は狭いプロほど歴史に学ぶべし
最近、よく、長年、不振に苦しんできたプロスポーツ選手などが復活勝利し、インタビューの最中に、感極まり、男泣きしているようなシーンを見かけますよね。
確かに、どれだけ練習しても結果がついてこない、それでも練習だけを信じてやってきたことがようやく報われた・・・、また、この間、いろいろな人に支えられてきた・・・という苦しい日々に対する万感の思いがあるのでしょうが、私としてはこういう話を聞くにつけ、少し違う感慨を持っています。

これは、最近のプロ野球選手など若いアスリートたち全般に共通することのように思うのですが、彼らは自らが努力する為の環境は、もう、「これでもか!」というくらい整ってますから、当然、一流のアスリートになればなるほど、鍛錬された肉体と、その為の知識や理解など、もう、ゴルゴ13顔負けの素晴らしいものを持っているようですね。
ところが、その一方で、デジタル化時代ですから、囲碁や将棋の若い棋士ら然りで、パソコンなどで得た情報を発展的に検証することには慣れているものの、どうも自分の成績に直接繋がらない技術論やデータ以外のことにはあまり興味があるようには思えないんですよ。  でも、専門知識だけで結果が出ているときは良いのですが、行き詰まった場合、逆に知識が深すぎるがゆえに迷宮に入ってしまって出て来れなくなるようなこともあるわけで、そんな時は、いっそ、固定観念に囚われていない素人に出口を気付かされることがあるようです。
(かつて、打撃の神様と言われた川上哲治選手は極度の不振に喘いだ時、歌舞伎の名人の踊りを見て開眼したと言いますし、ミスタープロ野球・長嶋茂雄選手は同じく、ファンの少年の、「最近はスイングした後に背番号がこちら側に見えないよ」という一言で不振の原因に気づいた・・・という話も伝わっています。)

その意味では、ビスマルクの言と伝えられる「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」然りで、最近のアスリートたちはもう少し、過去の名優、名選手、名力士と呼ばれた人たちの回顧録などにも目を通すべきだと思うんですよ。 (同じ業界の名選手については勉強している・・・と言われるかもしれませんが、最近の若い選手たちの過去の名選手たちに対する無知無理解を見ていると
到底、そうは思えないんですが。せいぜい、自分たちが子供の頃の名選手・・・までで・・・。)
この点を、かつて、智将・三原 脩監督は、選手に「移動中の時間を無為に過ごすくらいなら、何でもいいから本を読みなさい」と選手に言ったといいますが、その意味では、復活した選手らも練習を信じる一方で、もう少し日頃から視野を広げておいても良かったんじゃないかと。
つまり、専門家とはとかく、
知識は深いが視野は狭いものなわけで・・・。 
                                       平太独白

by heitaroh | 2012-11-15 07:25 | スポーツ | Trackback | Comments(7)

摂津投手の沢村賞受賞と飛ばないボールの時代
昨日、プロ野球「沢村賞」が、パ・リーグの最多勝利と最優秀投手(勝率1位)の2冠を獲得した福岡ソフトバンクホークスの摂津 正投手が初めて選ばれましたよね。
摂津投手は今季、27試合に登板、193回1/3を投げ、両リーグトップの17勝(5敗)に、勝率7割7分3厘を含む、防御率1・91、153奪三振をマークしており、堂々たる成績でしょう。
ところが、なかには、「該当者なしとすべし」いう意見もあったそうで、もう、昔のように20勝も30勝も挙げる時代じゃないわけですから、その年その年で一番、良い成績を残した選手に贈るべきで、その意味では時代錯誤も甚だしいでしょう。

e0027240_1253668.jpg昔、昭和46年に大洋の平松政次投手が17勝で最多勝投手になった際、初めて20勝を切った最多勝投手ということで、初の「該当者なし」が適用されましたが、その頃とはわけが違うんですよね。
摂津投手は完投数3という少なさがネックになったのかもしれませんが、もう、これだけ投手分業制が固定されてくると、これをもって本人の実力不足だと決めつけることも出来ないのではないでしょうか。
基準はその時その時でフレキシブルに対応すべきで・・・。

