タグ:イギリス ( 9 ) タグの人気記事

坂本代理店説で読み解く大河ドラマ「龍馬伝」の真実?
大河ドラマ「龍馬伝」で、日本の中で孤立した長州人が「長州は日本から独立する」と言ったのには凄い新鮮味を感じましたよ。
高杉晋作などが早くから、「割拠」を唱えていたのは知ってましたが、一歩進めて「独立」にまで考えが至っていたとしてもおかしくはないわけで。

ところで、同番組には、イギリス人商人トーマス・ブレーク・グラバーが出てきましたよね。
坂本がグラバーに面会したのは勝海舟の弟子になった後と聞きましたが、もし、もっと早い時点で外国人商人への接触に成功していたのではないか・・・と。
というのも、昨今、「坂本龍馬は当時のイギリス武器商会の営業マン」だった・・という説があると聞きましたが、確かに如何にも突飛な話ではあるものの、ただ、「歴史に極端な深読みは持ち込むべきではない」という考えの私も、この論については頷かざるを得ないものを感じております。
まず、私がかねてより腑に落ちなかったのが坂本が様々な有力者に接触できた点でした。
越前侯松平春嶽と面会できたなどというのもそれで、ああいうものはいくらTOPが「俺は気さくだから誰でも通して良いよ」と言っていても、下僚というものは決してそうはさせないものだからです。
実際、どこの何とも知れない者を殿様に会わせて、それで、万一のことがあった場合、取り次いだ者は切腹は免れないわけで、特に、当時はそういう過激派がうようよいたわけですから、普通に考えれば、どうしても土佐脱藩浪人などが会えるとは思えないんですよね。
でも、そこにイギリス人商人の代理人としての肩書きを持っていたとしたなら・・・。

で、何の根拠もない勝手な私見を述べさせて頂くと・・・。
坂本は脱藩直後の下関から薩摩への単独行の途次、長崎に立ち寄り、外国人商人に面会し、自らを「特約代理店」とするよう求めた・・・と。
曰く、「外国人商人が入っていけない東日本の諸藩などにも日本人である自分なら入っていくことが出来るし、それで新たな市場が拡大できれば儲けもので、失敗したとしても代償は紙切れ一枚で済む」・・・と。
まあ、紙切れ一枚と言っても、権限その他、どの程度リスクを獲るか・・・という判断はあったにしても、そこは海千山千の外国人商人ですから、いざとなればノーリスクで切り抜ける手だては考え得た上で、この要求に応じた・・・と。
他の侍には無い、こういう要求をしてきた坂本という人物への興味を抱きながら・・・。
で、坂本はそれを持って、幅広く権力者へと接触を試み、門前払いをくらうこともあったが、興味を持つ者もあった・・・と。

ところで、劇中、英国人商人同士の会話の中で、「幕府はフランスに支援を求めた。イギリスが黙ってこれを見逃すと思うか」というものがありましたが、私は「見逃す」と思います。
まず、このドラマはまあ、ドラマ故の盛り上がりの必要上やむを得ないのでしょうが、少々、日本中心史観で描かれており、如何にも列強は日本を狙っていたように思われていますが、実際には列強が高い関心を持っていたのは中国であり、日本については「その先に島がある」という程度の認識だったように思います。
ただ、「東の果て」の、「最後の植民地」という認識はあったにせよ、仮にフランスが日本を獲ったとしても最後の取り組みで1勝したに過ぎず、イギリス側からすれば「何としてでも獲らなければ」という意識はなかったでしょう。
であれば、イギリスとしても自らがコストを負担して軍隊を派遣するよりも、薩長などの倒幕勢力を支援し、代理戦争をさせた方が費用対効果という点では良いわけで・・・。
その意味では薩摩藩にしてもイギリスの強い影響下にあったと言わざるを得ず、詰まるところ、薩長同盟戊辰戦争もイギリスが望んだ結果であり、あるいは、坂本暗殺もその延長線上だと考えて良いのかもしれません。
                       平太独白
by heitaroh | 2010-07-19 07:21 | 歴史 | Trackback(1) | Comments(4)

