<   2013年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧

あーあ、今年も終わっちゃうな的な大晦日独言。
今年も気がつけば、あっという間に一年が終わろうとしてますね。
世間様は普通に大晦日ってやつなのでしょうが、私は独りでラーメン作って仕事してます。
ていうか、既に結構、時間に追われていますので、とっとと本題に行きたいと思います。

e0027240_14242985.jpg
来年の大河ドラマ「軍師官兵衛」ですが、おかげさまを持ちまして、拙著、「黒田家三代」も重版の運びと相成りました。
まあ、大河ドラマの余録に預かった形になりましたが、これも偏に、皆々様のご愛顧の賜物と、改めまして厚く御礼申し上げます。

で、黒田官兵衛孝高(如水)繋がりで少し。
まず、黒田官兵衛その人のことにつきましては、これまでもたびたび、触れてきましたので、置くとして、官兵衛の盟友にして黒田家にとっては恩人となる人物に竹中半兵衛重門という人がいますよね。
「軍師官兵衛」では谷原章介さんが演じられるようですが、官兵衛と違い、一般に白面痩身のイメージが強いようですが、往年の大河ドラマ「国盗り物語」での米倉斉加年さんの印象が残っております。
ちなみに、この時、黒田官兵衛役を演じたのは江守徹さんでした。
どうしても、病気で陣没した半兵衛に比べ、地下牢に幽閉されても死ななかった官兵衛の生命力という先入観からか、官兵衛役は半兵衛役に比べ、少し、アクが強いようです(笑)。

e0027240_15263334.jpg
で、その米倉斉加年さんですが(ちなみに福岡市出身(笑)。)、おそらく、今の若い方たちにとっては「誰それ?」って感じなのではないかと思います。
でも、この方は1970年代の頃には良くテレビなど活躍しておられ、特に、当時は「勝海舟」での佐久間象山「風と雲と虹と」での興世王「花神」での桂小五郎と、大河ドラマの常連だった印象がありましたが、いつの頃からか、気がつけばあまり画面ではお見受けしなくなっておりました。
が、最近、映画ALWAYS三丁目の夕日'64」で茶川青年の父親役で久しぶりにお見受けし、「おお、米倉斉加年だ」と。
でもって、少し前のNHKドラマ「坂の上の雲」でも大山 巌・総司令官役で出ておられたのを見て、また、活躍の幅を広げ始められたんだな・・・と。

e0027240_15285839.jpg
などと、とりとめのないことを書いてまいりましたが、本日もしっかり時間に追われており、ここまでとさせていただきます。
一年間、ご愛顧のほど、有難う御座いました。
どなたさまも良いお年をお迎えください。
                       平太独白


by heitaroh | 2013-12-31 15:29 | その他 | Trackback | Comments(0)

福岡城抜け穴伝説を検証 その3
前回よりの続きです。
e0027240_16383912.jpg

前回、私が福岡城からの抜け穴の存在を疑問視する根拠としてその距離と保存年数だと申し上げましたよね。
まず、距離の問題ですが、城の脱出用抜け穴というのは、そもそも、抜け穴を抜けても、敵の布陣の只中に出てしまっては意味が無いわけで、そうなると、想定される敵の攻囲の向こうに脱出口が無いといけないわけです。
その点、福岡城からここ、穴観音(←)までの距離は最短でも3km・・・。
まあ、敵軍の規模にもよりますが、囲まれた場合に敵をかわす、最低限の距離なんだろうと思います。


e0027240_16385708.jpg
ただ、おそらく、実際には掘りやすい所を掘っていくわけでしょうから、そんなに一直線に掘り進めたとも思えず、であれば、くねくねと少なくとも5kmは掘らなければならなかったのではないかと。
そうなると、まず、問題となってくるのが「水」の問題でしょう。
今日の地下鉄でもよく、水が排水溝をチョロチョロと流れているのをよく目にするように、埋立地でなくとも湿地帯が多かった当時の日本の地盤では排水というのが結構に問題となってきたように思われます。
(金山なども、金の採掘そのものよりも湧水の処理が問題だったと聞いたことがありますから。)