ところで、それとは別に今シーズンを振り返って思うことは、両リーグともに著しい投高打低だったということです。
打率3割を打ったのはセで5人、パで4人。
逆に、防御率1点台がセ・パともに3人ずつもいます。
これは飛ばないボールを導入したことの結果だと思われますが、ここまで如実に数字として顕れるとは思いませんでした。
だって、導入前の一昨年までは三割打者はセで14人、パで13人。
逆に、投手防御率1点台というのはセ・パ合わせても1人だけ、私の記憶では防御率2点台でさえ、絶滅危機種のように思えた時期もあっただけに、この数字はとても印象的です。

ただ、それ以前、私が子供の頃までは逆にこの数字が当たり前だったんですよね。
ヤクルト・アトムズの智将、三原脩監督は対巨人戦で同点の9回裏1死満塁で投手に打順が回った時、代打に送った選手に、「三振しろ」と命じたと言う話があります。
相手投手はコントロールに不安があり、押し出し四球出してくれれば儲けもの、下手に凡打して併殺にとられることを一番危惧していたそうです。
で、その背景にあったのが、代打が三振しても続く1番打者が絶好調・・・というもので、ただ、その時の1番打者の打率は2割7分くらいだったんですよ。
「2割7分で絶好調??」と思った記憶がありますから・・・。
確かに、王貞治氏が首位打者を獲った時、三割以上は王さんだけ・・・ということもあったわけで。

親愛なるアッティクスへ
                                         平太独白
by heitaroh | 2012-10-30 07:40 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

宇都宮城で思う逆境で太った三原脩なう
親愛なるアッティクスへ

e0027240_19334517.jpg今、晩飯食いに行くついでに、ぶらりと宇都宮城址に来ています。
城はある程度、復元されているそうですが、下にはコンクリートで固められたゲートがあり、上にはコンクリートで作られたがあり、さらに、その先はこう(←)なっています。
味も素っ気もないですね(笑)。
で、もう少し先に行こうとしたら、ガードマンに止められました。

ちなみに、宇都宮に来て以来、毎日、ラーメン餃子ばかり食べています。
太ったと言われました。
かつて、讀賣巨人軍を石をもて逐われた三原脩翁は西鉄ライオンズ監督として福岡に下った折、「逆境にあって太った」と言われたとか。

・・・関係ないですね(笑)。
                         平太独白
by heitaroh | 2011-04-21 19:33 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

寂しい奴・・・
親愛なるアッティクスへ

e0027240_557446.jpg「旅館の寒灯 独り眠らず
 客心 何事ぞ 転た凄然
 故郷 今夜 千里を思う
 霜鬢 明朝 又一年」


唐代の詩人、高適「除夜の作」という七言絶句だったと記憶しておりますが、概意は、
「 旅館の寒々しい灯の下、独り眠れない。
 異郷に在って心はなぜかいよいよ物悲し。
 今夜は千里の彼方の故郷を思う。
 既に白髪を蓄えた身でありながら、明朝にはまた一つ年を取ってしまうとは」

といった、大晦日の夜に故郷から遠く離れた任地で独り年を越す寂しさを詠んだ詩です。
(昔は「数え年」ですから、正月で年をとるんですね。)

で、今夜、私はなぜか、この年末の押し迫った時期に独りで京都駅近くのビジネスホテルにいます。
明日が早朝から参加しなければならない予定があり、他の人達と違って、一人だけ遠方から来てる私のみは、今日のうちから独りで先に入ってないといけないんですよ。
「移動に時間がかかるので、他よりも二割増の戦力を持たなければ」と言ったのは、福岡のかつての球団・西鉄ライオンズを率いた三原 脩翁でしたが、まったくです。
(愛知県辺りからの人たちは、その日の朝で良いのでしょうが。)

ヒマだから、独り手酌でやって寝るとします・・・と言おうと思ったのですが、そうは言っても、飯は食わなければならず、ついつい、先斗町でがっつり飲んでしまいました(笑)。
おかげで、しっかり、二日酔いです・・・。
嗚呼、どうしませう。
                                        平太独白

by heitaroh | 2010-12-18 05:57 | その他 | Trackback | Comments(0)