机上山積みメモ紙処分の為の書き殴りシリーズ その1
親愛なるアッティクスへ

いよいよ、年末カウントダウンに入ってきましたね。
先週末申し上げたように、UPは進まない割にネタを書き付けたメモ紙は山積みになっておりまして・・・。
ということで、今日よりはしばらく、年末に向けた大掃除の一環としてメモ紙処分のための書き殴りシリーズとさせて戴きます(笑)。
e0027240_1221948.jpg

まず、時事ネタから行くと、結局、まったくの時間の浪費で終わったCOP15(気候変動第15回締約国会議)についてですが、あんなもの、いくら、各国共通の議題だからって、あれだけたくさん集めておいて、それで話がまとまるわけがないじゃないですか。
同じ事は、G20にも言えることで、面子が増えれば、それに比例して、思惑も違えば利害も錯綜するわけで、これでは、まとまりがつかなくなることは自明の理以外の何ものでもないでしょう。
その意味では、私は実効性の面はともかくも、G7・G8という枠組みは崩すべきではなかった・・・と思っています。
すなわち、G7・G8である程度まとめておいて、各国個別に交渉して押し広げていく・・・という形にしないとまとまらないでしょう。

それから、事業仕訳についていえば、「密室で行われてきたことを白日の下にさらした」・・・という点は大いに評価して良いと思いますが、結局、財務相主計局主導である・・・ということが批判されてましたよね。
この点で言えば、かつての主計局がすべてを仕切っていた時代というのは、密室の中での官僚同士の話し合いで決められるという点で不透明な観がぬぐえなかった反面、主計局というのは「選挙区への利権誘導」のための政治家からのたかりに対して、一定の防波堤を為していたことも事実なわけです。
その意味では、政治主導というものを推し進める上では「透明性」というものが絶対に必要条件なのでしょうが、たとえ、透明性を確保したとしても・・・、いや、国民監視の目にさらされるからこそ、問題もあると思います。
それすなわち、どうしても、国民生活に直結してない分野は「票になりにくい」ということで、削減の対象にされやすいのではないか・・・ということです。
貧困に喘ぐ国民からすれば、10年先に実を結ぶかどうかわからない話よりも「今、何とかしてくれ」なわけで、そこを敢えて、「これは必要な物だから・・・」と言うのが本当は政治の仕事なんですが、現実には選挙というものがある以上・・・。

その観点から見れば、科学技術などというのは、真っ先に削減の対象になりそうな分野ですが、私はやはり、安易に削減すべきではないと思います。
なぜなら、「国力」とは、結局、「科学力」だと言って良いと思うからです。
19世紀大英帝国があれほどに隆盛を極められたのは、決して兵士の数が多かったからではなく、軍事面での技術革新を含む「科学力」であったことがその好例でしょうか。
(日露戦争当時、イギリスは日英同盟に鑑み、最新技術を日本海軍に供与し、これが日本海海戦での日本の勝利に貢献したわけで。「兵器の優越性=戦争」今のアメリカが良く体現していると思います。)
                                         平太独白
by heitaroh | 2009-12-21 08:57 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

欧米発欧米行き21世紀論
親愛なるアッティクスへ

今、アメリカ金融危機により、日本経済は大変なことになってますが、むしろ深刻なのがイギリスみたいですね。
せっかく、招致したオリンピックも、もう、それどころではないみたいですし・・・。
この点で、先日、世界三大投資家の一人といわれるジム・ロジャーズという人は、「イギリスには何も売る物がないというだけのことだ」と喝破した・・・という話を耳しました。
まあ、元々、金融立国を標榜していた国ですから、むべなるかな・・・という気もしますが、そうは言っても、今回の金融危機前には、日本でも「これからは英米型の金融立国を目指すべきだ」・・・という声もあったわけで、確かに、日本の金融はもっと雨風に晒した方が良いかとは思いますが、かといって、やはり金融立国にまで踏み込むのは如何なものか・・・とも思います。

その上で、かねてよりの私の持論に、「第三次産業とはエンジンオイルのようなもの。少なすぎるとエンジンが焼き付くが、多すぎても不都合が生じる」というのがあります。
さらに、「国の経済力が増すと、ピストンに比してエンジンオイルが増える流れに加速度が付き、それは途上国ほどその傾向が強いようにも思える」・・・と続くのですが、その意味では、今の日本は細ったピストン(第二次産業)が多量のオイル(第三次産業)の中で沈みかけているような状況であり、健全だとは言えないように思います。
特にここ数年は世界中が「金で金を生む」ことを指向する考えに突き進んでいたような気がしますので、やはり、他国はどうあれ、日本は「製造業が柱である国家」だということを再認識する良い契機になっているのではないでしょうか。