さらに問題になるのが、掘削時の土砂の処理の問題もながら、酸欠だったでしょう。
一定距離ごとに古井戸などで偽装して酸素を取り込むとしても、毎日、そこに暮らしている領民がすぐに気づきますよ。
もし、領民を締め出したとしたら、敵もバカじゃないでしょうから怪しむでしょう。

e0027240_17323325.jpg
(↑穴観音裏手より、福岡城方面を望む。)

次に、保存年数の点で言えば、昭和10年・・・まではあんまりとしても、仮に幕末、福岡藩が存続していた期間中、抜け穴が存在していたとして、260年も機能していたということであれば、今日の一般住宅でも、人が住まない建物はたとえ鉄筋コンクリート製であっても、驚くくらいに痛みますから、そう考えれば、木材で柱やつっぱりをしたとしても、滅多に空気も変わらない湿気が多い地面の下では、木材は腐りやすく、毎月のように修繕が必要になってきたでしょう。
となれば、石材で壁、床を作り、その上にまた、巨石で蓋をしたと考えざるを得ません。
が、その場合、地崩れしないように土留をした上に地盤固めして、さらに、製材した石をどこからか引いてきて、置いていって・・・って、はっきりいって、ピラミッド並みの物凄い大工事じゃないですか。


仮に、一人が手掘りで深さ2mに幅1mの穴を掘ったとして1日で5m、地盤の問題などを考えて迂回して5km掘ったとして1,000人、実際には石の加工なども含め、のべで5,000人くらいが動員されたのではないかと思いますが、そもそも、抜け穴などというのは敵に見つかってしまうと逆にそこから侵入されてしまうわけですから、建設に際しては極めて秘匿性が求められるわけです。
そうなると、まず、それだけの人に知られてしまって秘密は護り通せないでしょう。
工事にあたった人夫は機密保護のために全部殺した・・・としたら領民の不満は爆発したでしょうし、労働者の問題以前に、城の築造工事などというものは多くの人が出入りするわけで、敵のスパイが紛れ込んでいることなども十分に考えられるわけで、毎月のように修繕に人が入るというのも機密保持上は歓迎できない話のはずです
智将のほまれ高い、如水 黒田官兵衛がそんな無謀なことしたとは到底思えません。
つまり、結論を言えば、抜け穴というのは当時の技術では割に合う話ではなく、また、掘ったとしても維持の面でも大変であるということですね。
                                         平太独白

by heitaroh | 2013-12-21 17:48 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

福岡城抜け穴伝説を検証 その2
前回よりの続きです。

黒田氏の居城、福岡城よりの抜け穴が通じていたという福岡市南区の穴観音ですが、そこに赤穂浪士の墓(↓)が作られたのが昭和10年だそうで、その際、抜け穴は破壊されたのではないか・・・ということになっているようです。
e0027240_14092857.jpg

ただ・・・、私はこの説には極めて懐疑的です。
もっとも、では、抜け穴という物が一切、存在しないかというとそんなこともないわけで、長崎県五島列島にある福江島の福江城(石田城)には今も抜け穴(↓)がしっかり残っています。

e0027240_14362322.jpg

ただ、こちらは「日本最後の城」と呼ばれるように幕末の文久3年(1863年)に完成した城でもあり、また、そもそもが島である為、大軍が囲むことを前提にしていないと思われ・・・、
つまり、保存の点でも、距離の点でも、福岡城のそれと同一に考えるわけにはいかないだろう・・・ということです。

その上で、まず、抜け穴というと、帝国陸海軍が掘ったようなちゃんと人が歩けるようなトンネルをイメージされるかもしれませんが、むしろ、福江城の抜け穴のサイズを見てもわかるように、当時の抜け穴掘削技術ではむしろ、ベトナム戦争の時のベトコン・ゲリラが米軍撃滅のために掘ったような穴を想像したほうがいいと思います。

e0027240_14102728.jpg
(↑穴観音裏手からの風景。今も裏は小高い丘に成っており、意外に眺望はいいですね。)

もっとも、ベトコン・ゲリラは城攻めのために掘ったのではないので、抜け穴を蜘蛛の巣のように張り巡らせましたが、オスマン・トルコ武田信玄の武田軍などは逆に攻城側から穴を掘って城の内部に潜入しようとする戦法をとったように、迂闊に抜け穴をたくさん掘ると、それにぶつかってしまう可能性もあり、そうなると敵のために掘ってやったようなことにもなるわけです。