続・貴乃花親方の相撲協会理事就任と朝青龍問題は同根
親愛なるアッティクスへ

先日の続きです。

まず、お断りなのですが、実は私はいつも、文字数が一定になるように心がけており、具体的にはパソコンの画面に収まる程度・・・というのを基準にしているのですが、これすなわち、長すぎると読む側が読む気を無くすし、短すぎるとこちら側が伝えきれない・・・という想いから、自分なりに要旨が伝わる最低限ということにしております。
もっとも、この長さ自体、何ら人間工学に基づく根拠があるわけでもなし、果たして、それが適正なのかはわかりませんが、ただ、それだけに、当初から一度で書ききれないとわかっている物についてはシリーズ化するなどの形を採るようにしているものの、中には以前書いたことと重複することで要旨を省いた物や、単純に長すぎたので縮めた・・・などという物もあり、なかなか、ニュアンス的に伝え切れていないと感じることも少なくありません。

で、今回の表題もまさしくそれでして・・・。
書き終えた時点で、補足の必要を感じていたのですが、特に、誰からも疑義のコメントもなかったので、「なら、いいや」と、そのまま捨て置くつもりだったところ・・・、有り難くも勿体なくも疑義を頂戴しましたので、改めて本日のお題となった次第です・・・。
まず、以前も平太郎独白録 : 日本相撲協会にみる経営不在の四半世紀 前編で言ったことなのですが、かつて、プロ野球の名監督で、日ハム球団社長も務めた三原 脩翁は、球界を運営していく上での「理想形」として「日本相撲協会」を挙げておられました。
つまり、引退後も選手に「その道」で雇用があるということが主旨だったのでしょうが、しかし、その日本相撲協会の現状を見ていると、さすがの三原さんも技術屋上がり狭い視野からは脱却できなかったかな・・・という思いを拭えません。
やはりこれは、「選手経験者ですべてを仕切ることの無理」が如実に表れている証左以外の何ものでもない・・・と。

一方で、球団経営を現場の経験がない人たちが握っていることで、現場に対する不理解が生じるのも考えられることで、その意味で、日航の運営を任された名経営者・稲盛和夫氏が、自らは会長として経営全般に当たり、社長には日航生え抜き整備畑出身の、大西 賢54歳を据えたことに触れた次第でした。
つまり、名選手名監督ならず・・・で、力士経験者が必ずしも「経営能力」がある・・・とは限らないことを考えれば、相撲協会(もしくは各部屋)は力士経験者だけの独占形態とせず、日航のように経営感覚がある人が会長、現場がわかる者が社長・・・という組み合わせにすることが好ましいと思います。
(第一、今の各部屋の経理なんて誰がやってるんですか?全部とは言いませんが、少なくない部屋ではおかみさんがやってるんじゃないんですか?つまり、未だ、個人商店の感覚であり、それも問題なんですよね。)

「各相撲部屋を株式会社にすると、幕内力士がいない部屋などは経営が成り立たないことが懸念される」というご意見を頂戴しましたが、本来、経営が成り立たない企業は淘汰されるのが市場原理の原則であり、一般社会はそうやって生きてきているわけですよね。
育成には時間がかかるので、市場原理を持ち込むのはそぐわない・・・というのなら、一定期間、協会が助成すれば良いわけで、それでダメなら淘汰されるるか、少なくとも、親方は業績不振の責任を取って交代するべきでしょう。

まだ、少し舌っ足らずですが、ちょうど、字数となりましたのでこれにて。
                                         平太独白
by heitaroh | 2010-02-04 07:41 | スポーツ | Trackback | Comments(8)

謹賀新年、四十代最後の元旦に思う脂がのらない身の不明
親愛なるアッティクスへ

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 新年明けましておめでとうございます。
 旧年中は格別のご高配にあずかり厚く御礼申し上げます。
 本年も何卒倍旧のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 昭和三五年、この年のプロ野球日本シリーズで相見えたは、前年までの最下位から一転、セ・リーグを制した大洋ホエールズ・・・、率いるは前々年まで福岡の西鉄ライオンズ三年連続日本一に導き、計六度目の優勝となる智将・三原 脩、この年四九歳
 対するは、強打のミサイル打線を看板に、パ・リーグの強豪をなぎ倒して勝ち名乗りを挙げた大毎オリオンズ、率いるはこの年三八歳の青年監督・西本幸雄・・・