私は昔、前回のバブル崩壊の頃に「大恐慌には成らないが小恐慌、中恐慌になる可能性はある」と言ったことがあります。
これについては、そうならなかったのは周知の通りで、身の不明を恥じるばかりですが、ただ、「危機が先送りされてきた」という視点に立てば、必ずしも的はずれだったようには思えません。
むしろ、大いに計算違いがあったのが、このとき、「もっとも、各国も、追いつめられれば我が身可愛さの行動に走らないとも言えず、大恐慌になる可能性が無いとも言えない」と続けていたことです。

・・・G7サミットというものが、これほどまでに無力な物だとは思いませんでしたねぇ。
保護主義の高まりどころか、各国、不況の初期段階ですでに1930年代と何ら変わりない、「自分さえ良ければいい」を如実に行動で示してましたし。
その意味では、結局、国という物の行動原理は19世紀と何も変わってないんだな・・・ということを痛感させられました。
でも、そもそも、21世紀というのは、元々、キリスト教国の概念であり、あくまで幕を開けたのは欧米のみだと考えれば辻褄は合うわけで・・・。
つまり、世界の大半は、まだ19世紀<の中にいる・・・と。
                                          平太独白
by heitaroh | 2009-05-12 08:49 | 国際問題 | Trackback | Comments(2)

島津斉彬の戦争を避けるための武装化理論の現代的盲点
親愛なるアッティクスへ

今年の大河ドラマ「篤姫」、好調のようですね。
私も、かなり、早送りしながらではありますが、一応、毎週、見ています(笑)。

で、この中で、以前、高橋英樹さん扮する島津斉彬公が言ったセリフで、ひとつ、気になっているものがあります。
それは、「異国といくさにならぬために、我が国も軍備を充実させねばならぬのだ」というものです。
即ち、「日本が、軍事的に強国となることで、外国が戦争を仕掛けようという気持ちを失わせ、ひいては、それが反戦思想に繋がる」という主旨のものだったかと思いますが、それはそれで、真理だとは思います。
(現代で言うならば、核抑止論にも似たところがあるでしょうか。)
が、私が引っかかるところ・・・、それは、この論理を現代でも有効だと勘違いする者がいるのではなか・・・ということです。

まあ、果たして、斉彬が本当にこういうことを言ったのかどうかは知りませんが、この考え方は、あの時代には、それなりに真理であり、有効だったでしょう。
しかし、それは、あくまで、19世紀の考え方であり、その考え方が通用したのは精々、20世紀までだということを我々はしっかりと認識しなければならないと思います。

まず、斉彬がこの論理の前提として想定していたであろう事は、国家による、「正規軍同士の戦闘」だったであろうと思われ、それはそれで、クリミア戦争アヘン戦争など、この当時、斉彬が得ることが出来たであろう戦争形態を見る限りでは決して間違っていなかったと思います。
しかし、現代の戦闘はかつてのように、国家の正規軍同士の戦闘で決着がつく戦争形態ではなくなってきており、それを可能にしているのは、兵器の著しい進歩・・・、特に小型化だろうと思います。
(現代では、携帯用の核兵器製造可能だとか。)
その意味では、アメリカは、今だに、ナポレオン時代のような「敵は正面から隊列を組んで来る物」をイメージしているようですが、それが前世紀の戦闘形態であることは素人目にもわかるようになってきているわけで、つまり、テロとの戦いを標榜するのであれば、どこかの国の正規軍を叩けば済むという問題ではなく、イギリスのように、根っ子の所での対策、つまり、もっと、地味で地道な対策こそが必要なのではないか・・・。
(手っ取り早くを取るには、外国の正規軍と交戦し撃破する方がいいんでしょうが。)