で、つまり、私がこの抜け穴の存在を疑問視するのが、ここまで述べてきたように、その距離と保存年数の問題なわけです。

次回に続きます。
                       平太独白

by heitaroh | 2013-12-16 07:30 | 歴史 | Trackback | Comments(0)


国際問題からスポーツまで、世の出来事に対し独自の歴史観で語ります。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
プロフィール
池田平太郎

昭和36年 福岡市下人参町(現福岡市博多区博多駅前)で代々大工の棟梁の家に生を受ける。

昭和43年 博多駅移転区画整理により、住環境が一変する。
物心付いて最初に覚えた難しい言葉が、「区画整理」「固定資産税」

以後、ふつー(以下?)に現在に至る。

平成16年 関ケ原の戦いで西軍の総大将に担ぎ上げられてしまったために、大国毛利を凋落させた男、「毛利輝元」の生涯を描いた小説、[傾国の烙印―国を傾けた男毛利輝元の生涯]を出版。

平成18年 老いた名将信玄に翻弄される武田勝頼を描いた[死せる信玄生ける勝頼を奔らす]を出版。

平成20年 共に絶版となる。

平成22年 性懲りもなく、黒田如水・長政・忠之、三代の葛藤と相克を描いた「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」を出版。

平成23年 処女作「傾国の烙印」がネット上で法外な値段で売買されている現状を憂慮し、「毛利輝元 傾国の烙印を押された男」として復刻再出版

平成25年 前作、「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす」が大幅に割愛された物だったことから、常々、忸怩たる思いがあり、文庫本化に際し、新たに5倍近くに書き足した「死せる信玄 生ける勝頼を奔らす 増補版」として出版。

平成29年 兄、岩崎彌太郎の盛名の影に隠れ、歴史の行間に埋没してしまった観がある三菱財閥の真の創業者・岩崎弥之助を描いた、「三菱を創った男岩崎弥之助の物語 ~弥之助なかりせば~」を出版。

わかりやすく言うならば、昔、流れていた博多のお菓子のCM、「博多の男は、あけっぴろげで人が良く、少しばかり大仰で祭り好き」を聞き、「人が良い」を除けば、何とピッタリなんだと思った典型的博多人にして、九州データブックという、まじめな本に「福岡県の県民性」として、「面白ければ真実曲げてもいい」と書いてあったことに何の違和感も持たなかった典型的福岡人
ライフログ
最新のコメント
> sakanoueno..
by heitaroh at 19:21
わたしは小学生の頃、少し..
by sakanoueno-kumo at 10:11
> sakanoueno..
by heitaroh at 10:46
ようやく読み終わりました..
by sakanoueno-kumo at 19:09
> sakanoueno..
by heitaroh at 17:31
12周年おめでとうござい..
by sakanoueno-kumo at 03:47
> sakanoueno..
by heitaroh at 18:12
光を当てられていない人に..
by sakanoueno-kumo at 15:14
>sakanoueno..
by heitaroh at 11:09
あけましておめでとうござ..
by sakanoueno-kumo at 15:22
>Mさん  そうだ..
by heitaroh at 20:52
壊れた時計が動く理由もネ..
by M at 20:38
> sakanoueno..
by heitaroh at 12:35
なるほど。 先日の疑問..
by sakanoueno-kumo at 22:50
>sakanoueno..
by heitaroh at 10:05
検索
タグ
(64)
(54)
(54)
(51)
(50)
(46)
(42)
(41)
(41)
(36)
(32)
(31)
(30)
(30)
(29)
(28)
(26)
(26)
(25)
(25)
(24)
(24)
(24)
(24)
(23)
(23)
(21)
(21)
(21)
(20)
(19)
(19)
(18)
(18)
(18)
(18)
(17)
(16)
(16)
(16)
(16)
(15)
(15)
(15)
(15)
(14)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
カテゴリ
以前の記事
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
最新のトラックバック
八犬傳(上・下)
from 天竺堂の本棚
2016年NHK大河ドラ..
from <徳島早苗の間>
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
明治日本の産業革命遺産の..
from 坂の上のサインボード
時~は2015年♪。
from <徳島早苗の間>
フォロー中のブログ
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