 下馬評は、圧倒的に大毎有利であったにもかかわらず、蓋を開ければ、百戦錬磨の三原采配は鎧袖一触、気力横溢の青年監督を一蹴し、大洋はストレートの四連勝日本一となり、逆に、敗れた西本は采配批判したオーナーと衝突し辞任に追い込まれた・・・と。
 もとより、私が生まれる前年のことですから、私も遠い昔に物の本で読んだだけのことではありますが、文中での「颯爽たる三八歳」を圧倒した「脂がのりきった四九歳」という表現は今も私の心に強く残っております。

 さて、その私も、早いもので本年は四十代最後の年となります。
 残念ながら、到底、三原の域には達し得ていないことは明らかであり、ただただ、身の不明を恥じるばかりですが、何卒、これに懲りず、本年も変わらぬご指導ご鞭撻のほどを賜りますようお願い申し上げます。

  平成二二年元旦
                                         平太独白

追伸、
このようなどうでもいい話には興味のない方は、こちらをご覧ください。
書き始めて、最初の元旦の記事です。
博多の正月と言えば、博多雑煮ですが、こちらのほうの画像なども起稿しておりますので。
ちなみに、当時、45歳の坂を越えるところだったんですね。
いやいや、若かった・・・と(笑)。
    ↓
平太郎独白録 : 謹賀新年に見る博多雑煮の世界!
by heitaroh | 2010-01-01 08:27 | スポーツ | Trackback(1) | Comments(4)

「君はフランス人になれるか?」にみる自己犠牲のあり方
親愛なるアッティクスへ

今日は久々、見事な二日酔いです。
従って、見事に脳がフリーズしており、急きょ、柔らかい話題に切り替えます(笑)。

過日、元巨人の名二塁手で、お亡くなりになった土井正三氏の現役時代を「送りバントの名手だった」と書いたのですが、この件で、先日、プロ野球OBで構成するマスターズリーグで土井氏が打席に立ったとき、「送りバント」のサインが出て、これに氏が怒った・・・という話を耳にしました。
曰く、「誰だってバントなんかやりたくないんだ。でも、チームが勝つために必要だから今までやってきただけのことだ」と。  

e0027240_11531858.jpgまあ、サインを出した側からすれば、「土井のバントをファンは期待しているだろう」ということだったのでしょうが、土井氏自身はあれほど「送りバントの名手」と呼ばれながらも、決して、好きでやっていたわけではなく、チームの勝利のために自分の恣意を殺して・・・ということだったのでしょう。

この点で、以前からたびたび紹介しております元西鉄ライオンズ豊田泰光氏がその著書の中で、「君はフランス人になれるか?」ということを書いておられました。

一部抜粋しますと、
『元阪神監督の吉田義男さんがフランス野球を教えていた時のこと。送りバントを命ずると、打者が「なぜ私が犠牲にならねばならないのか。私には打ってヒーローになる資格はないのか」と訴えてきたそうだ。
 もちろんフランスにはサッカーラグビーといった団体競技の伝統があり、犠牲の意味も説明すれば通じるそうだが、そこには確かに「団体競技としての野球と個人」という深い問題が横たわっている。「個人」が勝ちすぎると勝利は遠ざかる。一方では、個性の発露の場がないスポーツなんて何の意味がある? となる。』・・・と。
私としては、今の、やたらバントを多用する戦術は感心しませんが、ただ、今では、その分、犠打自体、結構、認められていることを思えば、それほど「自己犠牲」ばかりでもないような気もしますけどね。

ちなみに、豊田翁は、『 カウント0-3から打って出るかどうか。フランス人ならためらいなく打って出るだろうが、日本人はそうはいかない。1球、2球待って様子をみろ、というのが球史を通して浸透してきた定石だ。お客にみせるプロ野球で四球を待つという戦法は何とも後ろ向きの発想だが、これをひっくり返すのは難儀。
 昔、三原脩監督に聞いたことがあった。「0-3から打ってはいけませんか」。すると、「いいよ」と言う。話がわかる監督じゃないか……。しかし監督は付け加えた。「だが、打つならヒットだ。凡退したらまわりがうるさい」。いかにも外国語に訳しづらそうな「まわり」の目が日本にはある。フランスの打者ほど自己主張しかねる私は、0-3は「待ち」と決めたのだった。』・・・とも述べておられましたが、まあ、この辺は三原さんならではの言い回しなんでしょうが、確かに考えさせられることではあります。
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-11-25 18:07 | スポーツ | Trackback | Comments(2)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
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プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
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