その上で、今や、敵は、小型で破壊力の大きな兵器を体に隠し持って、相手に甚大な被害を与えることも可能なわけで、であれば、もはや、「軍事力強化にさえ走っていれば安心」という時代ではなく、むしろ、現代では逆効果になってしまう可能性の方が高いということですね。
強大な軍事力だけ持っていて、それを使わないのが一番理想でしょうが、一旦、強大な力を持ってしまえば、軍人はもとより、国民使いたくなるのが人情・・・ですよ。
「捕鯨反対?けしからん、やってしまえ!」という具合に・・・。

よろしければ、クリックお願いします。→ 人気blogランキング
by heitaroh | 2008-05-14 19:58 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)

薩英戦争にみる外交交渉と学習効果。
親愛なるアッティクスへ

おはようゴンザレス。
私は学びました。
日本酒を二人で一升以上飲むと記憶がなくなる・・・ということを。

はい、昨日は、島原雑煮食って、ホテル日航のバーに行ったところまでは記憶があるのですが、気がつくと、某所にて転がっておりました。
べろんべろんです。

e0027240_12533212.jpgで、今日は何の日か?
41年間続いた博多駅のターミナルデパート、博多井筒屋閉店日なんですね。
で、行ってきました。
私としては、5歳の時から、目の前にあったわけですから、それなりに思い入れはあります。
昔はコンビニなんてなかったですから、日曜はオフィス街「死の町」でしたので、何かあると、買い物は井筒屋に行かなければなりませんでした。

(←大昔の写真だそうです。最終日ということで飾ってありました。まだ、市内電車が写ってますね・・・。確か、昭和48年と書いてあったような・・・。何せ、脳みそ働いてませんから。)

で、以前、昭和46年放送の「天皇の世紀」という幕末モノのテレビを見ました。
私もケーブルテレビで、初めてその存在を知りましたが、ドラマと言うには、かなり、実証的なノンフィクションに近いやつでした。
今回は薩英戦争のところでしたが、ああいうのを見て、血が騒がなかったら男子に非ずですね。
(女性の皆さん、失礼!見なかったことに!(笑)。)

負けたはずの薩摩側代表団が、世界に冠たる外交上手大英帝国を和平交渉でアフアフ言わせるのは痛快でしたよ!
イギリス側もそれまでの「善処します。」ばかりのあやふやな幕府役人とはまったく違う、言いたいことは言うし、何だったらもう一戦やるか!の気迫にタジタジになりながらも、逆にこんな卑屈でないアジア人がいるということに、新鮮な驚きを隠さない。
さらに、そんな態度を取りながら、薩摩側は一転、賠償金の支払いに応じると言いだし、「?!」と思っているイギリス側に「ただし!条件がある!」って、世界に君臨する大英帝国相手に極東の小国の一公国条件をつけるって・・・。
で、その条件とは「薩英戦争のときの主力艦クラスの軍艦を買いたい。」って、それを聞いたときのイギリス側は目が白黒してましたよ!
まさに、「愉快痛快奇々怪々」でした。
で、最後にイギリス側が「あなた方はそんな最新鋭の軍艦を購入して一体どうするつもりなんですか?」と聞いたら、薩摩代表はしれーっと、「そりゃあ、もう一度、イギリスと戦争するつもりでごわす。」と答えて、これには海千山千のイギリス側代表団も思わず吹き出して、「しぇいくはんど」でごわした。
薩摩藩、恐るべし!
こんな和平交渉できる日本人がいたなんて・・・。
「東シナ海ガス田」交渉も、もう少し、がんばって欲しい物です。

いやあ、年甲斐もなく、血が騒いでしまいました。

よろしければ、クリックお願いします。→ 人気blogランキング
by heitaroh | 2007-03-31 08:33 | 歴史 | Trackback | Comments(10)

ノブリス・オブリージュ中編 新たな階層・二世議員。
親愛なるアッティクスへ

e0027240_13242643.jpg先日、帰宅途中、川の上に、大きく、満天の月が煌々と輝いるのが目に入りました。
で、これはいい・・・と思い、パチリとやったのですが、撮れた物を見てみると、「え?月はどこ?」>状態・・・。
人間の目は、印象に残った部分を強調して見るとは言いますが・・・。

で、昨日の続きです。
安倍晋三氏が岸信介元総理の孫、安倍晋太郞元外相の息子であるのに対し、麻生太郎氏は筑豊三名家の(麻生家、貝島家、安川家)の出で、吉田茂の孫、大久保利通の孫の孫・・・。
(ちなみに、余談ですが、私は明治以降の日本の指導者の中で、ランキングを付けろといわれれば、1に大久保利通、2に吉田茂だと思っています。もっとも、麻生さん自体、少し、偉大なお祖父ちゃんを意識しすぎのようにも思えますが・・・。)

で、昨今、二世議員隆盛ということで、二世議員を悪く言う声も聞かれます。
確かに、世襲というものが、まかり通るということは民主主義の根幹を揺るがしかねない憂慮すべきことなのかもしれません。
もっとも、どうしても、そういう形になってしまう辺りが、極めて、日本人的だなと思いますが・・・。
しかし、私はこれはこれでそんなに悪いことではない・・・とも思っています。

その根拠ですが、以前、平太郎独白録 : 衰退のスパイラルに入ったアメリカで触れたことですが、大英帝国には古代ローマ以来の「ノブリス・オブリージュ」、すなわち、「高貴なる者の義務」という言葉があるそうですね。
つまり、貴族という、普段、偉そうにしている奴は、その分、祖国に危機が迫ったときは率先して戦わなければならない・・・と、ただ、偉そうにしているだけじゃダメなのよ・・・と。

彼ら貴族は、生まれながらに特権階級であると同時に、国家に対して、「オーナー意識」を持ち、「サラリーマン」である総理大臣や国会議員、官僚のやることを、大所高所からチェックする役割を果たしていたと。
この辺は、以前から、平太郎独白録 「オーナー企業は是か非か!」の中で申し上げておりますところですが、確かに、彼ら貴族というものの存在理由としては、こういう一面もあったでしょう。
それが、大英帝国華やかなりし時代、その労働者たちからも、「とりあえず、今はあの連中にやらせておいたほうがいいんだ。」などという発言が出てくる素地になったのではないかと思います。

が、同時に、この考え方は、第一次大戦で近代大量殺戮兵器が登場すると、そういう国家の中枢を担う人たちが、根こそぎ戦死してしまうと言うことになってしまい、それが、イギリスの凋落の一因となったと記憶しております。
まあ、一概に、今も、これを盲信するわけにはいかないでしょうが、この考え方自体は、今のアメリカにも引き継がれており、歴代のアメリカ大統領は、クリントン氏以前は、皆、多かれ少なかれ戦争の英雄でもありますよね。

で、またまた、明日へ続くのココロだ~。
                             平太独白
by heitaroh | 2006-09-06 08:20 | 政治 | Trackback(1) | Comments(2)

歌の文句に想いを馳せれる♪ その2 ムハンマド風刺画と「春夏秋冬」
親愛なるアッティクスへ

昨日の続きです。

デンマークのムハンマド風刺画問題ですが、これは、当事者である新聞社側が、「報道の自由」をタテに謝罪を拒否し、同調する新聞社が出たことで、大使館焼き討ちにまで発展したのですが、でも、「報道の自由」というのは、欧米標準・・・、言うならば、欧米の国内事情ですよね。
新聞各社は「報道の自由を守り抜く!」騎士のようなつもりでいるのかもしれませんが、しかし、報道の自由とは、そもそも、根底にあるものは「良かれ」と言うことのはずだと思うのですが、しかし、この「良かれ」が、「迷惑」な人たちもいるんです。

かつて、イギリスは靴を履かない民族に靴を履かせなかったが、アメリカは靴を履かない民族に、むりやり靴を履かせて嫌われた。」と言う、靴を民主主義に例えた話がありましたが、欧米が「報道の自由」というものを掲げたからと言って(今や、それが事実上の「国際標準」のようにはなっているのでしょうが)、それを、隣家が強制される謂われはないわけですよね。

実際に、私の行きつけの床屋で、まだ、携帯が普及してない時代に、突然、某テレビ局が入ってきて、「あんたがマスター?電話どこ?」と言われたことがあったそうです。
「何でおまえらに、そんな言い方されて、電話貸さなきゃいけないんだ!」と怒ったところ、「仕方ないじゃないか!取材なんだから。俺たちには報道の自由があるんだ!」と言われたとか・・・。
そのマスターも、「じゃあ、俺には報道されない自由がある!」と言って追い返したそうですが、こういった報道の自由、表現の自由といった美名の元、何をしてもいい・・・という考えが通じるのは、「国民のコンセンサスを得ているその国の中だけで通じる」、言うならば、国内事情なのではないのでしょうか?

まあ、背景には、ヨーロッパで増加するイスラム教徒移民への反発などということもあるのかもしれませんが、これに限らず、とかく、欧米は自分たちの常識が世界標準だと思って、いささかも疑わないようなところがあるように見受けられます。
それらを踏まえた上で対応を考えるならば、「報道の自由ということで、政府が新聞社に対し行政指導する権利がない」という旨を説明した上で、従って、代わって政府が謝罪するべきであろうと愚考致します。

自分が常識人で、人一倍、素晴らしい気配りをされるとしても、それが、相手にとって、必ずしもいい結果を及ぼさないときもある・・・、もっと言うならば、迷惑でしかないときもあるのです。
「小さな親切、大きなお世話」・・・(笑)。
くれぐれも、自分の常識が、世間の常識だとは決めつけない方が良い・・・と言うことですね。
自分が「常識人」だからと言って、人もそうだとは限らないわけですし、常識人も非常識人ばかりの中に一人いれば、その方の「常識」は「非常識」なのですから・・・。

                                         平太独白
by heitaroh | 2006-02-08 11:14 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)

アメリカに対する、イギリスの世界帝国としての一日の長!
親愛なるアッティクスへ

先般、イギリスロンドン同時多発テロ以降、捜査に当たっていた警察官にブラジル人の無実の若者がテロリストと誤認され射殺された事件がありましたが、その件で、最近、また、監視カメラがどうのこうの、警察の言い分と違っていたのどうの・・・ということが話題になっているようですね。
事件そのものは、当然、私などのあずかり知ることではありませんが、その経緯に関しては、知れば知るほど、考えれば考えるほど、イギリス人アメリカ人の違いについて感じるところが強くなります。

事件後、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)は、すぐに誤認射殺であったことを認め謝罪しました。
これを見ていると、絶対に謝らないことで世界的に有名なアメリカ人を思い浮かべてしまいます。
一般に「米英」とひとくくりにして言われることも多い両国ですが、こういった違いはあらゆる所に見て取れるようです。
靴を履かない民族に靴を履かせなかったイギリス人に対し、アメリカ人はむりやり靴を履かせて嫌われるとは、よく靴を民主主義にたとえて言われることですが、このテロ対策においても違いが見て取れるようです。

アルカイダ以前から、すでにIRA(アイルランド共和軍)のテロの脅威にさらされていたイギリスは、テロを力で押さえ込むことへのコストの高さを知り尽くしているのでしょう、テロを力で押さえ込むのではなく、テロに走ろうとする者たちを走らせないようにする政策、つまり、テロの温床を無くす政策を根気よく実行しています。
(この辺のことは、映画「マイケル・コリンズ」をご覧頂ければ、背景的なモノはまあ、おわかり頂けるかと思います。もっとも、当のアイルランドでさえも、この映画に対しては、とかくの批判があるとは言いますが・・・。私も、随分前にこの映画は見ましたが、ヒロインは何と!今をときめくジュリア・ロバーツだったんですね。今、知りました(笑)。)
それに対し、アメリカはアフガンからイラクと、ひたすらにで押さえつける・・・。

まさに、北風と太陽の世界でしょうが、こういったことを考えれば、どうしても、世界帝国の先輩としては、イギリスに一日の長があるように思えますが、如何でしょうか?
これは何も、9.11以降に限ったことではなく、アメリカという国は、元々、建国以来、力といういものをひたすら信奉することで成長してきた国(開拓していく上で頼りになるのは自分の力だけという、いわゆる、フロンティア・スピリット(開拓者魂)。つまりは、西部劇のジョン・ウェインの世界。)であり、これがアメリカという国の価値観だとはよく言われることですが、ただ、かつてのイギリスがそうであったように、もう、アメリカもテロを力で押さえ込む事への割の合わなさというものに気付くべきではないでしょうか?
もっとも、アメリカの言う国のアイデンティティがそうである以上、それを放棄するということは、アメリカの凋落を意味することになるのかもしれませんが・・・。
                                平太独白
by heitaroh | 2005-09-13 08:38 | 国際問題 | Trackback | Comments(0)

大英帝国衰亡史にみる日米衰退
親愛なるアッティクスへ

少し前になりますが、大英帝国衰亡史という本を読んだことがあります。
私ごときが言うのもなんですが、なかなか良く書けていると思いましたね。
小難しいことがわかるはずもない私にも割りと、すらすら読めた印象がありますから・・・。
で、今更、釈迦に説法とは存じますが、そこには、今のアメリカ日本が抱える問題が珠玉のごとく列記されていると思いました。

イギリスは力の衰えに気づかなかったかというと、この辺が今の日本やアメリカと一緒で、改革の必要性は叫ばれるが、なかなか進まない・・・。
1880年代に当時の歴史家が「将来ロシアアメリカ超大国になる。我々も改革して、それらに肩を並べる大国として残るか、それとも改革に失敗して、昔の栄光を懐かしむスペインのようになるか?」と言っており、又、当時の皇太子は「イギリスよ、目覚めよ」と言って一代キャンペーンを張ったり・・・で、一大改革ブームがおこったようですが、結果としてはイギリスは改革に失敗して衰退したわけです。
皆、改革の必要性は認める・・・が、失敗に終わるということで、その要点を3つあげていますが、
1.複雑に絡み合った既得権益の抵抗。
2.改革というと、あれもこれもとなり、結局一つに絞り込めず、敵を増やしてしまう。
3.改革の基盤の不確立。
1と3は言わずもがなと思いますが、2こそが改革の正否を握っていると思います。

e0027240_1418578.jpg
(↑イギリスが暗転する一因となった第一次世界大戦でのガリポリの激戦地跡です。この戦いの結果、陰となったのがチャーチルであり、「原子番号」の概念を発見しノーベル賞を確実視されていた科学者ヘンリー・G・J・モーズリーであり、光となったが、この戦いで頭角を現したケマルであり、退勢挽回の為、巡り巡って名を轟かせたのが「アラビアのロレンス」こと、トーマス・エドワード・ロレンスだったわけです。)

また、アメリカは今は景気がいいけども(バブルを経験した日本人には、少々アブナカシクも見えるけど)、大国というのはいきなり衰えるのではなく、 長い緩やかなサイクルで衰えるので、しばらくはアメリカの天下は揺るがないでしょうが、大きな流れの中では、衰退のスパイラルに入っていることは間違いないと私は思います。
                            平太独白
by heitaroh | 2005-05-12 18:01 | 歴史 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
> sakanoueno..
by heitaroh at 19:21
わたしは小学生の頃、少し..
by sakanoueno-kumo at 10:11
> sakanoueno..
by heitaroh at 10:46
ようやく読み終わりました..
by sakanoueno-kumo at 19:09
> sakanoueno..
by heitaroh at 17:31
12周年おめでとうござい..
by sakanoueno-kumo at 03:47
> sakanoueno..
by heitaroh at 18:12
光を当てられていない人に..
by sakanoueno-kumo at 15:14
>sakanoueno..
by heitaroh at 11:09
あけましておめでとうござ..
by sakanoueno-kumo at 15:22
>Mさん  そうだ..
by heitaroh at 20:52
壊れた時計が動く理由もネ..
by M at 20:38
> sakanoueno..
by heitaroh at 12:35
なるほど。 先日の疑問..
by sakanoueno-kumo at 22:50
>sakanoueno..
by heitaroh at 10:05
検索
タグ
(64)
(54)
(54)
(51)
(50)
(46)
(42)
(41)
(41)
(36)
(32)
(31)
(30)
(30)
(29)
(28)
(26)
(26)
(25)
(25)
(24)
(24)
(24)
(24)
(23)
(23)
(21)
(21)
(21)
(20)
(19)
(19)
(18)
(18)
(18)
(18)
(17)
(16)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(15)
(15)
(14)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
カテゴリ
以前の記事
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
最新のトラックバック
八犬傳(上・下)
from 天竺堂の本棚
2016年NHK大河ドラ..
from <徳島早苗の間>
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
時~は2015年♪。
from <徳島早苗の間>
フォロー中のブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